アマ小説家の作品

◆パペット◆第2回 by日向 霄 page 1/3
 追われている。
 果てしなく、追ってくる。
 鉄の階(きざはし)を叩く甲高い音。荒い息遣い。背中を押す激しい鼓動。頭の中に響き渡る。耳もとで血が脈うつ。
 どこか遠くで、サイレンが鳴っている。まるで獲物を求めて咆吼する飢えた獣のような。聞く者の心をしめつける。追われる子羊の心を。
 切れかけた発光パネルが、ぼうっと人魂(ひとだま)のように浮かんでいる。その暗い、冷たい光をよぎって、追われる子羊のしなやかな肢体が流れる。やわらかな黒い髪にふちどられた白い顔。長い睫毛が汗に濡れ、熱っぽくうるんだ瞳とあいまって、その美しい顔に危うい色を添えている。まだ若い。美しいというより、可愛いと言った方がいいような。
 俺だ。
 俺は、追われてるんだ。
 狭い。狭くて、暗い。ここはまるで迷路だ。
 わからない。どこへ行くんだ、俺は? どこへ行けばいい。
 逃げなければ。とにかく、逃げなければ。 レーザーの閃き。声もなく襲いくる敵。無慈悲な迫害者達。
 突然、闇の中に現れる、”指名手配”の文字。若い男のホロ映像が、感情をなくした眼で俺を見つめている。
 きれいな卵形を描くりんかく。黒目がちの瞳。笑えばきっと天使のように愛らしく見えるだろうに、今は硬質ガラスのような。
 ホロが告げる。ジュリアン=バレル。23歳。賞金10万リール。
 それは俺だ。
 でも俺は―――!
 ふいに頬をかすめて、熱線が跳ねる。振り返れば、銃口の列。とっさに体が反応する。
 錯綜する花火。
 一瞬のうちに、世界は血塗られた赤い小箱。
 おびただしい死体の海。両手にまみれた血。
 声が出ない。叫びたいのに、泣きたいのに。
 誰か、誰か出してくれ。俺をここから出してくれ。
 逃げようとすれば、足にからみついた血糊がおぞましい触手のように伸びて、怨嗟の声が行く手を阻む。
 決して救われはしない。救われてたまるものか。おまえはこの俺を殺した。
 おまえは大勢の人間をその手にかけた。
 殺し屋め。
 違う。そうじゃない。俺は――――。
「俺は――――!」
 目の前に、女の顔があった。若い女の顔が。
 気遣わしげにのぞき込んでいた女の顔に緊張の色が走る。息を飲む音。
 女の腹に、銃が突きつけられていた。
「おまえは誰だ?」
 ゆっくりと、ジュリアンは体を起こした。燃えるような瞳で女の顔を睨みつけながら。
「あたしは、マリエラ。マリエラ=レガシュ」
 女の声は震えている。突きつけられた銃よりも、自分を見据える黒い瞳に射抜かれて。
「ここはどこだ? どうして俺はここにいる?」
「ここは、あたしの部屋。あなたは、市場で、あたしに銃を突きつけて、それで………。入るなり、倒れたの」
 ジュリアンの眼がすっと細められた。長い睫毛が黒い瞳をさらに濃く見せる。


続き

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