◆パペット◆第1回 by日向 霄 page 2/3
-
「昔な」
「すごいですよね。特捜にもそうはいませんよ、レベル6に入って無事戻ってきた人は」
「ほんの入口をのぞいた程度だ。今じゃもう数にも入らん地区だろうさ。地下世界のことは学校で習ったろ? レベルなんて便宜的なものでしかない。地上のビル群がより高みを目指すように、地下世界もより一層底を目指して膨張している。俺がレベル6から地上へ戻ってきてもう三年にもなる。さぞかし様変わりしてるこったろうさ」
ここ、イデオポリスは地上と地下と、二つの顔を持つ都市国家だ。元々は、前世紀の戦争で荒廃した旧市街の上に作られた”地上都市”だったのが、市民権を剥奪された犯罪者達が文字通り地下に潜り、打ち捨てられたままだった旧市街を復活させた。治安維持のため政府が旧市街をもイデオポリスの一部として管理を図ると犯罪者達はさらにその下へと潜り、現在地上の2層を含め、6つの階層が認知されていた。
イデオポリスを構成する6つの階層。それはすなわち、そこに住む人間の階層をも表していた。
地上に居住を許されるのはイデオポリスの正当な市民権を持つ者のみ。中でも政財界のトップやいわゆるエリート達はレベル1と呼ばれる高層ビルに居を構え、ムトーらレベル2の市民とは一線を画している。
そして地下世界。
旧市街たるレベル3は、市民権を持ってはいても地上に家を持つことの出来ぬ貧困層や、地方都市から流入してくる労働者たちの街。既にレベル3は”暗黒街”の色を失い、地上に労働力を供給する都市の重要な一部となっていた。
”暗黒街”はレベル4から始まる。
レベル3とレベル4の間には”境界”と呼ばれる断層が存在し、一般市民はもちろん、レベル3の住民もめったなことでは足を踏み入れない。
レベル4以下には正確な地図もなく、レベル4とレベル5、レベル5とレベル6を隔てる厳密な境界線も存在しない。レベル3までと違ってその階層は便宜的なものであり、かつ流動的だ。
それでも、レベル4とレベル5には公安の手が入っていた。どちらかと言えば公安の主な舞台は地下世界であり、ムトーが”狼”ことジュリアン=バレルを取り逃がしたのもレベル5だった。
だがレベル6は。
「何しろうまいことトラップに引っかからない限り、レベル6には入れないんだからな。”狼”もおそらくは偶然トラップに落ちたんだ。それも1度きりしか作動しないトラップ。俺が3年前使ったトラップも今じゃ行き止まりのただの穴だ。全く大したもんだぜ、シンジケートの力ってのも」
「でも逆に言えば、レベル6から出るのもそう簡単には行かないってことでしょう? 実際今まで捕まえたシンジケートの連中も、ほとんどレベル6に入ったことはないようだし、最近じゃ地下は地下、地上は地上で、市民の犯罪が増えてる。ジュリアン=バレルだって市民権を持ってた」
過去、地上と地下の間に、あるいはレベルとレベルの間に厳然たる境界がなかった時代には、犯罪とは下位レベルの者が上位レベルにおいて行うものであった。が、地下世界が膨張するにつれて、少なくともレベル4以下の者が地上にまで出てくるのは容易なことではなくなり、公安がレベル4や5で追うのも、そこに逃げ込んだ地上の犯罪者であることが多い。地下という自分の城を得て、ある意味で落ち着いてしまったシンジケートよりも、市民権を持ちながら地下に潜る秘密結社や反政府主義者の方がよほど危険な存在と言えた。
「シンジケートは上とつるんでる。つるみようのない市民がテロリストになるのはまあ別に不思議なことでもないが、奴に関しては腑に落ちないことがある」
続き
戻る
トップページに戻る