アマ小説家の作品

◆パペット◆第1回 by日向 霄 page 1/3
「どういう意味ですか、それは?」
「言ったとおりの意味だ、ムトー大尉」
 ジャン=ジャック=ムトーは不機嫌な顔で、目の前のデスクでのんびりパイプをくゆらしている公安警察特捜部長レマン大佐を見下ろした。
「つまり、上から圧力がかかったってわけですか」
「どういう意味だ、それは」
「言ったとおりの意味ですよ」
「ムトー」
 部長は眉をひそめた。全くこいつはいつもこれだ。何かというとわしの言うことにたてつく。公安の中でもエリートぞろいのはずの特捜部に、何だってこんなはぐれ者が配属されたのやら。
「いいか、ムトー。ジュリアン=バレルはレベル6に逃げこんだんだ。我々には手が出せない。既にレベル5には手配書を回してある。すぐにレベル6の連中の耳にまで届くはずだ」
「手配書ね。賞金首の広告でしょう?」
「どっちでもいい。とにかくレベル6では連中に任せた方が効率がいいんだ。金のためなら何でもやる奴らの巣窟なんだからな」
「特捜部長がシンジケートの信奉者とはね。一体何のための公安なんです?」
 ムトーは部長のデスクを力任せにぶっ叩いた。灰皿の灰がこぼれて書類を汚す。
「じゃあ言うがな、ムトー」
 負けじと部長もパイプを思いきり灰皿に叩きつけ、ますます灰を飛び散らせる。
「せっかく追いつめながらむざむざ奴を逃したのはどこのどいつだ、え! 相次ぐテロのおかげで公安の威信はがた落ちだ。運良く”狼”の正体が割れたというのに、なまじ逮捕なんぞしようと思うから逃げられるんだ。射殺してもかまわんと言っておいたろうが、え? 悔しかったら今すぐ”狼”の首をここに持ってきてみろ」
「ええ。望むところですよ。首だけじゃない、生きてる”狼”をここに連れてきてみせます!」
 猛然と踵(きびす)を返すムトーの背中に、部長は一言投げつけた。
「たとえ捕まえてきても、おまえには賞金は出んからな!」
 ムトーは振り返って部長を睨みつけた。
 部長は何か飛んでくるのではないかと身構えたが、ムトーはそのまま何も言わず、何も投げつけずに部屋を出ていった。
 今度の会議で絶対クビにしてやる、と部長は改めて心に誓った。今月に入ってもう3度目の誓いだった。
「大尉! 待って下さい、ムトー大尉!」
 気分直しにカフェテリアへ向かっていると、後ろからマクレガー少尉が追いかけてきた。ムトーと一緒に特捜部に配属されてきて以来、何かとムトーの後ろにくっついている若者だ。
「どうなったんですか、”狼”の件は?」
「続けるに決まってるだろ。ただし、配備されるのは俺一人だがな」
 答えながらも足は止めない。小柄なマクレガーはムトーの歩幅に会わせるのに小走りになっている。
「レベル6に乗り込むつもりですか?」
「そうなるだろうな」
 昼どきにはまだ早いせいか、カフェにはほとんど人影がなかった。
「大尉はレベル6に入ったことがあるんでしたっけ?」
 ホットケーキを受け取りながらマクレガーが訊く。


続き

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