アマ小説家の作品

◆パペット◆第10回 by日向 霄 page 2/3
 そうだ、そうに決まっている。迎えは迎えでも死の国への迎えだ。ドアの外にいるのは黄泉の国の使いなのだ。
 ジュリアンはマリエラを振り返った。感情の消えた硝子の瞳。
「それでいいんだ」
 マリエラの腕をふりほどき、ドアを開ける。
「おまえがジュリアン=バレルか」
 立っていたのは、たくましい一人の男だった。30代後半ぐらいだろうか。レベル6の他の住人同様粗末ななりで、シンジケートの幹部と聞いて思い浮かべるような羽振りの良さはうかがえない。しかしその男は、今までにジュリアンが殺してきた男達とは明らかに違っていた。何に追いつめられてもいず、何に飢えてもいない。目は鋭いが、ぎらついてはおらず、全身から余裕と自信があふれていた。
「あんたが、シンジケートのボスか?」
「そうであれば面白いと思ったことはある」
 ジュリアンと男は互いを値踏みするようにしばし睨みあった。
 まずジュリアンがうっすらと微笑を浮かべる。それに応えて男の唇の端が歪み、そうしてジュリアンが口を開く。
「俺の首をやる。賞金はあんたとマリエラで山分けだ。マリエラの取り分で、彼女をレベル4に上げてくれ」
「ふざけた頼みだな。今ここでおまえを殺して賞金も女も独り占めする方が、理にかなってるってもんだろ」
「大丈夫さ。あんたが約束を破りそうになったら化けて出る。嫌でも従うことになるさ」
 はったりでも何でもない、いかにも自然なジュリアンの口調に、男は笑った。豪快な笑い。
 マリエラにちらと目をやり。
「守れそうにない約束は、しないもんだ」
 男がそう言い終わるより早く、ジュリアンの手が男の喉首に針を突きつけている。
 男はまったく動じなかった。
「おい、勘違いするなよ。俺はおまえを迎えに来たと言ったんだぜ。おまえを殺すのでもなく、おまえに殺されるのでもなくだ」
「どういうことだ?」
「おまえを連れていくのが俺の役目だ。お宝と女を手に入れる自由は、俺には与えられちゃいないのさ」
 ではこの男はシンジケートの幹部ではあってもボスではないということなのか? シンジケートは賞金ではなく、ジュリアン自身を欲しているのだろうか?
「どこへ? 何のために?」
 ジュリアンが尋ねる。針にこめた殺気はそのままだ。
 男はにやりと笑って答えた。
「まだおまえの役目は終わっちゃいないからさ」
 ジュリアンを包む世界がぐらっと揺れた。ジュリアンの耳に、ジュリアンの耳だけに、声が響く。『そんなに逃げ出したいのならおまえには逃げる役をやろう。どこまでも逃げ続けるしかない役目を―――』。


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