アマ小説家の作品

◆パペット◆第10回 by日向 霄 page 3/3
「俺の、役目……?」
 体が震えていた。手にした針が揺れて、男の首に浅い傷をつける。たった一滴、ぷっくりと球になった赤い血が、ジュリアンの視界の中で増殖する。針を伝って指へ、腕へ、腕からさらに胸、脚へと生暖かい血がジュリアンを濡らしていく。鼻腔に拡がる鉄の匂い。
『おまえは殺し屋だ。血の海の中を逃げまどうのだ』
「あ……」
 悲鳴がほとばしり出ようとしたその時。
「ジュリアン=バレル!」
 男の腕がジュリアンの腕を捕らえた。骨が折れるかと思うほどの力で。
 視界から急速に血の色が消え、あれほど生々しかった血の感触と匂いがさっと引いていく。元通りの自分の腕が自分の首に針を向けている様を、ジュリアンは見慣れぬもののように見つめた。
「おまえに死なれては、俺の役目が務まらん」
 男はあくまでも悠然と構えている。その確固とした存在が、ジュリアンの心を落ち着かせた。
「あんたは、俺のことを知ってるのか?」
「賞金首で、女に惚れてて、少々頭がいかれてるってことぐらいはな」
 ジュリアンは笑みを浮かべようと努力した。
「なるほど。よく知ってる」
 その通りなのかもしれない。ただ少し頭がおかしいだけなんだ。その通りなら、どんなにいいだろう。
「どこへでも、連れていってくれ。だがその代わり、マリエラは―――」
「言ったろ。俺にはおまえの頼みを聞く自由なんかないんだ。それは俺の役じゃない」
「じゃあ、私が勝手についていっても、あなたには止める権利はないのね?」
 マリエラが言った。
「私、私はジュリアンについていくのが役目なの。それが私の役目なのよ」
 男はマリエラが一緒に来ることに賛成も反対もしなかった。ただ薄く笑っただけだ。そうして、ジュリアンは、ジュリアンにはどちらがいいのかわからなかった。一緒に来ても来なくても、マリエラが地上へ出られる確率はゼロに等しい。無事生き延びられるかどうか、それさえも怪しいものだ。ただ、マリエラが自分を見捨てずにいてくれることにほっとしたことだけは確かで。
 だから、拒むことはできない。
「あんたは何なんだ?」
 レベル6の迷路をどこへ行くともわからず歩きながら、ジュリアンが尋ねる。
「さぁな。俺も常々そいつを知りたいと思ってるよ」
 男はまるでジュリアンを背にかばうようにしながら歩いていく。もし誰か賞金稼ぎがジュリアンに襲いかかろうものなら、きっと体を張って守るのだろう。それが、彼の役目だから。生きたジュリアンを連れていくことが。
 でも、どこへ?


戻る

トップページに戻る