コラム

社員の化学日記 −第215話「閑人閑話7−今は昔…−」−

今年は昭和で101年目に相当するらしい。 ということは、大阪で2回目の万博が開催された昨年(2025年)はちょうど100年目。 前回の大阪万博(1970年)から55年後のことだった。

前回の万博の目玉は、某芸術家作の太陽の塔、アメリカ館の「月の石」(アポロ17号が月から持ち帰った玄武岩らしい)や旧三洋電機館の「人間洗濯機」。

当時、家族で月の石を見に行ったが、長蛇の列。 中に入っても大人の人波にただ押し流されていくだけで、まだ小学校入学前であった自分の身長では何も見えず、しんどい目にあった記憶しか残っていない。

昨年の(2回目の)万博は、パビリオン建設の遅れで一時は開催すら危ぶまれたようだが、フタを開けてみれば猛暑の下でも大盛況で、それなりの経済効果もあったらしい。

ただし、自分はいかなかった。 自分の父親がしたように、子供を連れて行くような年齢でもなくなったし、今の時代は当然であろうが、入場するには、昭和の万博の時のような紙のチケットではなく、公式Webサイトでの事前予約が必要と聞いて行く気はなくなってしまった。

55年もたてば当たり前のことであろうが、当時は想像もできなかったことが、今では常識になってしまった。 「十年一昔」とはよく言ったもので、50年前は大昔、半世紀前の時代ということか。 逆に、今しか知らない若者たちからすれば、不思議なことも多いのであろう。

最近はTV番組でも「昭和世代vs平成世代」形式のクイズ番組や高度経済成長期以降の昭和を振り返るバラエティー番組をよく見かける。 高度経済成長期生まれの自分は、つい見入ってしまうのだが、先日見かけたのは「オイルショック」のニュース映像。 白い割烹着(これも全く見なくなった。十年ほど前に話題になった○○細胞のニュース映像で久しぶりに見たが10年ほど前の話なので、これも昔のことか)を着たおばちゃん達がトイレットペーパーを我先にと奪い合う映像。

この騒動の原因は、大阪万博から3年後の1973年、中東情勢の悪化に伴ってアラブ諸国が原油の欧米向け輸出制限を断行したことがトリガーとなって、石油不足を懸念する不安から、トイレットペーパーや洗剤などの日用品を買い求める客がスーパーに殺到する社会現象となった。

当時の実家はまだ水洗トイレではなかったと思うので、母親がトイレットペーパーを買いに走り回っていた記憶はないが、今にして思えば、石油不足懸念⇒トイレットペーパー不足の図式はどこで発生したのか。 そもそもトイレットペーパーは、列記としたパルプ(すなわち紙)製品であって石油由来ではないはずで、「水に溶ける」というのも分子レベルで溶解するわけではなく、繊維がバラバラになりやすく加工し、微細な紙繊維を水中に分散させてトイレに詰まらないようにしているだけらしい。

今の時代ならこんなことはちょっと"ググれ"ば誰でもすぐにわかることだが、当時はそんな手段もなく、TVや新聞などのマスメディアと口コミだけが情報源の時代。 この騒動の発端となった大阪の新興住宅地域でも「石油不足で紙がなくなる」という噂が広がっていたところで、近隣のスーパーでの特売日が重なって買い物客が殺到、それを報道したマスコミの誤報もあって全国へ波及してしまったとのこと。

それから約50年後、"令和のオイルショック"ともいえる石油危機的状況が再び訪れようとしているが、今度は50年前のような社会現象と言える騒動はないであろうが、当時以上に石油製品が日常生活に当たり前のように普及している現代では、物資不足や物価上昇が前回以上にボディーブローのようにじわじわと効いてくるだろう。

そして、今の時代も変わらないのは人間の心理。 モノがなくなる、価格が高くなると聞けば、前もって確保したくなる。 供給する側も市場での流通を確保するために出荷を制限せざるを得なくなり、結果として、物不足、価格上昇を加速してしまうという負の連鎖。 コロナ禍のマスク不足や昨今の米不足も一部による買い占めが原因という報道もあったように記憶している。 誰でも簡単に情報を入手できる時代だからこそ、冷静に行動することが求められているように思う。

参考:Wikipedia等のWeb情報

【道修町博士(ペンネーム)】

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