コラム

日本の四季を化学する−第5回 スポーツの化学−

10月になりまして秋もだんだんと深まってきました。10月は”スポーツの秋”でもあり,まさに運動会シーズン真っ只中。ということで,今回は「スポーツの化学」と題してスポーツ,運動に関連した化学の世界をのぞいてみましょう。

1)スポーツの起源

スポーツは肉体的鍛錬,競争,遊戯などの要素を有し,順位,勝敗を競う身体的行為を指しますが,純粋な競技として勝敗や記録を追求するスポーツとレクリエーション的要素(遊戯の一部として楽しむことや体を動かすこと)を主とするスポーツに分けることができます。「スポーツ(sports)」の語源はラテン語で「荷を担わない、働かない」という意味をもつ「deportare」から,古フランス語の「desport」(「気晴らしをする、遊ぶ、楽しむ」の意味)を経て「sports」になったようです。その起源は競技種目によって様々ですが,その多くは相手を殺傷,侵略するための戦争テクニックの一つであったり,中世貴族階級の娯楽や民俗行事が主なものでした。

例えば陸上競技のほとんどは古代から中世にかけてのヨーロッパの戦争から生まれたものであり(マラソンは,紀元前490年の第二ペルシア戦争で勝利したアテネ兵士が,戦地のマラトンからアテネまで約40kmを走って報告したことが起源といわれています。),レスリング,ボクシング,柔道などの各種格闘技や日本の弓矢などの古武道も元をたどれば相手を殺傷するためのテクニックから派生したものです。また,フットボール(サッカー)は,8世紀のイングランドで隣接した村同士が相手の村をゴールにして牛の頭や内臓を蹴り合ってその年の吉凶を占ったのが起源であるといわれています。日本の滋賀県大津では,隣接する村同士が綱を引き合い,より綱を引き込んだ方が勝ちで,勝った方の村は豊作に恵まれるという民俗行事として綱引きの原型が残っている地域があります。

こういった戦争・闘争のテクニックや民俗行事としての性質をもったものがだんだんと競技性をもつようになり,近代スポーツへと発展していき,19世紀にはどのスポーツも専門組織によって整備されたルールによって運営,実施されるようになりました。一方,殖産興業,富国強兵の明治期の日本では遊戯としての要素をもったスポーツはなかなか受け入れられず,国民体育の一環として認識されるようになりました。

2)運動会の始まり

大玉運び 運動会によくある風景

明治7年(1874年),海軍兵学校で東京大学予備門で英語教師イギリス人ストレンジの指導で行なった競闘遊戯会がはじまりといわれています。そして日本の学校制度の中の行事としての運動会は、明治29年(1896年)に初代文部大臣の森有礼が横浜の外国人租界地で見物した陸上競技会を体育教育(集団訓練)に有効と判断し、全国の小中学校で運動会を催すよう訓令を発したのがその発端でした。運動会は近代国家の形成期において学校を中心とする地域社会の連帯を再確認し,強固なものとしました。その名残が今でも町内や地区で開催される市民運動会で,子供たちだけでなく,その保護者や子供のいない大人たちも積極的に参加して地域社会の統合に寄与したのでした。

3)運動と疲労(以下,専門的なお話になります)

人間は運動や仕事によって「疲れ(疲労)」を感じるようになります。一般に「疲労」とは身体的なものであったり,精神的なものであったり,原因や感じる部分によっても生理的,病的,全身,局所などさまざまですが,今回はスポーツがテーマですので,運動による身体的疲労に限定します。疲労のメカニズムには.┘優襯ーの枯渇,疲労物質の蓄積,9云鐇の失調などがあげられます。

アデノシン三りん酸 アデノシン三りん酸の構造

人間はスポーツ競技や運動によって筋肉を収縮させたり伸ばしたりします。筋肉を伸び縮みさせるときのエネルギー源はアデノシン三りん酸(ATP)という物質です。この物質にはりん酸が3つ結合しており,分解反応によってりん酸が1つ外れるとアデノシン二りん酸(ADP)という物質に変化します。このときATP1モル(1モルという単位は6.02×1023個の分子の集まりに相当します。鉛筆などで12本をまとめて「1ダース」というのと同じです。)あたり7.3kcalのエネルギーが放出され,このエネルギーが筋肉の収縮に利用されます。

このATPは筋肉の中にもともとごく少量蓄えられていますが,垂直とびなどのわずかな運動ですぐに消費されてしまいます。よって継続して運動していくにはATPを体内で再合成してエネルギー源を補給する必要があります。体内では運動の程度,時間などによって以下のような複数の経路でATPが合成されてエネルギー物質として消費されていきます。このATPは筋肉の中にもともとごく少量蓄えられていますが,垂直とびなどのわずかな運動ですぐに消費されてしまいます。よって継続して運動していくにはATPを体内で再合成してエネルギー源を補給する必要があります。体内では運動の程度,時間などによって以下のような複数の経路でATPが合成されてエネルギー物質として消費されていきます。

ATPの再合成経路 ATPの再合成経路

ATP-PC系合成過程:クレアチン・りん酸(PC)の分解によってATPを再合成します。しかし,この過程で合成されるATPは50mを全力疾走するような瞬発的な激しい運動ですぐに消費されてしまいます。

LA系合成過程:グリコーゲン(糖)を無酸素状態もしくは筋肉中の酸素を用いて分解(「解糖」といます)し,その際に生じたエネルギーを用いてADPからATPを再合成します。数百mを全力で走るような運動の場合には,ATP-PC系過程に加えて,LA系過程が併用されます。この系ではATP合成の結果,同時に乳酸(Lactic Acid)が生成し,筋肉に蓄積されます。

有酸素系合成過程:数km以上を走るような運動では上記2つの過程に加えて,有酸素状態でのATP合成が行われるようになります。すなわち,LA系過程によって乳酸が蓄積し,筋肉や血液が酸性化してくると呼吸中枢が刺激され,空気中から酸素を摂取するようになります。体内に摂取された酸素イオンは,クレーブス・サイクル(「TCAサイクル」または「カルボン酸回路」ともいます)という代謝過程において,脂肪や糖が分解されて生じた炭素イオンと水素イオンを二酸化炭素や水として体外に排出したり,乳酸からATPを再合成したりするのに役立っています。この代謝過程によって生成したエネルギーがADPからATPを再合成するのに用いられています。

また激しい運動は体温を上昇させ,その結果発汗現象を引き起こし,体内の血液分布を変化させます。このような制御機構を生理的恒常性(ホメオタシス)といい,猛暑中での激しい運動などによる発汗や呼気中の水蒸気の放出などによって過度に水分が失われると,同時にカリウムイオンやナトリウムイオンなどの電解質も失われ,細胞膜の興奮性の低下,興奮伝導速度の減少など恒常性に乱れが生じ,熱中症などの病的状態を引き起こします。

4)水分補給と体内の電解質の役割

スポーツや運動によって汗をかきます。体重の1%に相当する量の汗をかくと,体温は約0.3℃上昇するそうですが,そのまま水分補給をしないで汗をかき続けると,どんどん体温が上昇し体内の恒常性に乱れが生じてしまいます。それを防ぐためには運動前に250〜500cc,運動中に発汗量の50〜80%の水分補給をするのが原則で,たとえ汗をかいた量がわからなくても自由に水を飲むことによって発汗量の80%が補給されるのだそうです。しかし,発汗量が多くなってくるとそれに伴って血液中の電解質濃度も減少するために,単に水を飲むだけでは血液中の電解質濃度を余計に下げてしまいます。その結果,電解質濃度を一定に保とうとしてさらに発汗量が増えてしまいます。これを避けるためにも0.2%程度の食塩水かイオン飲料水を飲むのが効果的です。

体内の電解質で発汗によって失われやすいものとしては,ナトリウム(Na+),カリウム(K+),カルシウム(Ca2+),マグネシウム(Mg2+)などの各イオンがあげられます。では体内で電解質はどのような役割を果たしているのでしょうか。これらのイオンは神経系統における刺激伝達,各種酵素反応の活性化,筋肉収縮などの多くの生理機能と深い関係があります。ナトリウムとカリウムは,細胞膜にある(Na++K+)活性化ATPアーゼという酵素がポンプの役割を果たして細胞の内外にくみ出されたり,取り込まれたりしてイオンの流れを作り出します。これが電気的刺激となって筋細胞に伝えられ,筋細胞内の筋小胞体からCa2+が放出されて筋肉を構成しているたんぱく質のうちの一つと結合し,筋構成たんぱく質の形状変化を引き起こします。その結果,筋肉たんぱく質の一つであるミオシンの末端のATPが加水分解されてエネルギーを放出し,ミオシンの形状変化が引き起こされて筋肉の収縮となってあらわれます。このCa2+が放出されたままだと,筋肉の収縮状態が続いたままになるが,Ca2+は小胞体のCa2+ポンプ(Ca2+-ATPアーゼという酵素)を作動されるため,再び小胞体内に戻されて筋肉はもとの状態に戻ることができます。人間のからだは非常に複雑にできているんですね。

※参考文献

1)Webサイト「加藤秀俊・著作データベース−スポーツの文化社会学−」
   http://homepage3.nifty.com/katodb/doc/text/1144.html

2)「一億人の化学1 スポーツと化学」日本化学会編,大日本図書(1996).

3)大塚製薬Webサイト「学術情報−からだと水の生理学・2006−」
   http://www.waterlanders.com/karada/01.html

4)「生命の無機化学」松島美一,高島良正,廣川書店(1984).

5)「未来の生物科学シリーズ23 生命と金属」落合栄一郎,共立出版(1993).

6)「ブルーバックス 金属は人体になぜ必要か」桜井 弘,講談社(1996).

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