コラム

日本の四季を化学する−第2回 七夕の化学−

先月から始まりました,シリーズ「日本の四季を化学する」。今回は,7月ということで七夕を化学してみましょう。

1)「七夕」のルーツ

「七夕」(たなばた)は,と中国から伝わった「牽牛(けんぎゅう)星」,「織女(しょくじょ)星」伝説および手芸や芸能の上達を祈願する習俗「乞巧奠(きこうでん)」が,奈良時代の棚機津女(たなばたつめ)の伝説と習合したものと考えられています。

「棚機津女」伝説は「古事記」に記されており,村の厄除けを祈願し,神の一夜妻となるために衣を織って神の降臨を待つ棚機津女という巫女の伝説です。「たなばた」の語源はこの巫女の名前に由来するというのが最も一般的な説だそうです。

また宮中では五節句(七草の節句,桃の節句,端午の節句,七夕の節句,重陽の節句)の一つに数えられる宮中行事「七夕(しちせき)」として奈良時代から行われていましたが,江戸時代には織姫が織物などに長けていたことに因んで,手習い事上達の願掛けとして広く一般庶民にも広まりました。このとき「たなばた」と呼ばれるようになりましたが,漢字は「七夕」がそのまま使われたのが現在の七夕です。また笹に願い事を書いた短冊を飾るようになったのもこのころからといわれています。

2)笹の葉,さ〜らさら・・・

童謡「たなばたさま」の一節に「笹の葉 さ〜らさら」とありますが,七夕といえば色とりどりの飾りを施して願い事を書いた五色の短冊を飾りつけた笹が夏の風物詩となっています。

まだ宮中行事であったころは梶(かじ)の葉が飾り付けに用いられていたようですが,江戸期に庶民に広まってからは竹に五色の願い事の糸を垂らすようになり,元禄のころから吹流しなどを飾りつけ,短冊に学芸上達などの願い事を書いて飾るようになりました。この笹は正月の門松と同じく,神の降臨のよりどころを示すものとされ,短冊は四手(しで)[神事のしめ縄に垂れ下がっている紙]が変化したものだそうです。

3)宇宙観(自然観)と色

ところで,この”五色の短冊”はなぜ五色なのでしょうか?これは中国の陰陽思想である「五行説」に由来します。「五行説」というのは古代中国の紀元前3世紀ごろ(周王朝後期の戦国時代)の陰陽思想家によって完成された自然哲学で,すべての森羅万象の根源は木・火・土・金・水の五つの元素から成り立っているという考え方です。

もともと古代中国の物質観は「陰」と「陽」の相補的な性質をもった二元的なものでした。これは古代ギリシャの物質観に比べると非常に抽象的なものでしたが,自然界には「天」と「地」,「光」と「闇」など相反する事象が数多く存在することを考えると,理にかなったものではありました。この陰陽思想と五行説が一つとなった陰陽五行説では,万物は木・火・土・金・水の五つの元素(五行)が互いに影響し合って変化,循環しているという考え方が根底に存在します。

たとえば,

  • 「木」は燃えて「火」を生じる。
  • 「水」は「火」を消す。
  • 「金」(金属や鉱物)は「土」の中にあって,「土」を掘ると金属を得ることができる。
  • 「火」は「金」(金属)を熔かす。

などです。季節も五行の変化によって起こると考えられ,季節,節句(五節句),方位,味,感覚などあらゆるものが五行に割り当てられました。色に関しても「木」→「緑」,「火」→「紅」,「土」→「黄」,「金」→「白」,「水」→「黒」のように五色が割り当てられています。

五行思想における五行への割り当て
五行
五色
五時 土用
五方 中(中央)西
五節句人日(七草の節句)上巳(桃の節句)端午(端午の節句)七夕(七夕の節句) 重陽(重陽の節句)
五感 皮膚
五塵色(視覚)声(聴覚) 香(嗅覚)味(味覚)触(触覚)
五星歳星(木星)螢惑(火星)填星(土星)太白(金星)辰星(水星)
五畜

すなわち七夕の五色の短冊は,万物の根源となる色を飾り付けることによって神々の加護を得ようとしたのがその始まりのようです。ちなみに端午の節句(5月5日)に掲げるこいのぼりの吹流しも通常五色であり,森羅万象のエネルギーを得て子供たちがすくすくと育つようにという願いが込められているのではないでしょうか。

4)織女・牽牛伝説

織女と牽牛

七夕という行事を語るうえでなからず出てくるのが,この織女(織姫)と牽牛(夏彦)の伝説です。

天帝の娘である織女は働き者の牽牛という牛飼いの若者と恋におち,天帝は二人の結婚を認めました。しかし,あまりの結婚生活の楽しさから二人とも仕事を怠けるようになってしまい,天帝の怒りをかってしまいます。怒った天帝は天の川によって二人を引き離してしまいましたが,年に一度だけ天の川を渡って会うことを許されました。

夏の夜空に輝く星座のうち,こと座のベガは織女,わし座のアルタイルが牽牛,そして「天の川」が怒った天帝が作り出した川に擬えられます。通常,市街地の明かりなどのため,天の川はおろか,1等星がやっと見えるくらいですが,都会でも星空の見えるプラネタリウムなどで職員の方が解説してくださるときには必ず出てくる話です。

5)おまけ:宇宙は何でできている?

天の川銀河

では,この天の川の正体は何でしょうか?天の川は地球を含む太陽系が存在している銀河系(天の川銀河)の断面を地球上から見た結果,川のように白く帯状に見えるもので,白く見えるのはすべて恒星の集まりです。銀河系は直径10万光年(1光年は光速[1.07×109km/h]で1年かかる距離)ほどの渦巻状の星系で,横から見ると直径が約10万光年の中心部が膨らんだレンズ状の形をしており,地球がある太陽系は中心部から約2万6000光年に位置しています。織女のベガは地球から約25光年離れ,牽牛のアルタイルは約16光年,そしてベガとアルタイルは約15光年離れています。

恒星間の空間には水素とヘリウムを主成分とする星間物質と呼ばれる希薄なガス体が分布しています。このほか宇宙全体でみると炭素,酸素,鉄などの元素も存在します。

恒星は自らの質量で星間物質が凝集したガス体で,太陽のように自ら光を放出しています。誕生したばかりの恒星は水素とヘリウムから構成され,収縮によって中心部の温度が107K(1K=273℃)を超えると水素の核融合反応が起こり,水素の量は減少してヘリウムの量が増大し,さらに重力収縮が始まります。温度が108K以上になるとヘリウムから炭素,酸素などが生成する核反応が活発になり,鉄よりも軽い元素が生成します。鉄よりも重い元素はそれまでの核反応により放出された中性子が逆に取り込まれる反応によって合成されます。

終末期の恒星はこれらの重い元素を含む表面物質を放出し,その一生を終え,放出された表面物質と星間物質が混合し,新しい恒星が誕生します。太陽はこのようにして誕生しました。太陽が誕生した際に周辺に取り残された重い元素を含んだ星間物質は冷やされて重い元素を主成分とする固体粒子が無数に生成しました。これらは太陽の引力と遠心力によって太陽の赤道面に集まり,その過程で衝突を繰り返して成長し,やがて微小天体が誕生しました。地球のような惑星はこのような微小天体が引力によってさらに衝突を繰り返して誕生したと考えられています。

これらは誰かが目撃したわけではありませんが,さまざまな科学的方法(宇宙線,放射光の計測,隕石の分析など)によって明らかになっていきました。今年はすでに七夕は過ぎてしまいましたが,牽牛と織女は15光年の距離をものともせず,無事に一夜限りのデートをすることができたのでしょうか。

※参考文献

1)「ぎょうじのゆらい」野間佐和子,講談社(2002).

2)「中国古代の科学」薮内 清,講談社学術文庫(2004).

3)「科学と自然観」菅野礼司,佐藤 任他,東方出版(1995).

4)「地球の化学と環境」多賀光彦,那須淑子,三共出版(1994).

5)「地球化学入門」半谷高久ほか著,丸善(1988).

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