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アルディピテクス・ラミダス
(Ardipithecus ramidus )




私たち人間はいつ頃生まれ、そしてどんな歴史をたどってきたのでしょう・・・?
サヘラントロプス・チャデンシスの復元図人類進化年表ダビデ像から



アルディピテクス・ラミダス   写真及び復元イラストКомпьюлентаから                                                                           戻る
出土した骨の細片
筋肉と外観復元図
骨格復元図



440万年前、最古の人類像を復元 森に住み木登り得意朝日新聞2009.10.02から)                                      戻る


 最古の時期の人類は森で暮らし、木登りをする一方で、二足歩行も可能だった。東京大総合研究博物館の諏訪元(げん)教授らの国際的な研究グループが、約440万年前の人類、アルディピテクス・ラミダス(ラミダス猿人)の化石から全身像を復元することに成功し、生活の様子がわかった。約400万~100万年前に草原で暮らしていた猿人アウストラロピテクスよりさらに古い人類像が、初めて描き出された。2日付の米科学誌サイエンスで発表される。
 ラミダス猿人は諏訪教授らが92年にエチオピアで歯の化石などを発見し、94年に英科学誌ネイチャーで発表した。その後、同じ地域から36体分、110標本が見つかった。復元された個体は94年から破片の状態で発見され、約15年かけて復元と分析を続けてきた。この成果で、最古の人類の生活などをめぐる教科書の記述が書き換えられる可能性がある。
 頭蓋骨(ずがいこつ)がきゃしゃで、犬歯が他の個体より小さいことから女性と推定され、「アルディ」の愛称が付けられた。身長120センチで体重50キロ、脳の大きさは300~350ccとみられる。脳はアウストラロピテクス(500cc程度)よりも小さくチンパンジー(350~400cc)に近い。
 骨盤はチンパンジーより丈が短く地上での二足歩行が可能で、こぶしを地面につけるチンパンジーのような歩き方はしていなかった。足裏に土踏まずがないなど、アウストラロピテクスより原始的な特徴も備えており、木登りもしていた。
 犬歯は、チンパンジーなどが持つ武器としての犬歯に比べると、アウストラロピテクスなどと同じく小さかった。雌雄の体格差も少ないため、現代人のように雄と雌がペアで生活する社会構造へつながる特徴だという。
 他の歯も含めた分析からは、硬いものや草原性の植物はほとんど食べないものの、森の中の果実や葉、昆虫などを食べる雑食性だったこともわかってきた。
 これまで全身に近い人類骨格は、「ルーシー」の愛称を持つ約320万年前のアウストラロピテクスのものが最古だった。ラミダス猿人より古い人類化石には、チャドで見つかったサヘラントロプス・チャデンシス(約700万年前)、ケニアで見つかったオロリン・ツゲネンシス(約600万年前)などがあるが、化石が部分的で姿や生活についてはよくわかっていない。
 諏訪教授や米カリフォルニア大バークリー校のティム・ホワイト教授を中心とする今回の研究グループは、これらの化石の特徴がラミダス猿人と似ていることから、アルディの姿が最古の人類像を代表するものと考えている。
 今回の発表は11本の論文からなる。同時に発掘された動植物の化石なども分析し、当時の自然環境やラミダス猿人の食性まで幅広く研究・考察されている。(松尾一郎)




440万年前のアルディピテクス・ラミダス骨格「アルディ」の全貌がついに発表河合信和氏 Kawai's Anthropology Homepagesから)       戻る

 
 1994年に発見以来、脆い骨をラボで慎重に取り上げる作業と復元・分析作業が続けられていたアルディピテクス・ラミダス骨格の全貌が、2日付のアメリカ科学誌「サイエンス」で、異例の11本の記事特集を組んで発表された。報告したのは、アメリカ、エチオピア、日本などの国際的研究チーム。
 ラミダスは、カリフォルニア大バークリーのティム・ホワイト教授の率いる国際チームに加わっていた東大教授(現)の諏訪元氏が、92年にエチオピアのアラミスで初めて上顎第3大臼歯を発見し、人類起源を440万年前に遡らせたことで知られる。その2年後に見つかった全身骨格は、未発表のまま、長く謎に包まれていた。
 頭蓋がきゃしゃで、犬歯が小さいことなどから成人女性と推定される「アルディ」と名付けられた骨格は、頭蓋、腕、足、骨盤など約120点から成る。生存時の身長は約120センチ、体重約50キロと推定された。チームは、同地区で別のラミダスの化石36個体分、110点の標本も見つけており、これらの分析も併せて行われた。
 アルディの特徴は、予測されたように類人猿とヒトとを寄せ集めたようなモザイク状で、足指はチンパンジーほど器用ではないが物を把握する構造をしており、ヒトの足と異なり、アーチ状になっていない。にもかかわらず骨盤上部から二足歩行に適応した構造をしていた。しかし骨盤下部は類人猿に似た特徴も残す。顎や歯の特徴から、果実や木の実、昆虫、小動物などを食べる雑食性だったと見られる。
 こうしたことから、ラミダスは樹上性で、直立二足歩行はできたが、後続するアウストラロピテクス・アファレンシスほど二足歩行に適応していなかったと見られる。動物相から当時の環境は森林だったと考えられており、アルディはもっぱら樹上生活しつつ、時折、地上に降りて二足歩行していたようだ。
 なおアルディにナックル・ウォーキングの可能性を認められなかったという。
 アルディの脳サイズは、アファレンシスより小さい300~350㏄と推定され、チンパンジーと大差ない。
 アルディ化石は、これまで最古とされたアファレンシスの雌個体「ルーシー」の318万年前より120万年も古く、成人では最古の骨格の1つと言える(同じエチオピアで発見されたアファレンシス女児「セラム」の年代は約330万年前)。こうした分析から、樹上性を残す不完全な直立二足歩行者であったラミダスは、ヒトの大きな特徴である犬歯の縮小が明瞭に起きていたことが判明した。ヒト化は、犬歯の縮小が先行していた可能性を示唆するものである。
 また雌雄の複数個体の分析から、ラミダスの雌雄の体格差の小さいことも明らかになった。ラミダスの社会構造を占う材料と言える。
 なお偶然なのだろうが、アルディもルーシーも、そしてセラムも雌であることは興味深い。
 これまでに起源的人類としては、700万年前の「サヘラントロプス・チャデンシス」頭蓋化石、600万~580万年前の「オロリン・ツゲネンシス」の大腿骨化石、580万~520万年前の「アルディピテクス・カダッバ」の手や腕の骨、顎骨片などが見つかっているが、いずれも全身の一部でしかない。これらより一段新しいラミダスだが、完全な骨格の全貌が明らかにされたことは極めて意義深いと言えよう。
 なお諏訪氏は、アフリカでの人類化は700~1000万年前に溯る可能性がある、と指摘している。                 
           (2009年10月3日・河合信和氏―編者注)



                                   
Ardipithecus ramidus (アルディピテクス・ラミドゥス)プレスリリースScienceJapanから)          戻る

「ルーシー」より前に「アルディ」がいた:最古のヒト科に関する初の大規模分析、Science特集号に発表

Science特集号で各国の科学者から成る研究チームが初めて、約440万年前に現在のエチオピアに生息していたヒト科の1種であるArdipithcus ramidus(アルディピテクス・ラミドゥス)について詳細を明らかにした。本研究報告は詳細論文と概要要約の計11本の論文で構成されており、2009年10月2日号に掲載される。Scienceは非営利団体、米国科学振興協会(AAAS)が発行する科学誌である。

本研究報告は「アルディ」と呼ばれるヒト科女性の一部の化石骨を含むArdipithecus の化石に関する初の査読を受けた包括的論文である。

ヒトとチンパンジーの最後の共通祖先は600万年以上前に生息していたと考えられている。
Ardipithecus自体がその共通祖先ではないが、多数の共通する特徴があると思われる。ちなみにArdipithecusは、「ルーシー」の呼び名で知られる女性のAustralopithecus afarensis(アウストラロピテクス・アファレンシス)より100万年以上も古い。このArdipithecusの化石骨が新たに発見されるまでは、Australopithecusより時代が古いというエビデンスを有する別のヒト科の化石記録はほとんど存在しなかった。

研究者らは頭蓋骨、歯、骨盤、四肢などの骨片を分析した結果、Ardipithecusが中新世の霊長類であるその祖先と共通する「原始形質」と、後に出現したヒト科とのみ共通する「派生形質」の両者が認められることを確認した。

より時代が古いArdipithecusを発見できたことから、今なお明確にはされていないヒトとチンパンジーの最後の共通祖先の解明が前進した。ただArdipithecusの形質の多くは、現生のアフリカ類人猿にはみられないものであることから、ヒトとアフリカ類人猿が共通祖先を持っていた時代以降、アフリカ類人猿は飛躍的な進化を遂げたと考えられるという驚くべきひとつの結論が導かれた。そのため、最後の共通祖先として、またその時代以降の人類の進化を理解するのに、現生するチンパンジーとゴリラが適切なモデルであるとは言えない。

「ArdipithecusにAustralopithecusほど進化していない形質がある。全身レベルでArdipithecusをみると、それはチンパンジーでもヒトでもない寄せ集めのような姿をしている。それがArdipithecusの特徴である」と本研究筆頭著者の1人であるカリフォルニア大学バークレー校のTim Whiteは述べている。

「このように完全な化石骨と同時代に生息した同種の個体を多数調査することで、Ardipithecusの生態を真に理解できる」と本研究に参加し、Scienceの論文の筆頭著者も務めた東京大学の古人類学者、諏訪元は述べている。

「これらの論文には国際研究チームが実施した大規模な研究で収集・分析した膨大な量のデータが盛り込まれている。それらのおかげで、初期のヒト科がアフリカ類人猿との最後の共通祖先から分化した後にアフリカで定住しようとしていた頃の未知なる人類の進化の時代を解明するための扉が開かれた」とScienceの物理科学担当副編集長Brooks Hansonは述べている。

「Scienceはこのような新しい情報を豊富に発表できることを嬉しく思っている。今回の研究結果から、ヒト科の進化のルーツやヒトを霊長類の中で特殊な存在にならしめた要因を究明するための貴重な洞察を得ることができる」とHansonは続けている。

Science特集号の冒頭論文は今回の研究の主要結果をまとめた概要論文で、Whiteらが「アルディ」と呼ばれる体重50キロ、身長120センチの女性の頭蓋骨、四肢、骨盤を含む部分的な化石骨など、110を超えるArdipithecusの標本の発見を紹介している。

これまで一般に、チンパンジー、ゴリラ、その他の現生アフリカ類人猿はヒトとの最後の共通祖先の特徴を多数持っている?言い換えれば、祖先であると考えられている種は、ヒトよりもチンパンジーに似て、たとえば木の枝にぶら下がって移動するのに適応し、前肢を地面に付けて歩いていると思われていた。

しかし、Ardipithecusに関する研究ではこの説を問う結果が出た。Ardipithecusは森林地帯に住み、中新世の霊長類と同様に四肢を枝に這わせて木を登り、地上では直立二足歩行を行っていた。チンパンジーのように前肢の指を地面に付けて歩いたり、木の枝をぶら下がって移動しながら大半の時間を過ごしたりすることはなかったと思われる。結論として、今回の研究結果がヒト科とアフリカ類人猿はそれぞれが別の進化経路を辿ったことを示唆していることから、もはやチンパンジーをわれわれの最後の共通祖先のモデルとみなすことはできない。

「ダーウィンはこの件に関して非常に賢明であった」とWhiteは述べている。

「ダーウィンは、きわめて慎重に検討すべきであると述べている。最後の共通祖先の姿を真に突き止めるにはそれを発見しに行くしかない。われわれはその共通祖先に非常に近い種を440万年前の時代に発見した。そしてダーウィンも認めているように、類人猿とヒト科は、分化して以降、つまり最後の共通祖先以降は、別々に進化を遂げた」とWhiteは述べている。

今回のScience特集号には概要論文、Ardipithecusの生息環境を記述した3本の論文、Ardipithecusの特殊な生体構造を分析した5本の論文、今回の新しい科学情報が人類の進化に対して示唆するものを考察する2本の論文が掲載されている。

Ardipithecusとその生息環境に関する今回の総合研究には、世界中から計47名の著者が参加した。筆頭著者はカリフォルニア大学バークレー校のTim White、アジスアベバにあるリフトバレー研究所のBerhane Asfaw、ロスアラモス国立研究所のGiday WoldeGabriel、東京大学の諏訪元、ケント州立大学のC. Owen Lovejoyである。

「この研究、アフリカの遠い過去に関するわれわれの取り組みの成果である」と本プロジェクトの共同ディレクターでもある地質学者のWoldeGabrielは述べている。

                 
                 

Ancient Skeleton May Rewrite Earliest Chapter of Human Evolutionサイエンス誌から戻る

By Ann Gibbons
ScienceNOW Daily News
1 October 2009

 Researchers have unveiled the oldest known skeleton of a putative human ancestor--and it is full of surprises. Although the creature, named Ardipithecus ramidus, had a brain and body the size of a chimpanzee, it did not knuckle-walk or swing through the trees like an ape. Instead, "Ardi" walked upright, with a big, stiff foot and short, wide pelvis, researchers report in Science. "We thought Lucy was the find of the century," says paleoanthropologist Andrew Hill of Yale University, referring to the famous 3.2-million-year-old skeleton that revolutionized thinking about human origins. "But in retrospect, it was not."

 Researchers have long argued about whether our early ancestors passed through a great-ape stage in which they looked like protochimpanzees, with short backs; arms adapted for swinging through the trees; and a pelvis and limbs adapted for knuckle-walking (Science, 21 November 1969, p. 953). This "troglodytian," or chimpanzee, model for early human behavior (named for the common chimpanzee, Pan troglodytes) suggests that our ancestors lost many of the key adaptations still found in chimpanzees, bonobos, and gorillas, such as daggerlike canines and knuckle-walking, which those apes were thought to have inherited from a common ancestor.

 Evidence has been hard to come by, however, because there are almost no fossils of early chimpanzees and gorillas. Until now, the oldest known skeleton of a human ancestor was Lucy, who proved in one stroke that our ancestors walked upright before they evolved big brains. But at 3.2 million years old, she was too recent and already too much like a human to reveal much about her primitive origins. As a result, researchers have wondered since her discovery in 1974, what came before her--what did the early members of the human family look like?

 Now, that question is being answered in detail for the first time. A multinational team discovered the first parts of the Ar. ramidus skeleton in 1994 in Aramis, Ethiopia. At 4.4 million years old, Ardi is not the oldest fossil proposed as an early hominin, or member of the human family, but it is by far the most complete--including most of the skull and jaw bones, as well as the extremely rare pelvis, hands, and feet. These parts reveal that Ardi had an intermediate form of upright walking, a hallmark of hominins, according to the authors of 11 papers that describe Ardi and at least 35 other individuals of her species. But Ardi still must have spent a lot of time in the trees, the team reports, because she had an opposable big toe. That means she was probably grasping branches and climbing carefully to reach food, to sleep in nests, and to escape predators.

 Most researchers, who have waited 15 years for the publication of this description and analysis, agree that Ardi is indeed an early hominin. This is an extraordinarily impressive work of reconstruction and description, well worth waiting for," says paleoanthropologist David Pilbeam of Harvard University. But he takes issue with the idea that the common ancestor of chimps and humans didn't share many traits with the African apes. "I find it hard to believe that the numerous similarities of chimps and gorillas evolved convergently," he says. Regardless, the one thing all scientists can agree on is that the new papers provide a wealth of data for the first time to frame the issues for years. "It would have been very boring if it had looked half-chimp," says paleoanthropologist Alan Walker of Pennsylvania State University, University Park.

 An in-depth version of this story, and the research papers, will be available as a free web feature this afternoon.
To participate in a Facebook chat on this topic with Ann Gibbons, please visit ScienceNOW's Facebook page.



                                                       
Ardipithecus ramidusサイエンス誌オンライン特集から)                                   戻る

 In its 2 October 2009 issue, Science presents 11 papers, authored by a diverse international team, describing an early hominid species, Ardipithecus ramidus, and its environment. These 4.4 million year old hominid fossils sit within a critical early part of human evolution, and cast new and sometimes surprising light on the evolution of human limbs and locomotion, the habitats occupied by early hominids, and the nature of our last common ancestor with chimps.

 Science is making access to this extraordinary set of materials FREE (non-subscribers require a simple registration). The complete collection, and abridged versions, are available FREE as PDF downloads for AAAS members, or may be purchased as reprints.

Editorial

  Understanding Human Origins

News Focus

  A New Kind of Ancestor: Ardipithecus Unveiled
  Habitat for Humanity
  The View from Afar

Introduction

  Light on the Origin of Man

Research Articles

  Ardipithecus ramidus and the Paleobiology of Early Hominids
  The Geological, Isotopic, Botanical, Invertebrate, and Lower Vertabrate Surroundings of Ardipithecus ramidus
  Taphonomic, Avian, and Small-Vertebrate Indicators of Ardipithecus ramidus Habitat
  Macrovertebrate Paleontology and the Pliocene Habitat of Ardipithecus ramidus
  The Ardipithecus ramidus Skull and Its Implications for Hominid Origins
  Paleobiological Implications of the Ardipithecus ramidus Dentition
  Careful Climbing in the Miocene: The Forelimbs of Ardipithecus ramidus and Humans Are Primitive
  The Pelvis and Femur of Ardipithecus ramidus: The Emergence of Upright Walking
  Combining Prehension and Propulsion: The Foot of Ardipithecus ramidus
  The Great Divides: Ardipithecus ramidus Reveals the Postcrania of Our Last Common Ancestors with African Apes
  Reexamining Human Origins in Light of Ardipithecus ramidus

Meet the Authors

Video thumbnail showing Tim D. White.



「本文」                                                  戻る

Ardipithecus ramidus and the Paleobiology of Early Hominidsサイエンス誌から)



Science誌の「Breakthrough of the Year 2009」で1位!
      
                
本文



最古の人類、解釈煮詰め15年                 戻る

                              東京科学グループ・米山正寛、松尾一郎、アメリカ総局・勝田敏彦

 約440万年前、現在のエチオピアの地に暮らしていたラミダス猿人(アルディピテクス・ラミダス)。「アルディ」と呼ばれる成人女性の骨格化石をもとに、アウストラロピテクスより古い時代の人類像が初めて明らかにされた。米カリフォルニア大バークリー校のティム・ホワイト教授らの国際グループは、米科学誌サイエンスで11本の論文を公表するまで、発見から15年かけて最古の人類の解釈を熟成させた。




 ラミダス猿人の化石を1992年12月に初めて見つけたのは、国際グループに加わる諏訪元・東京大総合研究博物館教授だ。歯などの化石をもとに94年9月、ホワイトさんらと英科学誌ネイチャーに発表した。

 アルディが見つかったのはその2カ月後。熱帯の乾燥地帯で風化しかけた化石は、持ち上げただけでバラバラになるような状態だった。少しずつ露出させては補強剤をしみこませる発掘作業が97年まで続いた。周りの土ごと固めて研究室に持ち込み、顕微鏡の下で破片を取り出すこともあった。

 本来なら高さ10センチ程度の頭骨が、発見時は4センチ以下につぶれていた。バラバラになった破片からの復元にはマイクロCT(コンピューター断層撮影)が活躍した。諏訪さんは機器の調整に2年以上をかけ、国立科学博物館(科博)の河野礼子研究員らと、03年暮れに破片から大量の画像を撮影するのに成功した。

◇47人が論文11本

 画像をもとに、コンピューター上で破片の変形を直しつつ組み立てるのは、あたかも立体パズルだった。納得のいく結果が出たのは今年3月。グループ内では並行して、アルディの全身骨と発掘した膨大な動植物化石の分析、それらに基づく生活ぶりの考察が進められ、総勢47人による11本の論文がまとめられた。

 「ラミダス猿人が新しい人類なのは特徴的な歯が数点そろった92年の時点でわかった」と諏訪さん。「貴重なアルディ化石から未知だった最古の人類像をどう評価するか。グループとして証拠を固め、解釈を詰めて発表しようと考えた結果だ」と、15年という時間経過を説明する。

 ラミダス猿人発見まで最古の人類とされた、アファール猿人(アウストラロピテクス・アファレンシス)「ルーシー」の骨格と比べると、ラミダス猿人の二足歩行はより原始的だった。「足に土踏まずがなく、大きな足の指で物をつかめた。木登りもできた」とホワイトさん。

 大きな犬歯を武器とする類人猿に対し、人類の犬歯は小さくなる方向に進化した。諏訪さんによると、ラミダス猿人の犬歯は「ぎりぎり人類側に入る形と大きさ」だ。その中でアルディの犬歯はかなり小さく、女性と判断する根拠になった。

 ただ犬歯の男女差は少なく、雌やボスの座をめぐって雄同士が争う行動は少なかった可能性が高い。群れの中には一夫一婦の関係が、生活単位としてあったのかもしれない。

 サバンナで草の根など土まじりの硬いものを食べたアウストラロピテクスに比べ、ラミダス猿人の臼歯は小さく、エナメル質は薄かった。地上と樹上をともに生活圏とし、開けた森の中で果実やキノコ、昆虫など軟らかい物を食べたらしい。

 森での生活は、歯に含まれる炭素と酸素の同位体分析、一緒に見つかるサルやコウモリ、カモシカなどの化石でも裏付けられた。47人の一人でゾウ化石を調べた兵庫県立大の三枝春生准教授は「鳥の種類、哺乳(ほ・にゅう)類の歯や足の骨の形の分析から当時の環境がわかる」と説明する。

 ラミダス猿人より古い人類化石には、約600万年前のオロリン・ツゲネンシス、さらに古いとみられるサヘラントロプス・チャデンシスなどがある。グループは頭骨と大腿(だい・たい)骨の形、犬歯の状態などを比べ、これらの間には似た点が多いと考える。

 科博の馬場悠男名誉研究員もその見方を支持する。「初期の人類は決して多様ではなかったようだ。古い人類化石は、すべてアルディピテクス属に含めても良いと思う」とグループの考え方に共感を示す。諏訪さんは「ラミダス猿人の姿を描き出すことで、アウストラロピテクスに先行した人類の姿を示せた」。

◇共通祖先に波及?

 チンパンジーなど現生類人猿と人類との共通祖先のイメージも修正されそうだ。これまでは、現生類人猿は共通祖先に近い姿を残し、そこから分かれたヒトが大きな進化を遂げたとの見方が強かった。

 チンパンジーは、こぶしを地面につけて歩き、木の枝にぶら下がるため、腕は脚より長い。だが、ラミダス猿人の腕はさほど長くなく、これに近い共通祖先も長い腕とは考えにくい。むしろ共通祖先と分岐後、チンパンジーの方が腕が長くなるような進化を遂げたとも考えられる。

 ペンシルベニア州立大のアラン・ウォーカー教授(人類学)は「現生類人猿の進化にも再考が求められる結果だ」と受け止めている。

《筆者の一人、米山正寛から》

 15年前まで、最古の人類と言えば約370万年前ごろに現れていたアファール猿人を指しました。直立二足歩行を示す「ルーシー」の骨格化石や、2本の脚で歩いた足跡化石が、1970年代に見つかっていました。こうした発見に基づいて人類の起源をめぐる議論が重ねられ、気候変動で東アフリカに乾燥したサバンナ地帯が生まれ、森林にいた類人猿の一部がサバンナへ進出し、二足歩行に移行したとする説が有力になっていました。

 そんな時に発表された約440万年前のラミダス猿人は衝撃的なものでした。長く人類進化史の研究に立ちはだかっていた400万年前の壁を破り、アウストラロピテクス(アファール猿人)より古い人類の姿が初めて垣間見られたのです。彼らはいったい、どんな生活をしていたのでしょうか。

 ラミダス猿人に続いて、500万~700万年前の人類とされるアルディピテクス・カダバ、オロリン・ツゲネンシス、サヘラントロプス・チャデンシスといった発見もありました。必ずしも年代が確実でない化石もあるようですが、人類が600万年前ごろに存在していたことは確実だと考えられるようになりました。しかし、これらは部分的な化石の発見にとどまっており、年代の記録は塗り替えられても、人類像を具体的に描き直すまでには至っていませんでした。

 ホワイト教授たちのグループがその後、さらに多くのラミダス猿人化石を見つけたことは、うわさとしては知られていました。しかし、その研究論文はなかなか発表されないままでした。そういうわけで、米科学誌サイエンスに掲載された今回の論文は、人類学の研究者の中で「まだかまだか」と待ち望まれていたものなのです。

 発表まで15年という歳月は、最近の自然科学の研究の中では長過ぎると受け止められるのかもしれません。ホワイト教授に対しては「時間がかかり過ぎている」といった理由から、ある年から出なくなった研究費もあったそうです。批判を意識してか、諏訪教授は東京大学での記者会見で、研究経過の説明に多くの時間を割くことになりました。

 それでも、二足歩行が森の中で誕生していた、といった内容を含む今回の論文は、人類学の中で有力視されていた説をくつがえす大きな意味を持ったのは間違いありません。400万~700万年前の人類をひとつのグループにまとめて考えてよいかどうかは、さらに多くの化石の発見を経て検討される必要がありますが、貴重な問題提起になっているのも事実でしょう。諏訪教授は自ら多くの時間を費やしたマイクロCTの結果などを示しながら、「この学問領域では、第一線のレベルに達した研究だという自負のもとで発表できた」と語っていました。

 現代の社会は、研究にもスピードと効率を求めるようになってきています。しかし、今回のような息の長い研究が実った時、私たちには他では得られない知的興奮がもたらされるようにも感じます。そうした可能性をどんな形で下支えしていくべきなのか。取材を通して改めて考えさせられました。

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