石川虚舟
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《致中和》
精気神
 
デュシャン・ガーデンズ
Duchamp Gardens
 
『悟真庵』庭園
 
《悟真庵》中・和
 
《谷神》無の用
 
《谷神》天地根
 
《離火の孔》
 
《太極台》
 
『悟真庵』水路
 
「内丹園」への小径
 
玄牝坂
 
せせらぎの径
 
石庭内経図
 
上丹田(泥丸)
 
仙人の郷
 
石川虚舟の石彫作品
 
 
 
 

  《飛翔》      photo 2018.  9. 19      ⇒ 《古法華の丘》 
 
2017年10月4日、「乾/坤」(天/地)の狭間に「盛砂」を造成。
「天の恵」である雨露が大地を浄化する様、それが「盛砂」の姿である。
白砂は、大雨の際、「石庭内経図への小径」に流れ落ちたもの。
 
2018年 8月 8日、「盛砂」の礎石を中心に四個の石をそれぞれ東、西、南、北に配置し、《致中和》と命名。
 
致中和、天地位焉、万物育焉、
『礼記』第三十一篇、『中庸』第一章(朱子章句第一章)
Effect balance and harmony, and heaven and earth are in place, myriad beings grow.   ⇒ 石川虚舟《中・和》 2018
 
 
 

  《致中和》2018〜    photo 2018.  9. 19 
 
四つ巴   Das Geviert
建物が四つ巴を保護する。建物は物であり、その方法で四つ巴を大切にする。四つ巴を大切にすること、つまり大地を救済し、天空を迎え入れ、神的なものを待ち受け、死すべきもののお伴をすること、この四重に大切にすることが、住まうことの唯一の本質なのである。なぜなら真の建物は、そのように、その本質において住まうことを刻印し、この本質に居を与えることなのである。
石川虚舟訳/ マルティン・ハイデガー 『建てる 住まう 思索する』 1951
Die Bauten verwahren das Geviert. Sie sind Dinge, die auf ihre Weise das Geviert schonen. Das Geviert zu schonen, die Erde zu retten, den Himmmel zu empfangen, die Göttlichen zu erwarten, die Sterblichen zu geleiten, dieses vierfältige Schonen ist das einfache Wesen des Wohnens. So prägen denn die echten Bauten das Wohnen in sein Wesen und behausen dieses Wesen.
MARTIN HEIDEGGER, "BAUEN WOHNEN DENKEN", 1951 
VORTRÄGE UND AUFSÄTZE, KLETT-COTTA, S.153.
  ⇒ マルティン・ハイデガー 「四徳の元」
  ⇒ 石川虚舟《泉に代えて》2010
 
石川虚舟【註】/「四つ巴」
Geviertの英訳は、fourfold。「四つの部分からなるもの」であるが、foldには蛇や縄の「とぐろのように巻いた一巻き」の意味がある。四つの部分が動的に輪をなす様として、ここでは和訳を「四つ巴」とする。
天と地の狭間に生きる人間は、身体と精神を有し、死後、「魂」は天に昇り、「魄」は大地に戻る。 『後天八卦』では、「震/兌」が「魂/魄」を意味する。ハイデガーのいう「死すべきもの」(Die Sterblichen)を「坎/離」(身体/精神)とすれば、「神なるもの」(Die Göttlichen)は「魂/魄」になる。
つまり、ハイデガーの「四つ巴」は、天空、大地、神なるもの(魂・魄)、死すべきもの(精神・身体)ということになる。