かごつるべさとのえいざめ
籠釣瓶花街酔醒

【見どころ】
まずは、花の吉原の花魁道中のあでやかさにとっくりと見入ってください。
最初は九重花魁が花道から舞台に向かって道中を進めてきます。
一行が奥へ向かったかと思ったら、今度は入れ替わりに、
八ッ橋の花魁道中があらわれて、舞台を横切っていきます。その絢爛たる様子。
匂うがごとき花も盛りたぁこのことか、と思っちゃいますですよ。
もう、舞台の中央でボケーッとみとれている次郎左衛門とおんなじ心境(笑)
八ッ橋は、花道にさしかかって七三のあたりで、なぜか次郎左衛門を振り返って
艶然と笑うんですな。その笑みを見て「宿へ帰るのがいやになった」と
次郎左衛門に言わしめるわけで、ここが、八ッ橋いちばんのしどころらしいです。
ついつい八ッ橋にばかり目が行ってしまうけど、一方、次郎左衛門はといえば、
羽織落しどころか手にしていた笠まで落としています(笑)お見のがしなく。
次は、やはり縁切りの場面でしょう。突然の八ッ橋の様変わりに狼狽していたのが、
やがて事の真相を悟り、恩を仇で返されて面目も丸潰れになった男が、
爆発しそうになる怒りや恨みをぐぐっと飲み込みながら言う
「花魁、そりゃ、あんまりそでなかろうぜ」以下の痛切なせりふも聞き応えあり。

【あらすじ】
本来は、全八幕という大長編らしい。主人公の次郎左衛門
父親の悪業のたたりであばた顔の醜い男に生まれたという因果話や、
妖刀籠釣瓶の由来などは、現在では上演されないので、
見染めから縁切り、そして殺しに至る主筋のみを紹介しておく。

「吉原仲之町見染」
下野佐野の絹商人次郎左衛門が下男の治六を連れて吉原にやってきた。
田舎者をだまして金をふんだくる男からふたりを救ったのは、
立花屋の主人長兵衛。その忠告をきいて宿へ帰ろうとしたところに
兵庫屋の花魁(おいらん)九重の道中が通りかかる。
あまりに見事なので見とれていると、続いて八ッ橋の道中がやってきた。
江戸一番とも言われる八ッ橋の、まばゆいばかりの艶やかさに、
次郎左衛門はすっかり魂を奪われてしまうのだった。

「立花屋見世先」「大音寺前浪宅」
一目惚れして以来、江戸に来る度に八ッ橋の元へ通い詰めてきた次郎左衛門
いずれ八ッ橋を身請けする気でいた。八ッ橋も誠意の限りを尽くしていた。
しかし、八ッ橋の親代わりとなっている釣鐘権八というのが悪い男で、
八ッ橋と次郎左衛門はいい金づる。今日も今日とて金の無心に立花屋にやってきた。
が、主人の長兵衛と女房のおきつにきっぱりと断られ、恨みを残して帰っていく。
その権八が出向いた先は、繁山栄之丞という浪人宅だった。
実は、栄之丞、八ッ橋の情夫(いろ)である。次郎左衛門に通い詰められていても、
八ッ橋は着物を仕立てて届けるなどして栄之丞に実を尽くしていた。
その栄之丞に対し、八ッ橋の身請け話の件を出し、嫉妬心を焚き付ける権八。
栄之丞は、話を確かめるために兵庫屋へ出かけることにする。

「兵庫屋二階遣手部屋」「兵庫屋廻し部屋」
部屋があくのを遣手部屋で待っているのは、次郎左衛門とその商売仲間。
店の者がたいそうもてなしをしてくれるので、仲間の手前、次郎左衛門は鼻が高い。
一方、八ッ橋栄之丞と会っていた。情夫の栄之丞から恨みごとを言われ、
さらには次郎左衛門に愛想づかしするなら疑いを晴らしてやると言われて困惑する。
恩を受けた人に今さらそんな不義理はできないとためらうが、
栄之丞との縁を切るかと詰め寄られ、愛想づかしすることを承知するのだった。

「兵庫屋八ッ橋部屋縁切り」
次郎左衛門の前に、やっと八ッ橋があらわれた。
しかし、のっけから「気分に障ることがひとつある」と無愛想
八ッ橋の身を心配する次郎左衛門に「ぬしと口をきくと病が起こる」と言い出した。
これまでとは打って変わった八ッ橋の態度に、周囲の者は戸惑いながらも
なだめたりすかしたり。だが、八ッ橋はガンとして「身請けはいやだ」の一点張り。
寝耳に水の縁切り話に、次郎左衛門の動揺は、もちろん並たいていではない。
やがて、戸口から中をうかがう男の姿に気づいた次郎左衛門は、
突然の愛想づかしの意味を察した。八ッ橋は悪びれもせず
「栄之丞は間夫(まぶ=恋人)」と公言して、席を立っていく。
商売仲間にも馬鹿にされた次郎左衛門は、思い詰めた様子で国へと帰るのだった。

「立花屋二階」
四ヶ月後、再び江戸に戻ってきた次郎左衛門は立花屋を訪れ、八ッ橋を呼んだ。
「今日から初会として遊ばせてくれ」と申し入れる次郎左衛門に、
あれ以来心がとがめていた八ッ橋も不義理を詫びる。
わだかまりは解けたかに見えた。ところが、人払いをしてふたりきりになると、
次郎左衛門は八ッ橋に向かって「この世の別れだ、飲んでくりゃれ」と杯を出した。
その言葉に驚いた八ッ橋が逃げようとすると、その裾を押さえ、一刀を浴びせた
刀は家伝の妖刀籠釣瓶、みごとな切れ味で、八ッ橋は絶命。
次郎左衛門は何かに憑かれたように、明かりを持ってきた下女も切り捨てると、
「籠釣瓶は切れるなぁ」と、にったりと妖刀に見入るのであった。

【うんちく】
明治二十一年(1888年)の初演(あら、以外と若い)。三世河竹新七の代表作。
愛想づかしをされた男が家伝の妖刀で遊女を惨殺するという講談を、
歌舞伎にアレンジしたものらしいが、その講談というのが、
江戸時代に実際に起きた事件をもとにしたものであるそうな。
下野(今の栃木県)佐野の次郎右衛門という男が、
兵庫屋の八ツ橋という花魁(おいらん)を吉原の茶屋で斬り殺したというものだ。
それが、なぜか次郎左衛門という名前に変わって、
「吉原百人斬り」にまで話は発展したらしい。
歌舞伎でも名前は次郎左衛門。ただし、百人斬りはしない。