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金属イオン封鎖剤



1.染色における用水の品質

従来から、反応染料の染色にとって水質の影響が大であることは、良く知られてきた。このため多くの染色工場では次の様な基準で染色用水を管理している。

                                                                   最大許容範囲
              総硬度                                                 50ppm
              pH                                                     7.0±0.5
              銅                                                      0.05ppm
              鉄                                                      0.05ppm
              塩化物イオン                                        300ppm

アルカリ土類金属及び重金属の存在は、簡易的には、市販されている試験紙(例.メルク試験紙)の使用で、より正確には滴定により定量できる。 重曹分の存在は、煮沸(5分)前後の用水pHを室温にて測定する事によりチェックできる。 重曹分の定量的測定は、メチルレッドを使用し塩酸滴定で可能であり、測定キットが市販されている。 得られる用水が上記の許容範囲を超えている場合には、適切な修正手段を講じなければならない。工場用水に硬水しか使用できない場合には、 イオン交換にて軟水化するか、適当な金属イオン封鎖剤を、準備工程、染色工程、ソーピング工程に渡って使用する事が必要である。 用水に重金属が含まれる場合には、 EDTA又はDTPAの使用が推奨されるが、含金属染料との併用は避けるべきである。 重曹分は、用水を事前に処理するか、必要なpHを各工程で調節することにより対処する。

こうした用水に対する修正手段は、染色の一発率の維持に必須であるが、 天然繊維である綿を取り扱う場合には生地から出てくる不純物による影響が更に大きい。

(カルシウムやマグネシウムを多く含む水は「硬水」と呼ばれる。具体的には炭酸カルシウム量に換算して1リットル当たり100mg以上含むものを指す。 これに対し、それ未満のものを「軟水」と呼ぶ。 ちなみに、2006年の調査では、日本産のミネラルウォーターの平均含有量は48mg、欧州からの輸入品の平均値は380mgである。 この違いは、それが得られる地下水の通過する地層の地質の差による。即ち、日本の地層がミネラル分の少ない火成岩で成っているのに対し、 欧州の地層は砂や石灰からなる堆積岩が多いからである。また、降った雨が短時間で海へそそぐ河川の水の硬度も当然ながら低い。 海に近い場所での地下水には海水が混入する可能性がありマグネシウムの影響を避けるため水質の定期的なチェックが望ましい。)

2.綿に含まれる不純物
綿に含まれるカルシウム/マグネシウムは、 通常カルシウムで、400ppmから800ppm、マグネシウムで300ppmから700ppmであるが、 表 1 に見られる様に、土地の疲弊と相まって、産地や年度の差はあるものの明らかに増加傾向にある。
 こうした、カルシウム/マグネシウム分が次の様な悪影響を及ぼす事は良く知られている。
1.毛焼きにおける粉塵
2.アルカリ条件下における水に不溶の炭酸塩/水酸化物/燐酸塩の生成
3.漂白工程における珪酸塩の析出
4.石灰石鹸生成による汚染
5.マングルへの汚れ蓄積
6.漂白浴安定剤の効果を損なう
7.蛍光増白剤と結びついて黄―緑色の不溶解物質となる
8.オイル・グリースのエマルジョンを壊す
9.染料の溶解度を落とす
10.  染料凝集を引き起こしスポット汚れの原因となる
11.  染色において色の再現不良を引き起こす。

表 1               Fischer社資料より
産地
年度
綿1キロ中の不純 物(mg)
ブラジル

Ca
Mg
Fe
Cu
  Paranah Conchal
1985
2,711
1,119
313
6
  Paranah Conchal 1987
1,688
736
52
3
  Paranah Leme 1985
1,197
922
132
4
  Paranah Leme 1987
1,677
736
205
<1
コロンビア
1983
540
334
12
<1
コロンビア
1988
1,100
808
252
--
ロシア
1986
1,320
567
112
3
ロシア 1987
1,734
987
123
2
ロシア 1989
1,888
1,055
187
3
スーダン
1988
791
617
89
--
スーダン 1989
947
912
300
--

 こうした多量のカルシウム/マグネシウムを取り除く事は容易ではない。特に、高温アルカリ条件下で行う精練・晒しにおいては、 生成されたアルカリ塩を水に溶解除去するのは、その溶解度の低さからすると極めて難しい。 (ちなみに、こうしたアルカリ塩は温度が上がる程水に対する溶解度が低下する。)

水酸化カルシウムの水に対する溶解度                0℃     1.85g/L
                                                                100℃    0.77g/L
水酸化マグネシウムの水に対する溶解度            18℃    0.009g/L 
                                                                        (9ppm!)

 金属イオン封鎖剤を使用する事によりこの除去をより効果的に行う事が出来るが、 全てのカルシウム/マグネシウムを取り除くためには多量の封鎖剤が必要であり、コスト的にも、環境に与える影響から見ても無理がある。
  また、それら金属イオン封鎖剤は、(イオン化傾向の順序から)先ずカルシウムから封鎖して行くために、 より染色に悪影響を及ぼすマグネシウムが取り残される事となる。
  こうして、一般的には、充分効果的な精練・晒しを行っても、なお半量程度のカルシウム/マグネシウムが残留してしまう。
  こうしたことから、染色に供される生地においては、 3,000ppm以上のカルシウム/マグネシウムが含まれる場合に酸性条件下での前処理を行うことが薦められる。

3.酸性処理におけるカルシウム/マグネシウム除去
  この酸性前処理は大きく分けて二つの方法がある。
1.金属イオン封鎖剤(例.Metal Cleaner BB)を、含有しているカルシウム/マグネシウムの量に応じて必要量使用し、下記の酸性条件で精練を行う。 時間的には20〜30分、後、十分すすぎ中和する。)

酸の種類 使用濃度(gr./L)
処理温度(℃)
濃硫酸
0.1
40
シュウ酸
2
70
クエン酸 3
90
ギ酸 3
70
酢酸
3
50

健康安全上シュウ酸の使用は、カルシウム/マグネシウムの他に鉄イオンが含まれている場合にのみ行う。
最も効果的な酸は、硫酸であるが、使用に際しては、特に安全面において事前に十分な教育を作業者に施しておく必要がある。 この酸処理においてカルシウム/マグネシウムは、水溶性の形となり洗い流される。
すすぎの後、通常の精練・漂白を行う。
この方法は、非常に効果的な方法であるが時間的にもコスト的にも大きなものとなる。そこで簡便法として、次の一浴pHスイング法がある。
2.上と同じ酸処理の後、苛性ソーダで中和しそのまま精練・漂白に移行する。
この場合に注意を要する点は、 精練・漂白後のアルカリ浴においてもカルシウム/マグネシウムを十分に分散/キレートする効果的な金属イオン封鎖剤を必要十分量使用する事である。 これにより、含まれるカルシウム/マグネシウムは、準備工程終了後の排液と共に排出される。

4. 染色工程における金属イオン封鎖剤
いずれにしてもカルシウム/マグネシウムの除去は容易な事ではない。
反応染料の染色においてやっかいなのは、この残留したカルシウム/マグネシウムが、芒硝などの中性塩の添加と共に、染浴へ排出され( NaイオンとCa2+/Mg2+イオンが置換される。) これがアルカリ添加時に水に不溶の沈殿、あるいは、コロイド状態となり、ムラ染めや、色の再現不良を引き起こす事である。
染色浴へのカルシウム/マグネシウムの持ち込みは、生地の他に先に述べた染色用水や、助剤(例.食塩(特に岩塩を使用する場合は大きな問題)、含マグネシ ウム過酸化水素安定剤)からも有り得る。
これらのことから、染色の失敗を防ぐためには、適当な金属イオン封鎖剤の使用が必須となる。
染色加工工程全体を考える時金属イオン封鎖剤に要求される能力は次のように位置付けられる。

工程
キレート力
分散能力
染料溶解性
温度安定性
精練・漂白
1
3
2
2 =
染色
3
2
3
2 =
洗浄
2
1
1


5. 金属イオン封鎖剤の色々
◎アミノポリカルボン酸   −EDTA、DTPA、NTAなど
*適応pH範囲で優れた金属イオン封鎖能を示す。
*塩素晒しで、封鎖能を失う。
*酸性下、及び、アルカリ下、あるいは100℃の高温においても加水分解に対して安定である。 (安定性とイオン封鎖能は、別問題であり、使用に際しては、適正pHに保つ必要がある。)
*汚れ分散効果はない。
*芒硝などの中性塩を使用する反応染料の染浴においては、カルシウム/マグネシウム量が多い場合、これらとの錯塩による生地上への白粉吹き現象が起こる。 EDTA、DTPAが特に悪い。
*含金属染料との併用使用において、脱金属による変色を引き起こす可能性が高く、一般的には染浴への使用は避けるべきである。
*強過ぎる封鎖能により重金属蓄積を引き起こす可能性があり、将来的な使用が懸念される。

◎ポリフォスフェート(縮合リン酸塩)   ―トリポリ、ヘキサメタなど
*pH6−12において優れたカルシウム/マグネシウム封鎖能を示す。
*鉄イオン、銅イオンに対する封鎖能は無い。
*汚れ分散効果に優れる。
*カルシウム塩、マグネシウム塩が、芒硝などの中性塩の存在下で生地上に析出する傾向あり。
*80℃以上、あるいは、酸性下(pH4以下)、アルカリ下(pH11以上)で加水分解する。
*栄養価が高く、藻類繁殖などの環境問題を起こしやすい。

◎ヒドロキシカルボン酸   ―グルコン酸、クエン酸などのナトリウム塩
*pH13以上でのみ強い金属イオン封鎖能を持つ。このことから、染色浴には不適である。
*汚れ分散効果はほとんど無い。
*分散染料の分散安定性を損なう恐れがある。
*過酸化浴でキレート力を減じる。

◎高分子カルボン酸  −ポリアクリレートなど
*pH6−13の範囲で、カルシウム/マグネシウム封鎖能を持つ。反面、鉄、銅などの重金属に対する封鎖能は無い。
*弱酸、弱アルカリ下で染料の、分散・解離・可溶化に優れ、凝集のため洗い難いフタロシアニンターキスなどの洗浄補助には有効である。
*還元、酸化に対し高い安定性を持つ。
*高濃度の塩の存在下で沈殿を起こす可能性がある。
*染色における染料の足を引っ張り、浴比などの感受性を高めたり、染料によっては、大幅な濃度ダウンを引き起こす。

以下に代表的な金属イオン封鎖剤の比較表を示す。


Ca/Mg
イオン
適性pH
鉄イオン
封鎖能
pH域
高温
適性
脱金属
染料
吸尽
影響
高塩濃度下
での
錯塩安定性
反応
染料
適性
酸性
染料
適性
 EDTA
5-13
良好
1-8
良好 あり あり
不適
あり
 DTPA
5-13
良好
1-10
良好 あり あり 不適 あり
 Poly-phosphate
4-12
なし
なし なし なし あり 不適
 クエン酸
12-14
極小
あり
なし
不適 不適
 Poly-acrylate
6-13
なし
良好 なし

あり 不適

6. 金属イオン封鎖剤の使用量について
金属イオン封鎖剤を効果的に、かつ経済的に使用するには、染色(あるいは加工浴)に含まれるカルシウム/マグネシウムを量的に把握し、 使用する封鎖剤の封鎖能に従って必要量を決定しなければならない。この簡便法として、メルクの総硬度試験紙を使用する方法がある。

定量テスト例. 生地を、100g/Lの無水芒硝で、1:20の浴比にてボイル30分処理
             後、その抽出液を、試験紙にて判定。
             例えば、その結果が5度ドイツ硬度と出た場合、1度ドイツ硬度→17ppm
             CaCO3であることから、生地に含まれる総カルシウム/マグネシウムは、
             炭酸カルシウムに換算して、
                      17  ×  5  × 20 = 1,700 ppm
             となる。

 7. おわりに
反応染料の染色において、高度の一発率を保つためには、多くの管理ファクターがある。 その中でも、アルカリ土類金属の影響は、極めて重要なファクターである。 市場には様々な金属イオン封鎖剤があるが、染色浴を前提として反応染料の染着挙動を十分に考慮し選択する事が必要である。

反応染料以外の染料においても、染料の凝集から起こる様々な染色性の阻害や、分散状態の破壊、 洗浄性の低下などアルカリ土類金属の存在が引き金となって起こる染色の失敗は多い。