19. 紫外線吸収剤と蛍光増白剤

これまで取り扱ってきました人の目で捉えられる=可視光から、 目には見えない紫外線に話を移します。 地上に届く太陽光の内、42%が赤外線、可視光線が 52%ですから、紫外線はわずか 6% 程にしか過ぎません。しかし、波長が短い分、その持つエネルギーが、赤外線や可視光線より大きくなります。 この大きいエネルギーが物質に化学変化を起こさせる源となる訳です。
紫外線(400nm以下の波長の光)は、次の三つのグループに分けられます。
UV-A光(長波長 315〜400nm)
太陽光紫外線の殆どを占めますが、エネルギー的にはグループの中で最も低位置にあります。雲やガラスで遮蔽されないため照射量は、UV-B光の20〜30 倍に達します。
UV-B光(中波長 280〜315nm)
オゾン層を通過する割合はA波より少なく、雲やガラスでも遮蔽されるため量的には僅かですが、大きい破壊力を示します。
UV-C光(短波長 280nm以下)
オゾン層によって吸収され、基本的には地上に達しません。人工的に作られた C波は、殺菌などに使われます。

これらの紫外線を吸収する紫外線吸収剤には、無機系のものと有機系のものがあります。 無機系の紫外線吸収剤(酸化チタン、酸化亜鉛など)は、耐熱性や耐候性には優れていますが、紫外線の吸収バンドが狭く、変えることもできません。 また、無色であって、なお且つ、UV-A光まで吸収できるのもありません。 この点、有機紫外線吸収剤は、その分子構造を変えることにより着色を抑えながらも自由に吸収波長を変える事ができます。

「14.堅牢度と染料の構造」で、染料の日光堅牢度について説明しました。 また、染色の基質となる繊維についても光による変褪色が起こる事を説明しました。 この変褪色の原因の一つが紫外線による繊維分子の切断です。 この分子切断=化学反応を最も引き起こす光の波長は、繊維それぞれの分子構造によって少しずつ違っています。

    繊維別最大感応光波長    ポリアミド 290nm-315nm    ポリエステル 325nm    ポリアクリレート 290nm〜315nm    セルロース 259nm

紫外線吸収剤

紫外線吸収剤が染色物の耐光性を上げる要因として次の三つが考えられます。
1.吸収作用により紫外線の全体量を減らし、染料の変褪色=化学変化を起こり難くする。
2.基質となる繊維の最大感応光波長周辺の紫外線を吸収し、繊維にラジカルが発生するのを防ぐ。
3.紫外領域に吸収を持つ染料の励起を弱め、染料が活性酸素を作る仕組みを断つ。

この内、(1) は、UPF (UltraViolet Protection Factor) の測定により確認できます。しかし、現実には染料の耐光堅牢度向上に対して明らかな相関関係は認められません。
(2) については、繊維上で生じるラジカルが、自己破壊サイクルへの起点ではなく、 染料を破壊する活性酸素の発生元となるはっきりとした証拠はありません。
(3) については、その事を実験によって実証した文献はありますが、系統的に多くの試験を行ない確認された訳でもありません。
いずれにせよ、樹脂の様に厚い層を持たない繊維では、紫外線吸収剤の耐光向上効果は限定的なものであり、実際には、効く染料もあれば、 却って悪くなる場合もあり。そのメカニズムが完全に解明された訳ではないのです。

有機系紫外線吸収剤の開発は、長らく Ciba の独壇場でした。(右図参照)

元々、紫外線吸収剤は、樹脂の劣化防止のために作りだされました。 つまり、樹脂それぞれの最大感応波長に合わせて、 それを吸収し熱エネルギーとして発散する働きを持つ化合物を見つけ出した訳です。 この時紫外線吸収剤そのものは、 吸収したエネルギーを水素結合の組み換え(=分子内転移)で放散するため劣化し難くなっています。

現在市場で使われている主な紫外線防止剤は、右の表にあるベンゾトリアゾール、ベンゾフェノン、トリアジンの三つです。 この内、繊維に対しては、主としてベンゾトリアゾール系、及び、トリアジン系が使われています。

これら三種類が紫外線を吸収しどの様に構造変化をするのかを下に図で表わします。

ベンゾトリアゾール系は現在主流となっている紫外線吸収剤です。 昇華堅牢度が若干低いため、着色しない範囲で置換基を付けたり、スルホン化やカチオン化を行ない応用できる対象繊維を広めています。 また、繊維表面に非揮発性の溶解溶媒で薄層を作り、この紫外線吸収剤を均一に溶かし込み紫外線吸収層とし内部の染料を守る方法も提案されています。

ベンゾフェノン系は、昇華堅牢度ではベンゾトリアゾール系に勝っているのですが、 疎水性繊維に対する親和性が小さく余り使われません。 左の様に、スルホン基を付け、親水性繊維に応用できる様にしたものもありますが、 基本構造のベンゾフェノンが環境ホルモンとして指定されてしまったため、その使用が敬遠されています。

トリアジン系は、比較的新しい世代の紫外線吸収剤です。紫外光の吸収能力も高く、昇華性も良好ですが、価格がやや高くなる難点があります。
これらの紫外線吸収剤では、置換基を変えることにより繊維への親和性や、吸収波長を変える事ができますが、 吸着量を増やし、適応吸収波長の範囲を広げるための混合使用も有効だとされています。



こうした紫外線吸収剤とは違いますが、同じく樹脂の劣化を防ぐ HALS (hindered amine) と言うラジカル捕集剤があり光安定剤と呼ばれています。このHALS自体には紫外線吸収効果はありません。 実際、私が試験した限りでは、染料の耐光堅牢度向上効果は確認されませんでした。


蛍光増白剤

いわゆる生成色を持つ天然繊維に、 輝く白さを与えるため多くの蛍光増白剤が作られました。 具体的には、繊維の 360nm〜450nm の波長(=生成色)を消す為に、 紫外線を吸収し青色蛍光色として放出する色素体が蛍光増白剤として作られました。 今では、元々白い合成繊維を一層白く見せるためにも蛍光増白剤が使われています。 蛍光増白剤を染料の一種と考えると、繊維に対する構造的相性(親水性/疎水性)についても良く理解できると思います。 ただし、構造的には純然たる染料が持つアゾ基やニトロ基の様な強い電子吸引基を持っていません。 (これらの置換基を付けると色が着いてしまいます。)
吸収波長帯として、330〜380nm の紫外光を吸収し、400〜450nm の紫青から青緑の蛍光(可視光)を発します。

蛍光増白剤で最も重要なのは、スチルベンタイプと呼ばれるもので、1935年に英国 ICI  により見出され、今もセルロース繊維用に広く使われています。(右図)
この構造中の置換基の親水性/疎水性のバランスを変えれば親水性繊維から疎水性繊維まで広い範囲で使用する事ができます。


ポリエステル用途には、オキサゾール系の蛍光増白剤が有名で、左図に示した分子構造を持つ CI Fluorescent Brightener 135 が広く使われています。


これら以外には、下の様な構造を持つ蛍光増白剤があります。 この内、左端に表わしたナフタルイミド系蛍光増白剤は、日本で開発され、 現在ではこの構造式から改良された製品が市場で使われています。





蛍光増白剤を使い過ぎるとかえって黄ばみが出てきます。 これは、これら蛍光増白剤が、わずかながらも低波長の可視成分を持っているためです。 また、紫外線吸収剤と蛍光増白剤を併用すると、当然の結果として増白効果が打ち消されます。 この打ち消し合う性質は、互いの吸収波長を知ることで幾分解消する事ができます。 CI F.B. 185 (Uvitex EBF) と、UV Fast P new (旧 Cibafast P new)は数少ないそうした組み合わせの一つです。