12. PLA(ポリ乳酸繊維)の染色

PLA繊維もPTTと同じく1990年代にバイオマスを利用する来世紀への繊維として華々しく登場しました。 それを主導したのが、米国最大の穀物商社カーギルであり、現在もNatureWorksから Ingeo と言う名で世界展開を計っています。しかし、その動きがどこまで真剣かと問われれば、正直首をかしげざるを得ません。彼ら NatureWorks の主力工場は、ネブラスカ州にある最大14万トンの製造能力を持つ Brair工場ですが、その設立はDowケミカルとの合弁の下に行ないました(後この合弁は解消)。その後、帝人との合弁を経て、現在では、タイ PTT  Chemical との合弁会社になっています。 はっきり言って手のかかる樹脂や繊維のビジネスより、より直接的・短期的にリターンが望めるバイオエネルギーに関心がありそうです。 バイオ由来の従来型ポリエステルが合成された今、カーギルの関心はますますこの分野から遠のいている事でしょう。(例えば、日本においては、サントリー、 東洋紡、アネロテック社(米)三社共同の、100%バイオPET製造プロジェクトが進んでいる。 また、生分解性を持つテレフタレートPETも既に登場している。MildGeoCircle (マイルドジオサークル)

繊維としてのPLA

PLAは乳酸中のカルボキシル基 (-COOH) と、水酸基(-OH) を、脱水縮合する事によりつくられます。つまり、ポリエステルの一種です。従来のポリエステルやPTTは、その分子の中に、ベンゼン核を持つので、 芳香族ポリエステル繊維と呼ばれます。一方、ポリ乳酸繊維は、脂肪族ポリエステルと呼ばれます。

乳酸は、D-体、と L-体の二つの異性体を持ち、このそれぞれの比率や並び方でその融点が変化します。 現在日本で流通しているPLAでは、ユニチカ、東レ、クラレの160-170℃の融点と、帝人(Biofront) の200-230℃の融点を備えたものがあります。ちなみに、帝人のHPを参考にその物性の違いを表にしてみます。




融点(℃) ガラス転移温度(℃) ハロゲン溶媒溶解性 耐加水分解性 燃焼熱


Biofront 200-230 57 不溶


従 来型PLA 170 57 溶解


ポ リエステル 255 70 不溶


ナイロン 215℃



さらに従来から知られている物性に 次の各点が挙げられます。




比重 強度(g/d)
水分率 屈折率 燃焼性 煙発生率 I/O値 屈折率 生分解性





(%) 炎除去後
sq.m/kg




PLA
1.25 6.0 0.4-0.6 1.35-1.45 2分燃焼 63 1.0
1.35-1.45 あり


PET 1.39 6.0 0.2-0.4 1.54 6分燃焼 394 0.7 1.54 なし


アセテート 1.4







PLA繊維は、 元の状態でわずかに生成の色をしています。通常染色前の精練は行ないません。油汚れなどがあり、精練せざるを得ない場合にも1g/l 程度の非イオン活性剤で60-70℃×5-10分程度の軽洗浄で済まします。 水洗後の乾燥は、上の融点の数字を参考に、それぞれより40℃低い温度で行ないます。 (PLAは、水分率は、極めて低いのですが、極性がポリエステルより高く、毛管吸水性に優れます。そのため乾燥条件を軽減するには、 出来るだけ脱水しておくことが肝心です。) 
ヒートセットを行なってもほとんど効果はありませんが、しわなどがある場合には、従来型のPLAでMax.130℃X30-60秒。 高融点型の場合は、それより20℃ 程度高い温度でセットします。

PLAの染色と堅牢度

PLA繊維の染色
PLA の染色は決して難しいものではありません、最大のポイントは正しい染料選択です。ただし、配合使用において、若干の選択吸収があるため、常に試染して色を 確認しておく事が必要です。また、染色において出る色は、ポリエステル上のそれより短波長側にシフトします。その意味では、ポリエステルで出る色よりは アセテート上の色目に近い色になります。

被染物の素性が明らかでない場合には、次の二項目のテストをし、物性の確認を行なう必要があります。
a) 融点のチェック - 先ず、140℃X90秒でアイロンテストを行ないます。これで硬化すれば、低融点型のPLAです。
硬 化が認められない場合には、20℃ずつ温度を上げていきます。180℃になっても硬化しなければ、高融点型のPLAです。 (大多数の低温型は160℃で硬化します。スコッチテスターなどが無い場合には、薄いポリエステル布等に留めベーキングして確認する事ができます。 いきなり高温で行なうと溶解し機械に貼り付いてしまう可能性がありますので注意して下さい。)
b)アルカリ分解性のチェック - 2g/Lのソーダ灰を含む、100ccのポットを2本用意します。一方は空のまま、もう一方には、5gr.の被染物を入れ、80℃X15分炊き込み、炊き 込む前後の PLAの重量と、2本のポットのpHを比較します。この結果により、染色後の還元洗浄の処方を決めます。
(PLAが分解すると、重量が下がると共に。発生する乳酸によりソーダ灰が中和されpH が下がります。)

下に、一般的な染色工程を示します。
1) 40℃で染浴を調整する。
酢酸で、pHを、4.5-5.0 に調整。0.5-1.0g/L のアニオン分散剤を投入。(非イオンを含むものは、染料の吸尽を妨げるため避ける。)
2) ポリエステルの染色に準じて昇温。
(昇温速度切り換え点は、ポリエステルの場合より20℃分低くする。ただし、PLAは、ポリエステルより均染性が良く、過度に気を使う必要はない。)
3) 従来型のPLAでは、110℃で30分の染色。(時間を30分以上引き伸ばしても、濃度upへの効果はない。)高温型のPLAでは、温度をもう10℃上げ 120℃とする。
4) 浴を落とし、水洗を行なう。
5) 新たに水をはり還元洗浄に移行。先ず、還元洗浄用非イオン活性剤を投入、ただし、染料の引き出し効果を減じるためその量はポリエステルに推奨している量の 半分に抑える。60℃まで素早く昇温。60℃になった時点で、1.5g/Lのソーダ灰と2g/L のハイドロサルファイトを投入。投入後、15分で洗浄を止め水洗へ。
 
(上の(b)の試験で重量変化がなく、pHの差も誤差程 度であれば、耐加水分解型のPLAと思われるので、還元洗浄の温度を、75℃まで上げても構わない。ソーダ灰、ハイドロも最初から入れておいて差し支えな い。)

(酸性条件で還元洗浄を行なう助剤も有るが、染料の効果的な分解には90℃以上が必要なため染着した染料の吐き出しを招き推奨できない。)

染色後、脱水、乾燥、PLAでは100℃以下の乾熱条件でも染料の拡散が起こります。従って、乾燥温度は極力抑えた方が安全です。
セット温度に関しても同じ注意が必要です。

PLA繊維における染色堅牢度について
PLA繊維にも還元洗浄は有効ですが、最終乾燥あるいは、後セットにより染料が出て来るのを止める手段はありません。
そのため、湿潤堅牢度、摩擦堅牢度の全てをポリエステルのレベルにすることは出来ません。
また、日光堅牢度についても、ポリエステルでは期待できる繊維中のベンゼン核による紫外線の減衰効果はありません。
(通常のポリエステルは、強い耐光試験を続けると黄変して行きますが、PLAは反対に白くなって行きます。これも、色変が拡大する一つの原因です。)

こうした堅牢度での弱点を回避する手段として有効なのは、顔料による原着です。カーボンブラックの使用は、 蓄熱による繊維硬化がありますので使用分野によっては注意が必要ですが、他の色領域も含め、 日光堅牢度やサーマルマイグレーションでの湿潤堅牢度問題に対して一つの解答である事は間違いありません。 ただし、その在庫を考えると、色数に限度があり、これを補完する部分はどうしても染色に頼らざるを得ません。


PLA繊維  染料選択

PLA では、多くの分散染料が殆どつきません。これは、染料の極性と繊維の極性が離れており親和性を示さないためです。 また、染着する染料でも、そのビルドアップは限られています。(糸の太さと、PLAの屈折率の低さの相乗作用により、 濃度が出ると見誤る場合がありますが、ポリエステルでの1/1 標準濃度が PLAでのビルドアップの限界と思って差し支えありません。)そのため、濃色を得るためには、幾つかの染料を配合使用をする必要があります。 (ただし、染料の名称が異なっていても、中身が同じならば、配合効果はないので注意して下さい。)

幾つかの染料メーカーのPLAに対する推奨を参考に、私自身の経験を加え、PLAに比較的染着する染料のリストを作りました。
過去CIナンバーが公表されていたものについては、かっこ内にCIナンバーも記しておきました。 ただし、PLAやアセテートの様に極性の近似を利用し低温で染色を行う繊維では、各染料の微細成分や結晶形態が非常に影響してきます。 また、ビルドアップを得るのが難しい素材では、異性体の有無、又、その比率も影響 してきます。従って、同じCIナンバーでも染色結果が大きく違ってくる事がある事を付け加えておきます。

(私が行なった試験の後、キャンセルされたり、中身に変更が加えられた可能性もありますので、このリストはあくまで参考と考えて下さい。)


Dianix     Dianix Kiwalon Polyester

*
Flavine XF (Y126)
Royal Blue CC
Yellow 6GRF (Y126)


Yellow Brown S-2R 150% (O30)
Dark Blue SE-B
Yellow Brown 2RF (O30)


Yellow Brown A-MR **
Dark Blue SE-3RT (B148)
Yellow Brown 3RF (O61)


Yellow Brown S-ER (O29)
***
Turquoise S-BG
Yellow Brown 3GS (O29)


Orange PLUS
Navy S-2G (B79)
Orange 2RS (O31)


Red E-R (R50)
Black HLA (日光堅牢度良)
Rubine GSE (R73)


Red SE-3G


Violet KBL (V57)


Red AM-SLR     Kayalon Polyester
Violet 4RF (V77)


Red PLUS
Yellow Brown 2RL-S (O30)
Violet FBL (V26)


Deep Red SF (湿潤堅牢度良)
Rubine GL-SE 200 (R73)
Blue D-3R (B148)


Rubine SE-FG (R73)
Red Violet FBL conc (V26)


Rubine SE-B (R82)
Violet 3RL-S 200 (V77) S


Rubine PLUS




Rubine CC    




Violet S-4R





Violet CC





Br. Violet R (V26)





Blue S-2G
 




Blue PAL





Blue CC



*Dianix Flavine XF は、PLAに高い濃度がある緑味イエローで、赤味に触れがちなPLAでは非常に有用な黄成分です。
**Dianix Dark Blue SE-3RTは、結晶形がPLAに適合し濃色用青味成分として効果を発揮します。
***Diaix Turquoise S-BG は、コンマレベルでしか染着しませんが、どうしても赤っぽくなってしまうブルー系の色を落ち着かせる効果があります。

極く薄い色は、ポリエステル用の淡色三原色でも構いませんが、CI Disperse Yellow 42 (=YLタイプ)は、日光堅牢度試験で赤味に褪色しますので注意が必要です。
短波長に色目が触れるPLAでは、赤味成分は余り入用ではありません。 反面、ルビンや濁色系の赤色染料も黄味鮮明となるので、それらの中から適当な染料を選べばコスト的にも有効です。 (従来の赤は、オレンジに近い色目になる。)

PLAの染色に関しては、ハロゲンを含有しない分散染料を求める向きがあります。その有無に関しては、「分散染料の基本骨格」 に分かる範囲で記入しておきましたので参考にして下さい。 ちなみに、下の、Uvitex EBF 250%、UV Fast P newはどちらも、ハロゲンは含んでいません。

PLAへの蛍光増白剤は、Uvitex EBF 250% (CI Fluorescent Brightener 185) が色目的に有効です。

PLA用の紫外線カット剤としては UV Fast P new(Huntsman) が有効ですが、染料の日光堅牢度を向上させる効果はありません。
    (ちなみに、現在市販されている紫外線吸収剤には、PLA上の分散染料の日光堅牢度向上効果を持つものはありません。)

ポリエステル上の日光堅牢度では、通常キセノン試験より、フェードメーターでの試験の方が悪く出るのですが、PLAに関して言えば、 キセノンの方が悪く出る傾向があります。

PLA繊維の将来

PLAは決して悪い繊維ではありません、 生分解性や植物由来という点に鑑めば今の物性は十分受け入れられるレベルだと思います。
その染色も染料の選択さえ正しくすれば、日常の使用に差し支えない程度の商品展開も可能となります。

基本的に、PLAはポリエステルの一種で、ナイロンやアクリルの様にイオン結合を起こすような基はどこにもありません。
また、綿の様に、大きな極性を与える場所もありません。このため、使える染料が分散染料に限られてきます。 同じ様に分散染料しか使えない繊維としてアセテートがありますが、PLAの登場がポリエステルより後であったため、アセテートとの比較ではなく、 どうしてもポリエステルと比較してしまいます。
ポリエステルは、その物性、使いやすさ、染色堅牢度において、他の繊維をはるかに凌駕する繊維です。価格も安い。 これと比較されては、PLAに勝ち目はありません。百歩譲って、ナイロンやアクリルの染色物と比較してみましょう、 彼らにはそれぞれ酸性染料、カチオン染料と言う長い歴史で培われた、強い味方があります。 その広くて鮮やかな色レンジ、良好な日光堅牢度、湿潤堅牢度、どれをとっても、 ポリエステル用に開発された分散染料でしか染められないPLAの及ぶところではありません。

乳酸そのものは、グローバルに大量に取引されています。言い換えれば、わざわざ繊維にしなくても・・・の世界です。

その未来を、あえて辛口に言えば、今のままポリエステルに伍する品質にこだわる限り衣料分野での大きな発展はないと思います。

つまり、生分解性を持つ植物由来プラスチックとしての生き残りや、繊維としては、土壌改良や農業分野への使用に限られるでしょう。 (農業分野では、優れた毛管吸水性と徐分解でもたらされる殺菌効果が、 今後大きく発展するスマート・アグリでの水耕栽培用に大きなポテンシャルを持っています。 もちろん、この分野には着色の必要はありません)

染色を伴う衣料分野において、この状況を打破するためには、CDPの様に、カチオン染料での染色を可能にするか、 反対に酸性染料可染型の繊維にするなど、大々的な改質を行なう必要があると思います。

<補足 1>
「7. 酸性染料」の章で、ウール染色への “補足” として、染料を使うのではなく、 ウールを構成するアミノ酸に手を加えて繊維自身を着色する技術に触れました。その際、*DyeCat社(英)の名を挙げましたが、 同社では繊維の重合過程に色素を持った触媒を咬ませる事により繊維の分子構造そのものに色素を組み込む技術を開発・特許化しています。 (下のプレゼンテーションでの触媒はアルミニウム化合物として登場しています。ちなみに、 ポリエステルの重合触媒としてアンチモンが使われる事が多いのですが、その毒性が懸念される現在では、 それに代えてやはりアルミニウム触媒を使う重合法が確立されています。) この触媒に含む色素を変えたり、予めこの重合法で作成した色ペレットを使う事により広範な色目・濃度に対応出来ると言う事です。 染料を使う訳ではありませんので、繊維自身が分解しない限り湿潤堅牢度が問題となる事はなさそうです。 勿論、加工時の染料によるサーマルマイグレーションもありません。 日光堅牢度についても、金属原子と結びついていたり、繊維分子と直接結合している事から良好な結果が期待できそうです。 又、繊維の製造工程そのものが着色工程ですので、現行の染色工程は必要としません。これは、同工程で生じる繊維脆化も無いと言う事です。
PETやナイロンにも適応できるそうですが、彼らが特に力を入れているのが、PLAの着色です。 (以前の記事では、ウールの着色にも応用できると書いてありましたが、詳細の確認は出来ませんでした。 触媒自体の登録ポジションがどうなるのかも不明です。)  参考に彼らの技術を紹介したプレゼンテーションのアドレスを記しておきます。興味ある方はどうぞ、http://www.slideshare.net/FNian/wun-presentation-presentation
  *DyeCat Ltd. - 英国リーズ大学の研究室からスピンオフしたベンチャー企業。
    創立者は、同大学の Prof Chris Rayner、Dr Richard Blackburn、Dr Patrick McGowan の三氏。


<補足 2>
ポリ乳酸繊維を利用したウェアラブルセンサ圧電ファブリックが開発されています。 (帝人・関西大学共同開発)。
この原理を、推測できる範囲で解説します。
 この章の最初に説明した様に、PLAには、右巻きの螺旋構造を持つD体-PLAと、左巻きの螺旋構造を持つL体-PLAのがあります。 こうした鏡面対称のキラル体それぞれの高分子をぴったりと組み合わせたポリマーを作ると、 与えられるエネルギーを分子間の動きの中で封じ込める事が出来ます。 (例えば、右向きの力と左向きの力が同時に等しく加わると、力は互いに相殺され動きませんね。実際、これが高融点PLAを作る有力な手法です。) 見方を変えると、こうしたキラル体高分子は、その分子間に生じたズレを元に戻すための大きな力を持っていると言う事になります。 この力の一形態が電圧です。つまり、外から加わる力の大小により、異なる電圧が生まれます。 今回の発明品では、そうしたPLAに、導電性を持つ炭素繊維を組み合わせる事により、 PLAファブリックの各部分に生じた電圧を通電し検知する仕組みになっている様です。
 ちなみに、村田製作所と帝人フロンティアにより共同発表された抗菌性能を発揮する繊維「PIECLEX」(ピエクレックス) もこの性質を活かしたものだと思います。

Appendix 1 PLAの捺染

 従来型PLAの捺染応用に対しH/T スチームの素材への影響を目付400gr のパイルニットを使い、収縮率と風合いの変化で確認しました。

この結果から、H/Tスチームでの温度限界は、140℃であると考えます。




時間
H/T スチーム温度
110℃ 120℃ 130℃ 140℃ 150℃



4分
収 縮(横方向%)
--
3% 8% 10% 13%



4分
風 合い
--
硬化無し やや硬い やや硬い 硬い



8分
収 縮(横方向%)
5% 5% 8% 10% 12%



8分
風 合い
硬化無し 硬化無し やや硬い やや硬い 硬い



16分
収 縮(横方向%)
5% 8% --
--
--



16分
風 合い
硬化無し やや硬い


次に、PLAへのビルドアップを考慮し Dianix Dark Blue SE-3RT/Dianix Flavine XF を主体とした配合染料での捺染を行ないました。(捺染糊剤・助剤処方はポリエステルの処方に準拠。)また、濃度の見極めを行なうため、同捺染物の固着を、 H/Pスチーム 110℃X30分でも固着すると共に、同じ配合染料で、 110℃X30分の浸染染色も行ない得られた濃度結果の全てを比較しました。
















これらの結果から次の事が分かります。
1) 3%(中色)では140℃で濃度は、ほぼ平衡となり、スチーム時間は余り関係してこない。ただし、H/Pスチームに比較すると、 なお、20%程度淡い。
2) 6%(濃色)では140℃に比べ150℃で僅かに濃くなる。その濃度は、H/P スチームと同等であるが、これは、H/Pスチームにおいても濃度限界に達した為ではないかと考えられる。120℃以下では、 より長いスチーム時間で濃度は伸びる。(しかし、その分風合いが損なわれ、収縮も大きくなる。)

結論的には、連染や浸染に比べて色許容範囲が広い捺染においては、PLA繊維を、H/Tスチームで発色する事は可能だと考えます。 条件的には130-140℃を上限とし、時間的には4分で十分だと思います。 ただし、素材によって、濃度の低下を受け入れ、風合いをあくまで重視する場合には、 120℃、4- 8分の範囲で発色を行なった方が柔らかい風合いが得られます。
(注)PLA繊維は、その融点や染色性が、製造ロットや、元樹脂、製糸時の延伸法・延伸度などにより大きく変わる可能性がありますので、
   その都度前試験を行ない、最適条件を確認する事が望ましい。

<補足>
・通常のポリエステルにおける H/Tスチームでは、染料の固着は、染料の昇華により起こるとされています。しかし、染料の昇華性は熱エネルギーの多寡にのみ支配されるため、 基質がポリエステルからPLAに変わっても大きな差は生じない筈ですが、現実には、PLAにおいて、 染料の昇華には極めて不十分な条件である110℃においてもかなりのレベルの固着が見られます。この事から、この H/Tスチーム条件中には昇華拡散だけではなく、接触拡散による染料の固着が起こっているのではないかと思います。

・捺染においては、常に洗浄時における白場への汚染に配慮する必要があります。PLAの捺染物の洗浄では、 分散染料のPLA繊維への染着が比較的低い温度で始まる事を頭に置いておかなければなりません。 洗浄工程の処方例を示しておきます。
  
1. 冷水、オーバーフローで余分な色糊を十分に除去する。この時、糊の移りによる汚染を防ぐ為、大浴比で攪拌しながら洗浄。
  (現場において拡布状で行なう場合は、より安全。)
2. 60℃で以下の処方に調整した還元洗浄浴に投入。
           1.5g/l     ソーダ灰(アルカリ剤として)
     0.5-1g/l     非イオン活性剤(染料の引出しを抑えるため通常使用量の半量で使用)
           2.0g/l     ハイドロサルファイト(生地を投入する直前に入れる)
3. そのまま60℃で10分還元洗浄を継続。(浴の色を見て還元状態である事を確認。還元洗浄を徒に長くすると、還元状態が失われ、更には、排出された染料に よる汚染が起こる可能性があるので 注意。)
4. すばやく、オーバーフローにて水洗。(濃色の場合には、上の還元浴の色はかなり濃くなる。染料によっては、続く水洗いで酸化され元の色に戻る(特にキノン 系の染料)場合もあるので、 白場に乗っている還元液を速やかに除去する事が必要である。)

洗浄後の乾燥は、できるだけ低温で行なう。これは、風合いの維持、更には、堅牢度を落とさないために有効となる。 又、PLA繊維の帯電性は大きく、この面からも過度の乾燥は避けるべきである。

・PLAの捺染における低温での H/Tスチーム発色に対して、かなり以前に東レから特許請求がなされています。


Appendix 2 PLAの連染

この「COLOURFUL WORLD」では、工業的に生産が出来ると言う事を前提として「染色」を捉えています。つまり、単に “色が着く” と言う事ではなく決まった条件を与えれば、 その条件に従って色目・濃度が再現しなければなりません。また、当然ながら、その条件で、素材が損なわれる事があってもいけません。 そうした点から捉えると、PLAの連染は成り立ちません。これから、その理由を説明します。

通常市場で売られているPLA繊維は、160℃で硬化が始まり、170℃で熔解します。(文献ではこれより低い融点のものもある様ですが、 私が試験したPLAはほとんどこの融点を持っていました。)
こうしたPLA繊維を、連染 Pad-dry-thermofix (baking) にかけるには、使う染料の染着のピークが155℃以下に来る事が必要です。(現場の機械の温度管理を考えると、 少なくとも 5℃の余裕を見ておかなくてはなりません。)

ところが、実際に、PLA に適した染料を配合し、155℃を基準に乾熱固着してみると、左の様なグラフになってしまいます。
このグラフから分かる事は、
1) 濃度ピークは、明らかに160℃以上。
2) 155℃から5℃下がっただけで、20%近い濃度低下がある。
3) 温度の触れによる色相の振れは、−5℃サイドでも、+5℃サイドでも許容範囲(0.5)を超える。
つまり、PLA繊維を、現場的に、再現良く且つ濃色までPad-dry-thermofix法で染色する事は出来ないと言う事になります。




<補足>
私が経験した高融点型PLAでは、硬化は180℃から始まりました。一方、分散染料の染着のピークは170℃X90 秒にありました。こうしたPLAが一般的になれば、連染での染色も視野に入って来ると思います。 ただし、PLA単独では、疎水性が高過ぎ乾燥時のマイグレーションコントロールはほぼ不可能である事を付け加えておきます。

Appendix 3  PLAひと口メモ

下はかつて私が収集した古い情報の一部です。ご参考までに。

・地上では、年間炭素換算で55億dの炭酸ガ スが大気中に放出されており、海洋や森林への吸収を差し引いても、その内33億dが大気中に放出されている。
・各国の研究者でつくる国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」では、温室効果ガス増加などが主因となり、今世紀末には、 地球の気温が最大で5.8℃上昇するとしている。

ポリ乳酸樹脂の将来規模とその原料について
a. トウモロコシ1dから、乳酸は、750kg、ポリ乳酸は、600kg製造できる。
 (飼料用途の収率として考えると、豚肉1kgを生産するためには、トウモロコシ7kg。牛肉1kgには、11kgのトウモロコシが必要とされている。)
b. 原材料は、乳酸発酵するものなら何でも良い。 
  特に植物性乳酸菌は、炭水化物・タンパク質・ビタミン・無機質・脂質など多彩なものを栄養 素として繁殖し乳酸を作り出す。また、繁殖に酸素を必要としない・食塩に対し高い耐性を持つ事等他の菌にはない特徴がある。従って、食用にならない穀物・ 果実類、雑草、落ち葉などの自然生成物。余剰飼料用穀物・適用期限を過ぎた備蓄穀物などの余剰デンプン、収穫後に残る穀物の葉や茎、 製紙残りカス(スラッジ)などの産業廃棄物、生ゴミなどの一般廃棄物 等々、ほとんどのものが原料となる。
c. PLAは、原料採取から廃棄処理に至る工程での温暖化ガスの発生量が石油系プラスチックの二分の一から三分の二とされている。

ポリ乳酸樹脂の他の生分解性樹脂に勝る点
    ・生分解性樹脂としては、原材料として利用できる物の範囲が非常に広い。
    ・生分解性樹脂としては、常温で最も強靭な部類に属する。
    ・生分解性樹脂としては、成型性に優れる部類に属する。
    ・生分解性樹脂としては、最も高い融点を有する。
    ・生分解性樹脂としては、最高度の透明性を持つ。
    ・ポリ乳酸はガスバリアー性に優れる。(ただし、それ用の樹脂にはかなわない。)
    ・非常に高い光沢性・絹様感触を持ち生分解性樹脂としては、最も繊維用途に適している。
    ・生分解性樹脂としては、最も生体への安全性が高いと言われている。

ポリ乳酸の生分解性について
    ・生分解は、機械的粉砕、雰囲気中のオゾン破壊・加水分解などの一次分解を経て、自然界に存在する酵素、細菌、黴、 藻などの微生物により最終的に二酸化炭素と水に分解される。
    ・ポリ乳酸樹脂の生分解性は、生分解性樹脂の中では遅い方である(例えば、デンプン系グリーンプラは、生ゴミと共にコンポスト化装置中で、2 -3日で一次分解を受ける)。 また、その分解菌の種類も少なく、且つ、偏在していると言う。このことから、ポリ乳酸の分解を促進する研究が各国でなされている。
    ・ポリ乳酸は、通常分子量10〜25万(1,000〜3,000量体)の高分子鎖で成るが、 その分解において先ず25量体(分子量約2000)前後のオリゴマーまで非酵素的加水分解を受け、その後微生物による分解を受ける。 従って、加工製品は土壌中埋設試験では徐々に分解し1−2年かけて完全消失する。 (JIS K6953に従った試験では、好気的雰囲気下で、80%以上/45日、嫌気性雰囲気下で90%以上/45日の分解度を示す。)
    ・手術用の糸などとして、生体にポリ乳酸を埋め込んだ場合約12カ月で人体に無害な乳酸に分解される。 -この分野では、既に1970年代からポリ乳酸繊維が使用されてきた(USA)。

L-乳酸 D-乳酸の違い
    ・L-乳酸単体を元とするポリ乳酸は左旋向、D-乳酸では右旋向らせん構造のポリ乳酸を生ずる。
    ・L-乳酸は、人体にも有用で、免疫細胞の活性化や、腸内善玉菌のコントロールや活性酸素除去などの優れた働きを持っている。これに反して、 D-乳酸は、代謝されにくく大量摂取で害があるとされてきたが、近年L-乳酸と毒性の差がない事が判明している。 ただし、FAO/WHO合同食品添加物専門委員会では、現在も代謝機能の未発達な生後半年未満の乳幼児には与えないよう勧告している。
(こうした「光学異性体」に違った働きがある事は昔からよく知られているおり、例えば、「サリドマイド薬害」では、片方は、睡眠薬として有効であったが、 もう一方は、強い催奇性を持っていた。こうした「光学異性体」は、通常化学合成では、それぞれ、等量出来てしまうが、ノーベル賞を獲得した野依教授の 「不斉合成法」の確立により選択的に一方を合成できるようになった。)
    ・上の理由から(化学合成でなく)自然生成法による乳酸の作成においては、これまで、主としてL-乳酸を作り出す乳酸菌/酵素が発見・培養されてきた。
    ・L-ポリ乳酸は、加水分解されるやすく、D-ポリ乳酸は、加水分解を受け難いとされている。
    (L-体だけを合成した島津製作所「ラクティ」は、大気中でも半年から数年で機械的に崩壊することがあると言われてきた。)
    ・全くの自然発酵法においては、L-乳酸ばかりでなく、D-乳酸も生成される。例えば、「サイレージ」(草を嫌気状態にして、 乳酸発酵による乳酸酸性で pH を低下させ腐敗菌を繁殖させないようにした家畜用保存食の一つ)の作成では、 当初のL-体、D-体の生成比率は、4:1で L-体が優性であるが、このまま発酵を続けると約10日で比率が逆転し、 その後は、D-体がより多く生成してしまう。 このため、(家畜の体内で代謝されにくい)D-体の生成を抑えるため耐酸性が強い L-体生成のための特殊株接種が検討されている。
    ・L-乳酸、D-乳酸の分離は吸着法などにより可能であるが、コスト高となる。
    ・L-乳酸だけから出来たL-ポリ乳酸と、D-乳酸だけから出来たD-ポリ乳酸を長鎖高分子として組み合わせると、 分子の物理的な動きを緩和し融点を高くする事が出来る。
    ・乳酸イオンとカリウムイオンをペアで使用すると高い保湿効果を持つ(カネボウ ‘04/03/09)

PEF ポリエチレンフラノエートについて

近年、植物由来プラスチックとして PEF = ポリエチレンフラノエートに注目が集まっており、 海外ではBASF、日本でも東洋紡、旭化成などが生産・販売の途にある。 このPEFは、エチレングリコールとフラン-2,5-ジカルボン酸(FDCA)をエステル共重合する事で合成される。 この時、エチレングリコールに、 バイオマス→バイオエタノール→(脱水)→エチレン→(酸化)→エチレンオキサイド→(加水分解) のルートで作り出されたものを使い、FDCA に同じくバイオマスから取り出されたグルコースやフルクトースを使えば、完全バイオマス原料のポリエステル= ポリエチレンフラノエート(PEF)が出来上がる。このPEFは、従来型PETに比べガスパリア性が高くリサイクルも出来る事から、 ペットボトルやラッピング材の分野に今までのPETに置き換わる樹脂として期待されている。
繊維応用についての文献はまだ見ていないが、その構造から見て、PLAと同様、繊維特性や染色性は従来のPETとかなり異なる事が予想され、 仮に染色するにしても分散染料の選択、もしくは新染料の開発が必要であろう。 堅牢度については、やはり日光堅牢度がもたないと思われるので、当面、顔料着色の方が無難と思われる。
ちなみに、樹脂としてのPEFは、ガラス転位点で12℃、結晶融点で約30℃、それぞれ従来PETより高いとされている。