7. 酸性染料  ウール・ナイロン・シルクの染色

天然繊維としてのウール、 合成繊維としてのナイロンを染めるための主要な染料が酸性染料です。ウール=羊毛は文字通り羊から刈り取った毛を指しますが、 原羊の違いにより、一般品から高級品まで様々な品種が存在しています。 しかし、その染色においては、染色中の損傷を避けるため、酸性染料を使いバラ毛、トップ、糸の状態で染められる場合がほとんどです。

メリノウール
レスターウール
リンカーンウール



高級品の分野では、 山羊やアルパカなど多くの種類の獣毛も使われています。

カシミア山羊
アンゴラ山羊
アルパカ



こうした 獣毛を使う歴史は、 毛皮を使うところから出発したものと思われます。 その意味では、5000年を遡る綿の歴史より更に古く、人類とは、数万年に及ぶ長い付き合いになっています。
この様に長い間ウールが使われてきたのは、繊維として非常に優れた特徴をもつためです。それの幾つかを書き出します。

・着ていて暖かい
ウールの繊維を構成するミクロフィブリルが「らせん状」の分子鎖であり、その分子鎖が、更に隣の分子鎖ともシスティン結合で強くつながる事で、 繊維全体に縮れ(=crimpリンプ)をもたらしています。このクリンプがあるため、60%もの空気を抱込み、優れた断熱効果を発揮します。
・吸湿性が高い
ウールの表面はクチクル(キューテクル)というウロコ状のスケールで覆われています。このスケールは疎水性ですが、 湿気はスケールとスケールの間から出入りできます。 スケールの中は、様々な疎水性を持つ層と、その間を満たす親水性の細胞間充填物質で成り立っています。 加えて、ウールのミクロフィブリルそのものも親水基を多く持っています。このため、数ある繊維の中で、16%という最高度の*吸湿量を示します。 しかも、この吸湿には発熱が伴います。
・放湿性が高い
この性質は吸湿性が高いことと矛盾するようですが、 スケール自体にも水蒸気を通す細孔が多く開いていることで理解できます。 つまり、一定以上の水分を蒸気として外へ吐き出す天然の透湿撥水繊維なのです。

こうした事から、冬山ではウールの着用が生死を分けると言われていました。
(今 “吸湿発熱” がもてはやされていますが、繊維として最も古くから用いられているウールには元々そうした性能が備わっているのです。)
・ウールは燃え難い
ウールは人間の髪の毛や皮膚のように、19種類のアミノ酸からなるタンパク質です。つまり、燃えにくい窒素を多く含む繊維となっています。 加えて、繊維内部を高く保湿することで更に高い難燃性を達成しています。

*この場合の “吸湿率” は、“吸水率” とは異なる。吸水率の場合には、水分保持率と毛管吸水率を含む。20℃、65% RHでの吸湿率を下に示す。

  繊維名
比重
吸湿率

繊維名
比重
吸湿率
  コットン
1,53
7〜11%

ナイロン
1.14
3.5〜5%
  麻
1.48
6〜8

アクリル
1.14
1.2〜2
  ウー ル
1.30
16

ポリエステル
1.38
0.4〜0.5
  シルク
1.34
11

ポリウレタン
1.15
0.4〜1.3
  レーヨン
1.50
12〜14

ビニロン
1.28
4.5〜5
  アセテート
1.32
6〜7

ポリプロピレン
0.91
0

ウールの構造と染色

前の項の図に見られるように、ウールの外側はうろこ状のクチクル(スケール)層で覆われており、その内層に、 綿の繊維束(セルロースミクロフィブリル)に当たるケラチンミクロフィブリルが存在しています。 クチクル層は、雨から中身を守るため疎水度は高いのですが、原毛の状態では、そのクチクル層が更に、皮脂分やその老廃分で覆われ、 非常に水をはじき易い構造になっています。こうした疎水成分に加え、様々な乾性汚れ、羊の個体認識用のペンキなども付着しています。      The Story of Wool(注:日本語字幕は、ほぼ直訳)
このため、刈り取った羊毛は、先ず、選毛(植物の種や夾雑物を除去する) を行い、 次に付着している油性や乾性の汚れを水・界面活性剤・溶剤などで取り除きます。 次に、きれいになったウールは、カーディングやコーミングというクシけずり工程を経て、トップ状にし、さらに、紡糸工程を経て糸にします。

ウールは、基本的に、人の髪の毛や皮膚と同じようにタンパク質でできています。そのためアルカリには強くありません。その点で、綿とは対極的な繊維です。

スケールは根元から毛先方向へ向かってうろこ状に重なり合っています。この、スケールは熱と湿度で外に開きますので、開いた状態でウールの繊維を、 こすり合わせると、互いのスケールが引っかかり、ひどく絡み合い縮んでしまいます(=フェルト化)。 このため、ウールの染色では、繊維を動かすのではなく、 染液を動かすトップ染めやコーンやチーズに巻いた糸の状態で行なうパッケージ染色等の方法が適しています。
                         
                パッケージ染色機 糸染め                                                     ビーム染 色機

しかし、今日では、トップ染めや糸染めでは、製品化までのリードタイムが長く、長期在庫やファッション対応への遅れも馬鹿には出来ません。 そこで、反染め (piece dyeing) への要求が出てきます。これに対しビーム染色機のように、生地は固定し、染液だけをを循環させる染色機があれば問題を軽減できますが、 従来型の生地を動かしながら染色を行なうウインスやサキュラー染色機を使う場合には、 生地の損傷をできるだけ招かない機械オペレーションだけではなく浴中柔軟剤や均染剤などの選定も十分に行なわなくてはなりません。 製品企画でドライクリーニングonly の場合には、湿潤堅牢度を無視し、均染型の染料を使うのも一つの解決法です。

ウールを形作るケラチン分子鎖は、下の様な構造をしています。
このケラチン分子鎖が、集合体の繊維として安定するために、 分子間に水素結合、 イオン結合、システィン結合、それにV der W力が働きます。ここで特徴的なのは、セルロース繊維には見られなかった、システィン結合とイオン結合です。

この内、システィン結合は、硫黄の原子間に生じる結合で、水素結合に比べ随分と大きい結合力を持っています。 この結合を還元作用で切り、場所を変えて復活させることにより水素結合と合わせ新しい形態での安定を図るのが 「シロセット加工(=CSIRO set process)」 です。ウールのプリーツ加工などに利用されています。






イオン結合は、浴のpH の変化により、その性質が変わって来ます。具体的にその変化を見ると pH4.9 を境にして、COO- と NH3+の比率が逆転します。この pH 4.9では、両者が同じ数ですのでこの点を「等電点」と言います。 (ケラチン中の -NH2 と -COOH の比率は、やや -COOH が優勢であるため等電点は,やや酸性になります。ただし、ウールは、19種のアミノ酸からなり、その比率も部位によっても、 あるいは、羊の種類によっても違っています。

このため、一般的には、等電点=4.5〜5.5 と幅を持って記されています。)等電点(=弱酸性)で、ウールの繊維は最も安定な形となります。 加えて、ウールはアルカリには弱いため、その染色は、基本的に酸性〜弱酸性で行なう事となります。 そこで、弱酸性で、 -NH3+ にイオン結合する「酸性染料」の登場となる訳です。



カジュアルウェアやスポーツウェアが衣料分野で大きなシェアを占める様になった今日、日常的に洗濯機で洗いたいと言う要求も当たり前になってきました。 しかし、通常のウールを洗濯機でジャブジャブ洗うと、繊維表面のスケールがからみあいひどい姿になってしまいます。
こうした点を改良するため、ウールのスケールを塩素処理(=Chlorination クロリネーション)により取ってしまったり、 表面を樹脂で覆う処理も行なわれています。ウールの加工で良く聞く 「ハーコセット(Hercosett)」もそうした加工の一つです。こうした加工をされたウール製品には 「マシーン・ウォッシャブル」の表示が成されます。 しかし、塩素化処理では環境への影響が、樹脂処理では、風合いの硬化がそれぞれ問題となります。 こうした点を改良するため、オゾンや過酸化水素、更には、 酵素を使ってのスケール除去や、風合いを損なわない樹脂加工への研究が進んでいます。


染色前処理

チーズやコーン の状態になった糸、 あるいは、織物や編み物には、製糸のための油剤や、織り立て、或いは編み立てのための油剤が使われています。 染色を行なう前には先ずそれらを除去する精練が必要です。一般的な、精練条件を下に示します。

        0.5-1.0g/L 非イオン活性剤またはアニオン活性剤  + 1-2 g/L ソーダ灰 (または、0.5-1.0cc/L アンモニア水(25%))
                                                                                                            45-50℃ X 30分 後水洗、中和、水洗。
(ウールは、アルカリに弱いですが、この温度領域では、少量のソーダ灰には耐える事が出来ます。アンモニアは、より安全ですが、 悪臭のため使い難さがあります。 くれぐれも温度を上げ過ぎないようにして下さい。)

ウールの色は生成色との認識が市場にかなり浸透しています。そのため白い色はかえって不自然ととられかねません。 ウールを漂白することは可能ですが、損傷を最小限に抑えるため、低温で長時間行なわなくてはなりません。 白度が必要ならば蛍光染料で逃げるのも一つの方法です。また、染色処方から、 生成色を減じた色で染める手もあります。(CCMを使えば簡単に計算できます。)それでも、漂白処理を行ないたいと言う方のために、 処方例を一つ上げておきます。 なお、漂白処理が強過ぎるとかえって黄変しますので、前もって試験してみることをお勧めします。

            1g/L アニオン活性剤
     20-30cc/L 過酸化水素水(35%)
            2g/L トリポリリン酸ナトリウム
            3g/L 重ソウ + 2g/L ソーダ灰          50℃ X 6 時間後水洗、中和、水洗。


ウールの染色

ウールと言う繊維が 古い歴史を持っている様に、 それに使用される酸性染料(acid dye) にも長い歴史があり、様々な染色性を有する酸性染料が存在する事となっています。そのため、ウールの染色に当たっては、使う染料の性質を知った上で、 最良の染色法を採らなくてはなりません。それを分かりやすく説明するために、先ずはウールに対する酸性染料の染色メカニズムを説明します。
既に説明しましたが、ウール上には、酸性条件で、-NH3+ と言うカチオン性を持つ置換基が出現します。水に溶けた酸性染料は、アニオンとしての性質を持ち、この繊維上の -NH3+ とイオン結合します。 このイオン結合に加えて、水素結合と V der W 力が、酸性染料とウールを繋ぐ力となります。

酸性染料の部族には、更に、酸性媒染染料(= Mordant dye) と呼ばれるタイプがあります。このタイプの特徴は、イオン結合での染着後、更に、金属クロムイオンで媒染(ばいせん)し、 ウール繊維と染料を配位結合で結ぶ点にあります。 この配位結合は、イオン結合よりも強いため非常に高い湿潤堅牢度を達成します。(酸性媒染染料は、 ほとんどがクロムで媒染するのでクロム染料とも言います。)このタイプの酸性染料は、配位結合を作る前には、ごく小さい構造で、V der W 力は小さく、移行・拡散性は極めて良好です。そのため、ウールのミクロフィブリルへ均染し、後、クロム処理により下図のようにウールのアミノ基(- HN2) やカルボキシル基(-COOH) と配位結合により結びつきます。これと、同時に、このクロム処理によって、染料自身も錯体化します。錯体構造としては、 一分子型の1:1含金染料もしくは、二分子型の1:2含金染料となります。主としてどちらの型になるかは、元の染料の性質によりますが、 化炭を兼ねて硫酸を使う様な低いpHにすると、1:1含金の方が出来やすいと言われています。 (下図参照)
 *化炭(carbonization)  ウールに付着している植物成分を硫酸酸性で炭化し除去する処理。

酸性媒染染料は、こうした複雑な染着機構により幾つかの最終染着形態を作ることで、学生服の黒色に見られるような深い色合いを与えます。



酸性媒染染料が、クロ ム原子を核とする繊維との配位結合で高い湿潤堅牢度を有することは、理解して頂けると思いますが、1:1含金や、 1:2含金の形になった場合にも構造が大きくなる事で、V der W力が増大し、湿潤堅牢度が上がります。特に、1:2含金では、大きさが元の二倍以上になり、 イオン化する基も増えますので過酷な条件にも耐える良好な湿潤堅牢度を持つ事となります。 こうした、湿潤堅牢度の増進に加えて、日光堅牢度が上がるのもクロムによる媒染の大きなメリットです。 しかし、現在では、クロムイオンを介在させる事自体が、それらのメリットを打ち消す環境上の問題となっています。
  
洗濯に耐え得る物性的性質を与えるため、スケールを除去したウールでは、表面の疎水層が失われることにより、 染料が染着している親水域がむき出しで外部に曝される事になります。 そうなると単純な物理的引力だけで繊維に染着している染料は容易に外へ飛び出し、色落ちや、色移りの原因になります。 この対策として、クロム媒染染料は良好な堅牢度を示すのですが、鮮明な色領域が欠けています。
こうした理由に加えてECO対応の面から、同じ様に優れた湿潤堅牢度を示す反応染料への動きが見えます。 ただし、クロム媒染染料に比べ、色合いの深さや日光堅牢度のレベルがまだまだ不十分です。 ウール用の反応染料は、右図の様に、酸性〜中性条件下で、熱エネルギーにより繊維のアミノ基と反応し共有結合を作ります。 代表的な、ウール用反応染料は、ハンツマン のLanasol です、ダイスターからも Realan と言う名称の反応染料が発売されています。




ウールを染める染料は、大きく、次の四つのグループに分かれます。 (1) 一般酸性染料、(2) 含金染料、(3) 酸性媒染染料、(4) 反応染料

この内、(3)、(4)については上で説明しましたので、(1)、(2) について補足します。

(1) 一般酸性染料は、分子量として400〜800と広い範囲に渡っていますので、その染色性と堅牢度から二つに分けて区別されています。
    ・先ず、一つ目は、レべリング染料(Leveling dyes) と言う名で呼ばれる、極めて均染し易い酸性染料です。構造も小さく、当然ながらV der W 力や水素結合を示す基も少ないため、繊維に対する親和性を余り持ちません。しかし、イオン化する基はありますので、主としてその力でウールに染着します。 つまり、均染し易い特徴を持つ反面、湿潤堅牢度は良くありません。このレベリング染料 は、主として反染めに使われ ます。
    ・次に、ミリング染料と呼ばれるレベリング染料より構造が大きく繊維親和性の高い染料グループがあります。 この染料は、レベリング染料より湿潤堅牢度に対する要求が高い分野に使用されます。 堅牢度が高くなる半面、ムラ染めになりやすい傾向が出てきます。(このグループの中は、更に二つに分かれ、湿潤堅牢度の低い (=分子量の小さい)方から、ハーフミリング、ミリング染料と呼ばれます。 ハーフミリング染料は、反染めにも使われますが、ミリング染料は、主として糸染めやトップ染めに使われます。)

  *ミリング(Milling) :  日本語では「縮充(しゅくじゅう)」と呼ばれ、フェルト化を布の状態でわざと起こし、独特の風合いを与えるための工程で、 防毛織物には必須の工程です。



これら一般酸性染料は、主として鮮明な色領域に使われ、単品で黒や紺の色はありません。濁った色、黒や紺には、次に説明する含金染料が使われます。

(2) 含金染料は、先に酸性媒染染料で、1:1含金および1:2含金 として示した構造を持つ染料です。英語では、Premetallized dyes (プリメタライズドダイ)日本語でも、通称プリメタと言われています。名前で分かる様に、売られている段階で既に、クロム(もしくは、コバルト) を分子中に持っている染料です。市場規模としては、1:2型が1:1型を大きく圧しています。 この1:2型含金染料は、その大きい構造のため良好な湿潤堅牢度を持ちますが、大きすぎて染めにくいため、様々な改良が試みられました。
その一つが、染料の構造に手を加える事で、具体的には、大きな水溶性を与える二つの可溶化スルホン酸基を、スルホアミド基や、 メチルスルホン基で置き換え極性を下げる方法です。 これに加え、染法の面から、pH スライド法や新しい助剤の開発が成されました。これらの結果、今ではウールやナイロンの糸染めや反染めまで広範囲の濃色分野に使われています。 (勿論、これら酸性含金染料は分子構造中に金属原子を持っているだけで、繊維と配位結合する訳ではありませんので、媒染染料程の堅牢度はありません。 コバルトを金属核として使うと日光堅牢度がさらに高くなります。しかし、価格的に高くなるため、一二の染料に限られています。) 
これらの、数多くの染料を使い分けるヒントとして、次の表を作りました。
表1.では、個々のグループと、ウールの間に働く親和性を明確にするため、V der W力を、アルファベットの V で、イオン結合をアルファベットの I でそれぞれ表しました。表2.では、染料の持つ分子量と極性が、 ウール染色での物理的不均染や化学的不均染にどのような影響をもたらすかについてまとめています。



表1.は見ての通りで すが、表2.の「化学的不均染」「物理的不均染」について補足します。「化学的不均染」=良 の染料は、染料が染着する -NH3+基の数のばらつきや、分布のかたよりにも余り影響されない事を示しています。つまり、 染料の極性が大きいとアミノ基へ引っ張られて行ってしまう訳です。一方、「物理的不均染」=良 の染料は、繊維の太さや、密度に関係なく均一に染まることを意味しています。つまり、分子量が大きい染料ほど、V der W力や立体障害のため、動き難くなりムラ染めを起こします。この表ではまた、分子量が小さく極性も小さい例として「分散染料」を、反対に、 分子量が大きくて極性も大きい染料として「直接染料」を入れておきました。 ちなみに、両者の共通点は、ウールとイオン結合する基を持たない事です。

この様にウールを染めるための染料は色々ありますが、その使い分けは、右表のようにまとめられます。
これらの染料を使って染色する時の原則は、分子量の小さい染料程、吸尽し難く残液(浴に残る染料)が大きいので、pH を下げ吸わせます。これに比べ、分子量の大きい染料は、急激に吸尽が進みかつ均染し難いため、染浴のpHを上げ、吸尽を抑えます。

ウールの染色法を簡単に表すと次のようになります。
1.40〜50℃で浴を張り、酸やその塩類を添加し、染浴のpHを調節します。必要に応じて芒硝や均染助剤、浸透 剤、脱気剤等を加えます。
2.被染物を投入し、10〜15分間液を循環し均一に湿潤させます。
3.浴に、ボイル溶解した染料を加え被染物に均一に配分した後、40〜60分かけ100℃まで昇温し、この温度で45〜60分染色を続けます。
4.染浴に染料が多く残っている様であれば、追酸を行い吸尽を完結させます。
5.徐冷後、浴を落とし被染物をすすぎます。

酸性染料の染色に使われる一般的な酸としては、酢酸、ギ酸があります。また、塩類としては、硫酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、 酢酸ナトリウム等が使われます。この内、不揮発性の酸と揮発性のアルカリからなる硫酸アンモニウムは、 100℃で焚いている間にアンモニアが飛び次第に酸性度を高めます。 これとは逆に揮発性の酸と不揮発性のアルカリからなる酢酸ナトリウムは昇温で次第にアルカリ度を高めていきます。



適性pH範囲
使用薬剤例
主要用途
対応染色機
 レベリング染料
2〜4
ギ酸
反染め
-ウインス/液流染色機
 ハーフミリング染料
3〜6
ギ酸/酢酸
糸染め/反染め -ウインス/液流染色機
 ミリング染料
4〜7
硫酸アンモン/酢酸アンモン/酢酸
トップ染め/ばら毛染め/糸染め/反染め -液流染色機

 含金染料
(ジスルホン型)
4.5〜5.5
硫酸アンモン/酢酸アンモン/酢酸 トップ染め/ばら毛染め/糸染め

(モノスルホン型)
5〜7
硫酸アンモン/酢酸 トップ染め/ばら毛染め/糸染め/反染め -液流染色機

(スルホアミド型)
5.55〜6.
硫酸アンモン/酢酸アンモン トップ染め/ばら毛染め/糸染め/反染め -液流染色機

均染助剤としては、右の様に、繊維のアミノ基を先に封鎖し、 後に染料と入れ替わるアニオン性の均染剤がよく使われます。含金染料の場合には、両性型の均染剤が一般的です。

ウール用反応染料は古くからあるのですが、塩素化してスケールを取り除いたウールは、極めて親水性が高く、 染料の吸尽が速いため染色の初期段階で生じたムラはなかなか修正できません。そのため、均染助剤の選定とpHの管理が必要です。

  Huntsman の Lanasol を使用した処方例を示します。
  1.40-50℃で浴を張る。
    2% Albegal B、4.0% 硫酸アンモニウム、5.0% 芒硝添加。
   酢酸で、浴のpHを4-4.5に調整。
      10分かけ液を被染物全体に供給。
 2.10分後溶解した染料を添加。
 3.10分後1℃/分で100℃まで昇温。
 4.100℃で60分染色。
 5.徐冷後、液を抜く。
 6.アンモニアで洗浄。未反応の染料を除去。  pH9、80℃X20分。
 7.湯洗  70℃X5分。

<補足>ウールを染料を使用しないで着色する 「エコ・トーン」 について分かりやすく説明して欲しいとの希望がありましたので、 補足として説明します。
「エコ・トーン」 は、 福岡県工業技術センターと倉敷紡績の共同研究により、 2004年に開発されたウール中のアミノ酸とポリフェノールとの反応でウールを着色する新特許技術です。 先に述べましたが、ウールは、19種類のタンパク質→アミノ酸から成り立っています。 そのアミノ酸の一つであるトリプトファンとポリフェノールを反応させるとそれ自体が発色します。これは、トリプトファンを発色団、 ポリフェノールの水酸基を助色団とする色素が両者の反応により生み出された結果と考えられています。この色素は、染料の様に、 羊毛繊維の外側に別個に存在する訳ではなく、繊維の一部が色を成しているため、優れた湿潤堅牢度を有します。 また、ポリフェノールは無色ですので、染色後も簡単な水洗だけで、廃水処理の必要がありません。合わせて、 有害なクロムやアミン発生のリスクもありませんので安全性も高く 「エコ・トーン」 の名前を冠している所以です。 当然ですが、使用するポリフェノールが既存物質である限り面倒な化学物質登録手続きも必要ありません。
現在量産されている品目は、環境問題が大きい黒と紺の二色ですが、ポリフェノールの使用比率や反応条件を変える、或いは、 ポリフェノールの種類を変える事により更に広い色目や濃度に対応出来るとの事です。 基本的には、同じアミノ酸を構造中に持つシルクや皮革にも応用できます。

繊維素の着色に関しても同様の研究が成されている様ですが、繊維分子中に色素成分を入れ込み従来の染色に代える研究は海外でも行なわれており、 英国における DyeCat 社の様に既に企業化されているケースもあります。DyeCat 社の取り組みについては、 「12. PLAの染色」 の章で、 もう少し詳しく説明します。

ナイロンの染色

ナイロンは、 1935年にデュポン社のウヲーレス・カローザスにより、 歴史上初めて石油から合成された合成繊維でウールと同じくアミノ基を持っています。 構造的には、石油由来のアジピン酸とヘキサメチレンジアミンを脱水重合したもので、 アジピン酸の持つ6つの炭素とヘキサメチレンジアミンの持つ6つの炭素を合わせ、66ナイロンと呼ば れます。(余談ですが、この時新染料の発表を、DuPontとICIが協力してニューヨークとロンドンで大々的に行なった事で、その名を New York + LONdon と名付けたと聞いています。)

日本においても1941年に当時の東洋レーヨン(現東レ)の星野孝平氏らにより、ε-カプロラクタムを開環重合させた6ナイロンが開発されました。

66ナイロンも6ナイロンも重合の後、溶融法で紡糸されますが、 66ナイロンの融点は、 270- 280℃と、6ナイロンの融点240-250℃に比べ高いので、その分溶融温度は高くなります。
 
66ナイロンは、6ナイロンに比べ強度が高いのですが、風合いが硬いため産業分野や女性用ストッキングに使われています。 一方、柔らかい風合いが好まれる衣料用には、6ナイロンが使われています。最近では、ナイロン11 やナイロン12など、エンジニアプラスチックの分野にまでアミノ基を持つ高分子物質が出てきていますので、 これらをまとめて「ポリアミド」と言う言い方も多くなってきました。

染色においては、ウールと同じように繊維中のアミノ基とイオン結合で結びつきますが、 それは、繊維高分子の末端にしかないためウールでは起こらなかったブロッキング(blocking) という現象が出てきます。 (ナイロンの飽和染着値は、羊毛の飽和染着値の20分の一程度。)  その末端アミノ基が繊維により封鎖されますと、(大量の酸の存在下において)分子中のアミド基 -C(=O)-NH- にも染料がイオン結合し始めるといわれています。いずれにせよ、染料の配合使用において、 ブロッキング現象を避けるためには、使う染料の染色性を厳密に合わせることが必要になります。 (特に、66ナイロンでは、6ナイロンの半分程度の初期染着座席しか持たないため、より注意する事が必要です。)

 *ブロッキング(blocking): 二種以上の染料を 使用して染色した場合に、親和性の大きい方の染料が選択吸収され、他の染料の染着を阻む現象。染着座席の少ないナイロン、アクリルに起こる。 ナイロンの末端アミノ基は、0.04-0.05ミリ/当量であり、ウールの1/20、シルクの1/4。

こうしたイオン結合の少なさは、湿潤堅牢度にも関わってきます。このため、ナイロンの染色においては、タンニン処理(back tanning) もよく行われます。これは、染色後、高分子のタンニン酸を被染物に吸着させ、更にそれを吐酒石により水に溶けない形にして、 染色物の表面を丸ごと覆う事で水に濡れても染料が出て来にくくする処理となっています。 タンニン処理のもう一つの利点は、日光堅牢度を向上させる事です。難点は、風合いが少し硬くなることと、色が少しくすむ事です。 最近では、吐酒石処理を行わない合成タンニン処理 (「シンタン」と呼ばれる) も広く行われています。

染料の選択は、上の「アミノ繊維用染料のとらえ方」の表1.表2.を参考にできますが、ウールの染色に比べ、より化学的不均染をカバーしてくれる染料、 より物理的不均染をカバーしてくれる染料にシフトさせ、足の揃ったものを選びます。下着等によくある極淡色の場合には、 比較的鮮明で日光堅牢度も高いキノン系分散染料もよく使われます。 また、染着座席が少ないため、一般酸性酸性染料では濃色を出すのが難しく、それをカバーするために 1:2含金染料をうまく使う必要があります。

1:2含金は、一般酸性染料とは違う染色挙動をとり、分子中のクロムが作用し、固層としてのナイロンに直接溶け込み拡散する “接触拡散" により、濃く、 且つ良好な堅牢度を達成します。ただし、この場合にも、極性の小さい分散型もしくはスルホアミド型を使う事でカバリング性を与えます。
  *カバリング性(covering) : 染色性の異なる部位に起こる濃度差から出るいらつき、ちらつきをなくし均染すること。

酸性染料による一般的なナイロンの染色処法を下に示します。   

 精練   1.0g/L 非イオン活性剤  + 1-2 g/L ソーダ灰      50℃ X 20-30分 後、十分に水洗
 漂白   通常は行なわない
 ヒートセット  Nylon 6  (生フィラメント) 170-190℃ X 20-30秒
                 Nylon 66 (生フィラメント) 190-200℃ X 20-30秒

1.30〜40℃で浴を張り、酸やその塩類を添加し、染浴のpHを調節します。
   均染助剤、浸透剤、脱気剤等を加えます。
2.被染物を投入し、10〜15分間液を循環し均一に湿潤させます。
3.浴に、ボイル溶解した染料を加え被染物に均一に配分した後、40〜60分かけ100℃まで昇温し、この温度で45〜60分染色を続けます。
     (Nylon 6は、Nylon 66よりも染め足が速い)
4.染浴に染料が多く残っているようであれば、追酸を行い吸尽を完結させます。
5.徐冷後、浴を落とし被染物をすすぎます。
6.必要に応じて、タンニン処理を行います。

    ・pH調整は、ウールを染める場合よりも、若干高めで行ないます。極淡色では、均染が得られない場合、少量のアンモニアで弱アルカリからの染色とします。


使用薬剤例 
  レベリング染料 3〜4 ギ酸/酢酸 極淡色の場合は、酢酸ナトリウム/アンモニアを使い高いpH から染色
  ハーフミリング染料 酢酸/酢酸アンモン
  ミリング染料 5〜6  酢酸/酢酸アンモン 追酸にて吸尽完結

  含金染料 (ジスルホン型) 4〜4.5 硫酸アンモン/酢酸/酢酸アンモン 追酸にて吸尽完結

(モノスルホン型)
4.5〜5.0 硫酸アンモン/酢酸/酢酸アンモン 追酸にて吸尽完結

(スルホアミド型) 7.0〜8.0 硫酸アンモン/酢酸/酢酸ナトリウム 追酸にて吸尽完結

・均染助剤としては、アニオン性の繊維親和性均染剤に加え、弱カチオ ン性の染料親和性均染剤の併用も有効です。
    ただし、カチオン性均染剤を使う場合には、アニオン均染剤を入れる前に染料との錯体を作っておく事が重要です。
 ・含金染料には、均染剤は必須ですが、アニオン性やカチオン性の均染剤は余り効果を示しません。 両性の性質を持つ染料親和性均染剤がベストです。
 ・極淡〜淡色の場合には、初期染着を抑えるため染料を入れてから、しばらくの時間、低温のまま被染物/染料液を動かします。
 ・6ナイロンの染着開始温度は66ナイロンに比べて低いので低温領域での均染をより計る必要があります。
 ・合成タンニン フィックス処理例.   2〜6% o.w.f. ナイロンフィックス 501(センカ)  80-90℃ X 20分 後、水洗、乾燥。

66 ナイロンは強力が高い事から、フィラメント織物としてパラシューやテント地などの用途に多く使われています。 こうした織物状態のナイロンを折り目をつけずに効率良く染めるためには、 拡布状態のま染色を行なえるビーム染色機やジッガー染色機が向いています。 これらの染色機には、100℃以上の高温・高圧で染色できるタイプのものもあり。厚地で均染の得にくい生地には最適です。

Beam染色機                                 Jigger 染色機


嵩の大きいナイロンカーペットは、連続染色のPad-steam法で染められます。 66ナイロンと6ナイロンの染色性の差を利用して異色効果を与える事もよく行なわれます。

酸性媒染染料は、ナイロンには使いません。媒染のベースとなるアミノ基が少ないため、 媒染処理(=クロミング)を行なうためには大過剰のクロムイオンを使い時間も長くかかるからです。濃度も出ません。

ナイロン用の反応染料は殆どありません。その理由は、反応染料が反応するアミノ基の数がウールに比べ少なく高い濃度を得られないからです。
そんな中でも、ハンツマンから Eriofast、ダイスターから Telon RN と言うナイロン用反応染料が販売されています。
 
ハンツマンのEriofastは、カーペット分野の連染を対象とし、Pad-steam法で染める染料です。
ダイスターのTelon RNは、ナイロン浸染用に鮮明色から黒色まで広い領域をカバーするとされてます。
その、染色処方を下に示しておきます。

1.30℃で浴を調整。助剤投入 1.0-2.0g/L Sera Con NVS, 0-1.0% Sera Gal N-ES 染液循環10分。
   (Sera Gal N-ESは、ストライク性の強い素材にのみ添加。)
2.10分かけて染料添加、染液循環5分。
3. 0.5-1.5℃/分で98℃まで昇温。
4.濃度に応じて、98℃で15-60分染色。
5.染色終了後、70-60℃まで徐冷、排水、洗浄工程へ。
6.洗浄は少量のソーダ灰でpH10 に調整 70℃X10分(濃度に応じて二回繰り返す。)
(7. 2%以上の濃色には、FIX処理。Sera Fast N-JBを使用し、80-90℃X20分。)

ナイロンは、ウールに比べると、アルカリへの耐性がありますので、一般の綿用反応染料を弱アルカリ条件で使うことは可能ですが、 複数の染料を配合して使用するとブロッキング現象が強く出るため、思う様に色を出す事が出来ません。 その半面、綿では問題となる塩素堅牢度の弱い反応染料も、ナイロンに含まれるアミノ基の作用により塩素堅牢度が向上しますので、 単色使いに検討してみる価値はあります。

メーカー別酸性染料 レンジ

これまで日本では 数多くのアミノ繊維用酸性染料が販売されてきました。 

元々歴史があり多くの染料レンジが存在するところに、近年の染料メーカーの統廃合、企業のM&Aも加わり、一体どの染料名が残り、 どの染料名が無くなっているのか正直良く分かりません。このHPが公開される頃には更なる変更があるかもしれませんが、 一応、主要メーカーのブランドを右の図にまとめました。この内、青字はハンツマン、ピンクの字はダイスター、グリーンは日本化薬、 白字はArchroma(旧クラリアント)の製品をそれぞれ表しています。また、 商品名の後ろに (N) とあるのは、ナイロン用途へのブランド名です。

ウール用染料を、従来の分子構造・染色性からではなく、染色性・堅牢度を元に再構成したものがハンツマンのLanaset(ラナセット)レンジです。
このレンジには、反応染料、従来型酸性染料、含金染料、それらの配合品などが含まれている様です。(参考類推資料

注 * 2023年3月HUNTSMANは、染料事業を含むテキスタイル・エフェクト部門の、 Archromaへ売却。


シルクの染色

シルクの生産は 紀元前3000年には中国で始まっていたと言う事ですので、少なくとも綿と同じ5000年の歴史を持っている事になります。 シルクはウールと同じアミノ酸からなるたんぱく質の繊維です。構造的には、絹たんぱく 質のフィブロインからなる二本の高分子鎖集合体を、もう一つの絹たんぱく質であるセリシンが固着しています。フィブロイン部分の形状は、三角形に近く、 (精練でのセリシンを除去した後) “絹鳴り” を起こす理由となっています。
(精練により外側のセリシン層は除去されますが、フィブロインに挟まれた部分は残ります。また。精練の程度により染料の染着性に差が出ます。)


 
染色における染料は、ウールの場合と同じように、フィブロインのミクロフィブリル領域で染着します。 しかし、ミクロフェイブリルという同じ呼び方でも毛根で時間をかけてつくられるウールのミクロフィブリルと、 蚕の絹糸腺(けんしせん)でごく短時間に作られるシルクのミクロフィブリルは大きく異なっています。

フィブロイン分子は、他のタンパク質と同じくペプチド(-CONH-)の高分子鎖です。そのポリペプチド鎖は、 平行または逆方向で並ぶとその間に規則的な水素結合の作用が働き、β シート構造の結晶をもたらします。 シルクのミクロフィブリルには、こうして出来たβ シート型結晶領域があるのですが、それのない非結晶領域は、非常に単純なまま放置されています。 こうした、スカスカな状態のミクロフィブリルが1000本程度集まって、マクロフィブリルとなり、 それが更に集まってシルクのフィブロインを作っています。

シルクも、アルカリには弱い繊維です。また、強い酸にも不安定です。
精練は、一般に弱アルカリ性で行われます。石鹸(マルセル石鹸)法、ソーダ灰法、石鹸・ソーダ灰法、重曹法など多種多様な方法があり、 用途による精練法の使い分け、温度、時間、回数などが各精練企業のノウハウになっているようです。現在では、酵素による精練も行われています。
染色用被染物は、通常、精練を済ませてから供給されますので、 染色前の処理としては、湯通しをして色々な(精練)残留物を確実に取る位の事しか行ないません。
染色に一番使われるのは、酸性染料です。他の染料でも、炊き込めばムラは解消しますが、 アミノ基とのイオン結合で少しでも堅牢度向上が期待できる事と、鮮明色から濃色まで染料数が多い事がメリットです。 (堅牢度からみれば、反応染料を使うのが一番良いのですが、高い繊維ですから、ムラ染めになった場合の修正までを考えると二の足を踏んでしまいます。 また、弱アルカリでもアミノ基と反応できる *ジクロルトリアジン染料が市場から消えてしまったことも使用へのブレーキの一因です。)

 酸性染料による染色例を上げておきます。
 1.浴の準備  被染物+30〜40℃の湯、酢酸、酢酸アンモニウムで、pHを 5 に調整。
 2.10〜15分後、ボイル溶解した染料を加え被染物に均一に配分。10分間液の循環。
 3.40〜60分かけ80〜90℃まで昇温。この温度で30〜60分染色を続けます。
 4.染浴に染料が多く残っているようであれば、追酸を行い吸尽を完結させます。
 5.徐冷後、浴を落とし被染物をすすぎます。
 6.必要に応じて、直接染料用のフィックス剤でフィックス処理を行います。

* ジクロルトリアジン染料は、既に特許の対象から外れてしまっているため、インドや中国の幾つかのメーカーで作られています。 しかし、短期間で空気中の水分を吸い加水分解を起こすため、活性のある反応基の数が不安定であり、 加水分解すれば強酸である塩酸が生じるため pH 的にもばらつきが出て来ると思います。 従って、サプライチェーンでそれらの保証が無い場合には、使用を控えた方が無難です。

How its made - Organic Silk


Appendix  ポリエステル/ウールの染色

ポ リエステル /ウールは、 様々な衣料に広く使われている素材ですが、基本的には、ポリエステルは分散染料、ウールは酸性染料で染色します。
この場合、一般的なのは、トップやルーズの形で、別々に染め、混合し紡糸する。或いは、糸の状態で別々に染め、交織や交編で布を作る手法で、 最終製品までの時間がかかりますが、染料の選択や堅牢度の点で最適の条件が設定できます。 また、霜降りにしたり高濃度まで染める事も容易なため、消費時期が予め決まっており、 なお且つ、大量に消費されるユニフォームや学生服には欠かせない手法だと言えます。 (特に、クロム媒染染料の使用にとっては最適の方法です。)
これに対し、既に混紡や交織になっている素材の場合の染色には、以下の様なハードルが横たわっています。
        (1) ウールは100℃以上の高温で損傷する。 
        (2) ウールは強いアルカリ条件で脆化する。
        (3) 染色時ウールは還元性を示す。 
        (4) ポリエステルの染色には100℃以上が必要。 
        (5) 分散染料はウールにも汚染する。 
        (6) 染色後の還元洗浄にはアルカリが必要。
        (7) 酸性染料は一部の含金染料を除き還元洗浄で分解する。

それでは、これらを解決する手段を探ってみましょう。
(1) ウールは100℃以上の高温で損傷する。 ⇔ (4) ポリエステルの染色には100℃以上が必要。
解決手段 → ・高温状態でウールを保護する助剤を使う。・低温でポリエステルの構造を開く助剤/分散染料を可溶化する助剤を使う。
                3-5% ホルマリン(30%) ?                                           キャリヤー?
(近年、単純なホルマリンやクロルベンゼン/メチルナフタレンの様な旧タイプのキャリヤーに代わり、環境への優しさを訴えた助剤が登場しています。)
(2) ウールは強いアルカリ条件で脆化する。 ⇔ (6) 染色後の還元洗浄はアルカリが必要。← (5) 分散染料はウールにも汚染する。 
解決手段 →  ・ウール汚染の少ない分散染料を使用する。 
   ・還元洗浄用のアルカリとしてウール損傷が少ないアンモニアを使用し、分散染料での染色→還元洗浄→酸性染色を行なう。
   ・還元洗浄ではなく分散染料の除去効果を有するソーピングで対応する。
               ← (7) 酸性染料は、一部の含金染料を除き還元洗浄で分解する。
(3) 染色時ウールは、還元性を示す。→ 分散染料中のアゾ基(-N=N-)や ニトロ基を還元する。
解決手段 → ・酸性条件で効果を持つ還元防止剤を使う。  ヨウ素酸カリウム?

次に、これらの事を頭に置き、酸性染料の分野で高いシェアを持つ Huntsman の推奨染色処方を見てみましょう。
 
先ず、(C) の染料ですが、ウール側には上の表にもある Lanaset (1:2 型含金酸性染料(モノスルホン)、酸性ミリング染料、反応染料を主体とするウール用複合染料) 、ポリエステル側には、同社の分散染料 Terasil が推奨されています。
通常推奨染色温度は、120℃です。106℃の温度を採る場合には、低エネルギータイプ(Eタイプ)の分散染料を使う必要がありますが、それでもなお、 この温度では拡散性とビルドアップに劣るとの断り書きがあります。
(A) で挙げられた、ALBAFLOW CIR/ALBAFLOW UNI は、脱気効果・繊維湿潤効果を持ち、生地を素早く均一に濡らす働きをします。MIRALAN Q は、生地に平滑効果を与え、染色中ウールに起こるフェルト化を防止するための助剤です。
(B) で添加される ALBEGAL SET は、染料親和性と繊維親和性を共に持つ LANASET 染料用の均染剤です。MIRALAN HTWとMIRALAN HTP は、どちらもウール保護剤です。この内、MIRALAN HTF がホルマリンが含まれないタイプとなります。UNIVADINE PB は、従来のキャリヤーに代わり高度の染料拡散性を与える助剤です。ALBATEX AB-45 は、染浴のpH を 4.5 に保つための pH 調整剤です。

Huntsman は、適切な分散染料(Terasil) を選択する事により、上記染色温度の染色でウールの汚染を少なくする策を取っています。しかし、なお堅牢度(摩擦/湿潤)を上げたい場合には、 ERIOPON OS という名称の洗浄剤を使ったソーピングを推奨しています。



・上にも書きましたが、環境負荷を改善するため、世界的には、毒性の高い6価クロムを使うクロム媒染染料は使われなくなってきています。 しかし、黒色領域におけるクロム媒染染料は、他の染料にはない色相の深みと高い日光堅牢度・湿潤堅牢度をウールに与えます。 ポリエステル/ウールの染色においては、これに加えウールに汚染した分散染料が、媒染時のクロムイオンにより錯体を作るため、 分散染料/クロム含金染料の組み合わせでは得られない深い色目と高い堅牢度が得られます。 中でも分散染料としてウール汚染度の高いアントラキノンブルーは、このクロム処理でウール部分に深いグリーン色を与え、 その特徴を一層際立たせます。

・染色時におけるウールの還元性は、100℃以上の条件で、染料のアゾ基を還元分解を促す事があり、 例えば、CI Disperse Blue 56 (Blue FBL等)が、この作用で、徐々に濃度を落とす現象が知られています。 この場合、ポリエステル/ウールの混紡糸では、 繊維表面にウールが多く出ているため、染め色が単色ブルーでは影響はほとんど出ませんが、 同染料を三原色のブルー成分として使用している場合には、その退色が色相の変化として現れ、再現不良を引き起こします。 これを防止するのに有効なのが、還元防止剤の添加です。ただし、染色は通常酸性下で行なうため、ニトロベンゼン系の還元防止剤は効果がありません。 (同還元防止剤は、酸性下の使用でpHをアルカリへと振るため、却って染色を不安定にします。)
ここで使用すべきは、ヨウ素酸カリウムです。使用量の目安は、1g/L とごく少量ですが、溶解度が極めて低いため、あらかじめ 40g/L で溶解しておき混紡率や染色機の違いを考慮し  2〜4g/L 見当で添加します。その場合、温度が高い程よく溶けるので、熱湯を使う事がコツです。 (ヨウ素酸カリウムは、酸化性固体としてGHS分類で区分2(火災助長のおそれ)に属しますので、保管場所と保管量に注意して下さい。 また、それ程深刻ではありませんが、他のほとんどの助剤と同じ様に経口毒性が指摘されていますので、一定の注意が必要です(区分4)。 これらの点からも、溶解液として保管しておく方が安全です。溶解液を長期間保存すると、褐色の成分が析出する場合があります。 それは、ヨウ素ですから少し位なら影響ありませんが、出来れば作り直す事をお勧めします。)

・常圧可染型のポリエステルは、この分野では染色温度を下げウールの脆化を抑えるメリットをもたらします。