◆ ◆ ◆
「――これ、舐めてみて?」
「……、」
 グラスから取り出した氷を、彼の口唇の前にかざしてみる。だけど、何の反応も返さない。
 やっぱり「目が見えない」という事に不安があるんだろう。悟られまい、と懸命に我慢しているのがよく分かる。  ――あれから、彼の住むワンルームマンションへと送り届け「喉が渇いた」と、烏龍茶をグラスに注いで渡した所までは、本当に献身的な気持ちだった。彼に対して情欲など微塵もなかった。
 だけど、烏龍茶を飲む姿に官能を見出してしまった時、欲望という炎が一気に押し寄せてきた。どうって事ない動作なのに「目に包帯」という普段とはかけ離れた、ある意味無防備なその姿は、親身になろうという気持ちなど無意味なものになってしまう。それに、一旦点いてしまった欲望は、簡単に消えてはくれない。相手の手で消してくれなくては、いつまでも燻(くすぶ)り続けて、苦しい。
 気が付けば、その場――キッチンだ――に押し倒し、暴れる手足を押さえつけようと、後ろ手にタオルで拘束していた――。

 ヒタ、と氷を艶やかな口唇に押し付けると、
「っ……、」
 その冷たさに反応して全身を震わせた。そのまま氷を押し付けていたら、そろりとベルベットのような艶やかな舌を出して、ペロ、と舐めた。
「んんっ……っ、」
 指と舌が放つ微かな熱で融(と)けていく氷。それが雫となって、すっきりとした顎のラインを滑り落ち、喉元へと流れていく。彼は氷の冷たさに耐えられないのか、肩を震わせている。だけど、その姿は氷の冷たさによるものではなく、愛撫によってもたらせた愉悦による痙攣にしか見えなかった。
 やがて手に持っていた氷が融けてなくなったが、指はその口唇から離れ難く、しまいには彼の口腔内へと侵入を果たした。
「ちょ……っ、ふ、んんっ、ん、」
 性急な愛撫に途惑いを見せるが、舌を軽く突付くと、その指へ絡ませてきた。そんな些細な行為だけでも、自らの身体が昂ぶってくる。この人に触れるだけで、この身体は焦がれるように熱くなる。
 卑下するつもりはないけど、冴えない自分がこの人の隣にいられるだけでも奇跡的だというのに、こうして全てを委ねてくる姿を見せられて、冷静でいられるわけがない。やや強引だったけれども、それでも拒否の色を全く見せず、興じてくれる事に嬉しさが込み上げると共に、己の中に眠っている嗜虐心(しぎゃくしん)までもが覚醒していく。
 ぴちゃぴちゃ、舐める淫猥(いんわい)な響きと、その柔らかい舌の感触をもうしばらく味わっていたいけど、それよりも、妖しく蠢(うごめ)く口唇に触れたくなってきた。
 いつも意地悪な事ばかり言って動く口唇だけど、本当は柔らかく、優しい熱を持っている。
 その口唇に触れて、感じたい。
「あ、……ん、」
 そっ、と指を口腔から退けると、口唇が小さく震えた。そして、その上に触れるだけの口付けを施す。
 何度も触れるだけのキスを与えつつ、もう一方の手は、グラスに残った氷へと伸ばす。そして、手にした新しい氷を今度は鎖骨から滑らせると、
「冷た……っ、」
 その冷たさに、身体がびくり、と強張(こわば)って、その拍子に肩からシャツが滑り落ちた。後ろ手に縛っているので、二の腕の途中でシャツは止まる。白く綺麗な肌が明かりの下に晒され、まるで生まれ変わった成虫のように儚げだが、その内に確かな強さも垣間見せる。その肌の上を氷でなぞっていくと、決して貧弱ではない、薄く適度に付いた筋肉を小刻みに震わせた。
「も……っ、……いい加減に、しろっ、てば……っ、」
 がくがく、と震えながら怒りを露わにするけど、いささか迫力に欠ける。
「震えてる……、もしかして冷えちゃった?」
「……っ、」
 さすがにこれはやり過ぎか、と、氷をシンクに投げ入れる。
 カツン、と音が響く。
 氷の冷たさが残る指で、肌に滑らせ、
「……じゃあ、温めてあげる、」
「あっ、やぁ……っ、」
 口唇で氷が辿(たど)った上を追いかけ、時には舌と歯、そして指を使って刺激の度合いを変える。
 いやいやするように、頭を左右に振る。しかし、それはとても弱々しい。この時、目が包帯で隠されているのが残念でならない。きっと愉悦に震える瞳は、水の泡のように薄く潤ませているに違いない。それが見られないのは、ちょっと惜しい。
 ちゅ、ときつく肌に吸い付くと、その上に赤い花が散る。
「あ……、ああっ、」
 びくん、と身体が大きく跳ねた。
「も……っ、やぁ……、ぁ」
 かわいい声で啼(な)く彼の耳元へ口唇を寄せ、
「厭、じゃないでしょう?」と低く囁くと、びく、と肩を震わせた。そして、再び耳元から首筋へと口唇を巡らせ、その滑らかな肌の感触を余す事なく味わう。
「……んっ、」
 昔見た映画のストーリーはもう覚えていないけど、目隠しプレイのシーンだけは強烈に覚えている。幼心にその意味は分からなかったけど、妙にドキドキした事だけははっきりと刻まれた。そして、今、実際そのような行為を目の当たりにして、なるほど、と思う。自由を奪うという行為は、自分の中にある嗜虐心、支配心を否応無しに煽られる。普段見られない相手の姿は、いい意味でも悪い意味でも、悦びに添えるエッセンスだ。
 それは、彼にも当てはまっているだろう。「嫌だ」と言いつつ、本気で拒否はしていない。本当に厭なら、自分でさっさとその戒めを解く筈。タオルでの拘束なんて簡単に解けるのだから。
 だけど、それどころじゃないのかも知れない。さっきから下腹部の中心が切なげに悶(もだ)えている。きっと、ジーンズに阻まれて、苦しいのだと思う。
 そこに、そっと指で撫で下ろし、何度も行き来させてると、
「そん、なんじゃ……やっ、ん」
 ジーンズの上からの愛撫だと満足に快感を得られないらしく、腰を揺らしてこの先に訪れるものをせがんでくる。彼の望みを叶えてあげたいと思うし、するのも簡単だ。けど、彼の切なげに身悶える姿をもう少し眺めていたいから、愛撫の手を止めた。
 すると、身体を大きく震わせ、足をばたつかせながら、
「っ、ばかっ……どうしてっ……、」
「――我慢出来ない?」
 彼は、震えながら素直にコクン、と頷いた。
 その素直な態度に、思わず笑みが込み上げてくる。普段は氷のように冷徹な彼が、恥もプライドもかなぐり捨て、己の快楽に忠実に従う姿は、いつ見てもそそられ、綺麗だ。
「しょうがないね、」
「……何がしょうが、ないんだっ。……こんな、風にした……っ、お前が悪いっ……んっ、」
「そうだね」
 彼の望みを叶えべく、ジーンズと下着を一気に脱がした。
 ――コク、と音にならない喉が鳴った。
 包帯によって閉ざれた視界。
 緩く後ろで拘束した腕。
 はだけたシャツから覗いた肌。
 そして、赤い彩りを飾った痕跡。
 無残ともいえるその姿に、いつもと違う雰囲気を捉える。
「……っ、」
 もう何度も、その身体に触れて抱きしめてきたのに飽きるなんて事、一度もない。いや、益々この人は綺麗に、鮮やかになっていく。
「あっ、」
 ツツッ、とすっかり硬く勃ち上がった性器の根元から先端へと一本の指先だけで滑らせていくと、その先端から白い雫を滴らせ、そして、それは性器に沿って流れていく。
「……こんなにお漏らししちゃって、」
「お……お前のせいだろっ!」
 その拗ねたような、ぶっきらぼうな口調が微笑ましい。その口唇に、恥かしい言葉を言わせてみるのも、また一興だろう。でも、このまま弄(いじ)るだけだと、しまいには本気で怒り出すかも知れない。
「じゃあ、責任取らなくっちゃね」
 だから、戯れる一本の指から掌全部を使って、そこを包み込む。
 天に向かって掲(かか)げ、硬く成熟した性器から蜜がとめどなく溢れる。そこと自分の掌の間で転がされて、くちゅくちゅ、と濡れた音が部屋中へと響かせる。
「ん……うっ、んん……っ、」
 最初は恍惚(こうこつ)とした笑みをその口唇に浮かべていたけど、次第に苦渋に歪んでいく。それもそうだろう、もうずっと掌だけで煽っているのだから。解放させる愛撫ではなく、達(い)きそうな気配を感じ取ると、ピタリ、とその手を休める。快楽に喘ぐ痴態を隅々まで眺め、欲望の火が消えかけるのを察知すると、再び愛撫を始める……。ずっと、それの繰り返しだ。
 普段そっけない態度で接せられているせいか、こういう時は、なぜだか意地悪な気持ちになる。もちろん、それは好意の裏返し。
 まるで、幼い恋心にどうすればいいのか分からない小学生のようだ、といささか自分でも呆れてしまうけれど――。

「も、……やだ……っ、う……、」
 達きたくても、己の意思で達く事の出来ない苦しさで、まともに言葉が発せないらしく、赤く熟れた口唇からは、喘ぐ声しか洩れ出ない。
 掌は、蜜液で充分すぎるほど濡らされている。
「あ……っ、」
 すっ、と手を放すと、ビクンと身体を震わせた。
「ちょっと、我慢してて」
 そう言い残して、彼から離れた。そして、キッチンに置かれているある物――彼の好物のひとつ――に目をやるが、
「あ、足閉じちゃダメだから。もし閉じちゃったりすると、後が酷いよ?」
 離れた隙に自由になった足を閉じようとする姿が、目の端で捕らえる。
「……っ、」
 彼は、ぴく、と閉じかけた足を強張らせて、そして、おずおずと足を元の位置に戻した。そこからはとめどなく零れる蜜液と、そそり勃った性器が見え隠れして、きわどい官能がそこにあった。視覚からの刺激だけなのに、己の中心は既に大きく孕(はら)んでいて、苦しいくらいだった。

 カタン、

 こまめに自炊する彼のキッチンは、学生という事を差し引いても、かなり充実した設備を整えている方だろう。時々「作り過ぎた」とご馳走になるが、手馴れた感じで用意される料理の手際の良さは、母親のそれと同等のものだと思う。その様々な調味料を置いている棚から目的の瓶を手に取って、彼の元へと戻った。
「待たせちゃった?」
「なに、が……待たせた、だっ、」
 口唇を尖らせても声が震えていたら、こっちを煽ぐだけだという事に、彼はいまだ気付いていない。くすり、と微苦笑を洩らして、
「うん、だからごめん」  コト、  床はフローリングになっているから、物を置くだけでも音はかなり響く。
「――何、持って、きた……?」
「知りたい?」
 再び彼に触れると、ぴく、と肩を震わせ、そして、
「いい、から……っ、はやっ、く……ん、」
 哀願するように、先をせがまれるままに先程の瓶の蓋を開ける。金色に輝く液体を指ですくって、彼の首筋になすりつけた。
「な、何っ? ……あっ、」
 彼のさっきまでと違う、慄(おのの)いた声音を無視して、今度はすっ、と指を下へと降ろしていく。
 辺りに、仄(ほの)かな甘い香りが漂う。
「――ハチ、ミツ……?」
 震えながらも、正解を言った。彼はかなりの甘党なのだ。そして、蜂蜜を常備しているから、すぐに分かったのだろう。
「そう、」
「そ、そうって、何考えて……っ、んっ、」
 再び蜂蜜をすくって、その白い身体になすりつける。特に胸にはたっぷりとなすりつけ、指先で、押し潰すようにして撫で回し、蜂蜜のクチャクチャと絡みつく音を部屋中に響かせた。
「……ここ、ぷくって立ってきたよ?」
「ばっ……か、……ああっ、」
 ぷくり、と立った乳首を指で挟むように抓み上げると、蜂蜜の滑りで指はすぐに離れていく。それは少し強く抓んでも結果は同じだった。その刺激に反応して、彼の身体に震えが走る。
 そして、今度はそこに口唇で触れ、ペロリ、と舌で蜂蜜を舐め取って、時折歯で引っ掻く。甘い蜂蜜が口の中で広がった。
「……今度は、硬くなってきた、」
「い……っ、」
「ん……甘い、」
「あっ、当たり前だろ……こんなコトして……っ、変態っ」
 ――変態、か……。
 彼相手なら、いくらでも倒錯的(とうさくてき)な行為に突き動かされるし、望むのであれば道化でも演じれる。この腕の中に繋いでいられるのなら、どんな行為も厭(いと)わない。だけど、さすがに面と向かってそう言われると、いささか気分を害する。
 その仕返しに、カリ、と少しきつめに歯を立ててやった。すると、彼の身体はビクッと震え上がり、逃れようとするけど、それを許さず更に強く愛撫を施していった。
「も……っ、やだっ……、」
 身体に塗りたくった蜂蜜を大方舐め取ったが、それだけだ。彼の中心は白い雫を垂らしたまま、天に向かって憤(いきどお)っている。達したくても達せないようにしているからだ。
「――達きたい?」
「……何、今更……っ、」
 震える声音に、やり過ぎた、と心が痛む。
「ごめんね」
「謝るくらいなら、さっさと……ああ…っ、」
言葉にされる前に、いきり勃つ性器に蜂蜜を垂らし、指先で塗り拡げる。彼の身体が大きく揺れて前屈みに倒れてきた。とっさに身体をずらし、彼の頭が肩に乗るようにした。彼の柔らかな髪の匂いが鼻腔をくすぐっていく。それに誘われて、
「今日はすごいね。どうしたの?」
「ん……っ、あ、」
 耳元へそう囁くと、今度は背が仰(の)け反(ぞ)った。まるで体全部が性感帯のように、どこに触れても甘い息を吐き出し、愉悦に噎(むせ)ぶ。更に蜂蜜をそこに塗り込めると、飴色のオブジェか、またはアイスキャンディのようだ。本当にこの人は甘いお菓子で出来ているのではないか、と錯覚しそうだ。
 花に群がる蜂や蝶のように、身体を屈めて蜜を舐める。青臭い匂いと甘い香りが混じって、昔よく吸った花の蜜の記憶が横切った。
「ああっ……いやっ、あ、あ、……っ、」
 口に含んで少し吸っただけで、彼の蜜液が喉の奥へと注がれる。今まで散々弄んできたから、そうなるだろうな、と予想はしていた。とはいえ、さすがに噎(む)せそうになったが、どうにか堪えてその全てを飲み干す。最後の仕上げとして、少しきつめに吸い付くと、息を弾ませて、びくびく、と身体が跳ねた。
「あ……はぁ……っ、」
 快楽を愉しむ間もなく、いきなり頂点に達した彼の身体は、それでもその余韻を纏(まと)わり付かせている。身体を弛緩させ、甘い息を吐き出し、さっきまで吸い付いていた肌には、薄っすらと汗を浮かせて妖しげにてかっている。それが赤い痕とあいまって、何ともいえない色気がそこにまだ漂っていた。
 シチュエーションを少し変えただけでも、こうも違うのか。快楽に溺れていく様は、それ以上にないくらい綺麗だけど、今の姿は更に綺麗だ。
 ツキ、と己の中心が疼(うず)く。
「……してくれる?」
「? ……何、を?」
 疼いてやまない欲望の早い解放を望んでいる。

 ジ、ジーッ……、

 ジーンズのジッパーを下げ、暴れ出す欲望を引っ張り出して、
「口、開けて……」
 言いながら、いきり勃つ性器に蜂蜜を塗り込める。ぬるり、とした感触がして、これからしてもらおうとする行為とどこか似ていた。
「ん……、」
 普段では絶対に見られない従順さで、その紅く色づいた口唇を開かせる。そして、チロリと覗かせる舌へと己のモノを咥(くわ)えさせた。
「んんっ……、」
 彼の眉が苦しげに歪む。それでも懸命になって愛撫を施してくる。ぎこちなく蠢く舌で先をくすぐる弱い刺激と、歯を立てる強い刺激とが交互に繰り返される。未だに慣れないらしく、彼の口技はいつまで経っても初々しくもあり、歯がゆくもある。
 思わず頭を掴んで、強引に抜き挿しさせる。
「ん、……ふっ……んん、」
 淫靡な音が、一杯に開かれた彼の口唇から生々しく洩れ出る。見下ろすと、受け切れない蜂蜜やら互いの体液が溢れ、顎にまで流れ落ちていた。
 そのぎこちない口技は、それでも初めの頃に比べてかなり上手になっている。やはり同じ男同士だから感じるツボは分かるのだろう。自分もそうだった。ただ、相手を気持ち好くさせたい、自分がどうされたら気持ち好いのか、と追及していけば、自然と上達していくものだ。
 時折「初めてじゃないだろう」と疑いの眼で見られるが、本当にこういう事に関しては彼が初めてだ。恋もキスもセックスも何もかもが。なのに、そう思われているのはショックといえばショックだけど、それだけ彼を気持ち好くしている証拠。
 そういう彼の方こそ、どうなんだろう。あれだけ目を惹く容姿をしているのだ。恋愛経験なんて豊富に違いない。
「う……、んっ……、」
 悩ましげに眉を歪ませ、慣れない愛撫にそれでも懸命に施してくれる、その奥に欲望を打ち込みたい衝動に駆られる。しかし、彼はそれを厭がる。なぜだか分からないけど、初めてその口で達した時、罵詈雑言に叫んだのだから生理的にダメなんだと思う。
 それでも時々、やってしまうのだけど。
 逆に自分は全く平気だ。寧(むし)ろ、全て食い尽くしたいと思う程に恋焦がれているのだから、触れるそばから甘く感じてしまう。
「ん……っ、ふ……うん……、」
 その場で達くのをどうにか我慢して、口技から解放させる。互いの体液で濡れた口唇が妖しく、とても官能的だ。そこに指を這わせ、その体液を拭う。
 艶やかに鈍く反射する紅い口唇が、誘う。
 その口唇に近付いて、軽く触れる。片手で顎を支えて、触れるだけのキスを繰り返しながら、もう片方の指に再び蜂蜜を絡める。そして、つい先程欲望を吐き出したばかりだというのに、再び硬く成長する彼の性器を通り過ぎ、その奥で微かな息遣いで蠢いている窄(つぼ)みへと指を這わす。
「あっ、」
 びくん、と背が震え、拡げられた両足にまで震えを走らせた。
 撫でるようにその周辺を巡らせ、蜂蜜で湿らせた指を窄みへ潜らせる。蜂蜜のぬめりを借りた指は、難なくその裡(うち)への侵入を果たした。相変わらずそこはきついけど、そのきつさが指に心地好かった。
「あっ、あ、……ん、」
 ゆるゆると内壁を擦(こす)って、時折快感のスイッチを撫でると、彼の身体は切なげに震え、甘い喘ぎを耳元へ零す。
「ん……あ、はぁ……ぁ、」
 蠢く襞(ひだ)を指先で捉えながら出し入れを繰り返すと、濡れた音が指から伝わってくる。その淫猥な音は彼の耳にも届いているのだろう。更に身体を強張らせ、きゅっ、と指を締め付けてきた。
「……手……、外、して……っ、」
 震えた声音が耳をくすぐるけど、その要望を無視する。――いや、それを聞き入れる余裕なんて、既になかった。
 口技で煽られた欲望は、もう限界まで来ていた。早く彼と繋がって、一緒に高みに上り詰めたい欲求が心を支配する。だけど、その性急さが彼を傷つける恐れがあった。決して彼を傷つけたいわけではない。
 お互いに蕩(とろ)けるような快楽を共有したい。しかし、焦りは禁物。ゆっくりと慣らしていかなければ、自分も彼も辛いだけ。銜(くわ)え込んだ指の本数を増やすだけでも、
「……痛っ、」と痛みを訴えてくるのだから。
 彼の様子を窺いながら、充分な柔らかさになるまで、小刻みに揺らし、丹念に解(ほぐ)していく。
「は……あぁ、」
だんだんと刺激し始めた頃の震えとは違う種類のそれに変わってきた。吐き出される声音にも蕩けた甘さが加わっている。
「もう、我慢できない――いい?」
 小刻みに揺らしていた指をそこから引き抜く。
 つぅ、と蜂蜜が糸を引いて、銜え込んだ形を覚えているそこは、誘うようにひくついている。
「え……? ちょ、待……って……っ、や――ぁっ、」
 隙を与えず、腰を持ち上げ、一気に彼を挿し貫いた。ちゃんと解せたようで、難なく最奥まで侵略を果たす。
「いっ……ん、」
 たとえ、ゆっくり事を運んだと思っても、相手にとって性急過ぎたようだ。彼の眉は歪まれ、汗の粒が浮かび上がっていた。
「ごめん、辛い? 辛いよな……」
 繋がった時に伴う痛みを思い、穿(うが)つ動きを止める。いくら丹念に慣らしても、痛みはどうしてもなくならないらしい。知らず知らず自分本位になっていた。
 だけど、
「ばか、止めるな、よ……っ」
 苦しい筈なのに、彼は先を促(うなが)してくる。
「でも、」
「……いい、からっ、」
「っ……、」
 ぎゅっ、と足で強く捕らわれ、連動して繋がった部位にも力が入って締め付けられる。そんな風に誘われると、たまらない。
 促されるまま、そろそろと抜き挿しを始める。やはり、多少の引き攣れた感が残っていた。それでもゆっくりと律動を繰り返していくうちに、ようやく彼も追いついてきて、柔軟に受け入れていく。
「あ……あん、………あっ、んん……っ、」
 ぽつん、と顔に水滴が当たった。いつの間にか彼の頭が自分のより上の位置にあって、そこから彼の汗が零れてきたらしい。より深く、と繋がりを求めていくうちに、身体を上へと押し付けていた。
 目線を下げ、貫いた衝撃で萎えてしまった彼の性器に指を絡ませる。触れて、根元から扱いていくと、再び硬く天を仰いだ。
「やぁ……、あっ、……あ、あ、」
 前と後ろを同時に刺激を与えると、彼の背がびくん、としなって繋がった箇所が強く収縮する。
 塗り込めた蜂蜜と互いの体液が混ざり合って、くちゃくちゃん、と粘り気のあるいやらしい音が部屋中に響き渡った。
「ああ……っ、」
 更にきつく締められ、一気に絶頂へと上り詰める。
「んっ……、」
 彼の身体の奥へ迸(ほとばし)りを放つと、びくんっ、と一際大きく腰を揺らす。そして、掌に包んでいた彼の性器から白い蜜液を吐き出し、指を濡らした。


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