村の者から届けられた夕食を食べた後、一同は大広間で寛いでいた。
外はもう既に真っ暗である。
昼間の村長の話を思い出したは、サガにその事を切り出した。
「もう夜よ。見回りとかしなくてもいいの?」
「うむ。騒々しい連中だというから、来ればすぐに分かるだろうが、もう少ししたら念の為に見回ろう。」
「でもちょっと怖いね。」
は窓の外を見て言った。
館を取り囲む鬱蒼とした木立は、昼間は程よい木漏れ日をもたらしていたが、夜になると月光すら遮ぎってしまっている。
「大丈夫だ、。俺がついてるじゃないか!」
少し不安げなを励ますように、ミロが朗らかに笑った。
ミロ自身はこんなロケーションなど全く問題ない。
それよりも、『見回り』という名目の深夜の散歩をと楽しむ方に神経が集中している。
「ありがとうミロ。そうよね、ミロも皆もいるし平気よね!」
「なんだ。ビビってたのか?」
デスマスクが冷やかしてくる。
「ビビってないわよ!・・・・ちょっと怖いだけ。」
「それをビビッてるって言うんだよ。まあそう怖気づくな。俺様がびっちりガードしてやっからよ。安心してついてこい。」
「・・・・本当?」
デスマスクの台詞に、シュラとアフロディーテがすかさず突っ込みを入れた。
「、蟹の言葉に惑わされるな。」
「侵入者よりもそいつの方が危険だ。君を何処かへ引き込んで如何わしい事をしでかしかねない。」
「何だよテメェら。ひでぇ言い草だなオイ。」
「う、それも怖い・・・」
はデスマスクからそろりそろりと離れた。
「ははは、シュラ達の言う通りだ。デスマスクには侵入者以上に用心するがいい。」
「サガ、お前まで言うか。」
「さあ、見回る前に風呂を済ませて来なさい。」
「はーい。じゃあお先に。」
サガに促され、は一番風呂に飛び込む事となった。
皆がいる大広間は賑やかだったが、一歩外に出ると薄暗い廊下が続いている。
風呂場までの距離がやけに長く感じられる。
室内だから平気だと思ったが、予想以上に心細い。
館の広さを恨みながら、は足早に風呂場へ駆け込んだ。
「早く済ませて上がっちゃおうっと!」
素早く服を脱ぎ、浴室に飛び込む。
湯を張る時間を待つのも正直怖い為、シャワーだけで手早く済ませようと栓を捻った。
怖さを吹き飛ばそうと、無意味な独り言や能天気な鼻歌が次々と口をついて出る。
しかし、視界が閉ざされるシャンプー時にはそれすら出来なかった。
一心不乱に髪を洗いつつも、頭が勝手にどんどん怖い想像を膨らませていく。
ただの自己暗示、妄想だと言い聞かせてみても、自覚してしまったら最後だ。
しまいには後ろに誰か居るような気配すら感じ、恐怖は最高潮に達した。
まだ泡の残った髪もそのままに、は一思いに後ろを振り返った。
「・・・って、誰もいる訳ないじゃない。」
後ろには閉じられた浴室のドアがあるだけだ。
当然だ。一人で入っているのだから、他の誰かが居る筈もない。
は馬鹿馬鹿しい妄想をした自分に呆れつつも安堵して、シャワーを浴びようと再び前を向いた。
「私ってば馬鹿ね・・・」
そこまで言って、は凍りついた。
浴室の小窓の隙間から覗く瞳と目が合ったからだ。
血の気の引く音が聞こえる。
恐怖で凍りついた身体はビクとも動かず、目線すら逸らせない。
永遠とも思えるような金縛りが続く。
「ひ・・・・」
「キャーーーーッッ!!!」
の悲痛な悲鳴が聞こえ、大広間で寛いでいた黄金聖闘士達は驚いて立ち上がった。
いい手が来ていたカードも放り投げて、一同は光速で風呂場へ駆け込んだ。
「どうした!!」
「何があった!?」
勢いよく浴室のドアを開けると、が床に座り込んで半泣きになっていた。
ミロが真っ先に駆け込み、の肩を揺さぶる。
「しっかりしろ!」
「目、目が・・・外・・・・」
小窓を指差して震える。
ミロは窓を全開にして外を覗いたが、人っ子一人見当たらない。
「誰もいないじゃないか。」
「でも確かに・・・って、いやぁ!!」
ようやく我に返ったが、二度目の悲鳴を上げた。
青かった顔が、今度は赤くなっている。
無意識の内に掴んでいたバスタオルでどうにか上から下まで前は隠せているが、風呂に入っている最中だったので全裸なのだ。
なのに浴室のドアは全開で、黄金聖闘士達が全員勢揃いしている。
ミロに至っては、中まで入り込んでいる始末だ。
「わ、悪かった!見てないから安心してくれ!」
ミロは慌てて外に飛び出し、ドアを閉めた。
はバスタオルをしっかりと身体に巻きつけてから、ドアを開けて顔だけを覗かせた。
「ご、ごめんね・・・。もう平気。」
「そ、それは良かった。」
いくらドアがあっても、半透明ではやはりある程度見えてしまう。
サガは、なるべくの身体を注視しないように気をつけながら言った。
「話は後でゆっくり聞くから、ともかく先に風呂を済ませてしまえ。」
の頭にはまだ泡が残っている。
このまま上がる訳にはいかないだろう。
「う、うん。」
「その、もし何だったら・・・、見張っていようか?一人では怖いだろう。」
普段なら遠慮している所だが、今はさすがに怖さの方が勝っている。
恥ずかしいとか申し訳ないなどと思う余裕はない。
は気まずそうに頷いた。
手早く風呂を済ませたが、申し訳なさそうに風呂場から出て来た。
「もう済んだのか?」
「うん。ありがとう皆。」
まだ若干心細げだが、もう平気なようだ。
一同は胸を撫で下ろすと共に、先程ののあられもない姿を想像して無言になった。
「何?どうしたの?」
「いや、何でもない。」
「でもアイオリア、鼻血出てるよ?」
「いや、これは何でもないんだ!気にしないでくれ・・・」
無理な事を言いながら、アイオリアは乱雑に鼻の下を拭った。
その様子を見て、デスマスクが呆れたように言う。
「大概ウブだなお前。」
「黙れ・・・」
アイオリアはやや頬を赤く染めて、デスマスクを睨んだ。
「ホッホ、若いというのは良い事じゃ。」
童虎はにこやかに笑うと、皆に向かって言った。
「ひとまずの話を聞こうではないか。行動はそれからじゃ。」
一同は童虎の声に従い、再び大広間へと戻った。
大広間に戻った後、は事の顛末を改めて説明した。
一通り話が済むと、一同は早速数人ずつに分かれて館の内外を見回り始めた。
今、アルデバラン・カノン・アイオリア・ミロ・カミュは外を、デスマスク・シャカ・童虎・アフロディーテは館の1Fを見回っている。
そしては、ムウ・サガ・シュラと共に館の2Fを見回っていた。
使っていない2Fは、電気すら付いていない。
ほぼ完全な暗闇の中を、懐中電灯の光だけで突き進んで行く。
「ここも居ないな。」
部屋のドアを開けて中を確認したサガが、低い声で呟いた。
先程からこうして一部屋ずつ見て回っているのだが、今のところ誰もいない。
があからさまな安堵の溜息をつくのを聞いて、3人は小さく笑った。
次の部屋を目指して歩きながら、服が引っ張られる事に気付いたシュラは後ろを振り返った。
「なんだ。そんなに怖いのか?」
「だ、だって・・・、真っ暗だし、雰囲気が・・・」
はからかってきたシュラに対して、バツが悪そうに口籠った。
その手はシュラの服の裾を皺が出来る程強く掴んでいる。
シュラは呆れたように笑いながらも、怖がるを安心させるようにその大きな手で肩を抱いた。
「大丈夫だ。誰であろうと私達にそうやすやすと敵う筈がない。」
「そ、そうよね・・・」
「サガの言う通りですよ。それがたとえ人であろうがなかろうが、ね。」
ムウのブラックジョークが、安心しかけたを再び恐怖に陥れる。
「〜〜〜〜!!」
「ふふふ、冗談ですよ。」
涙目になったの手を取って軽く叩くと、ムウは柔らかく微笑んだ。
「シャレになってないわよ!ムウの馬鹿〜〜!!」
「ふふふ、それは失礼しました。謝りますから泣かないで下さい。」
「なっ、泣いてな・・・ムグッ!」
思わず声のトーンが大きくなりかけたの口を、シュラの手が塞いだ。
「しっ、静かにしろ。」
「何かいますね。」
「ああ。」
3人の表情が急に真剣になる。
その視線は、突き当たりの曲がり角に集中している。
その角を曲がった向こうに何がいるというのだろう。
は今度こそ本当の恐怖に支配され、足が竦んだ。
「、出来るだけ足音を立てるなよ。」
シュラが手をの口に当てたまま、耳元で小さく囁く。
は顔だけで何度も頷いた。
懐中電灯を消し、4人はゆっくりと曲がり角に向かって歩く。
は声を上げないように唇を噛み締め、サガとシュラの手をきつく握ってついて行った。
いよいよ曲がり角の手前に差し掛かり、の恐怖は最高潮に達した。
― 人か、獣か、それとも・・・・
体中が震える。
しんと静まり返った空気の中、角の向こうから微かな足音が聞こえた。
そして次の瞬間。
「「「「ギャーーーッッ!!!」」」」
「ぃやーーーーっ!!!!」
突如聞こえた痛烈な悲鳴に驚いて、も大声を上げてしまった。
反射的に駆け出しそうになったが、それはムウに抱き止められて叶わず、はムウの腕の中で数秒程パニックに陥った。
しかし。
「なんだお前達は!?」
サガの拍子抜けした声に気付き、はそろそろと顔をそちらに向けた。
するとそこには、サガの目の前で尻餅をついて腰を抜かしている見慣れない4人組の姿があった。
若い男女それぞれ2人ずつの集団で、どう見ても一般人だ。
「お前達、ここで何をしている?」
「あ・・・あーーー、吃驚した!!」
「なんだ、人かーーっ!」
シュラの質問に答えず、その4人は口々に驚きを表現しつつも能天気に笑っている。
その態度が頭に来たらしいサガが、男の一人の腕を掴んで立たせた。
「質問に答えろ!」
「ひっ!す、すいません・・・!肝試しです!」
「「「「「肝試し!?」」」」
達4人の声がハモる。
「何とクソ下らない・・・!」
「吃驚して損したわ!」
「こんな奴らの為にわざわざ俺達を呼んだのか・・・」
「しかしまあ、この程度でタダ旅行を楽しめたのですから、見方によっては得したと思えますね。」
呆れた4人はしばし内輪でボソボソと話をしていたが、いつまでもそうしてはいられない。
言い渡す事もあるし、聞きたい事もある。
まず最初に、が口火を切った。
「あなた達、さっきお風呂覗かなかった?」
「あー、なんか灯りがついてたから何かなと思って。あれ君だったの?」
「そうよ。」
「何であんなとこに居たの?」
謝るどころか訳の分からない質問をしてくる男に、はブチ切れた。
「何その言い方!?こっちがどれだけ怖かったと思ってるの!?そんな事よりまず最初に言うべき事が・・・」
「まあまあ、その辺で。」
掴みかかりそうな勢いのを、ムウがどうどうと宥める。
その間に、サガとシュラが注意勧告を行った。
「ともかく、二度と下らん真似はするな。遊びたければ昼間にビーチで遊べ。」
「そうだ。お前達が騒ぐせいで村の者が迷惑しているからな。」
「えぇ?でも・・・」
「デモもストもない!」
この期に及んでまだ口答えをする連中に、サガは鋭い声で一喝した。
「永遠に終わらない肝試しに身を投じたいか?」
言葉の意味はよく分からないがとにかく命の危険を感じた連中は、一目散に駆け出して行った。
「やれやれ。これでしばらくは静かになるだろう。」
「そうね。本当に人騒がせな連中なんだから!」
「ククッ、もう怖くないみたいだな、。」
「うぅ・・・、そんな意地悪言わなくても・・・」
「ともかく、これで厄介事も片付きましたね。戻りましょう。」
「そうだな。」
4人は見回りを終了して、1Fに戻った。
その際、が来た時とは打って変わって元気を取り戻していた事は言うまでもなかった。