一同は、村から少し外れた場所にある館に来ていた。
今はただの空き家だが、昔はどこかの金持ちの別荘だったらしい。
村で一番大きく近代的な家屋だからと勧められ、滞在期間中の宿として借りたのである。
木立に囲まれた白亜の建物は、城とまではいかないがなかなかに豪華な造りであった。
室内に入り、適当に荷物を降ろした所で、早速ミロが遊びに誘って来た。
「!海に行こう!!」
「うん!じゃあ水着に着替えてくるね。」
「何だお前達、もう行くのか?」
「うん、シュラもどう?一緒に行こうよ。」
「そうだな。」
満更でもない様子のシュラ。ばっちり水着も持参しているらしい。
「では私も行くとするかな。」
「他に何もねえしな。俺も行くぜ。」
「俺も。」
他にも何人かの声が上がり、なんだかんだで結局全員で行く事になった。
そうと決まれば早速実行とばかり、休憩もそこそこに支度をして、皆でビーチへ繰り出した。
ビーチに向かう途中、一同は再び村を通りがかった。
村人達の歓迎熱はどうやら峠を越したようで、今はもう笑顔を送ってくる程度になっている。
随分落ち着いた様子に安堵しつつ、一同は次々と村を通り抜けて行こうとした。
その時、がふと歩みを止めて、小さな手提げバッグからカメラを取り出した。
「ん?どうした?」
がついて来ない事に気付いたカミュは、振り返って声を掛けた。
「カメラ持って来たの。記念にこの村の景色も撮っておこうと思って。」
「それは良いな。私も付き合おう。」
「良いの?先に行っててくれて構わないわよ?」
「いや、構わん。慌てて行かなくても海は逃げんしな。」
それに、行ったところでこのままでは男だらけのムッサいスイミング大会が繰り広げられるだけだ。
どちらを選ぶかなど、考えるまでもない。
「そう?じゃあ付き合ってもらおっかな。」
「ああ。シャッターを押してやるから、自分が入っている写真も撮ったらどうだ?」
「うん、後でお願い。」
「分かった。」
は至る所に向けてシャッターを切り始めた。
綺麗に咲いた鉢植えの花や、庭先でからからと回る小さな風車。
万国旗のように干し広げられた洗濯物、可愛らしささえ感じるこじんまりとした造りの家屋。
何気なく歩いたり世間話を交わしている村人達。
ここでしか撮れない貴重な記念写真は、こうしてどんどんと増えていった。
「おいお前達、そんな所で何をしてるんだ?」
「あ、シュラ!カノンも!何、どうしたの?」
「それはこっちの台詞だ。何だ、写真か?」
の不在に気付いて引き返してきたらしいシュラとカノンも加わって、写真撮影大会は益々盛大になった。
の気が済むのを待って、それぞれがと自分の写った写真を撮ろうと動き始める。
まずはカノンがカミュの手にカメラを押し付け、の肩を抱いて涼しげな笑みを作った。
「ほら、早くしろ。」
「ちょっと待って、前髪が・・・、はーい、OK!」
「・・・・いくぞ。」
パシャッ。
「次は俺だ。カノン、シャッターを頼む。」
「分かった。」
シュラがの腰に腕を回して鋭い笑みを浮かべる。
「よし、いつでもこい。」
「プッ、シュラってば戦いじゃないんだから!」
パシャッ。
「次は私だな。シュラ、頼むぞ。」
「よし。」
カミュがの横に立ち、真剣な表情になる。
「カミュ、表情固くない?もっと笑ってよ。」
「これでも精一杯そうしているつもりなのだが。」
「全然駄目、ほらほらーー!」
「なっ、何をする!?」
パシャッ。
ばっちりカメラ目線で笑顔を浮かべるカノンと。
鋭い笑みのシュラと、可笑しそうに笑う。
うろたえるカミュと、その脇腹を擽っている。
こんなツーショット写真が撮れたところで、いざビーチへというその時、先程の少女が現れた。
「あらさっきの。どうしたの?」
「それなあに?」
「これ?カメラよ。写真を撮るやつ。あっ、そうだ。撮ってあげよっか?」
「うん!」
少女はの申し出を嬉々として受けた。
は少女だけを撮ろうとしたのだが、シャッターを切ろうとした所、不意にシュラから止められた。
「ちょっと待て。お前も一緒に写ったらどうだ?俺が撮ってやる。」
「本当?じゃあそうして貰おうかな。お願い。」
はシュラにカメラを手渡すと、少女の隣にしゃがんでその小さな肩に手を載せた。
「はーい、いいよー!」
「よし、いくぞ。」
パシャッ。
「ありがとうお姉ちゃん!」
「どういたしまして〜。写真が出来たら送るから、楽しみにしててね。」
「うん!」
少女は嬉しそうに微笑むと、軽やかに駆け出して行った。
はその後姿を見送りながら、帰り際にでも誰か大人の人にここの住所を訊いておこうと考えた。
「さーてと、じゃあそろそろ行こっか!」
ビーチはやはり美しかった。
先に到着していた黄金聖闘士達が、思い思いに楽しんでいる。
ビーチには彼らだけでなく、一般人もちらほら混じっていた。
彼らの物らしいボートやヨットが、そこかしこに停められている。
はひとまず寛ごうと、パラソルに向かった。
パラソルの下にはアフロディーテとシャカがいて、の姿を目に留めると軽く手を振った。
「やあ。遅かったね。」
「ちょっと寄り道して写真撮ってたの。」
「君もかね。ムウと老師も散策してくると言って何処かへ行ってしまった。」
「そう。ところでシャカは水着着てないけど、泳がないの?」
アフロディーテは水着の上からパーカーを羽織っているが、シャカは普段着そのままだ。
袈裟じゃないだけマシだが、折角の海なのに少し勿体無い気がする。
しかしシャカは涼しい笑いを浮かべて首を横に振った。
「波の静かな音を聞いているだけで十分だ。あれらに混じって戯れる気はない。」
シャカが指を指す方向には、波を蹴り上げて遊びに興じているアルデバラン・デスマスク・アイオリア・ミロの姿があった。
は一瞬、彼らと同じように笑顔で水と戯れるシャカを想像して吹き出した。
アフロディーテも同じ事を想像したらしく、笑いを堪えている。
「人の顔を見て笑うとは失礼だな。」
「ごめんごめん!ちょっと想像しちゃって・・・」
「悪気はないんだ。気にしないでくれ。」
二人は慌てて笑いを引っ込めつつ、シャカの機嫌を取った。
とその時。
「ねえねえ彼女達!一緒に遊ばない?」
背後から聞こえた声に振り返ってみると、そこにはサングラスをかけた男3人組が立っていた。
彼らは振り返った達の顔を見て、軽く口笛を吹いた。
「君綺麗だね〜!その金髪も凄く素敵だ!」
褒められたシャカが、不愉快そうに眉を顰める。
「君は東洋人だね。日本?中国?エキゾチックで魅力的だ!」
早口に捲し立てられたが、引き気味に薄笑いを浮かべる。
そしてとどめに。
「「「君は何て美しいんだ!出会えて嬉しいよ!!」」」
彼らの言葉を聞いたアフロディーテは、退屈そうに鼻を鳴らした。
彼らは勝手に3人を女と決め付けて興奮している。
は正真正銘の女性だが、シャカとアフロディーテの事は本気で勘違いしているらしい。
座っている為その長身も目立たず、身体も衣服で覆われているから致し方ないのかもしれない。
顔だけ見ていれば、彼らが人並み外れた力のある男であるなどとは分からないのだろう。
勝手に盛り上がった3人組は、図々しくも達の肩や腕を掴んで立たせようとした。
海で遊ぼうとしきりに誘っている。
不愉快が頂点に達したシャカとアフロディーテは、忌々しげにその手を払いのけた。
「馴れ馴れしく私に触るな。」
「手を退けたまえ、害虫。」
酷い言われように、男達は一瞬怯んだ。
怯んでいる隙に、アフロディーテがの肩に置かれた手も払いのけた。
「彼女にも気安く触らないで貰おう。汚らわしい。」
「命が惜しければ、地獄に落とされる前に消えたまえ。」
ここまでされても、まだ3人は呆然としている。
男をナンパした事に、本気で気付いていないらしい。
アフロディーテは面倒臭そうに立ち上がると、男達を上から睨み下ろした。
そしておもむろにパーカーの前を肌蹴る。
「私は男だ。即刻失せろ。」
自分達より高い背丈と顔に似合わない程の筋肉質な身体に驚いて、ようやく男達は立ち去った。
「下衆な連中だ。このように美しい海でガールハントとは無粋にも程がある。ましてや事もあろうにこのシャカを誘惑するなど笑止千万。」
「ガールハントという単語はともかく、他は同感だ。あの手の輩にはうんざりする。しかし君までナンパされるとはな。ん?どうした?」
の異変に気付いたアフロディーテが声を掛けた。
は苦しそうに肩を震わせていたが、やがて堪えきれなくなったのか、大きな声で笑い始めた。
「何がおかしいのかね?」
「だ、だって・・・!あの人達の顔・・、凄く面白かったんだもん・・・、ブッ!」
「そうかい?」
「それにさ、二人を本気で女の子と勘違いしてたでしょ?何かおかしくって・・・。ごめんごめん、もう笑わない。」
はようやく笑いを引っ込め、バッグからカメラを出した。
「折角来たし、写真撮らない?」
「いいね。」
「好きにしたまえ。」
「じゃいくよ〜。二人とも笑って!」
は二人から少し離れてシャッターを切った。
艶然と微笑むアフロディーテと、無表情のシャカのツーショット写真が出来上がる。
その時背後から大きな影が現れて、は後ろを振り返った。
「何してんだ?あいつらの写真なんか撮って。」
「あ、デス。記念写真なの。デスもどう?」
「しゃーねーな、ほらよ。」
デスマスクは満更でもなさそうにポーズを決めてみせる。
がシャッターを切ったのを見届けると、今度はデスマスクがカメラを奪った。
「お前も撮ってやるよ。そいつらと並べ。」
は言われた通りパラソルの下に戻り、シャカ・アフロディーテと並んで座った。
笑顔が二つ、無表情が一つの3ショットが撮れたところで、はカメラを受け取りにデスマスクに近付いた。
しかし。
「次は・・・そうだな。海で撮るか。」
そう呟いたかと思うと、デスマスクはいきなりを抱え上げた。
「ちょ、ちょっと!何するのよ!?」
「コンセプトは『水も滴るイイ女』だ。良い出来にしてやるぜ?」
もがくをものともせず、デスマスクは含み笑いを浮かべたまま海に入った。
二人に気付いたミロ達も近付いてくる。
「何してんだ?」
「ちょっとな。こいつの写真を撮ってやろうと思ってさ。」
「へえ、後で俺とのも撮ってくれよ!」
「ああ。好きなだけ撮れや。」
口の端を吊り上げたまま、デスマスクは更に深い所へ歩いていく。
「ちょっと止めて!カメラが濡れちゃう!」
「大丈夫だって。そんなヘマしねえよ。おいアイオリア、ちょっとカメラ持っててくれや。」
「あ、ああ。」
「よし、この辺でいいか。」
「な、何する気・・・・?」
デスマスクは、怯えた瞳で見上げてくるにニヤリと笑ってみせた。
そして。
「よっしゃ行けーー!!」
「キャーーーッ!!」
ドバッシャーーン!!
派手な水飛沫を立てて、は海へと放り出された。
途端に大爆笑が起こる。
少し水を飲んだは、むせながら涙目で水上に顔を出した。
「ゲホッ、ひど・・・、ゴホッ・・・・」
「ハハハ、大丈夫か?」
アルデバランが笑いながら背中を叩いてくれる。
は涙目を吊り上げてデスマスクに詰め寄った。
「デスぅ〜〜〜!?」
パシャ。
「・・・・・撮った?」
「おう。」
呆然と呟くに、デスマスクはさらりと返事をした。
そしてわざとらしく真面目そうな表情で、頷きながら言う。
「良い出来だぜー。臨場感が溢れてる。俺様写真家でもメシ食っていけるかもな。」
「よりによってなんでこんな酷い顔撮るのよーー!!」
「バッカお前、写真は臨場感が命だぜ?」
「しかも思いっきり放り投げてくれてさ!鼻痛かったんだからねーー!デスも同じ目に遭わせてやる!!」
デスマスクを海に沈めようと奮闘する。
しかしデスマスクはビクともせず、愉快そうに笑ってカメラをミロに放り投げた。
「ミロ!シャッター切ってくれや。」
「よし!」
全身ずぶ濡れで怒り心頭のと、バッチリカメラ目線で笑顔を作るデスマスクのツーショットが撮れた。
「よし、次は俺とを撮ってくれ!」
「そ、その後俺も頼めるか?」
「折角だから俺も頼む。」
カメラをデスマスクに預けたミロが、の肩を抱いて満面の笑顔を作った。
その後はアイオリアがの横に立ち、優しげな笑顔を向けた。
最後にアルデバランがの後ろで豪快な笑みを浮かべる。
楽しそうな彼らの様子に釣られて、はいつしか鼻の痛みも忘れて笑顔になっていた。
写真撮影も終わったところで、一同は遊びに遊んだ。
そして気がつけば、もうすっかり日は暮れていた。