禁区 1




晴れ渡った空と紺碧の海、頬を撫でる潮風。
マリーナにはアンティークな外観のヨットがいくつも停泊し、陽に焼けた逞しい男達が闊歩している。



「お姉ちゃん、ちょっくらごめんよ。」
「あ、すみません。」

は、咥え煙草で発泡スチロールの大箱を抱えた中年の男性に頭を下げて道を譲った。

ここはギリシャ郊外の小さな港町。
と言えば聞こえは良いが、要するに寂れた漁村である。
停泊しているヨットは全て近海漁業用の漁船らしく、どれも年季の入った代物である。
辺りをうろうろしているのは、地元の漁師と彼ら。


ー!コークでも飲まないか!」
「クラッカーもあるぞ!」

そう、黄金聖闘士達である。

はミロから差し出されたコークの缶を受け取り、アルデバランから差し出されたクラッカーを一つ摘んだ。

「ありがとう。んーーっ、おいしい!」
「こういう所だと殊更だろう?」
「こういう所もどういう所も、ただの漁村なんですけどね。どれ、私も一つ失礼して。」

いつの間にか横に居たムウが、ミロにすかさず突っ込みをいれながらクラッカーを口に放り込んだ。
ミロはやや憮然とした顔でムウに反論する。

「場所は問題じゃない、心の問題だ。これからバカンスだと思うと心が弾んでだな、そして・・・」
「はいはい分かりました。それにしても、迎えの船はまだですかね。」

ミロの反論を見事に受け流して、ムウはに話しかけた。

「うーん、さっきから見てるんだけどね、まだ・・・・、あっ、あれかな?」

が指差す方向に、小さな船(※漁船に非ず)が見えた。

「ああ、きっとそうでしょう。ではそろそろ行きますか。」
「うん!」

はこれから始まるバカンスに心躍らせていた。
尤も、バカンスと言っても長期ではない。
せいぜい一泊ないし数日のものらしい。
何故そんな曖昧な日程かと言うと。




「お待たせして申し訳ありませんでした。出掛けに手間取ってしまいまして。」
「いや、お気になさる必要はない。」

一同を迎え来た老人が申し訳なさそうに何度も頭を下げるのを、サガは穏やかな微笑で制した。

「有難うございます。では早速参りましょうか。」
「うむ。そうさせて貰おう。お前達、出発だぞ!!」

サガの号令で、一同はぞろぞろと船に乗り込んだ。

「さあさあどうぞ。島までは20分足らずです。すぐに着きますので。」

老人はにこにこと笑うと、操縦席に着いた。


そもそも、今回のバカンスはこの老人からの招待であった。
彼は目的の島にある村の長らしい。
そこと聖域とは何の縁もゆかりも、ついでに義理もない。
では何故招待を受けたかというと。

実はこのバカンスには、羽を伸ばす他にも目的があったのである。

そこは何もない小さな島なのだが、最近荒らし回る連中が現れて困り果てているらしいのだ。
警察にも駆け込めず、お手上げ状態であるとのこと。
そこで、聖域の教皇率いる黄金聖闘士達に寛ぎに来て貰い、ついでにそれを何とかして欲しいと、こういう事である。

一方、誘いを受けた黄金聖闘士達がどういう反応を示したかというと。
それがどんな荒くれ者であろうが、所詮は雑兵以下。問題にもならない。
簡単なゴミ掃除をする間、タダ旅行を楽しめると喜んだのである。
は彼らに誘われ、同行する事になったのだ。




聞いていた通り、島には何もなかった。
ただ、景色だけは素晴らしい。
真っ白なパウダーサンド、波打ち際まで透き通ったマリンブルーの海。
まるで天国のようだ。

聖域とはまた違う景色に、は感動しながら歩いていた。



「到着いたしました。ここが儂らの村です。」
「ほう、ここか。」
「ホント何もねえな。」
「デスったら、失礼よ。」

は、軽口を叩いたデスマスクを窘めた。

「長閑でいい所ですね。リゾートにもってこいだわ。」
「有難うございます。」

村長は照れながらも嬉しそうに礼を言った。
に同調するように、シャカも機嫌の良さそうな顔で頷く。

「うむ、静かでなかなか過ごしやすそうだ。瞑想にも良い環境だな。」
「バカンスに来てまで瞑想せずとも良かろうに。」

そんなシャカに、アフロディーテが突っ込みを入れている。
は彼らのやり取りを横目に、白壁の低い建物が並ぶ村の景観を堪能していた。


本当に静かで穏やかな村だ。
客らしき人間が見当たらない所を見ると、所謂『穴場スポット』というやつであろうか。

「こんな良い所で今のシーズンなら観光客でごった返してそうなのに、すごく静かですね。」
「昔はそれなりに活気のある島でしたが、今はすっかりゴーストタウンになっておりますので。人もそれ程訪れては来ません。」

ゴーストタウンとは些かオーバーだと思ったが、なるほど、納得できる節もある。
客向けの宿泊や娯楽の施設などが全く見当たらない。
これでは確かに長期滞在は無理そうだ。
せいぜい日帰りで遊びに来る程度が限界であろうか。

そんな取り留めのない事を考えていると、他の村人達がそれぞれの家から出てきた。


「ようこそ。お待ちしておりました、聖闘士様!」
「来て下さって有難うございます!」

村人達は口々に歓迎の言葉を述べる。
終いには跪いて仰ぐ者さえ出てくる始末。
あまりの熱烈な歓迎っぷりに、は些かうろたえた。

「あ、あの、私は聖闘士じゃ・・・・」
「お、俺は一応聖闘士だが、だからといってそんな・・・、や、止めてくれないか!?」

ふと横を見れば、アルデバランも同じように跪かれて困惑している。
何度やめるように言っても、足元の老婆達は決して頭を上げようとしない。
困り果てて硬直しているアルデバランとに、シャカが助け舟を出してくれた。

「君達、困っているようだな。」
「シャカ!ちょっとこのお婆さん達、止めてくれない!?」
「頼む、シャカ!!」
「良かろう。老人達、そのような真似は必要ない。止めたまえ。」

彼は二人の足元に傅いている老婆の顔を上げさせる。
これで気まずさから解放されると、アルデバランとは胸を撫で下ろした。

拝むのはこの私にだけで良い。さあ、存分に拝みたまえ。
「「ははぁ!聖闘士様・・・!」」
「「・・・・・」」

― 分かってない。こいつは何も分かってない。

今度は別の意味で気まずくなった二人は、再び困惑した顔を見合わせた。
見れば他の者達も同様の状態に陥っており、しばし熱烈すぎる歓迎を受けて困惑する事となった。
シャカを除いて。




そんな気まずい歓迎タイムもようやく終わり、一同は早速本題に入った。
まず口火を切ったのはサガだった。

「さて、その荒らし回る連中とやらの事を聞かせて貰おうか。」

村長の顔からそれまでの柔和な笑みが消え、辛そうな表情になる。

「夜になると、度々騒々しい連中がやって来るのです。」
「ただ遊びに来ただけの奴らじゃねえのか?」

デスマスクの推測に、村長は否定とも肯定ともつかない唸りを上げた。

「さあ・・・・・、私共にはさっぱり・・・・」
「随分曖昧だな。注意はしないのか?」
「ええ・・・、どうも儂らは皆気が弱くて・・・」

おどおどと答える村長を見て、サガは『なるほどな』と呟いた。
小柄で背の曲がった老人では、確かに文句を言ったところで相手に迫力負けしそうだ。

「ほぼ連日のように現れて島の中をうろつき回るもんですから、儂らはゆっくり眠る事も出来ず、本当に困っておるのです。」

村長の訴えに便乗して、他の者達も必死に頷く。
その時、不意に5−6歳ぐらいの少女が大人の影から現れた。
くせっ毛らしいふわふわのカーリーヘアの、可愛らしい少女である。

年端もいかない少女にすれば、屈強な黄金聖闘士達は少々怖かったのであろうか。
の前までやって来て、の服の裾をぎゅっと掴んで呟いた。

「・・・・お姉ちゃん、私怖いの・・・・」

鈴の鳴るような澄んだ声が、不安で揺れている。
は、安心させるように少女の頭を優しく撫でた。

「大丈夫よ。何も怖くないからね。」
「うん・・・・」

いじらしい仕草で不安を訴えるあどけない幼児と、それを懸命に慰める
二人のこの様子に、黄金聖闘士達は心を打たれた。
健気な女子供の姿を目の当たりにして何とも思わなければ、それは聖闘士以前に男として失格だ。

ある者は唇を固く引き結び、ある者は強い意志を瞳に宿らせ、ある者は滝涙を堪える。


「分かった。我々に任せなさい。」
「本当でございますか!?有難うございます!有難うございます!!」
「ご覧の通り何もない村ですが、この島の物は何でもご自由にお使い下さい!」
「せめてこの島自慢の海の幸を!」
「何でもお申し付け下さいませ!!」

村長を始め村人達全員は、早くも救われたような表情を浮かべて何度も礼を言う。
また始まった『ありがたや聖闘士様』攻撃に、一同は引き攣った笑みを浮かべるばかりであった。




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後書き

またアホみたいな話が始まる予感です(笑)。
最近どうもこっち方面へ流れている気が・・・(笑)。
一応続きますが、これも長編にする程のストーリーではないので、
3部作か、せいぜい4部どまりかと。