が自宅に到着した時には、前を行っていた者達が既に家宅侵入を果たしていた。
勝手知ったる何とやらとばかりに、めいめい勝手に動き回っている。
はそんな彼らの周辺で退屈そうにフラフラしていたが、急に誰かに腕を取られ、部屋の隅へと連行された。
「カノン。何?」
「具合の悪い奴がフラフラうろつくな。飯が出来るまで、部屋で一休みしてろ。」
「別に具合悪い訳じゃ・・・・」
「いいから来い。」
「あっ・・・・」
頭を振るにもお構いなしに、カノンは人目を忍ぶようにしてを寝室へと連れ込んだ。
「飯の支度が整うまで、ここで休憩だ。」
「うん・・・・」
暗い部屋が、何気なく腰掛けたベッドが、おあつらえ向きのシチュエーションだ。
隣に座っているも、いやに距離を詰めてぴったりと寄り添ってくる。
「クク、今日は珍しく随分甘えるじゃないか。」
「なんか・・・・、こうしてたいの。駄目?」
「いいや。」
ニヤリと笑って、カノンはの肩を抱き寄せた。
そのまま顔を近付けキスしても、は拒まない。
それどころか、うっとりと受け入れ、しがみついてくる。
これはイケると確信したカノンは、をゆっくりとベッドに押し倒した。
と、その時。
「カノン・・・・・」
「サガ・・・・・・」
外の灯りを背中にしょって、サガが踏み込んできた。
怒りを含んだサガの溜息と、カノンの舌打ちが部屋に響く。
「貴様、早速卑劣な手を使いおって。」
「何を言う。効き目が出た後は自由競争だというルールだろうが。うかうかと掻っ攫われる方がマヌケなのだ。」
「おのれ減らず口ばかり・・・・!私は夕食の支度をしていたのだ!下半身に神経を集中させてばかりの貴様と違ってな!」
「何だと!?口には気をつけんと長生き・・・」
「何モメてるの?」
あわや勃発しかけたケンカを止めたのは、不満そうなの声だった。
それで我に返ったサガは、優しげな笑顔を浮かべてに向き直った。
「いや、何でもないんだ。騒いで悪かった。」
「コロリと豹変しやがって・・・・・」
「黙れカノン。とにかく、私と一緒に向こうへ戻ろう。さあ。」
サガは片手をに向けて差し出した。
だがその手を取ったのは、あろう事かカノンであった。
「何だ貴様!?気色悪い真似をするな!」
「騒ぐな馬鹿。ちょっと来い。」
カノンはサガの手を取ったまま、窓辺のカーテンの後ろへと彼を引きずり込んだ。
「何だ!」
「この際だ、手を組まないか?」
「何?」
「今向こうへ戻ってみろ。瞬く間に他の連中が群がってくる。しかしここだとひとまずは俺とお前だけだ。競争相手は少ない方が良いと思わないか?」
「それは・・・・・」
「薬の効果だって、いつまで保つか分からん。が今その気になっている内にキメてしまわねば、空振りになるぞ?」
「ううむ・・・・・」
「俺達二人で出来る限りを独占して、薬の効果が消えるのを待てば良いのだ。そうすれば、他の連中に手を出されんで済む。それ以降は俺とお前の勝負になる訳だ。悪い話ではあるまい?」
何でこんなに悪知恵が回るのだろうか。
一抹の不安を感じつつも、サガはついついそれを承諾してしまった。
「二人とも、カーテンの陰で何やってるの?」
「いや、何でもないんだ。」
『行け』というカノンの目配せに渋々ながら頷いて、サガは些かふて腐れたようなの肩を抱いた。
「予定変更だ。私も少しここに居よう。」
「本当?」
「ああ。ゆっくり二人になれる事も、そうそうないからな。」
「何が二人だ。俺を無視するな。」
苦い顔をしたカノンも、の片側を陣取った。
二人はを挟むようにして再びベッドに腰を下ろし、先程の続きに取り掛かった。
一方その頃、ミロはようやくの家に着いていた。
先を行っていた筈の彼が遅れたのは、ジーンズのポケットに入っている、中央に円形の形がくっきりと浮かんだ小さな包みのせいだった。
「備えあれば憂いなしだからな。しかし肝心のは何処だ・・・・?」
すっかりソノ気なミロは、敢えて他の者には声を掛けず、を捜しにコソコソとリビングを出た。
しかし、キッチンにも浴室にもトイレにも居ない。
その辺りに居なかったとすれば、後はここしかない。
嫌な予感を感じつつも、ミロはの寝室のドアを開けた。
「?・・・・・うぉいっ!!」
嫌な予感はビンゴだった。
は確かにそこに居たのだが、両側を双子に挟まれていた。
あまつさえ場所はベッドの上で、二人から唇やら首筋やらにキスをされている最中だったのだ。
「お前ら!何してるんだ!?」
「ちっ、また厄介な奴が来たな。」
「お前がそれを言うか。」
「何だとサガ!?厄介とは何だ!」
「まあ落ち着けミロ。ちょっとそこまで顔貸せ。」
そう言って、カノンはミロを例の如くカーテン裏に連行した。
そして、例の如くの和平交渉を始めた。
「ねぇサガ、今ミロの怒鳴り声が・・・・」
「ああ、ちょっとな。だが気にしなくて良い。カノンに任せて放っておけ。」
「あん・・・・・」
その間サガは、を存分に独占していた。
手慣らしのようなキスから、そろそろもう一歩踏み出すか。
そう思っての胸に手を当てた時、交渉が終わったのか、カーテン裏から二人が出て来た。
「・・・・・纏まったのか?」
「まぁな。それより何を一人で楽しんでいやがる。」
「そうだ。俺に代われ。お前ら二人は散々愉しんだろう?」
「そんな事はない!現に俺はサガやお前を説得してる時間の方が長かったぞ!」
「問答無用。」
一言のもとに双子を押しのけ、ミロはの隣を陣取った。
「ミロも来たんだ〜・・・・・」
「ああ。それにしても、今日は随分大胆だな?」
「何か分かんないけど・・・・、凄く変な気分なの。私、おかしくなったのかな?」
「そんな事はない。気にするなよ。人間そんな時もある。」
そう言って、ミロはを腕の中に抱き入れた。
「しゃあしゃあと・・・・・」
「外野(兄)黙れ。俺もキスして良いか、?」
その言葉に、は小さく頷いた。
その次の瞬間、ミロの唇がの唇を塞いだ。
外野二人の目も気にせず、なかなか濃厚にやらかしている。
そんな二人の姿を見て、サガとカノンも負けられんとばかりに詰め寄ったその瞬間。
「何をやっているのかね、君達。」
「くそっ、凄まじく厄介な奴が来たな・・・・」
「「お前がそれを言うか。」」
「ミロよ。厄介な奴とは誰の事かね。全く、大の男が三人揃いも揃って何たる失態。まるで死肉に群がる餓鬼ではないか。」
シャカは外の灯りを後光のように背負って、柳眉を顰めてみせた。
「・・・・俺達が貶されている筈、だよな?」
「ああ。しかし何気にが一番酷い言われ様な気がするのは、気のせいだろうか?」
「何も死肉呼ばわりしなくてもな。」
三人がそれぞれ複雑な表情で姿勢を正す中、だけはまだ夢の中にいるような顔をしている。
そんな一同に、シャカは至って事務的にこう告げた。
「そんな事より、夕食が出来たそうだ。早く来たまえ。は先に連れて行くぞ。また君達が懲りずに如何わしい事をせんとも限らんからな。」
シャカはの腕を掴んで立たせ、リビングへと連れて行ってしまった。
「・・・・・我々も行くか。」
「だな。」
「男三人になった今、ここに篭っている意味は何一つない。」
三人は夢から覚めたような呆けた顔をして、ゾロゾロとその後を追った。
交渉時の甘言は何だったのかと、カノンを責めながら。
食事の支度は完璧に整っていた。
と共に引き篭もっていた三人は、残る全員からじっとりと睨まれはしたが、ともかく料理が冷めない内にと、早速食事が始まった。
しかし、身を入れて食べている者は一人も居なかった。
は益々燃え盛ってくるワケの分からない熱に浮かされ、黄金聖闘士達はそんなの動向が気になっているからである。
例えば彼も。
気だるそうに一口ずつパンを千切って口に放り込むを、隣に居合わせたアイオリアは、横目でちらちらと盗み見ていた。
それならせめて固形物にしておけば良いのに、よりにもよってスープなどを口にしながら。
だからこういう事になるのだ。
「・・・・アイオリア、どうしたの?」
「!?いっ、いや、何でもないんだ!」
「そう?・・・・あ・・・・」
「なっ!?」
突如伸びてきたの指先に、アイオリアは酷く驚いた。
が、何事かと驚いている間に、の指は唇の横を撫でて戻っていった。
「な、何だ・・・・・!?」
「スープついてたよ、ほら。ふふ、子供みたいね。」
は、目を細めて指先をアイオリアの眼前に差し出した。
そこには確かに薄らとポタージュの滴がついていた。
他の連中の前で口元を拭われるというだけでも、アイオリアにとっては十分穴があったら入りたい位恥ずかしい事だったのだが、あろう事かはその指を自分の口元にもっていった。
アイオリアは、その光景から目が離せなかった。
やけに色気のある眼差しが、白い指先を舐める紅い舌が、ドキッとする程悩ましげだ。
恥ずかしく思いつつもそれに見惚れていると、またが手を伸ばしてきた。
「あ、反対側もついてるよ?」
「な!?だっ・・・・!」
アイオリアは、再三の不覚とを多少なりとも下心のある目で見ていた事にうろたえる余り、ワケの分からない言葉を発しながら反射的に思いきり身を引いた。
が、運悪くそこにはムウがいて、彼に思いきり体当りする破目になったのだ。
いかにムウとて、アイオリアから思いきりぶつかられれば無事ではいられない。
持っていたワイングラスが盛大に揺れ、並々と入った中身は見事にに向けてぶちまけられた。
「きゃぁっ!」
赤ワインが、の白いシャツの胸元をみるみる内に紅く染めていく。
これには全員慌てたが、中でもムウが一番動揺した。
「大丈夫ですか!?済みませんでした!」
「大丈夫、濡れただけだから。」
「とにかく何かで拭い・・・・!?」
言いかけて、ムウは大きく目を見開いた。
何故なら、は『冷たい・・・・』などと言いながら、何ら恥じる事なくシャツのボタンを外し出したからである。
ムウが止める暇もなく、は際どい部分までボタンを外すと、その隙間からティッシュを突っ込んで胸を拭き始めた。
今にも見えそうな胸元を、一同の目が一斉に射抜く。
ムウが自責の念を感じていると、隣から実に不謹慎な言葉が聞こえてきた。
「やるじゃねぇかムウ。渋ってた割には結構ソノ気なんだろ、実は。」
そんなつもりでやった筈がない。
予期せぬアクシデントなのに、スケベ呼ばわりされた日にはいくら温厚なムウといえども、怒り心頭である。
従って。
「スターライト・エクスティンクション!!」
「あじゃぱ〜〜っっ!!!」
となったのは、至極当然と言えよう。
「あ〜あ・・・、デスが行っちゃった・・・・・」
「無礼な蟹の事は放っておいて、。貴女は着替えてきて下さい。その服は私が責任をもってシミにならないように洗いますから。」
そう言って、ムウはを私室にやった。
が素直に出て行くのを見計らって、アイオリアがムウに頭を下げた。
「済まなかった、ムウ・・・・。俺のせいで・・・・」
「全くですよ。」
「う・・・・・、ほ、本当に済まん・・・・。俺に出来る事なら何でも・・・・」
「当然ですね。貴方もシミ抜きと洗濯手伝いなさい。」
「わ、分かった・・・・。」
「とっとと行きますよ。ほら、いつまで食べてるんですか?」
「はい・・・・・」
氷のような眼差しでアイオリアを引き摺ってリビングを出ていくムウを、残った者達は憐れみの目で見送った。
「憐れだな・・・・」
「どうも不器用というか、ツイてないというか・・・・・」
しかし実のところ、彼らが一番憐れんでいたのは、元々反対派のムウや、シャイな余り結局きっと何も出来ないであろうと容易に想像出来るアイオリアではなく、誰よりもやる気がありつつ強制退場させられたデスマスクであった。
もっとも、憐れみ半分強敵が減った喜び半分ではあるのだが。
「何だか、今日は私も皆もおかしいなぁ・・・・・」
独り言を呟きながら、は濡れた服を脱いでいた。
どういう訳か、彼らに触れたがり、触れられたがる自分が居る。
そして彼らも、今日はやけに遠慮がない。
まるでこちらの気持ちを見透かしているようだ。
だが今のには、少し不審に思う以上の事は何も考えられなかった。
シュラ、サガ、カノン、ミロ。
彼らと交わしたキスの事や、その時の信じられない程の高揚感が忘れられない。
短時間の内にこれだけの者達と触れ合ったのに、それを恥じるどころか、もっとそれ以上の事を望んでいる。
何でも良いから、この疼く身体を誰かどうにかして欲しい。
その思いに捉われて、自分でもどうにもならないのだ。
半裸の身体を自分で抱きしめるようにしてボンヤリしていると、ドアが軽やかにノックされ、誰かが入ってきた。
「、着替えはもう済・・・・・んでないようだね。」
「アフロ・・・・・」
「随分刺激的な格好だ。」
軽い口調で言って、アフロディーテは目を細めた。
顔だけ振り返っているの背中は、隠すものの何もない素肌そのままが灯りに晒されていた。
「下着まで滲みてたから・・・・」
「そうか。しかしそんな格好していると風邪を引くよ。それに、さっきワインがかかった服も、早く洗って貰わないと。」
そう言いつつ、アフロディーテは背を向けたままのにどんどん近付いていった。
アフロディーテの気配を、背中に痛い程感じる。
は胸を両腕で覆ったまま、微動だに出来なかった。
裸の肩が、手の温もりを期待している。
その期待を悟られていたかのように、アフロディーテの手が肩に置かれた。
「・・・・・」
「んっ・・・・・」
触れられた肩から微電流が走るような感じがし、は小さく身じろぎした。
「フフ、今日は凄く色っぽいね。でも、いつまでもそんな格好していると、誘われてると勘違いするよ?」
「・・・・・して良いよ・・・・・」
は、アフロディーテの顔を見上げて頷いた。
それと同時に、アフロディーテの瞳から冗談めいたものが消える。
アフロディーテは正面からを抱きすくめると、顎を軽く持ち上げて唇を重ねようとした。
と、その時。
「ちょっと失礼しますよ。」
「「ムウ・・・・・」」
はともかく、アフロディーテの声音には明らかに不愉快そうな響きが含まれていたが、ムウは敢えてそれを無視して、ベッドの上に投げ出されたワインのシミが拡がっているのシャツを取り上げた。
「何しに来た?」
「貴方がいつまでも服を持って来ないからですよ。やけに遅いと思ったらなるほど、こういう事でしたか。お邪魔でしたかね?」
「ああ、全くな。」
折角の気分に水を差されたらしく、アフロディーテは憮然とした表情を涼しい笑顔のムウに見せた。
どうやらもう完璧に気が削がれたらしい。
アフロディーテはの身体を離すと、名残惜しそうな顔をするににっこりと微笑みかけ、
『早く着替えないと、本当に風邪を引くよ』と言い残して、ムウと共に出て行ってしまった。
男心も結構繊細で複雑なようだ。
とにかく、後に一人残されたは、半端に刺激された身体と心を持て余していた。
「何なのよ・・・・、どうすりゃ良いのよ・・・・!」
訳も分からず苛立つ。
このままここに居ても、きっと治まる事はない。
そう思ったは、外の空気を吸いに行く事に決めると、手早く服を着込んだ。