甘い罠 後編




ひとまず適当に服を着込んだは、廊下へ出た。
リビングからは、何やら皆のモメている声が聞こえてくる。
『卑怯』だの何だのという詰り合いの声に、何故か所々自分の名が混じっていたので、は思わず立ち止まって聞き耳を立てていた。
が、突然リビングからアルデバランがふらりと出てきた。

・・・・!?」
「アルデバラン?どうしたの、何でそんなに吃驚してるの?」
「い、いや別に・・・・。こそ何をしてるんだ?着替え中じゃ・・・・!?」
「終わったから・・・・・」
「そ、そうか・・・・。とにかくちょっと散歩でもしないか、な!?」
「う、うん・・・・」

コクコクと頷くの手を引っ張り、アルデバランは用心深く玄関を出た。





― ふう、危ないところだった・・・・・!

が席を外しているのを良い事に、連中は思いきり例の不埒な競争についてバトルを繰り広げていたのだ。
あれ以上に聞かれていたら、一服盛った事がバレかねない。
巧く連れ出せて良かった。

我ながらなかなか機転の利く行動だったと満足するアルデバランだったが、次の瞬間ハッと息を呑んだ。
腕にが絡み付いている事に気付いて。


・・・・!?」
「何・・・・?」
「な、何って・・・・・、お前こそどうした、さ、寒いのか?」

裏返った素っ頓狂な声で見当外れな質問をしながら、アルデバランは茹でたタコのような顔をから背けた。

そうなのだ。
ついうっかりマヌケな質問をしてしまったが、が身体を摺り寄せてきた理由など本当は知っている。
様子からみると、まだ薬が切れていないのだろう。
つまりは、まだソノ気なのだ。

「そうじゃないけど・・・・・、アルデバランは嫌?」
「い、嫌とかそういう事では・・・・・!!」

嫌な訳ではない。
何しろこちらとて健全な男なのだ。
悩殺的な瞳でこんな風にしな垂れかかられると、思わず反応してしまう。
他の連中は残念ながらことごとく今一歩のところで失敗し、今ケンカの真っ最中だが、まさかその隙に自分が漁夫の利に有りつく事になろうとは。

― 奴らには申し訳ないが、自由競争だったしな・・・・・

と自分に言い聞かせ、アルデバランはの肩を抱き寄せた。





「アルデバラン・・・・・」

またあの変な熱が身体を支配している。
これを冷まそうと外に出てきたのに、やはり隣に誰かがいると駄目なようだ。
また止まらない。欲しくて欲しくて仕方がない。

は、うんと高い位置にあるアルデバランの顔を見上げて、顰めた声で囁きかけた。

「キス・・・・・して?」
・・・・・」

アルデバランは、ごくりと息を呑んだ。
薄く開いたの唇は、明らかに自分を誘っている。
でもこれはあの『SWEET PASSION』のせいなのだ。
普通の状態だったなら、決して有り得ない状況だ。
アルデバランは虚しさと切なさと申し訳なさが絶妙に混ざった微妙な心境で、の潤んだ瞳を見つめていた。

と、その時。
背後から足音が聞こえた。

「二人とも、そんな所にいたのか。」
「「カミュ・・・・」」

足音の主はカミュであった。
元々が混乱気味の心境だったアルデバランは、際どいムードの中、カミュの突然の出現に驚かされ、大慌てでの身体から手を離した。

「皆お前達を探してたぞ。特にアルデバラン、お前は命を狙われている。
何故だ!?ちょっと散歩に出たぐらいで命を狙われては堪らん!!」
「心中は察する。しかし今、しくじった連中共の気が立っているからな。ご愁傷様としか言い様がない。
「他人事のように・・・!大体それは八つ当たりじゃないのか!?失敗したものは仕方ないだろう!?」
「お前の言い分はもっともだ。とにかく逃げる事を勧めるぞ、アルデバラン。」
誰が逃げるか!受けて立ってやるわ!!カミュ、を頼むぞ!」
「あっ、アルデバラン・・・・!」

モヤモヤとした気分を乱闘で紛らわせてやるとばかりに、アルデバランは駆け出して行ってしまった。


「あ〜あ、行っちゃった・・・・・」
「さて、。どうする?我々も戻るか?」
「ううん・・・・・、私はもう少し風に当たってからにする。」

力なく首を振るに小さく溜息をつき、カミュはの手を引いて近くにあった石段に腰を掛けた。





「カミュ、寒いでしょ?先帰ってくれてて良いよ?」
「寒い?フッ、まさか。私はこれでもシベリア暮らしが長かったのだぞ。それとも、私が居ると邪魔か?」
「そうじゃなくて・・・・・。私・・・・・・」
「何だ?」
「私また・・・・・、変な事になっちゃいそうだから・・・・・」

そう言って俯くを、カミュは居た堪れない気持ちで見つめていた。
相変わらず気付いていないようだが、流石に何かがおかしいとは思っているらしい。
カミュは無言のまま、の肩に腕を回した。

「別に君はどこも変ではないと思うがな。」
「でも、本当に変なの。ずっと身体が熱くて妙な気分で、誰でも良いからどうにかして欲しいなんて思ったりして・・・・・」
「・・・・・・・」
「皆何か言ってなかった?」
「・・・・・・いや、別に。」

そう言うしかないだろう。
『○○さえ邪魔しに来なければ、最後までイケたのに!』などという、連中の口論をそっくりそのままどうして伝えられようか。

「私、どうしたんだろ・・・・」
は何も気にしなくて良い。だからそんな顔をするな。」
「カミュ・・・・・・」

そう、とていい加減混乱していたのだ。
カミュの優しい言葉と、肩を抱いてくれる手の温もりに涙腺が刺激され、目から一粒涙が零れ落ちた。

・・・・・・」
「私、恥ずかしくなってきた・・・・。どんな顔して皆と会えば良いんだろ・・・・。」

恥ずかしいのはむしろ一服盛ったこちらである、とは言えなかった。
だからカミュは何も言わず、の背中を擦り続けた。
大体にして、女性に泣き付かれるなんて経験は殆どなかったし、勿論得意でない。
こんな時に掛けてやれる気の利いた言葉など、思いつきもしない。
内心大いに困りながらも、カミュは浅はかな遊びに興じた自分達(特に首謀者の蟹)を恨んだ。

・・・・、泣く程気に病む事はない。君が思う程、誰も気にしてやしない。」
「・・・・・どうしてそう言いきれるの?」
「そっ、それは・・・・・!」

危なかった。思わず口を滑らすところだった。
涙を湛えたの瞳に見つめられ、カミュは背中に冷たい汗をかきつつ必死で言い訳を探した。
そして、思いついたものは。

「それは・・・・・、連中は馬鹿だからな。

という、何とも単純なものだった。
連中に聞かれていたら、その場で戦闘になりそうだ。
しかし運良く聞いているのはだけで、更にラッキーな事に、その適当な返答で少し気分が晴れたのか、はようやく笑顔をみせた。

「あははっ、そんな理由なの?」
「ああ。だから気にするな。」
「うん、有難う・・・・」

瞬きをした拍子に零れた涙を、カミュはしなやかな指先で拭った。

「カミュ・・・・・」

カミュの指が頬に触れた途端、また背筋を甘い疼きが走った。
は困惑しつつ、それでもカミュの顔から視線を逸らす事が出来なかった。

それはカミュも同じで、涙の名残を纏ったの睫毛から目が離せなかった。
デスマスクやミロ程乗り気だった訳ではないが、自分とて元はそれなりに興味があったのだ。
つい出遅れてしまった上に、今は既に申し訳なさの方が勝っているが、いや、だからこそだろうか?
出来る限りの事をして慰めてやりたい。

カミュは、を腕の中に抱き入れ、その目尻に堪った涙を拭い続けた。
しかしその時、ついに死者は蘇ってしまった。



「テメェら〜〜・・・・・」
デス!?
デスマスク、お前生きてたのか!?
「あたぼーよ!難儀したがな。」

服が汚れてあちこち傷を作りながらも、デスマスクは無事生還してきた。
随分機嫌が悪そうである。
折角の時間をかなりロスしたのだから、当然と言えば当然であるが。

「よぉカミュ、お楽しみの最中に邪魔して悪かったな。」
言葉の割には全く悪びれていないな。
「まぁな。ついでと言っちゃなんだが、俺と代われ。お前らはもう十分愉しんだんだろ?俺が可哀相だと思わんか?」
思わん。が、代わるのは構わんぞ。しっかり責任を取るが良い。」

彼に任せるのは多少不安だが、が泣く破目になったのは、元はと言えばデスマスクのせいだ。
ここは首謀者に責任を取らせるべきだろう。
首を傾げるデスマスクと、まだ濡れた瞳をしたをその場に残し、カミュはの家に戻って行った。



「ん?お前泣いてたのか?」
「別に泣いてなんか・・・・」
「嘘つけ。ならその情けねぇツラは何だ?」
「うるっさいわね・・・・。別に何でもないったら・・・・・」

言葉に詰まったは、手の甲で乱雑に目元の涙を拭い取った。

「誰かに泣く程嫌な事でもされたか?」
「そうじゃないの・・・・・。ただちょっと混乱しちゃって・・・・」
「混乱?」
「私、今日は変なの・・・・。妙な気分で、身体がやけに疼いて・・・・」

その言葉に、デスマスクはゴクリと喉を鳴らした。
連中に次々と先を越されていったのは腹立たしいが、まだチャンスは残っているようだ。
デスマスクはほくそ笑みそうになるのをどうにか堪えて、の肩を抱いた。

「なるほどな。」
「私、どこかおかしくなったのかな?」
「まさか。女にもそういう時があるってこったろうよ。んな泣く程気にすんなよ。」

よくもまあ、これだけいけしゃあしゃあとのたまえるものである。
一服盛った首謀者は、良い人ぶった表情と口調を慰めた。

「有難う、デス・・・・・。」
「へっ、何言ってやがんだ。んじゃ、ちょっと気分転換にそこらでも歩くか?」
「ん・・・・・」
「よし、決まりだ。」

そう言って、デスマスクはの肩を抱いたまま歩き始めた。
目指すは近くの木立。
目的?そんなものは決まりきっている。
人目を忍んでコトに及ぶ為である。





二人は、鬱蒼と静まり返った木立の中を歩いている。
少し落ち着いてきたのか、はもう沈んだ表情をしていなかった。
夜の冷涼な空気が、熱く濁った頭の中を綺麗にしていくような気がして清々しい。


「どうよ、ちったぁ落ち着いたか?」
「うん、もうすっかり。」
「そうか。しかしよ、あんまり気にしねぇ方がいいぜ。人間、テメェの身体に忠実に生きるべきだ。」
「そ・・・・・かな?」
「おうよ。」

言われなくとも、もう既に身体の欲求に忠実に動いた挙句、多くの黄金聖闘士達と際どい事になってしまったのだが。
思い出すと恥ずかしいので、はそれを口に出さず、適当に言葉を濁した。

「だからよ、一人でウジウジ悩むなよ。俺様がいくらでも協力してやるから。」
「へ?」
『へ?』じゃねぇよ。身体が疼く時は発散するしかねぇ。その相手役を買って出てやるって言ってんだよ。」

デスマスクは苦笑しながら、を抱き寄せ、キスしようとした。
が。

ちょっと!!何してんのよ!!??
「へ?」
『へ?』じゃないわよ!いきなり何すんの!?」
「何ってお前・・・・・!さっき妙な気分だとか、身体が疼くだとか言ってたじゃねぇかよ!」
「言ったけど・・・・・、もう治まったの!」
何ぃーー!?
「散歩が効いたのかしらね。なんかスッキリしちゃった。」

『SWEET PASSION』の効果が、とうとう切れてしまったようだ。
機嫌良さそうにニコニコと笑うとは対照的に、デスマスクは奈落の底まで転げ落ちた気分だった。

「何てこった・・・・・。よりによって今切れるたぁ・・・・・」

折角の時間を奪ってくれたムウにも腹が立つが、残った僅かな時間を移動で費やしてしまった自分にも腹が立つ。

「切れるって何の事?」
「何でもねぇよ・・・・・・」

このままでは悔やんでも悔やみきれない。
死んでも死にきれない。
他の連中はそれなりに愉しんだ風なのに、肝心のブツを用意してきた自分だけがその恩恵を被られないのか。
甘い汁は一滴たりとも啜れず、責任だけは背負わねばならないなどと、そんな馬鹿な話はない。

怒り心頭なデスマスクは、とうとうブチ切れてしまった。


「いやっ!!ちょっと止めてよ、デス!!」
「うっせぇ!!テメェはスッキリしたかも知らねぇが、俺様はどうなるんだ!?
「知らないわよ!!ワケ分かんない事言わないでよ!!」

は、襲い掛かってくるデスマスクに渾身の力で対抗した。
しかし、頭に血が上っているデスマスクには通じない。
何発ビンタを喰らっても、悪口雑言を浴びせかけられようとも、決して諦めず果敢に想いを遂げようと奮闘する。

だが、悪い事は出来ないものである。
天知る地知る人が知る、と言おうか。
デスマスクがを木に追い詰めた時、絶妙なタイミングで正義の味方(?)が現れた。

こりゃ、デスマスク!お前は何をやっとるんじゃ!」
「げ、老師・・・・・」
「童虎〜!助かった〜、有難う!」
「大丈夫だったようじゃの。無事で何よりじゃ。」
「老師・・・・、確か今頃はNYだった筈じゃ・・・・」
「女神のお仕事が予定より早う終わられたのでな。儂もお役御免という訳じゃ。しかし早う帰ってみればこの有様。デスマスク、仮にも黄金聖闘士が女子を力ずくで襲うような暴挙に出るとは言語道断!来い!これから説教パーチーじゃ!!
「最悪だ・・・・・・」
「ざまあ見なさい。こってり絞られるが良いわ、フフン。」
・・・・、テッメェ・・・・・」
「さ、も行くぞ。」
「は〜い。」





の家に到着するや否や、童虎の怒りは頂点に達した。
荒れた室内と、家の中にいた残りの黄金聖闘士達が、ボロ雑巾のような姿で取っ組み合っているのを見たからである。

「・・・・・貴様ら・・・、止めぬか〜〜!!!

珍しい童虎の一喝に驚いた一同は、即座にファイトを中断して姿勢を正した。
童虎は咳払いを一つすると、首根っこを掴んでいたデスマスクもその輪の中に放り込み尋問を始めた。


流石亀の甲より年の功。
肉体年齢は誰より若くても、伊達に黄金聖闘士の長老はやっていない。
どえらく叱られ、理由を問い詰められた一同は、とうとう黙秘を破ってしまった。


「「媚薬!?」」

理由を聞いた童虎とは、目を丸くして叫んだ。

「は、はい・・・・・・」
「何とまぁ、下らぬ事を・・・・・」
「このサガがついておりながら、面目次第もございません・・・・」
今更良い子ぶるな。お前だって大概愉しんだだろうが。」
黙れ、カノン!
「喧嘩は止めぬか!いやはや、それにしても若いというのは恐ろしいのう・・・・・

呆れ顔でやれやれと首を振る童虎。
しかしの気は、そんなもので済む筈はなかった。

「・・・・・道理で変だと思ったのよ・・・・・」
・・・・・?」
「いくら何でもあんなのおかしいもの・・・・・。皆謀ったのね!?
「私は一応止めたんですがね。」
「うむ。私もだ。」
「わ、悪かった!デスマスクの奴が妙な物を持ってきたから、つい出来心で・・・・!
おいミロ!俺のせいかよ!?
お前が責任者だろう!

全員の鋭いツッコミが、デスマスクに浴びせかけられる。
ついでにの厳しい視線も突き刺さる。
何一つ報われない内にこんなザマになってしまい、デスマスクは最早あらゆる気力を失っていた。

「チッ。分かったよ。ヤキ入れ上等だよ。煮るなり焼くなり好きにしろよ。」
全然反省しとらんな、お主。しかしまあ、今回の件に関しては皆も同罪じゃ。下らぬ諍いで部屋もこんなに荒らしおって。一同の者、に詫びよ。」

全員はバツの悪そうな顔で、に謝罪の言葉を告げた。

「悪かった、。悪ノリが過ぎた。」
「許してくれというのは虫が良すぎるかもしれないけど、出来れば許して欲しい。」
「侘びになるなら、何でもする。」
「皆・・・・・」

彼らの事は、元々決して嫌いではない。
確かにショックでもあるし、腹も立つが、それでもこれ以上ワイワイと責め立てる事はには出来なかった。


「じゃあ・・・・、色々あった事は全部忘れて。恥ずかしいから。」
「・・・・・分かった。」

少々勿体無いが、シュラは素直に頷いた。
サガ、カノン、ミロ、アフロディーテもシュラに習い、それぞれにやや不満そうな表情や、苦笑混じりの笑顔を浮かべて承諾した。

「それから、この荒れた部屋は片付けて帰ってね。」
「・・・・・分かりました。」
「無論だ。」

ムウが、アイオリアが、当然だとばかりに頷いて請け負う。

「あと・・・・」
「まだ何かあるのかね?」
「今度何か美味しいものでもご馳走して。変な薬なんか入ってないやつ。
「ははっ、分かった。任せておけ。」
「今度は掛け値なしに美味いものを食べさせると約束しよう。」

アルデバランが、カミュが目元を緩ませて頷いた。
すわ完全に信用を失くすのではと恐れていた一同は、ほっと一安心した。
しかしその安心が、元反対派の怒りを何故か掻き立てる事になった。


「ときに、蟹には随分酷い目に遭わされたそうではありませんか。」
「まぁ・・・・、ね。」
「おい、俺が何したって言うんだよ!?」
黙りたまえ。開き直りとは感心せぬぞ。」
「大体私達は元々反対だったのです。あれ程止めたのに、貴方達が聞かなかったせいで・・・・」
「そうだ。君達が突っ走ったせいで、我々まで老師のお叱りとの怒りを受ける破目になったのだ。これは約束通り、責任者の君に落とし前をつけて貰わねばなるまい。
落とし前だぁ!?それならたった今話がついたところじゃねぇか!?」

納得出来ないと言わんばかりに、デスマスクはシャカに詰め寄った。
しかしシャカは全く相手にせず、に声を掛けた。



「どうだろう、君が彼に一撃入れてみないか?
「えぇ!?私!?」
「うむ。ああは言っても所詮私達も同罪。我々が手を下す事は出来ん。」
「シャカの言う通りですね。だからここは被害者である貴女が是非。
「でも私・・・・・、さっき外で散々ビンタ入れたし・・・・・
「おうよ!何往復喰らったと思ってんだよ!?

躊躇うの後ろから、自らの悲惨な体験を切々と語るデスマスク。
しかし残った全員から『いけいけ、やれやれ!』という発破に負けたのか、或いはまだ気が済んでいなかったのか、は無常にもシャカとムウの勧めに乗ってしまった。

「さ、では遠慮なくどうぞ。」
どうぞじゃねぇよ!!フン、まぁ良いけどよ。如きの力じゃ、蹴りだろうが拳だろうが大して痛くも痒くもねぇからな。」
「それもそうだ。女の力などたかが知れている。ならば・・・・・、。これを使いたまえ。」

そう言ってシャカがに手渡したのは、手近にあった分厚い本であった。

「・・・・そうね、これ位で丁度良いかもね。」
何が良いんだ!お前、凶器は反則だろうが!?」
の一撃如き、貴方にとっては蚊程も効かないでしょう?」

涼しい顔のムウの嫌味に、デスマスクは歯軋りした。
つまらない挑発などしなければ良かった。
そう思っても後の祭り。
全員が愉快そうに見守る中、とうとう刑が執行される時が来た。




「いくわよ〜、じっとしてなさいよね。」
「チッ、勿体つけねぇでさっさとやれよ・・・・」
「よ〜し、じゃあしっかり受け止めなさいよね!」

そう言って、は本を持つ手を大きく振りかざし、それをデスマスクの頭上に打ち下ろそうとした。
が。
どうした事か、その手から本がすっぽ抜けた。

あっ!!
いぃっってぇ・・・・!!!

ゴスッという音がしたかと思うと、デスマスクはその場に落ちた本と共に床に沈み込んだ。
どうやら額に本の角がクリーンヒットしたらしい。
平たい部分でバシッとやるつもりだったは、慌ててデスマスクに駆け寄った。

「デス、大丈夫!?」
「大丈夫・・・・・じゃねぇよ・・・・・」
「ごめん、角でやるつもりなんかなかったの!わざとじゃないから!!
お前マジ殺る気じゃなかったのか・・・・?
「違うってば!ごめんったら!」
、謝る必要はない。」
「サガ・・・・・、でも・・・・」
「そうだぞ、悪党の末路など、所詮こんなものだ。
「シュラ、てめぇ・・・・・・」
「ほらデスマスク、いつまでダウンしている。掃除するぞ、立て!」

容赦ないアイオリアに引っ張られ、デスマスクは額を赤く腫らしながら掃除を始めた。
ふと横を見れば、は童虎にチョコレートを渡し、にこにこと談笑している。



― 俺って一体・・・・・

「いっ・・・・・」

額を擦りつつ、割れたグラスの破片で切った指の血を拭いつつ、デスマスクは遠い目で黙々と掃除をするのであった。
きっと今年のバレンタインは、彼の人生において最大最悪のバレンタインに違いない。




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後書き

なんとまぁ、長い割に下らねぇ話でしょう(乾笑)。
またもや撃沈です。
「このアホタレが」とせせら笑って下さい(笑)。