男とは皆、なかなか己の気持ちを素直に口に出来ぬものなのかも知れん。
儂にとて、多少なりともそういう所はある。
しかしのう・・・・・・、ホッホ。
まあ、あやつらのへそ曲がりな事ときたら。
○月×日 PM22:00
とっぷりと日が暮れて、どんちゃん騒ぎもあらかた落ちついたところで、幹事二人は儂等に焚火を囲ませ、熱いコーヒーを配り歩いた。
儂は茶の方が良かったのじゃがのう。
まあそれは良い。
ともかく、コーヒーを手に焚火の周りで輪になった儂等に向かって、サガはこう言った。
「眠る前に暫し、皆で静かに、和やかに、語り合おう。さあ。」
と言われて、皆、ポカンとなっとった。
どうも理解出来とらんかったようじゃな。
暫くは皆、訳が分からんという顔をしとったが、やがて話が飲み込めてきた連中がポツポツと口を開き出した。
「・・・・いや、『さあ。』って、いきなりムチャ振りされてもな。何が『さあ。』なんだよ?」
「もしかしてそれは、私達に話のネタを提供しろという事ですか?」
「語り合いの糸口としては、甚だ不自然な形だと思うんだが。」
デスマスクやムウやアフロディーテが冷ややかな顔をすると、サガは決まりが悪そうな顔になった。
「ち、違う!私が狙っていたのは、ごく自然に始まり、自然に盛り上がる会話なのだ!何かあるだろう、ほら!」
「やっぱりムチャ振りじゃないか!何が違うんだ!」
間髪入れずにミロが突っ込むと、たちまちの内にまたぞろ辺りは騒然となった。
聞こえてきたのは、まあ、基本的には文句の類じゃったかの。
「大体、会話なんて朝からずっとしてるじゃないか!何なんだ?いきなり改まって。」
「アルデバランの言う通りだ。朝からずっと下らないヨタ話続きで、私はいい加減、静かに休みたいのだが。」
アルデバランは満更嫌そうでもなかったが、シャカは半分寝ているような仏頂面で文句を垂れていたし、
「何だ、俺はまたてっきり、歌でも歌わされるのかと思ったぞ。」
「シッ、余計な事を言うなアイオリア!歌なんか語り合いよりもっとごめんだ!」
胸を撫で下ろしているアイオリアの肩を小突くシュラは、普段の2割増位の苦い顔になっとったし、
「別にわざわざ語り合いの場を設けなくても、十分やかましい位に盛り上がっているように思うのは私だけだろうか。」
カミュはまた、ニコリともせんまま、冷ややかに呟いておった。
ほんにこやつ等は、盛り上がっとるんだか盛り下がっとるんだか。
放っておこうかとも思ったのじゃが、あまり文句が続くと、またサガの奴が頭に来て暴れかねんので、この場は儂が助け舟を出す事にした。
乱闘になってテントが吹き飛ばされでもしたら、寝床がのうなってしまうからの。
「ならば、何か題目を決めて語らうのはどうじゃ?」
「題目?」
「と仰いますと?」
「そうじゃのう・・・・・、たとえば、お主らそれぞれの長所を言い合う・・・、というのはどうじゃ?」
『長所!?』
驚く皆に向かって、儂は『さよう』と頷いてみせた。
「お主ら、小競り合いはしょっちゅうじゃが、互いの長所を素直に認め合うような事はせんじゃろう?
折角の機会じゃ、偶には素直に互いを褒め合うてみても良いのではないか?」
何気ない思いつきじゃったが、この野営の趣旨に沿うた、なかなかの名案じゃったろう。
「ふむ・・・・、確かに。流石は老師、素晴らしいご提案です。」
「じゃ、それでいきましょう!」
幹事二人もそう思うたようで、この座談会の題目は『互いの長所』という事になった。
全員が全員分の長所を挙げるというのは時間がかかり過ぎるという事で、一人あたり一人ずつ、相手はクジ引きで決めるという形を取り、『長所を褒め合う会』は始まった。
「じゃあまず、私から行きまーす!」
一番手はであった。
の褒める相手は、何を隠そうこの儂じゃった。
「童虎の良い所は、何と言ってもいざとなると頼りがいのある所!」
は考え込む事なく、そう言い切ってくれた。
「普段は沙織ちゃんについてあちこち回ってたり、五老峰に居たりであまりここには居てくれないけど、
でも何かある時はいつの間にか側に居てくれるし、童虎は何処に居ても私達の事見ててくれてるんだなぁって、凄く安心出来るの。」
己から言い出しておいて何じゃが、改めて面と向かってこうも言われると、なかなかに気恥かしいものじゃった。
儂とて照れる事もあるのじゃよ。
儂は恥ずかし紛れに、早々に二番手を買って出る事にした。
「ホッホ。では儂からも言わせて貰うとするかのう。」
儂の相手は、偶然にもであった。
儂は常日頃、に対して思うておった事を素直に口にした。
「、お主の一番の長所は、その素直で優しい心じゃ。お主のその心を、女神もお慕いになったのであろうし、儂等も皆、お主のその心に随分と救われておるのじゃ。」
「そ、そんな・・・・・。やだもう、やめてよ、ふふふ・・・・・」
は盛大に照れておったが、儂の言葉にうんうんと頷く連中は他に何人もおった。
たとえ表に出さずとも、恐らく皆、儂と同じ事を思うておるに違いあるまい。
とまあ、そんな具合に場の雰囲気がほのぼのとしてきたところで、その空気に触発されてか、次はミロが口を開いた。
「じゃあ俺も。そうだな、アルデバランの長所は、その潔さと責任感の強さだと思う。」
「そ、そうか・・・・・?」
ミロは己の相手であるアルデバランを、儂と同様、素直に褒めた。
アルデバランの方は、これまた気恥かしそうに頬など掻いておったがのう。
ここまでは文句なしにほのぼのしとったんじゃが。
「ああ。お前のそういう所、実は常々密かに感服していたんだ。
お前は本来なら第2の宮の守護聖闘士なのに、第1の宮のムウがジャミールに引きこもってたばっかりに、実質第1の番人を押しつけられている状態だったじゃないか。
それなのに文句ひとつ言う事もなく、疑問すら抱かず!なかなか出来る事じゃないぞ!」
「いやいやいや、別に俺はそんな・・・・!」
「フフフ。すみませんでしたね、その節は。」
照れを通り越して狼狽し出したアルデバランはさておき、ムウがミロの言葉に反応して、目の笑っとらん笑顔を浮かべてのう。
しかし、これはムウなりの戯れだったんじゃろうな。
単にアルデバランを褒めんとする為であって、何か他意があっての発言でない事は、ムウも含めて皆分かっておった筈じゃからの。
「まっ、まあまあ、ムウ!じゃっ、次、次!」
が取り繕うように笑うと、次はカノンが出張って来た。
「では次、俺がいこう。アイオリアの長所だな?」
カノンの相手はアイオリアじゃった。
この二人、日頃は特別そう親しく付き合うとる節もないし、さて何を言うかと儂は密かに楽しみにしておった。
「ふむ・・・・、奴の長所は、その心身の強さだろう。
逆賊の弟という汚名を着せられた逆境にあっても堕落する事なく、己を磨き、黄金聖闘士にまで上り詰め、更にその中でも1・2を争う力を身につけたのだからな。」
「よ、よしてくれ、お前に褒められると何だか気味が悪い・・・・。」
「フフ、そう照れるな。お前の強さは、純粋に賞賛に値するものだ。」
やはり、人と人とが認め合うというのは、素晴らしい事じゃ。
その場の空気までもが、穏やかで何とも心地の良いものになる。
というのに、ここでサガの奴めが、幹事にあるまじき愚かな言動に及んでしもうた。
「フフン、お前は逆境にめげたクチだからな。」
「何だと?」
サガがボソッと言うてしもうた嫌味を、カノンは聞き逃さなかった。
しかしこの弟の方も、兄の他愛ない嫌味ぐらいさらっと流してしまえば良いものを、底意地の悪そうな笑みを浮かべて兄に詰め寄っていきおった。
「憎まれ口を叩く前に、言うべき事があるだろう?お前は確か、俺を褒めねばならん筈だ。違うか?」
「うっ・・・・・」
そう、サガの相手は、生憎とカノンじゃった。
うかつな嫌味で墓穴を掘ったという所じゃったな。
「さあ、俺を褒めろサガ。このカノン様を褒め称えてみろ。」
「くっ、この・・・・・!」
目の前で勝ち誇ってふんぞり返る弟を、サガは殺意の篭った目で睨みつけておった。
この分ではまたまたいつもの乱闘かと呆れながら見守っておったのじゃが、
サガも幹事という己の立場をようやく思い出したのか、拳を向ける事はグッと堪えて、忌々しそうに早口で吐き捨てた。
「・・・・お前の長所は、その良く回る頭と舌だ。良くも悪くもな。」
「フフン、強情だな。素直に『兄より出来の良い弟だ』と言えば良いものを。」
「何を・・・・!」
尚も畳みかけるカノンに、とうとうサガの堪忍袋の緒が切れるかと思うたが、そこはが何とか抑えた。
「駄目よサガ!長所を褒め合う会なんだから!」
「ぐぬぬ・・・・・・・!次!さっさと誰かいけ!」
に止められては、流石のサガも退くしかない。
この場は何とか事なきを得て、次にいく事になった。
「じゃ、じゃあ次は俺が。」
流れを変えるという重大な役目を買って出たのは、シュラじゃった。
「俺はカミュの長所を言えば良いんだったな・・・・。カミュは・・・・、まあ、クールなだけあって、いつも冷静に物事を見ている所だな。」
「・・・・・」
「あとは、クールな割に意外と面倒見が良くて、情に脆い所もある、という点か。」
「・・・・・」
カミュはいずれの言葉にも無表情と沈黙を通しておったが、2つめの方では心なしか気まずそうな顔をしておったような。
ともかく、シュラの素っ気ない口調とカミュの薄い反応が功を奏したのか、場の空気は一気に鎮まり、落ち着きを取り戻した。
落ち着いたところで、次に手を挙げたのはアイオリアだった。
「じゃあ、俺も。ムウの長所だったな・・・・。」
アイオリアは難しい顔をして唸りながら悩み抜いた挙句、こう答えた。
「まあ・・・・、思慮深い所、だろうな。」
「・・・・その『間』は何なんですか?何だか苦し紛れな感じに聞こえるんですが。」
「別に意味はない!深読みするな!」
その答えを聞いたムウが、また目の笑っとらん笑顔を浮かべたが、アイオリアもミロと同じく、人をネチネチと口で責める手合いではない。
それが証拠に、アイオリアは生真面目そのものな顔をして言葉を足した。
「俺とお前は、まあ・・・・、性分が違うのだろう、時には考えが食い違う事もあるが、お前のその思慮深さは、この聖域になくてはならないものだと、俺は思っている。」
「・・・・・それはどうも・・・・・」
こうも真摯な返し方をされては流石のムウも照れたのか、決まりの悪そうな顔をしてフイとそっぽを向いてしまいおった。
いやはや、実に珍しい光景じゃったのう、ホッホ。
「次は私がいこう。シュラの長所だな。」
次に声を上げたのは、アフロディーテじゃった。
「君の長所は、そのストイックなまでの忠誠心の篤さかな。」
「・・・・フン」
シュラは全く無表情のままじゃった。
褒められて嬉しいというよりは、『そんな当然の事は長所とは言わん』とでも思っておったのじゃろう。
最初はの。
「最近はこの聖域もすっかり平和になって、ついつい平和ボケしがちだが、君が隣で毎日毎日無駄に修行してくれているお陰で、
自分が聖闘士である事を忘れずに済んでいる。礼を言うぞ。」
「そんな事で礼を言うな!!大体、無駄とは何だ!お前も聖闘士の端くれなら、いついかなる時でも闘えるように腕を磨いておけ!」
「失礼な。私をそこらの三下聖闘士と一緒にしないでくれ。私は君と同じ、黄金聖闘士なんだぞ。」
「だからその立場にあぐらを掻いてないで修行しろと言ってるのだ、修行を!」
アフロディーテが言えば言う程、シュラは腹を立ててしもうた。
アフロディーテにとっては褒め言葉のつもりでも、シュラにとっては失言以外の何物でもなかったようじゃ。
さて、お次の者はデスマスクじゃった。
「ちょっと待ってくれよ〜!シャカの長所ぉ〜!?」
デスマスクはこれ以上ないという位難しい顔をして、シャカをしげしげと眺めた。
「そんなに考え込む程の事かね。考えるまでもなく、幾らでも出て来ように。」
「どっから湧いてくんだよその自信はよ。テメェの長所なぁ〜・・・・・!」
デスマスクは悩みに悩み抜いた末に、これまたこれ以上ないという位苦々しい顔で、心底嫌そうに言った。
「・・・・・・・まあ、実力は認めてやんよ。」
「黄金聖闘士の中でも末端に位置する蟹の癖に、神に最も近い男と言われるこの私に向かって、随分高慢な物言いだな。
言っておくが、私は実力・人格共に君とは比較にならない・・・」
「いや高慢ならテメェの方が全然上だから。テメェのそのクッソ偉そーな人格は、長所じゃなく短所だ短所。」
ほんにまあ、この二人は相性が悪いわい。ホッホ。
デスマスクとシャカが睨み合い(といっても、デスマスクが一方的にシャカにメンチ切っておっただけじゃが)をしておると、横からムウが入って来た。
「おやデスマスク。そういう貴方の人格も、お世辞にも長所とは言えませんねぇ。
酒好き、遊び好き、女好き、不真面目不義理不道徳・・・・・、欠点なら幾らでも挙げられるのですが。」
「おい。」
「長所となると・・・・・、ふむ、難しいですね・・・・・」
「ケンカ売ってんのかテメェ?」
たちまちこちらでも睨み合いが勃発。
かと思えば、シャカもミロを相手にやらかし始めてしもうた。
「長所を挙げるのが難しいのは、何も蟹だけではない。ミロ、君もだ。」
「何ぃ?俺には何も長所がないというのか!?」
「君は心・技・体、どれをとっても中途半端だ。私のように高潔な人格も持ち合わせていなければ、私のように強大な小宇宙も圧倒的な技もない。
唯一、身体だけは無駄に丈夫なようだが、それも抜きん出ている訳ではない。肉体の屈強さにおいては、アルデバランやアイオリアの方が格上だ。」
「ぬうぅぅ・・・・・・!」
「従って、君には特筆して褒めるべき点が何もないという結論になる。」
「黙れ!お前のその性格のどこが高潔だ!デスマスクの言う通り、お前の性格は短所だ短所!」
気付けばいつも通りの展開になっておった。
「アフロディーテの長所なぁ・・・・・、ううむ・・・・・」
その一方では、アルデバランが頭を抱えて唸っておった。
「ううむ・・・・・・!駄目だ、分からん・・・・・!」
「失礼な!アルデバラン、君まで何だ!!」
「いや違うんだ!誓って悪気はないんだが本気で分からんのだ!よく考えてみたら、俺はあんまりお前の事をよく知らんのだこれが!」
「尚更失礼だ!!弁解にも何もなっていないではないか!」
本気で悩むアルデバランに、アフロディーテが憤慨して噛みついておった。
その横では、カミュがサガを相手に淡々と話しておった。
「サガの長所・・・・・・、ふむ、そうだな。まずは聖闘士88の中でも群を抜くその強さ、明晰な頭脳、優れた統率力、そして優しさ・・・・・、というところだろうか。」
「カミュ・・・・・、こんな私の事を、そんなにまで評価してくれていたとは・・・・・」
サガはカミュの言葉に感極まった様子で言葉を詰まらせたが、カミュの話はそこで終わりではなかった。
「ただ、貴方の場合はそれらが突然最悪の方向を向く場合があるので、決して油断ならない。
なので、純粋に長所だと評価出来ないのが悩みどころなのだが。」
「うっ・・・・・・」
淡々とした口調で痛いところとズバリと指摘されて、サガは今度は別の意味で言葉を詰まらせておった。
やれやれと全体に目を向けてみれば、やんややんやと騒ぐ黄金聖闘士達との姿があった。
『素直に』長所を認め合う会じゃと言うとるのに、三つ巴・四つ巴になって互いに誰かを褒めたり貶したり。
全く、へそ曲りな連中じゃよ。
じゃが儂は、実のところ、こ奴等のこういう姿を見るのは決して嫌いではないのじゃ。
元気盛りの小童の喧嘩を見とるようで、何だか微笑ましくてのう。
まあ、騒動は程々に、これからも仲良うやっていくのじゃぞ。
記述者:天秤座童虎
〜読後コメント〜
・ほんと、皆素直じゃないわよね(笑)。ムウとか、珍しく結構絡んでたよね?()
・↑いやあれは・・・・・、いえ、何でもありません。ノーコメントという事で。(ムウ)
・↑何だ何だ、カミュじゃあるまいし、ものははっきり言え(笑)!(アルデバラン)
・思い出すと地味に落ち込む。本当に長所がないのは、実は蟹ではなく私ではなかろうか・・・。(サガ)
・↑俺の上で鬱々するな、鬱陶しい!というか今更気付いたのか?
貴様には元から長所などなかったから、今更落ち込む事はないぞ、元気出せ(笑)。(カノン)
・↑サガのコメントが地味にムカつくんだけど。俺様にはちゃんとあるっつーの!(デスマスク)
・確かに皆屈折している。老師の案は素晴らしかったのに、何故オチがああなるんだ?(アイオリア)
・↑全くだ。この私を称える言葉が、何故皆容易く出て来ない?
世の中にこんなに簡単な事もなかろうに。(シャカ)
・↑だからお前のそういう所がだなぁ!ほんっっとその性格何とかした方が良いぞ。(ミロ)
・老師、メンチって・・・・。貴方がそんな言葉を使われるとは意外です。
しかし、貴方のお気持ちには感謝しております。(シュラ)
・↑2点とも同感だ。(カミュ)
・全く、失礼な話だ。この私の美点が分からぬとは。
アルデバランとは、今度サシで話をつける必要があるな。(アフロディーテ)