このキャンプの根底には、やはり無視出来ない大きな問題があった。
そう、『何もかもがショボい』という大きな大きな問題が。
あのショボさは、一歩間違えれば最初から最後まで盛り下がりっぱなしになってもおかしくないレベルだった。
それをどうにかバカ騒ぎだけで凌いできたようなものだ。ある種の奇跡だったと言っても過言ではないだろう。
だが、奇跡はそうそう連続して起こりはしないのだ・・・・・。
○月×日 PM21:00
悪趣味極まりない肝試しが終わったかと思えば、息つく暇もなく次のイベントが始まった。
「次は花火をするぞ。」
我が愚兄・サガは、満足げな笑顔で早速仕切り始めた。
「に色々と話を聞いて、この私が自ら日本に出向いて求めて来たのだ。実に珍しい花火だぞ。」
「ほう。」
相槌こそ適当だったものの、俺は内心、少し期待していた。
日本といえば、花火大国。
その道何十年という職人達の匠の手によって作られる花火は、正しく夏の夜に咲く大輪の華だというではないか。
一体どれ程のものか、かねがね一度見てみたいと思っていたのだ。
ところが。
「さあ、始めよう。」
と言って手渡されたソレは、どう見ても大輪の華が咲きそうな代物には見えなかった。
「・・・・・・何だこれは?」
俺に手渡されたものは、どこをどう見てもヒョロヒョロと細く頼りない紙のこよりにしか見えなかった。
一瞬、またこいつの弟いじめが始まったかと思ったが、しかしどうもそうではないようだった。
「始めよう、って・・・・」
「こ、これをか?」
「これが花火なのか?」
アイオリアも、シュラも、カミュも、皆。
俺と同じこよりを手に、怪訝な顔で首を傾げていた。
すると、がクスクスと可笑しそうに笑いながら言った。
「それはねぇ、線香花火っていうの。日本じゃメジャーな花火なのよ。」
「この貧相なこよりがか。」
俺は冷めたリアクションを返した。
どう贔屓目に見たって、これで盛り上がれるとは思わなかったからな。
するとは、どうにか俺のテンションを上げようと必死になり始めた。
「確かに、派手な華やかさはないんだけどね。でもしみじみしてて、風情があって、素敵なのよ。
それをね、今回、皆に体験して貰いたくて。」
「ほーう。」
「みっ、見た目は地味だけど、こう見えて日本では重要度の高い花火なのよ?花火やる時の締めには欠かせないんだから!」
「最初から締めに手を出してどうするんだ。」
「うっ・・・・・・」
「尤もらしい理屈を捏ねているが、本当のところは派手な花火を買う金がなかった、ってだけじゃないのか?」
「うぅっ・・・・!」
しかしまあ、あまり言ってやるのも気の毒というものだった。
どうせ元がしみったれたキャンプなのだ。
それに、予算がないのは、別にのせいではないしな。
「・・・・・まあ良い。今回はこれで我慢してやる。」
心優しい俺はそう考えて、ここはひとまずの顔を立ててやる事にした。
しみじみとした風情のある、素敵な花火。
さてどんなものかと思って試しにひとつ、点火してみたら。
ジジ、パチパチッ、・・・・ポトッ。
だと。
微かな火花を散らし始めたかと思った途端に火種が落下して、一瞬で終わってしまったのだ。
あまりの早さに、あの時、俺達の目は点になっていた。
「・・・・おい。風情も何も、感じる暇がなかったのだがこれは一体どういう事だ。」
最早花火ですらない、只のこよりの燃えカスを持ったまま、俺はに尋ねた。
するとは、クスクスと苦笑いを始めた。
「駄目よカノン。ブラブラさせて持ってちゃ。線香花火の火種は落ち易いから、手が揺れないように気をつけて持ってね。」
「・・・・・なるほど。」
地味な癖に面倒臭い花火だなと、俺は少しうんざりしながら、次の花火に火を点けた。
すると、他の連中も動き始めた。
「では、私達もやりましょうか。」
「俺はこういうチマチマしたのは、どうも苦手だ・・・・!」
「いや、幾ら何でも地味すぎるだろう!?」
「つーか盛り上がらねぇー!」
ムウはにこやかだったが、アルデバランは困った顔で頭を掻いていたし、ミロやデスマスクに至っては心底ガッカリしていた。
しかし、誰もやらんとは言わなかった。
盛り上がらんのは一目瞭然なのだが、しかし実際、花火はこれ1種類しかないし、幾ら地味でも何もしないよりは幾らかマシだと思ったのだろう。
という事で、俺達は全員で地べたにしゃがみ込み、線香花火をし始めた。
ところが、この花火の盛り上がらない事といったら、半端じゃなかった。
『・・・・・・・・・』
誰も彼も無言で微動だにせず、ただじっと火種を見つめているだけで、盛り上がらん事甚だしい。
こんなにつまらん花火は初めてだった。
こんなにつまらんのなら、いっそさっさと終わってくれと思いながら、俺はぼんやりと視線を宙に彷徨わせていた。
すると、ふとの姿が目に入った。
俺の隣にしゃがみ込んで、じっと花火を見つめているの姿が。
は少し、トロンとした表情をしていた。
多分、眠かったのだろうと思う。
朝早くから動きづめだったから、無理もない事だった。
俺達の為に、俺達を喜ばせようと、1日動き回っていたのだから。
「・・・・・・・」
俺は日頃、世界の平和を守る為、人々の笑顔の為に、聖闘士の任務に勤しんでいる訳なのだが、
俺の笑顔の為に何かをしてくれるのは、よくよく考えてみればこいつ位だなと、ふとそう思ったら、
に対して如何ともし難い感情が湧いて来た。
確かに、何もかもがしみったれたショボいキャンプだったが、
俺の為に一生懸命準備していたの姿を想像すると、いじらしいというか、胸が締め付けられるというか。
団子みたいに結んでいるの髪をグシャグシャにかき乱して、ついでに自身もクシャクシャに丸めて食ってやりたいような、そんな衝動に駆られたのだ。
だが、幾ら何でもいきなり頭から齧りつく訳にはいかないから、俺はその気持ちを視線に託して、の顔をじっと見つめた。
すると、も俺の視線に気付き、俺の方を見た。
「・・・・・」
この時のは、いつになく儚げに見えた。
音もなく流れて消えてゆく線香花火の火花のような。
の黒い瞳に、そんな奥ゆかしいしとやかさを感じた。
・・・・・ように思えたんだ、一瞬。
「・・・・ハッ、なっ、何っ!?」
突如覚醒したは、俺の熱い眼差しをどう曲解したのか、一人でテンパり始めた。
「もしかして怒ってる!?盛り下がっちゃった!?」
「いや・・・」
「あっ、そうだ思い出した!そういえば良いものがあったんだ!ちょっと待っててね!」
かと思うと、俺に口を挟む暇も与えず、キャンプ物資の入った段ボール箱を目指してすっ飛んでいった。
「これこれ!サガがおまけで貰って来てくれた花火が、もう1つあったんだよね〜!」
が持って来た花火は、真っ黒な小石みたいなものだった。
「見ててね、面白いから!」
そう言って、はその花火に火を点けた。
すると、はじめ黒い小石のようだったそれが、みるみる内にニョキニョキと伸び始めた。
「ほらっ、ヘビ花火〜♪面白いでしょ〜!」
は一人でキャッキャと楽しそうにしていたが、俺達は全員、その感性についていけなかった。
特に俺は。
俺は最早、面白おかしさを求めていたのではなかったのだ。
ショボいならショボいで良い。派手な盛り上がりなどもう要らん。
それよりももっとこう、しっとりと雰囲気のある展開を望んでいたのだ。
それがどうだ。
この女ときたら、俺の熱視線をあさっての方向に捉えた挙句、ウ○○みたいな物体を繰り出してきて、『面白いでしょ〜!』だと。
「・・・・ったく、この素っ頓狂が!お前はもう少し空気を読め!」
「えっ!?な、何で!?」
俺が怒鳴ると、は予想だにしなかったという顔をした。
何で怒られたか、素で分かっていないようだったから、尚の事始末に負えなかった。
全く、ここぞという所で男心を挫けさせやがって。
「大体な、『盛り下がった?』とか今更訊くな!
元から盛り下がってるんだ、元から!!」
俺は怒鳴りながら、にはその辺りについてのレクチャーが必要だなと考えていた。
今度徹底的に教育してやろうと思う。
覚悟してろよ、。
そうだ、最後にもうひとつ、ネタがあった。
そんなワケの分からん花火大会を終えた頃には、流石にまた腹が減っていたのだが、
俺達に与えられた夕飯はクラッカーのみだった。
理由は書くまでもないから省略する。
アホ幹事二人に告ぐ。
今度やる時は、せめて3度の食事ぐらいまともに用意しとけ。
記述者:双子座カノン
〜読後コメント〜
・ちょっと、教育って何よ!?何する気!?そりゃ、夕食の件は悪かったと思ってるけど・・・・。
でも予算不足だったから仕方なかったのよ!その代わり、BBQは豪華だったでしょ!?()
・まあ、確かにその・・・、こじんまりとしていましたけどね、全体的に。
ですが、線香花火は良かったじゃないですか。あの静けさに何とも趣があって。
落ち着きのない無粋な人には、面白くなかったかも知れませんけどね。(ムウ)
・花火はまああれはあれで良かったが、夕飯がクラッカーオンリーなのは俺も密かに堪えた・・・・。
空きっ腹を黙らせて寝るのに一苦労したぞ。(アルデバラン)
・やはり予想通り、上から目線の文句日記か。貴様の苦情など右から左に聞き流してくれるわ。
釘を刺しておくが、はお前一人の為に頑張った訳ではないぞ。
私達全員の為にやってくれたんだ。 それも、私の頼みで動いてくれたんだ。
聖闘士の任務に勤しんでいるのも皆一緒だ。自惚れも度が過ぎるぞ。都合の良い解釈をして
に妙な真似をすると只ではおかんから、貴様こそ覚悟しておくのだな。(サガ)
・確かにには少々色気が足りねぇよな。教育っつーか調教が必要だ。
やる時は俺も呼んでくれや、ククク・・・・。(デスマスク)
・↑おい・・・・・!お前が言うと冗談に聞こえんのだ!(アイオリア)
・線香花火は何とも風情があって素晴らしかった。だが、ヘビ花火の品の無さには閉口させられた。
男心云々は置いておくとしても、女性としてあれを面白がるのは如何なものかと思われる。(シャカ)
・しかし不思議じゃのう。ヘビ花火なのに、何故、糞にしか見えんのか・・・・・。(童虎)
・↑老師!伏字!!忘れてますよ!!これ記録に残しておくものなんですから!
クソとか書いたら、我々黄金聖闘士の品格を疑われるじゃありませんか!(ミロ)
・↑お前も伏字にするの忘れてるぞ・・・・・。(シュラ)
・↑伏字にしてもどのみち一緒だと思うがな。黄金聖闘士の品格を落としたくないのなら、
線香花火が美しかった、それだけで終わっておいた方が良いと思う。(カミュ)
・↑同感だ。しかし、カノンの言う大問題、『何もかもがショボい』というのもまた事実だった。
次回こそは、南仏での優雅なバカンスに招待される事を期待している。(アフロディーテ)