良い機会だから、一言言わせて貰いたいのだが、
・・・・・いや、もう良い。済んだ事だ。
元々揉め事は好まない性質であるし、済んだ事となれば尚更だ。
今更蒸し返してどうこうする気はない。
しかし・・・・・・・、いや、やはりこれだけは言わせて貰おう。
確かに加減を間違えた私にも非はあるが、事ある毎に私の凍気を便利に使おうとするのはお前達だ。
○月×日 PM16:00
かくれんぼをしていた筈が、いつの間にか戦争みたいになってしまっていたが、それもどうにか終結し、私達は思い思いに休んでいた。
しかし、予定はこれで全て終了、という訳ではなかった。
幹事のサガとは、私達が退屈しないように、楽しめるようにと、色々なレクリエーションを企画していたのだ。
そして、次の予定はスイカ割りだった。
ここで時間を少し遡ろう。
各自、キャンプの準備を割り当てられた時、私に課せられた任務は当然の如く、『冷凍(冷蔵)係』だった。
私は氷の棺ならぬ氷のクーラーボックスを作り、ビール、肉、その他あらゆる要・冷凍/冷蔵のものを片っ端から冷やした。
そうして、炎天下の野外にも関わらず食材の鮮度を保ち、我々全員を食中毒の危険から守っていたのだが、
私のクーラーボックスを必要としない、むしろ入れては駄目だというものが一つだけあった。
それがスイカだった。
「あっ、カミュ。それは良いから。」
スイカをクーラーボックスに放り込もうとした時、に止められた。
何故だと訊くと、はこう答えた。
「スイカはあんまり冷やしすぎない方が良いのよ。だから、これはこうして冷やしておこうと思って。」
「なるほど、そういうものか。」
そうしては、水を張ったバケツにゴロンとスイカを放り込んだ。
それからBBQをしたり、命懸けのかくれんぼに興じたりしていた訳なのだが。
話を戻そう。
暫しの休息を終えて、いよいよスイカ割りが始まりそうな雰囲気になってきた。
誰かが、『よっしゃ、スイカ持って来い、スイカ!』などと叫んでいた。
あれは誰だったか・・・・・、確かデスマスクだったと思う。
その時、一番スイカの近くに居たのが私だったので、私がスイカを持って行こうとした。
しかし、そのスイカが全く冷えていなかったのだ。
「む・・・・・・・」
冷たかった筈のバケツの水は湯と化しており、中のスイカも常温そのまま、むしろ温まっているのではないかと思う位で、私は首を捻った。
冷水に浸けていた筈のスイカが、何故こんな状態なのかと。
答えはすぐに分かった。
バケツの置いてあった辺りに、西日が情け容赦なく当たっていたのだ。
冷やし始めた時点では日陰だったのだが、時間が経つにつれて日なたになってしまっていったようだった。
つまり置き場所を誤った、というのが原因だったのだが、ともかく、このスイカをどうにかせねばならなかった。
しかし、そうは言ってもどうにかするのは、結局私なのだ。
いや、どうにかさせられるのは、と言った方が正しいか。
このままスイカを持って行っても、冷えていないと分かった時点で私の手元に戻されるのは火を見るより明らかだったので、私は己の凍気で手早くスイカを冷やして持って行った。
「よし、スイカが来たな。カミュ、そこ置いてくれ。」
「分かった。」
私はサガに指示された場所に、スイカを据え置いた。
「私達が先にやってしまったら、即割れて即終了でつまらないからな。レディファーストでいこう。1番手は、頼んだぞ。」
「はーい!」
1番手になったは、タオルで目隠しをされ、その場を回らされた。
「ほら、もっと回れ。」
「ちょ、ちょっと!誰っ!?回しすぎ、回しすぎだってばー!!」
カノンがふざけての肩を掴み、グルグルと回した。
そのせいでフラフラになったは、ヨタヨタとよろけながら歩き出した。
「う、うぅ、回ってて分かんない・・・・!ねぇ、こっちで合ってる!?」
「右だ!もっと右!」
「こ、こう!?」
「ホッホ、行き過ぎじゃ行き過ぎ!」
「えぇー!?」
シュラや老師の助言を頼りに、は進んでいった。
そして。
「この辺かな・・・・?よ、よーし、そりゃあーー!!」
と、スイカを僅かに掠めて地面の上に棒を振り下ろした。
目隠しを取ってそれを見たは、地団駄を踏んで悔しがった。
「あぁー!惜しいっ!」
「ちっとも惜しくねぇよ!掠ったか掠ってねぇか程度で、割れる訳ねぇだろ!ヘッタクソだなぁオイ!」
「何よー!?」
は、馬鹿にしたように笑うデスマスクに憤慨し、目隠しのタオルと棒をデスマスクに突き出した。
「そんなに言うなら、デスが見本見せてよ!」
「おう、良いぜ!」
デスマスクは自信満々でそれらを受け取り、自ら準備を整えた。
「へっ、見てろよ。スイカ割りってのはこうやるんだ!」
流石は腐っても黄金聖闘士。
目隠しとその場で回転ぐらいでは、些かもバランスを崩さなかった。
デスマスクはまるで普通に見えているかのようにスタスタとスイカ目掛けて一直線に歩いていき、
「うおりゃあああ!!!」
と、スイカの真上に勢い良く棒を振り下ろした。
これにてスイカ割り終了、後は割れたのを食べるのみだ。
余りにも呆気なく終わったので、私達のテンションは若干下がったのだが。
「・・・・・ん?あ、あれ・・・・・・?」
スイカは割れていなかった。
目隠しを毟り取ったデスマスクが不思議そうに首を傾げるのを見て、私達は盛大に笑った。
「ほほう、実に良い手本ではないかね。これ以上ない失敗の手本だ。」
「ほーら、デスだって割れないじゃない!私の事笑えないわね!」
「全くですね。デスマスク、貴方、そういう自信過剰な所直した方が良いと思いますよ。」
シャカの、の、そしてムウの言う通りだ。
デスマスクは実力の割に少々自分を過大評価し過ぎだと、私も常々思っていた。
決して卑屈になれとは言わないが、もう少し謙虚さを身につけた方が、掘る墓穴も少なくて済むと思うぞ。
「うっせー!!そんじゃムウ、次はテメェがやってみろよ!!」
バツが悪いのか、デスマスクは大声で怒鳴り散らしながら、ムウに目隠しと棒を押し付けた。
「・・・・仕方ありませんね・・・・・・。」
ムウは準備を終えると、これまたしっかりとした足取りで迷う事なくスイカに向かっていった。
そしてスイカの真上に、透視しているんじゃないかと思う位正確な位置に、棒を振り下ろした。
「・・・・・・・・・・おや?」
しかし、依然、スイカは割れなかった。
「おいおいおいおいムウ様よー!!!どうなってんだよコラァ!?」
それを見たデスマスクは、大喜びでムウに絡んでいった。
「どうもこうも見たままですよ。こんな事でそんな鬼の首でも取ったみたいに。貴方確か、私より年上でしたよね?」
「ああそうだよ!分かったら年上に上から目線でもの言うんじゃねぇぞコルァ!」
「貴方本当、どこのチンピラですか。」
ムウはそれを涼しくかわしていたが、内心では動揺していたと思う。
ムウは確かにパワーファイターではないが、石を砕くという通過儀礼をはじめ、
過酷な修行を積みに積んでようやくなれる聖闘士、更にその最高峰である黄金聖闘士にまで上りつめた男だ。
腕力も決して弱くない。
一般人でも割れるスイカがムウに割れないなどという事は、万に一つもない筈なのだ。
恐らく、ムウ自身もそう思っていただろう。
「次はアルデバラン、どうですか?」
ムウは穏やかな微笑を浮かべて、さり気なくアルデバランにバトンタッチした。
石を砕くという通過儀礼をはじめ(以下略)、黄金聖闘士の中でも1・2を争う腕力を誇るアルデバランに。
「よしきた!」
アルデバランは嬉々として準備をし、後はデスマスクやムウと同様の流れでスイカを叩いた。
それは正に、会心の一撃と言えるような、見事かつ豪快な一撃だった。
しかし、それでもスイカは割れなかった。
アルデバランが失敗に終わった事で、いよいよ皆が不審に思い始めたようだった。
「おかしいな・・・・・、ちょっと貸してくれ。」
アイオリアがタオルと棒を受け取って、『目隠し有り・回転無し』の状態で試してみたが、スイカ割れず。
「どれ、ちょっと貸してみろ!」
今度はミロが棒だけを奪って、『目隠し無し・回転無し』の状態でやってみたが、やはりスイカ割れず。
「仕方ないな、俺が本気を出してやろう。」
最後はカノンが『目隠し無し・回転無し』の状態で思いきりフルスイングしたが、割れたのはスイカではなく棒の方だった。
「貴様の本気とやらはこの程度か。恥を知れ、恥を。」
「そうじゃない!!!」
冷ややかな目をするサガに、カノンは猛然と反論した。
「俺達が代わる代わるタコ殴りにして、それでも無事なこのスイカの方がおかしいんだ!!」
「うむ・・・・・、確かにカノンの言う通りだ。」
「普通なら、割れるどころかとうの昔に粉砕されている筈だな・・・・・・」
アフロディーテとシュラがカノンに同調し、スイカを調べてみろと言い始めた。
「一体どうなっているんだ、このスイカは!?」
カノンはスイカの状態を確かめようと触れて、『冷たっ!!!!』と叫んで手を引っ込めた。
「何だこのスイカは・・・・・!?尋常じゃない冷たさだぞ!!」
カノンがそう言うと、他の連中もこぞってスイカを触りに来た。
「えぇ、何これ・・・・!?氷みたいに冷たいじゃない・・・・・!何でこんなになってるの!?」
「いや、これは『氷みたい』などという次元ではないのう。まるで永久氷壁のようじゃ・・・・」
と老師のこの一言。
この一言が、一同の視線を一斉に私一人へと向けさせた。
「・・・・・・な、何だ・・・・・?」
女神に誓って言っておく。
割れないスイカを不審に思っていたのは、私とて同じだった。
私は全く気付いていなかったのだ。
「おいカミュ、確かこのスイカ、テメェが持って来たよなぁ?」
「あ、ああ、そうだが・・・・・」
「何か小細工かましやがったな?」
デスマスクに詰め寄られて、私は些か憤慨した。
小細工など、本当に何もしていなかったからだ。
そう、『小細工』と自分で認識するような事は何も。
「そんな事はしていない。ただ、スイカが全く冷えていなかったから、私の凍気で少し冷やしただけだ。」
『それだ!!!!』
一同は声を揃えてそう叫び、口々に言いたい事を言い始めた。
「お前、わざとだな!何のつもりだ!?」
「違うんだ、ミロ!本当に・・・・・!」
「そうよミロ。そんなに怒らなくても・・・・。すぐ割れちゃつまんないから、ちょっと小細工しただけしょう?ね、カミュ?」
「、庇ってくれるのは有り難いが本当に違うんだ・・・・!」
「ふむ。我々は普通のスイカと思って普通に叩く。しかし、君の凍気で凍らされたスイカは割れない。
君はその様を眺めて一人ほくそ笑むつもりだった・・・・・、つまりこういう事かね?」
「・・・・・シャカ、お前の中で私はどれだけ根性の悪い男なんだ・・・・・?」
私は必死で無実を訴えた。
「本当に違うんだ!スイカが全く冷えていなかったから、私の凍気で少し冷やしただけ、ただそれだけだ!」
「それにしても冷やしすぎ、というか、永久氷壁並に凍らせてどうするんだ。わざとじゃないにしても、自分で気付かなかったか?」
そう、アイオリアの言う通り、私は気付いていなかったのだ。
「いや、全く・・・・・。皆がスイカ割りスイカ割りと騒ぎ始めたから、早く持って行ってやろうと思ってサッと
冷やしたものだから・・・・・。多分、急いでいたせいで加減を間違えたのだと思う。断じてわざとでは・・・」
私は真実のみを語っていた。
それなのに。
「訊くだけ無駄だアイオリア。カミュはシベリアでノースリーブで暮らせる男なんだぞ?
冷たさには免疫があるどころか無感覚なんだ。」
「何にしても余計な世話だったな。スイカは冷やしすぎるものではないのだ。この事、よく覚えておくが良い。
全く・・・、事前に一言、私にでも訊いてくれれば良かったのに。」
「君はシベリアでノースリーブでも平気なクチかも知れんが、私は防寒着が必要なタイプだ。
皆が皆、君のように異常な温度感覚の持ち主ではないのだから、その点を考慮して欲しかったものだ。」
ミロやサガやアフロディーテにこう畳み掛けられて、私は言葉を失った。
頭の中には、色々言いたい事が浮かんでいたのだ。
別に無感覚という訳ではない、とか、
スイカは冷やしすぎてはいけないというのも知っていた、とか、
だけど冷えてなければないで、誰か彼かが文句を言って私の所に『冷やせ』と持って来ただろう、とか、
だからそれを見越してやったんだ、とか、
何かにつけていつも私を冷却係に使うのはお前達だろう、とか、
私だって人間なのだから加減を間違う事もある、とか、
それを偶々失敗しただけで『余計な世話』とはあんまりじゃないか、とか、
その上、異常呼ばわりとはどういう了見だ、とか、
・・・・まあ、平たく言えば、『ふざけるな』という思いが私の胸の中に渦巻いていたのだが。
「・・・・・・悪かった。」
何故か謝ってしまったのだ、私はここで。
別に私が謝る必要はなかった筈なのにな。
余りにも言いたい事が多すぎると、言葉というのは却って出て来ないものなのだな。
「・・・・まあ、凍ってしまったものは仕方がないだろう。問題は、コレをどうするかだ。」
カノンが指差した先には、真夏の西日に曝されていても一向に溶ける気配のないスイカだった。
相談の結果、普通に割れる状態に戻るまで待っていたらどれだけ時間が掛かるか分からないし、
かといって誰かの必殺技で見境なく粉砕してしまってはスイカが勿体無いし、
もうスイカ割りも十分堪能したし、という事で、老師のライブラの剣で切り分けて何とか食べた。
以上。
記述者:水瓶座カミュ
〜読後コメント〜
・ああぁごめんカミュ!!元はと言えば私のミスでした〜(汗)!!()
・確かに、蟹はもう少し謙虚さを身につけた方が良いですね。全く同感です。(ムウ)
・割れなかったあの瞬間はショックだったな。牡牛座の黄金聖衣を返上せねばならんかと
本気で思ったぞ。(アルデバラン)
・↑これ位の謙虚さが、口だけ男の我が弟にも欲しいところだ。日々の鍛錬を怠るなよ、カノン。(サガ)
・↑分かった。鍛錬を積んで、次はお前の頭をかち割ってやる。(カノン)
・つーかお前、何気に俺の事メタクソにこき下ろしてねぇ?それこそ余計な世話だっつーの!(デスマスク)
・しかし、流石はライブラの剣。見事綺麗に切れたな。老師、改めて有難うございました。(アイオリア)
・あのような馬鹿げた事に神聖な武器をお貸し下さるとは、老師のお心の広さには敬服致します。(シャカ)
・まさかライブラの武器でスイカを切り分ける日が来ようとはの。ま、偶にはこんな馬鹿馬鹿しい・・・いや、
のどかな理由で使うのもええじゃろう、ホッホ。世も平和になったものじゃ。結構、結構!(童虎)
・何とか食べたじゃなくて、何とか『食べられた』だろう!食べるのにまた凄い苦労しただろうが!(ミロ)
・カチコチに凍っていて、文字通り歯が立たなかったしな。舐めても舐めても溶けやしないし。(シュラ)
・そう。それで仕方がないから、BBQのコンロで焼いて食べたじゃないか。
まあ、物珍しくはあったが、『スイカを食べた』という気分じゃなかったな。(アフロディーテ)