聖域回想録 第5章

〜 冤罪のかくれんぼ 〜




ワケの分からん事でヘソを曲げたシャカと不意打ちの天魔降伏には参ったが、
そんなこんなでまあ何とか昼食は終わった。
その後、腹ごなしも兼ねて少し遊ぼうという話になったのだが、
ここでもまた酷い目に遭うとはな・・・・・。





○月×日 PM15:00


一口に遊びといっても、色々ある。
しかし、実際に出来る事となると、これが意外に少なかった。
俺達ととの身体能力の差が、余りにも開きすぎているからだ。
サッカーやバレーボール、ドッジボールなどは、まず無理。
俺達の走るスピードにはついて来られないし、万が一にも俺達が力一杯蹴ったり投げたりしたボールがに当たってしまったら、一体どんな事になるか。考えただけで恐ろしい。
バドミントンやフリスビーもそうだ。
どれだけ気をつけるよう心掛けてはいても、つい白熱してしまう事がないとも言い切れない。
そうなってしまったら、ボールは砲弾、バドミントンのシャトルは弾丸、フリスビーはギロチンブーメランと化すだろう。
そんな危ない事は最初からしないに限るし、大体、道具の命ももたない。
といって、海に泳ぎにでも行ってしまったら、そもそもここでキャンプをする意味が全く無くなってしまうので、そういうのも却下。

そこで考えた末に出した結論が、かくれんぼだった。
かくれんぼならば道具も使わないし、うまく隠れれば良いだけだから、走る速さもあまり関係ない。
人数が多くても、いやむしろ多い方が盛り上がる遊びでもあるしという事で、皆、それなりに乗り気で賛成した。






最初の鬼は、幹事であるサガが買って出た。
公平を期して、隠れ場所は森の中だけに限定された。
範囲なしになってしまったら、それこそジャミールだの異次元だの天界だのに隠れる奴が続出し、と俺達との力の差が出てつまらなくなるからな。


「では早速始めるぞー!30秒数えたら、捜し始めるからなー!」

サガのカウントが木霊する中、俺達はそれぞれ、森の中に散って行った。
ある者は高い木の上に身を隠し、ある者は茂みの中に身を潜め、またある者は岩陰に身を滑らせて。


「・・・・・30!さあ、行くぞ!!」

やがて、サガの勇ましい声が上がった。
どうでも良いが、カウントの後は『もういいかい?』ではなかっただろうか?
確か、『もういいかい?』『まーだだよ』とか、『もういいかい?』『もう良いよ』とかいうやり取りがあったと思うのだが、サガはそんな事はすっ飛ばして、問答無用に俺達を捜し始めたようだった。
俺はその時、こんもりと茂る背の高い草の陰に隠れており、サガが土を踏みしめて歩く微かな音を、息を潜めて聞いていた。
とその時、ふと誰かに見られているような感じがして、俺はそっと辺りを見回してみた。
すると、近くの木の陰から、がニコニコと手を振るのが見えたので、俺も笑顔で手を振り返した。
ここまではのどかだったんだ、ここまでは。






そののどかな雰囲気が壊れたのは、暫くしての事だった。
俺のすぐ側を歩いていたサガが、不意に足を止めた。


「・・・・そこか!!

見つかってしまったかと思わずビクついてしまったが、サガが見つけたのは別の誰かのようだった。
サガは俺の隠れている茂みを素通りすると、近くの木の上に飛んだ。


「わっ・・・、ぴ、ピラニアンローズ!!
「ぐわぁっ・・・・・!」

どうやら木の上に居たのは、アフロディーテらしかった。
アフロディーテの焦ったような声とサガの短い悲鳴が聞こえた瞬間、木の上から黒薔薇まみれになったサガが降って来た。


「す、済まないサガ!大丈夫か!?」
「う、うぅ・・・・・・」
「いきなり目の前に現れるからつい驚いて・・・・!わざとじゃないんだ!」

アフロディーテは、木の上から必死に詫びたり弁解したりしていたが、ピラニアンローズで切り刻まれた挙句、思いきり地面に叩き付けられたサガは、というと。


お〜の〜れ〜・・・・・・・

早くもブチ切れたようだった。


「よくもやってくれたな、アフロディーテ・・・・・・」

ゆらりと立ち上がるサガは、鬼の気迫に満ちていた。
第三者から見れば、逆らわない方が良い状態だった。
それなのにアフロディーテは、怖気付いてそのまま逃げてしまったのだ。
恐ろしいと思うなら尚の事、大人しくしていた方が被害を最小限に止められたのに。


待て、アフロディーテ!!逃がさんぞーーッ!!
だから、わざとじゃないと言っているだろうーッ!?

サガは目を吊り上げて、逃げていくアフロディーテを追い回し始めた。
俺は何だか嫌な予感がして、の所に駆け寄った。


「マズいな、妙な雲行きにならなければ良いが・・・・・。」
「そうね・・・・・・。」
「とにかく、一人で居ては危ない。俺と一緒に行こう。」
「うん、ありがと・・・・・!」

俺はの手を引いて、より良い隠れ場所を求めて移動を始めた。
そうこうしている間にも、騒ぎはどんどん大きくなりつつあった。


「何処だアフロディーテーーッ!!」
うわっ、サガ!?
「何だミロか!まあ良い、お前も捕まえ・・」
リストリクション!!!
「うっ・・・・!」

アフロディーテを捜してそこら中を蹴散らして回っていたサガが、偶然ミロを見つけたらしかったが、リストリクションを喰らわされて逃げられたようだった。
足止めを食らったのはほんの僅かな時間だったが、サガの怒りはその短時間で益々激しく燃え盛ってしまったようだった。


待てーっ、ミローッ!!貴様もかーーっ!!!
「これは防御だ、防御!!これ位でそんなに怒らなくても良いだろう!?」
「やかましい!!見つかったのだから観念して捕まれーーーッ!!!」
「俺はまだ捕まってないぞ!!タッチされるまでは、捕まった事にはならないんだからな!」
「屁理屈こねるな、そこに直れーー!!」

どうやらミロも、アフロディーテとサガの一戦(?)を見ていたらしかった。
それをどう曲解したのか、奴はスタコラと逃げていった。
当然、サガが黙ってそれを見逃す筈もなく、サガはますます血眼になって追い回し始めた。


「あぁぁ、ますます雲行きが怪しくなってきちゃった・・・・!どうしよう・・・・!?」
「とにかく、は俺の側から離れるな・・・・!」

不安がるを庇いつつ、俺は比較的安全そうな隠れ場所を捜して移動を続けた。
しかし残念な事に、雲行きはその間にどんどん怪しくなっていった。


「クリスタルウォール!」
「くっ・・・・、お前まで卑怯だぞ、ムウ!今すぐこのバリアーを消せ!!」
「えっ、防御は有りなのではないのですか?
誰がそんなルールを許可したーっ!?
「違いましたか?それは失敬。次からは気をつけます。では。」
「『では』って何だおい!?」
「いえ、折角のチャンスですから、ここは逃げた方が得かな、と。」
ちょっと待て、逃げるなーッ!!

とか、


「見つけた!今、確かに見えたぞ!そこに隠れているのはシュラだろう!?」
「・・・・・・・」
「出て来い!!出て来ぬなら、引きずり出すぞ!!」
「っ・・・・・・、え、エクスカリバー!!
「うぅっ・・・・・!」
済まん、サガ!許せ!!

など、あちこちで誰か彼かの必殺技が次々と炸裂し始めたのだ。
といっても、サガを直接的に攻撃している訳ではないようだった。
あくまでもサガの追跡から逃れる為に、防御壁を張ったり手近な木や岩を切り崩してバリケードを作るのに技を放っていた。
それだけ、追われる者も必死だったという事だ。
オニの鬼の如き形相が、余りにも恐ろしかったからな。
今捕まれば、間違いなく他の連中への見せしめにされるだろう。
そんな命の危機を、他の連中も感じていたに違いない。
少なくとも、俺は感じていた。






「こっちだ、・・・・・!」
「うん・・・・・・・!」

俺はの手を取って、森の中を逃げ惑った。
少しでもサガから距離を取ろうと、必死に隠れた。
かくれんぼとは、こんなに命懸けで必死にやらねばならん遊びだっただろうか。
そんな一抹の疑念はあったが、それよりも、まるで戦場のようなこの空気の中で、己自身との命を守り抜かねばならんという使命感の方が強かったのだ。
俺は状況を見ながら隠れ場所を転々とし、慎重かつ確実にサガから離れていった。
そしてようやく、人の気配のない所に辿り着いた。


「はぁっ、はぁっ・・・・・!こ、ここまで来ればもう大丈夫だろう・・・・!」
「そ、そうね・・・・・・・!」

茂みの陰に身を隠してから、俺達はようやく人心地がついた。
俺達は地面に尻をついて座り込み、一言も交わさずにゼイゼイハアハアやっていた。
はともかく、俺までもが、だ。
日頃から体力には自信があると自負していたのに、何とも情けない事だが・・・・。


「アイオリア、汗凄いわよ・・・・・!これ使う・・・・・!?」
「ああ、有難う・・・・・・・!」

に差し出されたハンカチを借りて額の汗を拭っていると、ようやく落ち着いてきた。
そこで改めて気配を探ってみたが、やはり人の気配はなかった。
これでひとまず安心だと、俺は胸を撫で下ろした。


「しかし、とんだ騒ぎになったな・・・・・。かくれんぼでもこうなるか・・・・!?
「まさかの誤算だったわね・・・・・・。」
「いや、あれはやっぱりアフロディーテが悪かったんだと思う。あそこで奴が潔く捕まっていれば、こんな展開には・・・・・」

そこで俺は、ハッと気付いた。
肩と肩が触れ合う程、俺達の距離が近すぎた事に。
こんな人目につかない茂みの陰で身を寄せ合っている、そんな状況に今更ながら気付いた俺は、
に不審がられない内にと、さり気なく適度な間合いを取った。
その時だった。
俺達の目の前を、小さな虫がヒュッと横切った。


「ゃっ・・・・・!」

はそれに驚いたようで、小さく悲鳴を上げて、反射的に身体を反らした。
そしてそのままバランスを崩して、後ろにあった木にドシンと背中をぶつけた。


「うっ・・・・・!」
「大丈夫か、・・・・!?」
「うん、大丈夫大丈夫・・・・・。あぁ、吃驚したぁ・・・・!」

木にぶつかった事、それ自体は大した事ではなかった。
一大事が起きたのは、その直後だった。
微かな唸り声のような、不気味な音が聞こえてきたのだ。


「・・・・・あれ?何か、ブーンって聞こえない・・・・?」

そう、はじめはそんな程度だった。
しかしそれは、瞬く間に音量を増し始めた。
そして、それが何かの羽音で、上から聞こえて来るという事に気付いた瞬間。


ひっ・・・・・!

は上を向いたまま、小さな悲鳴を上げた。
の頭上高くから、無数のスズメバチが舞い降りて来たのだ。
どうやらこの木にスズメバチの巣があり、がぶつかった事で、巣の中のハチを刺激してしまったようだった。


、動くなっ・・・・!!」

俺は咄嗟にそう呼びかけた。
そうはいっても恐ろしい状況だ、パニックになって騒ぎ出すかも知れないと思ったが、はビクッと身体を震わせはしたものの、俺の指示通りにしてくれた。


「リ、リア・・・・・・!」
「大丈夫だ、まずは落ち着け・・・・・」

下手に騒いだり動こうものなら、辛うじて保たれているこの一触即発の空気が乱れ、たちまちの内に襲われてしまうだろう。
これだけの数のスズメバチに刺されてしまったら、は勿論、俺とてどうなるか分からない。
俺は背中に冷たい汗が伝うのを感じながら、必死に考えた。


「・・・・・・・、静かに、ゆっくりと、俺の手を掴むんだ・・・・・・」

俺は出来るだけ気配を殺し、緩慢な仕草でに向かって手を伸ばした。
しかしは、涙目で首を振るだけだった。


「う・・・、動けない・・・・・、無理よ・・・・・・・」
「大丈夫だ、、大丈夫だから・・・・・・」

少し手を伸ばせば十分に届く距離にありながら、はなかなか俺の手を掴む事が出来なかった。
スズメバチの大群の恐怖に、すっかり呑まれてしまっていたのだ。
しかし、そうこうしている間にも、スズメバチは続々と数を増し、俺達を目掛けて下降していた。
音も最早『ブーン』という羽音レベルではなく、大音量の不気味なノイズとなって鳴り響いていた。
いつまでも突っ立っていては、ますます危険な状況になる。
とにかく急がねばと、俺はを説得し始めた。


「大丈夫だ、落ち着いて手を取るんだ・・・・。俺の手さえ掴めれば、後は俺が何とか出来るから・・・・・」
ほ、本当・・・・・・!?
「ああ、約束する・・・・・。だから俺を信じて・・・・・、さあ・・・・・・」

は小さく頷くと、恐る恐る俺に向かって手を伸ばし始めた。
途中、ハチの怪音に怯えて何度も手を引っ込めかけたが、それでも何とか指先が触れる位までに伸ばす事が出来た。


「よし、あとちょっと・・・・・・・!」
こ、怖いよ〜・・・・・・!!!

はとうとう堪えきれなくなったのか、ぎゅっと瞑った目から大粒の涙を零した。
その瞬間、俺の手はようやくの手を掴む事が出来た。


「・・・よく頑張った、!もう大丈夫だ!!」
きゃあっ!!

俺はを引き寄せ、そのまま背中に庇った。
そして、空気の変化を敏感に察知して襲い掛かってきたスズメバチの大群に向かって、必殺技を放った。


ライトニングプラズマーッ!!!

無数の軌跡を描く俺の光速拳は、空中を自在に飛び回るスズメバチを1匹残らず捉え、
巣のついた木ごと粉々に打ち砕いていった。


「よし、これでもう大丈夫だ!」
た、助かったぁ・・・・・・・!怖かったぁ〜っ・・・・・!!

思わず手を取り合って無事を喜んだその時、俺達は気付いた。
スズメバチの他にも、ぶちのめしてしまった『何か』があった事に。


「ア〜イ〜オ〜リ〜ア〜・・・・・・・・」

砂塵の向こうでゆらりと立ち上がるソレを見て、俺達は凍りついた。


「「サ、サガ・・・・・!?!?」」
おのれ・・・・・、貴様までもか・・・・・・

そう、そこに居たのは、俺の技の流れ弾ならぬ流れ拳を食らってボロボロになったサガだった。


ち、違うのサガ!!あのね、これは・・・・」
ち、違うんだ、サガ!誤解だ!!

俺とは必死で言い訳を、いや、真実をありのままに説明しようとした。


「まさか貴様まで反則技を仕掛けて来るとはな。しかも、大胆不敵にも直接的な攻撃に出て来るとは・・・・・・」
「た、頼むから聞いてくれ!これには訳があるんだ!」
「言い訳など聞く耳持たぬわ。、どいていろ。」
ねえサガ!お願いだから話を聞いて!
「もう一度言う。危ないから離れていろ・・・・・」

サガは、俺の話に耳を傾けようとはしてくれなかった。
それどころか、ますます小宇宙を高め、明らかに俺一人を見据えてゆっくりと歩み寄って来た。


きっ、聞いてくれ!まずここにだな、木があってだな、そこにスズメバチの巣があって・・・・・!」
「問答無用・・・・・」
ハッ、ハチッ、ハチが出て来たんだ、スズメバチの大群が!俺はそれをだな・・・・!」

しどろもどろで説明する俺に向かって、サガは一歩、また一歩と近付いて来た。
俺の無実を証明する証拠を、目にも留めずに無惨に踏みしめながら。


ほっ、本当に違うんだ!頼むから足元を見てくれ、ほら、スズメバチの死骸が沢山・・・」
問答無用だと言ってるだろうがーーーッ!!!!

そうして無実の俺は、見せしめの刑に処されてしまった。
あんまりな話だ。
流石の俺も頭に来たのだが、その後すぐに誤解が解け、サガが心の底から申し訳なさそうに詫びてきたので、それ以上責める気にもなれず、許す事にした。
しかし皆、かくれんぼぐらい平和に出来んか?



記述者:獅子座アイオリア


〜読後コメント〜


・あの時は本当に有難う!そしてごめんなさい!私が不注意だったばっかりに・・・・(泣)(
に怪我がなくて何よりでした。アイオリアは心配せずとも大丈夫だったでしょうがね。
 あ、これは、『アイオリア程の男がスズメバチに殺されるなどという事は、万に一つもない』
 という褒め言葉のつもりですので、くれぐれも悪い意味に受け取らないように。(ムウ)
・いやぁ・・・・、聖衣なしの状態でスズメバチの大群に襲われるのは、幾ら黄金聖闘士でも
 ちょっとヤバいと思うぞ・・・・。(アルデバラン)
・その節は本当に悪かった。他のバカ共のせいで、つい頭に血が上ってしまっていて・・・・・。(サガ)
・いや本当に、すぐキレる愚兄で申し訳ない。全くもって恥ずかしい限りだ。
 あっさり許すと言わず、遠慮なく報復してやってくれ。(カノン)
・お前って本当お人好しだよな。
 半殺しにされておいて、詫びの言葉一つであっさり許せるか普通?(デスマスク)
・しかし今回は、サガも随分我慢していたようだ。反撃なしで追跡のみに徹底していたのだからな。
 だからこそ、アイオリアに攻撃されて、堪忍袋の緒がブチ切れたのだろう。(シャカ)
・いつも何かにつけて思うが、お主らほんに血気盛んじゃのう・・・・・。(童虎)
・曲解などしていない!この場合、防御ぐらいは有りだと判断したんだ!
 相手はキレたサガなんだぞ!?ああでもしないと命が危なかったんだ!(ミロ)
・考えてみれば、あれでは安全もへったくれもなかったな。
 に悪かったと、反省する事しきりだ・・・・・。(シュラ)
そもそも諸悪の根源は誰なのだろう。(カミュ)
↑私だと言いたいのか!?改めて言わせて貰うが、あれはわざとではなかったんだ!!
 つい条件反射というか、防御本能が働いたというか・・・・!(アフロディーテ)




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後書き

アイオリアの頼もしさをですね、書きたいなと思ったのですが、
伝わりましたでしょうか。(←伝わるか)
一応はかくれんぼの話なのに、全然かくれんぼっぽくないし(笑)。