聖域回想録 第3章

〜 ギリギリセーフ 〜




折角の休暇だというのに朝っぱから叩き起こされ、呼び出され。
何事かと思ったら、皆でキャンプだと?

フン・・・・・・・、楽しそうじゃないか。

ウンザリする程見慣れた聖域で、というのがやや不満だったが、まあ、金がないのなら仕方がない。
ショボいなりに楽しむとするか、と、俺は前向きな気持ちで居た。





○月×日 AM10:00


キャンプが始まると、すぐに一大イベントが待っていた。
バーベキューだ。
俺達は早速その支度に追われて、馬車馬のようにこき使われていた。


「あっ、もうそろそろかな?」

その最中、不意にが腕時計を見て声を上げた。
それは小さな独り言レベルだったのだが、横に居た俺の耳には十分に届いた。
気になった俺は、『そろそろって、何がだ?』と尋ねた。


「え?もうご飯が炊けた頃だなぁと思って。家の炊飯器、仕掛けてきたから。」
「飯?」
「うん。おにぎり作ろうと思って。ご飯がないと何か物足りなくって。」

はそう言って、無邪気に笑った。
バーベキューに握り飯、初めて聞く組み合わせだったが、日本ではそれが主流なのだろうか。
それとも、の個人的な好みか。
しかし俺にとって、そんな事はどうでも良かった。
の作った握り飯は、俺の好物の1つなのだ。
好物が1品増えるのに、文句を言うような奴は普通居ないだろう。
俺も至って普通の人間なので、諸手を挙げて賛成した。


「じゃ、ちょっと作って来るね!」
「俺も行こうか?何か手伝おう。」
「ホント?助かる〜!じゃあお願い!」
「了解!・・・・おーい、ちょっと握り飯作って来るから、後任せたぞー!」

俺はそこら辺に居た奴に適当に声を掛けると、煩い連中にガタガタ言われない内にと、の手を取って小走りに駆け出した。










この日、外は大層暑かった。
の家に到着する頃には、既に俺は汗だくだった。


、エアコンつけても良いか!?」
「良いわよ〜。あと、飲み物もご自由にどうぞ。」
「サンキュー!」

俺はまずリビングに行って早速エアコンをつけ、それからキッチンへ回り、冷蔵庫の中の冷たい麦茶を頂戴した。
これが結構イケるんだ。
炭酸とアルコール入りのが飲みたい気もあったが、それは後でバーベキューをする時にしこたま飲むからと、この時はやめておいた。


「ふ〜っ、生き返る・・・・・!」
「ふふっ、暑かったもんね〜!私も飲もっと!」

麦茶を2杯、立て続けに一気飲みした俺を見て、は笑いながら自分も1杯飲み、
それから炊飯器の蓋を開けた。
その途端、猛烈な湯気が立ち昇り、エアコンのお陰で折角下がりつつある室温がまた上がりそうになったが、キラキラと白銀に輝く炊きたての飯は何とも美味そうだった。


「さて、じゃあやるか!」
「うん!」

俺は手を洗い、の隣に立った。
まずは、釜の中の飯を大きなボウルに移して塩を混ぜる。
そして、まだもうもうと湯気を立てているそれをが握り、俺が海苔を巻く。
あとはそれをただひたすら繰り返すのみ。
そんな単純作業を何度繰り返しただろう。
出来上がった握り飯も結構な量になっていたが、飯はまだまだ残っており、もまだまだ手を止める気配がなかった。


「なあ、あと何個作るんだ?」
「え?このご飯、全部おにぎりにするつもりだけど?」
「全部!?」

俺は驚いたが、は当然といった顔で頷いた。


「だって、大人数なんだもの。これ位、皆何だかんだで食べちゃうでしょ?」
「うぅむ・・・・・・・」

確かにそれは否定出来なかった。
俺達黄金聖闘士の中には、人並み以上に食べる大食らいは居ても、食が細い奴は1人も居ない。
それが全員集結しているのだから、決して大量に残って無駄にする事はない、むしろの言う通り、何だかんだで食べ尽くす可能性の方が高いだろう。


「疲れたんだったら、休んでてくれて良いわよ?もう半分以上終わったし、後はそんなに時間かからないから。」
「いや、しかし・・・・・」
「平気平気。元々1人で作るつもりだったから、もう十分助かったし。」
「そ、そうか・・・・・・?」

正直に告白しよう。
俺は少し、この作業に飽きていたところだった。
従って俺はに勧められるまま、リビングで少し休憩させて貰う事になった。







俺はリビングに行ってTVをつけ、ソファに横になった。
TVでは、男女二人の司会がよく切れる包丁とやらを宣伝していた。
それが如何に凄い包丁か、その機能をあれこれと並べ立てたり、実際にキュウリやトマトを切って見せたりする二人をボーッと眺めていると、突然、の手が目の前に伸びてきて、『はいどうぞ』と何かを差し出した。


「おっ、吃驚した・・・・。何だ?」

見るとそれは、出来立ての握り飯だった。


「ちょっと小腹空いてるかなぁと思って。要らない?」
「いやいや、食う食う!サンキュー!」

俺はそれを受け取って、早速齧り付いた。
具なしの塩むすびというやつだったが、これが実にシンプルな味わいで美味かった。


「美味い!」
「ホント?良かった。」

はニコニコと笑いながら、握り飯の更なる量産の為、キッチンへと戻っていった。
俺はその後ろ姿を見送りながら、ものの2口3口で握り飯を食い切ってしまった。
馥郁とした海苔の香り。
ほんのりと温かく、頬張るとホロホロと柔らかく崩れる飯粒。
作った人を思わせる、その優しい味わい。
日本に出向いた時、偶にコンビニで握り飯を買って食べる事もあるが、機械で大量生産されるそれとは全く味が違う。
やはりの握り飯は最高だった。


となれば、もう一つ食いたくなるというもの。
俺は再びキッチンへ出向き、せっせと作業中のの背中をそっと抱きしめた。


〜・・・・・・・」
わっ、吃驚した!何!?」

俺の気配に本気で全く気付いていなかったらしいの背中を更に強く抱き締めながら、俺は甘えて強請ってみた。


「・・・・もう1つ。」
「えぇ?まだ食べるの?」
「1つ食ったら余計に腹が減った。もう1個くれ。」

ちょっとふざけてみるだけのつもりだったが、の項に顔を埋めながらベタベタ甘えていると、
自分のテンションが何というかこう・・・・、ちょっと危険な感じになってきた。

確かにキャンプは楽しみだが、は今、ここに居る訳だし。
居るどころか、今、二人きりな訳だし。
バーベキューも確かに楽しみだし腹も減っているが、の作ってくれた美味い握り飯がここには大量にある訳だし。
部屋も涼しいし。

ぶっちゃけ、戻らなくても良いんじゃないか?

と、つい思ってしまったのだ。


「なぁ、このまま戻らずに、二人でここにずっと居ないか・・・・・?」

俺はの耳元にそう囁きかけ、調子に乗った勢いでつい、の首筋にキスをしてしまった。


ひゃっ・・・・・・・!

はゾクッと身を震わせ、俺はそんなを見て益々勢いがつき、もう一度首筋に口付けようとしたのだが。


ぐもっ・・・・・!
だーめ!!!

口の中に握り飯を押し込まれて敢え無く失敗に終わり、俺の理性はギリギリセーフで保たれた。


「皆待ってるんだから、そういう事言わない!それから、摘み食いはそれが最後ね!もうすぐバーベキューやるんだから!」
「イエッサー・・・・・・」

に追い出され、俺は握り飯を齧りながら、すごすごとリビングに戻った。
と、このようにして残念ながら未遂に終わってしまったのだが、キャンプはキャンプでそれなりに楽しそうだったし、後で他の連中と揉めるのも面倒だったし、の顔が仄かに赤かったのも見られたので、まあ良しとしておこうと思う事にした。






とにかく、俺はまたソファに寝っ転がり、握り飯をパクつきながらTVを眺め始めた。
TVでは、さっきの二人がまだ包丁の素晴らしさをウダウダと語っていた。
退屈極まりないし、ソファは気持ち良いし、部屋は涼しいし、小腹は満たされたし。


「ふわぁ・・・・・・・・」

朝寝坊を楽しむ筈のところを朝早くからテレパシーで叩き起こされていた俺は、急速に眠気を催してきた。
には悪いが、この後のキャンプの為にもちょっと一眠りしておこうと、俺はそのまま目を閉じた。
握り飯が出来上がって戻る頃になったら、が起こしてくれるだろう。
そう気楽に考えながら。


ところが、は起こしてくれなかった。





「・・・・・・・・・はッ!?

ピピピピピ、というけたたましい機械音で目覚めた俺は、慌てて飛び起き、周りを見渡した。
音の原因は、目の前のテーブルに置いてあった目覚まし時計だった。
取り敢えずうるさいアラームを止めた、と、そこまでは良かったのだが。


げっ、やっべえ!!

時間は既に、12時半を回っていた。
ほんの10分20分程度ウトウトするつもりだったのが、1時間半以上眠ってしまったようだった。
とんだ大誤算だ。
ともかくは何処だと捜してみたが、の姿は何処にもなかった。
キッチンにあれ程大量にあった握り飯も、忽然と消えていた。
はどうやら、俺を置いて一人で戻ってしまったらしかった。

さっき調子に乗ったのが悪かったのだろうか?怒らせてしまったか?と気になったのだが、
いつまでも一人でそんな事をグダグダ考えている暇は、俺にはなかった。
奴等の事だ、きっと俺など待たずにさっさと飲み食いしているに違いない。
そう予感した俺は、すぐさまキャンプ場所の森まで戻った。




俺のそんな予感は、見事に当たっていた。
マッハで戻ってみると、連中は、既に肉やら野菜やらをこれでもかと載せたバーベキューコンロを前にして、今正に冷たいビールで乾杯しようとしているところだった。
危機一髪、またもやギリギリセーフだった訳だ。


ちょーっと待ったぁーっ!!
俺を除け者にするなーーッ!!!


俺はその輪の中に飛び込んで、偶々側に居たカミュの缶ビールをひったくった。


「遅いぞ、ミロ!」
「ホッホ、やっと起きてきおったか。」

カノンや老師に呆れられたが、ともかく間に合って良かったと、俺は安堵した。
するとも安堵したような笑顔で、俺に手を振ってきた。


「良かった良かった!ギリギリ間に合ったわね!目覚まし、気付いた?」
「ああ、有難う、お陰で助かった!」

怒ってはなさそうなその表情に安心して、俺も笑顔で手を振り返した。


「しかし、わざわざ目覚ましをセットして行かなくても、ちょっと一声掛けて起こしてくれれば良かったのに!」
「起こしたわよ、何度も!でも、どうしても起きなかったから。」
「そ、そうだったのか・・・・・・、済まなかったな。」

スコーピオンのミロ、一生の不覚だった。
手伝いについて行っておいて、荷物も持ってやらずにを一人で戻らせるとは。
穴があったら入りたい、掘ってでも入りたい。
もういっそ、俺を役立たずとでもろくでなしとでも罵って欲しい、蔑んで欲しい。
俺はそんな気分で、ただひたすらに自己嫌悪していた。


「あれだけの量の握り飯、全部一人でここまで運んで来るのは大変だったろう?本当に悪かった・・・・・。」

俺が項垂れたその瞬間、おもむろにカミュが俺の手から缶ビールを奪い返した。


「全くだ。手伝いに行って、余計な面倒を掛けていては話にならん。」
「うぐ・・・・・・・・」
に感謝するのだな。ギリギリ間に合ったのも、が待ってくれと言ったからなのだぞ?」
が?」
「そうだ。突然朝早くから叩き起こして駆り出したこっちも悪かったのだから、と言ってな。がそう言い張るものだから、仕方なく・・・・・。に免じて、これでも随分待ってやったのだぞ。でなければ、今頃とうに食べ始めていた。」
「ま、まぁまぁ!もう良いじゃない!」

は、ブツブツ小言を垂れるカミュを笑って窘めてくれた。


「全員揃ったんだから、始めましょうよ!はい、ミロのビール!」

はニッコリと微笑んで、俺の分の缶ビールを出してくれた。


・・・・・・・」
「お肉もうすぐ焼けるから、いっぱい食べてね!・・・・あと、おにぎりも。」

この言葉、この微笑み。
この時の俺の気持ちが分かるか?


「・・・・・・・ああ、勿論!」

やはり、何処ぞの冷たい連中とは訳が違うな、は。
見習えよ。



記述者:蠍座ミロ


〜読後コメント〜


・ああいう悪ふざけはしないように!でも、ギリギリ間に合って本当に良かったね!(
貴方本当に何しについて行ったんですか?(ムウ)
・どうも姿が見えんと思ったら・・・・・・。油断も隙もない奴だな。(アルデバラン)
・しかも何だ、その上から目線の締め括りは!?(サガ)
↑上から目線なら、お前の右に出る奴は居ないだろう?
 しかしミロ、一人だけサボリとは許せんな!(カノン)
・全くだ!そういう事は俺も誘えよ!(デスマスク)
↑おい・・・・・。しかし、バーベキューに握り飯、実に乙な組み合わせだったな。(アイオリア)
・珍しい、君でも自己嫌悪する事があるのだな。(シャカ)
・普段から朝型の生活を送っておれば、いざという時に困らんぞ。(童虎)
誰が冷たいんだ、誰が!あの暑さの中、冷たいビールを前に何十分も待たされた
 こっちの身にもなれ!(シュラ)
・↑全くもってその通り。それを、『小言を垂れる』とは何だ。
 お前、以外には悪いと思っていなかっただろう?(カミュ)
・では私が罵ってやろう。役立たず。ろくでなし。しっかり反省したまえよ。ちなみに、
 の握り飯が美味なのは、私も含めて全員知っている周知の事実だ。(アフロディーテ)




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後書き

今回はミロでした!
何というかもう・・・・、ものの見事にアホ路線ですな(苦笑)。
余談ですが、コンビニのおにぎりも種類豊富で色々美味しいものがありますけど、
私はやっぱり手作りのが一番好きです♪
同じ米の飯でも、おにぎりにするとついつい食べ過ぎてしまう・・・・、
そんな人は、私の他にもきっと沢山いる事でしょう。
だけど作るのがちと面倒くさいんですよね、手熱いし(笑)。