聖域回想録 第2章

〜 謎の緊急召集 〜




いや、驚きましたよ、本当に。
最初、何事かと思いましたから。
流石の私も、予想だに出来ませんでした。





○月×日 AM8:00


夏の休暇に突入して間もないこの日、サガから緊急召集の命令を受けた私は、その集合場所に到着しました。
場所は教皇の間やその他の宮ではなく、十二宮から少し離れた森。
しかも何故か、着替えと洗面道具を持参しろとの事で。
そんな所に着替えだの洗面道具だのを持って来させて、サガは一体私に何をさせるつもりなのか、
この時の私には全く分かりませんでした。
意味が分からなさすぎて、薄気味悪ささえ感じた程です。
ともかく、私が指定時刻丁度に到着すると、ニコニコと上機嫌なサガとが待っていました。


「おっはよ〜、ムウ!良い天気で良かったわね♪」
「おはよう。よく来たな、ムウ。」
「はぁ・・・・・、おはようございます。」

私は訳も分からず、とりあえず普通に挨拶をしました。


「それで、私をこんな所に呼び出して、一体何の用ですか?」

それにこの荷物も、と付け加えて、私は持参した包みを軽く掲げて見せました。
すると二人は、意味深な笑みを浮かべたではありませんか。


「まあ、そう焦るな。皆が揃ってから教えてやる。」
「そういう事。楽しみに待っててね。」
「はぁ・・・・・・・」

いや全く、気持ち悪い事この上なかったですよ。
はともかく、サガのこんなウキウキした顔を見るのは、これが初めてでしたからね。






ともかく、私は待ちました。
すると、暫くして、手荷物を持った黄金聖闘士達が、続々と集まり始めました。
朝8時に集合と言われていたのに、全員集合したのはその40分後とはこれ如何に。
全く・・・・・・。



「・・・・・で?折角の休暇だってのに、朝っぱらから何の用だよ?」
「人が折角朝寝坊を楽しもうと思っていたのに。」

ようやく全員が揃ってから、デスマスクとアフロディーテがまず最初に口を開き、ブツブツと文句を垂れました。
ちなみに、寝起きで腫れぼったい顔をして文句を垂れているこの蟹、彼が一番遅かったのですがね。
文句を言いたいのは40分も待たされた私の方ですよと、喉まで出かかりましたが。


「聖衣ではなく、歯ブラシだの髭剃りだのを持って来させるのだから、多分任務ではない・・・・んだろう?」
「確かに。そんな任務、今までなかったしな。一体何なんだ、サガ?」

シュラとアイオリアが、怪訝な顔で尋ねました。
するとサガは、相変わらずニコニコと機嫌の良さそうな顔で・・・・・、そうそう、余談ですが、
珍しい事にこの日の彼は終始上機嫌で、40分の大幅遅刻にも決して怒らなかったのです。
確かに妙だとは思いましたが、今から思えば、この時に何かあると察知しておくべきでしたよ。
とにかくサガは、上機嫌にこう答えたのです。


「うむ。今日、お前達を全員呼び出したのは、勿論任務の為ではない。今日は完全にプライベートで、日頃の疲れを癒す為、そして私達の親睦をより深める為に、ここで一晩キャンプをしようと思う。」

勿論、話に聞いた事ぐらいはありますよ。
家族や友達同士で海や山に行き、そこにテントを張って、大自然の中で野外料理を楽しんだり、レクリエーションをしたり、枕を並べて眠ったりする遊びが世の中にあるという事、
そしてそれを『キャンプ』と呼ぶのだという事ぐらいは。
しかしまさか、それを自分が体験する事になるとは、普通思わないでしょう?
私達がそんなキャラですか?似合わないにも程がありますよ。

中には野外レジャーが似合いそうなのも居ますが、その一見似合いそうな人達だとて・・・・、
そう、例えば、バーベキューやらカレー片手に缶ビール、という姿が一見似合いそうなアイオリア。
多少暑苦しくても爽やか好青年な印象の彼だとて、サガに洗脳されていた時は、背筋が凍るような狂気の表情をしていたのです。
それを思うと、真にキャンプの似合う男と呼べるかどうか。

無論、見るからに似つかわしくない人達については、言うまでもありません。
あの鬱々としたカミュが、青空の下、汗を掻き掻き肉に食らいつきますか?
最も『体育会系』という言葉が似合わないアフロディーテやシャカが、弾ける笑顔でフリスビーやキャッチボールなどやりそうなタマですか?
まして私など。
皆、アウトドアなどという遊びとは明らかに無縁な、いえ、それどころか対極に位置する者ばかりではありませんか。


「キャンプ!?また急に何なんだ!?」
「聞いてないぞ、そんな話は!」

アルデバランが驚き、カノンがサガに詰め寄るのを、私は頷きながら見ていました。
全くその通りでしたからね。
するとが、とりなすように間に割って入りました。


「まぁまぁ!そりゃ、急に言い出したのは悪かったけど、サプライズって事で許して!ね!?皆を喜ばせようと、サガが計画してくれたのよ!そんなに怒らないで、ね!?」
「むぅ・・・・・・」

に宥められて、カノンはひとまず引き下がりました。
しかし、引き下がらなかった連中も居まして。


「ふむ、この暑い中、わざわざ屋外で君達と野宿か。・・・・・・折角だが遠慮させて貰おう。では。」
「あっ、待って!シャカ!」
「私も勘弁して貰いたいものだな。旅行ならまだしも、そういうのは性に合わない。どうだい、。君もキャンプなんかやめて、私と南仏辺りにでも?」
「アフロ・・・・・!」
「俺もパス!帰って寝直すぜ!」
「デス・・・・・!」

口々に言いたい事を言って帰ろうとする3人を、は必死に追い縋って引き止めていました。
サガはその様子をニコニコと眺めていたのですが、不意にを下がらせると、その優しげな微笑もそのままに、突如、手近にあった大木に一撃を放ちました。
サガの拳に射抜かれた大木は、ミシミシと傾き始め、やがて大きな音を轟かせながら、私達の足元に倒れました。


「・・・・・薪の確保、終了。」

サガはやはり笑顔でした。
恐ろしいまでの笑顔でした。
舞い立った大量の木屑や砂埃で頭や服を白くしながら、私達は全員、言葉も出ませんでした。


「お前達に何かしてやりたいと言い出したのは私だが、キャンプという具体案を出してくれたのも、色々と協力してくれたのもだ。各々、に感謝して、キャンプを存分に楽しむように。分かったな?」

流石にそれ以上、ブーブー言える者は居ませんでした。
サガが恐ろしかったというのもありますが、の労力と厚意を無駄にする訳にはいきませんからね。


「いや、俺は別にキャンプ自体は良いと思っているんだ!しかし、何故ここでなんだ!?」

するとその時、ミロがやや不満そうな声を上げました。


幾らなんでもちょっと残念すぎやしないか!?どうせなら、もっと景色の良い海とか涼しい高原とか、他に色々良い場所があるだろう!?そうだ、何もこんな所でテント張ってキャンプしなくても、モルジブかタヒチ辺りでロッジやコンドミニアムなんかを借りてだな・・・
なお、キャンプに充てられる予算は、生憎と雀の涙程しかなかった。故に、我侭は一切まかり通らぬ。その点、よくよく心得ておくように。」

サガは、そんなミロの話を遮って、先手を打ちました。


「明朝の解散まで、誰一人として離脱は認めん。勝手に抜けた者には、厳重なペナルティを課す。良いな?」

この時のサガの笑顔には、そこはかとない殺気が込められていました。
どうもこの人は短絡的というか何というか・・・・、不器用な人です。


「・・・・折角が骨を折ってくれた訳ですからね。心配しなくても、そんな事はしませんよ。この際、楽しみましょう。」

私が口火を切るというのは珍しい事なのですが、つい、見かねましてね。
僭越ながら、思わず私がイニシアチブを取ってしまいました。
ロケーションからして既にこれですから、さぞかし慎ましいレジャーになるだろうとは予想出来ますが、だからといってつまらない、とは限りませんからね。
飲み会や食事会などは時々(人によっては頻繁に)ありましたが、少なくとも、キャンプという形で集うのは初の試みでしたし。
キャンプなど、自分ではまず絶対に思い立たないような事ですが、そんな柄にもない事をやってみるのも人生経験の一つ、偶には良いかも知れません。
他の人達も大体同じような思いだったのか、不満の声はもう上がりませんでした。
かくして私達は、キャンプを始める事になったのです。











キャンプというものは、何かと準備が必要なようでした。
私達は各自仕事を割り当てられ、早速それに取り掛かりました。
ある者は釣りに行かされ、ある者は食材の下拵えをやらされ、またある者はバーベキューコンロのセッティングを任され。
そんな中、私に課せられた任務は、テント張りでした。


「テント張りですか・・・・・・」

巨大なテントを目の前して、私は溜息を吐きました。
別に力仕事が嫌な訳ではないし、そもそも私のテレキネシスをもってすれば、腕力に頼らずともこの程度のテントを張る位、造作もない事。
更に言えば、この位の仕事なら、わざわざ私が出張らずとも貴鬼で十分に事足ります。
生憎とこの時、貴鬼は私が与えた休暇を利用して星の子学園に遊びに行っており、その後はジャミールの私の館で留守番を兼ねて修行するよう言いつけてあったので、私が自分で動かざるを得なかったのですが、もし彼がこの場に居れば、間違いなく彼に押し付け・・・・いえいえ、任せていたでしょう。

それはさておき、問題は、このテントが1つしかないという事。
確かに巨大ではありましたが、まさかここに全員で寝ろと?
・・・・・いえ、言うまでもなく、そのまさかでしたがね。


「夜が来るのが恐ろしい・・・・・・」

幾ら大きくても、私達が一斉にこの中で横になれば、押し合い圧し合いになるのは決まっています。
このテントの中、総勢十数人がひしめき合う熱帯夜を過ごす破目になるのかと思うと、気も滅入るというものです。
しかし、仕事は仕事。
ともかく早いところ済ませてしまおうと、私はテレキネシスでテントを操り、ものの数秒とかからぬ内にテントを張り終えました。
すると、後ろから軽やかな拍手が聞こえてきました。


。」
「有難う〜!さっすがムウね!」

振り返ってみると、がニコニコと笑いながら私に拍手を送ってくれていました。


「いえ、それ程でも。」
「そんな事ないわよ〜!ムウのテレキネシスなら、こんな大きなテントでも、『1、2の3!』でパッと建てられちゃうものね!やっぱりテント張りはムウにお願いして良かった〜♪」
「フフ、そうですか?」

私とて、これでも人の子ですからね。
純粋に褒められれば、悪い気はしません。


「お役に立てられたのなら何よりですよ。他にも何か手伝う事があれば、遠慮なく言って下さい。」
「うん、有難う!それより、テント1つしかなくてごめんね!本当はもうちょっとゆったり寝られるように何個か用意したかったんだけど、古道具屋さんにはこれ1つしかなくて・・・・・。」

新品を何個も買うには予算が・・・・・と、は済まなそうに付け足しました。


が謝る必要はありません。これで十分ですよ。」

私は、今しがたまで滅入っていた事をすっかり忘れて、を励ましていました。
するとは嬉しそうに微笑んで、『有難う』と私に言いました。


「・・・・有難うね、ムウ。」
「何がですか?」

私は不思議に思いました。
に改まって真面目に感謝されるような事など、何もした覚えはありませんでしたから。


「さっき言ってくれたでしょ?」
「何を?」
「この際、楽しみましょう、って。」
「ああ・・・・・・・・」

私は、確かにそう言った事を思い出しました。


「ほら、ここでのキャンプを提案したの私でしょ?だから・・・・、自分で提案しておいて何だけど、皆がもし嫌がったらどうしようって、ちょっと不安だったの。皆も嫌な思いして、サガもガッカリして悲しい気持ちになって・・・・、なんて事になったら、皆にもサガにも申し訳ないなって思ってたのよ。」
・・・・・・」
「だから、ムウが『楽しもう』って言ってくれた時、すごくホッとしたの。有難う。」

私とて人の子です。
胸が締め付けられるというか、何とも言えない衝動に駆られそうになるというか、そういう感情も持ち合わせている訳です。
何というか・・・・・・・、いえ、これ以上はやめておきましょう。
自分でも訳が分からなくなってきましたから。
ともかく、は心根の優しい女性だという事です。


「・・・・楽しいキャンプになりますよ、きっと。」
「・・・・うん、そうね!」

私はと微笑み合っていると、この見るからにむさ苦しそうな巨大テントも、そう悪くもないように思えてきました。



記述者:牡羊座ムウ


〜読後コメント〜


・そんな、おだてたって何も出ないわよ!?・・・・でも、あの時は本当に有難う。(
・まあ確かに、キャンプなんてガラじゃない奴がちらほら居るな。わっはっは!(アルデバラン)
・不器用で悪かったな!しかし、時間通りに来たのはお前だけだった。その点は素晴らしい。(サガ)
↑また上から目線で何か言ってるぞ。こいつは不器用ではなく、不躾なんだ。(カノン)
・へー、知らなかったぜ。ムウって人の子だったんだな。ケケケ。(デスマスク)
・ムウ、お前やっぱり俺が嫌いなんだろう・・・・・。(アイオリア)
・生憎だが、私は既に『最も神に近い男』という異名を持っている。
 従って、『最も体育会系という言葉が似合わない男』の座は、君に譲ってやろう。(シャカ)
・ホッホ、確かにお主が口火を切るのは珍しかったのう。(童虎)
・あの時も言ったが、俺はキャンプ自体は賛成だったんだ。
 ムウがでしゃばらなければ、俺が盛り上げたものを。(ミロ)
↑お前はその直前に文句を言って、サガに返り討ちに遭っていただろう・・・・(シュラ)
・私はそんなに鬱々として見えるか?自分では普通にしているつもりなのだが・・・・・(カミュ)
↑もうこのコメントからして鬱々としたオーラが滲み出ているぞ。
 ああそれから、ムウにも一言。私にも既に『聖闘士の中で最も美しい男』という二つ名があるので、
 これ以上の肩書きは不要。君こそが名実共に『最も体育会系という言葉が似合わない男』だと、
 私は信じている。(アフロディーテ)




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後書き

今回はムウでした!
ようやくキャンプ当日の話になりましたね。
といっても、またもや準備段階の話でしたが(笑)。