「じゃあ・・・・、コーヒー系は全部コレで良いよね!」
「構いませんわ!」
「紅茶系もコレでいっか!」
「問題ありません!ジュース類も全てコレでいきましょう♪」
そうと決まれば話は早い。
あれだけ多彩なオーダーを受けても、一瞬にして出来上がる。
何しろ、予め用意しておいたコーヒー・紅茶・オレンジジュースを、カップやグラスに注ぐだけなのだから。
「コーヒーと紅茶のお客様には、サービスでクッキーもお出ししましょう。」
「はいはい、了解〜。」
ここまでは簡単に解決がついたのだが。
「問題は・・・・・・・、フード類ですわね。」
「流石に飲物で代用って訳にはいかないわよね・・・・・・・。」
問題はここである。
幾ら何でも、液体を固体に見立てる事は出来ない。
「やっぱり作って来なきゃいけないかなぁ?」
「そうですわね・・・・・・。ドリンクとフードでは、お客様に対するサービスもまた変わってきますし。」
時間と手間は掛かるが、二人で力を合わせれば何とかなるだろう。
どちらからともなく頷いて、給湯室を出ようとしたその時。
「あら、電話だわ。」
沙織のワンピースのポケットの中で、鮮明なデジタル音で再現されたモーツァルトが鳴った。
「私です。・・・・あら、どうしました?」
電話しながら、沙織はを見て床を指差した。
その指の先、ずっとずっと下の方、十二宮の麓にて、忠犬ハチ公よろしく沙織を待っている辰巳が電話を掛けて来た、と言っているのである。
「・・・・・・・、ええ、ええ・・・・・・え?・・・・・あら、そうでした?まあ大変、どうしましょう・・・・・・。ええ、分かっています。すぐに向かいましょう。今下りて行きます。貴方は飛行機の用意を。」
沙織の携帯が鳴った時から何となく嫌な予感はしていたのだが、最後のフレーズを聞いて、その予感は確信に変わった。
「ごめんなさい、さん!私、取材のお約束があったのをすっかり忘れておりましたの!」
「えっ、取材!?」
「来月発売の経済誌なんですが、表紙と巻頭特集記事が私なんです。ですから、どうしてもキャンセル出来なくて・・・・・。残念ですわ、シミュレーションはこれからだと言うのに。」
「どどど、どうするの・・・・・?」
「申し訳ないのですけれど、後はさんにお任せしても宜しいかしら?」
「え゛っ!?!?」
「お願いします!他にもやらなければならない事が目白押しですの!早くシミュレーションを終えてしまわなければ、いつまで経っても重役会議に持ち込めないのです!」
「そ、そう・・・・・、じゃあ・・・・・、分かったわ。やってみる。」
「有難う、さん!後は彼らと協力してお願いしますね!」
沙織はの手をぎゅっと握ると、慌しく出て行った。
これはつまり、
「私一人でメイド役やれって事ーーー!?!?」
という事である。
こっそりと教皇の間を抜け出て、全速力で十二宮を駆け抜ける事暫し。
「はっ、はっ、はっ・・・・・、早くっ、早くっっ・・・・・!」
自宅のキッチンに転げ入ったは、駆けて来たその勢いのまま、豪快に冷蔵庫を開けた。
『御主人様』方のご所望の品は、栗善哉にショートケーキにミックスサンドに生姜焼き定食であるが。
「そんなの無いわよーーー!!」
冷蔵庫の前で、は絶望の叫び声を上げた。
奥の奥、隅々まで見渡してみても、栗善哉やショートケーキやミックスサンドや生姜焼き定食の材料は出て来なかった。
それどころか、丁度今日明日辺りに買出しに行こうと思っていたところだったので、冷蔵庫の中自体がスカスカなのである。
それでもとにかく、嘘でも何か作らなければならない。
は、スカスカの冷蔵庫の中身も含めて、家中の食料を漁ってみた。
が。
「ヒィィィ、何にも無いーーー!!!」
あるのは、冷やご飯が一膳分と少し固くなり始めたバゲットが半分、牛乳と卵、ご飯のお供・塩昆布に、インスタントの味噌汁だけであった。
生米や小麦粉もあるにはあるが、今からご飯を炊いたりスポンジを焼く時間はない。
勿論、町に買出しに行く時間も。
そんな事をしていたら、日が暮れてしまう。
「どうしよう、どうしよう、これだけの材料で何か似たような物・・・・」
は、そのどうにもならなそうな食材を、切羽詰った眼差しで暫し見つめた。
「・・・・・・・・・・よし!」
そして、突然猛烈な勢いで調理を始めた。
「・・・・・遅いな、女神と。」
腕時計をチラリと見て、シュラは訝しげに呟いた。
何しろ、オーダーしてから既に一時間近くが経過しているのだ。
これが実際に営業している喫茶店での出来事なら、客は一人残らず怒って帰ってしまうに違いない状態である。
「・・・・ったく、接客シミュレーションの前に、注文した物ぐらい速やかに持って来いってんだよ。」
「やめろデスマスク。二人であれだけの品を用意するのだ、少し位は時間も掛かるだろう。我ら聖闘士は女神の忠実なる臣下。女神が『待っていろ』と仰せなら待つ。それが我らの務めだ。」
サガは平然とした様子で、椅子に行儀良く腰掛けたまま、低い声でデスマスクを窘めた。
ところが、その落ち着いた態度と殊勝な言葉が、そろそろ本気で苛立ちつつあったデスマスクの癇に障ってしまった。
「ヘッ、そうだろうともよ。俺らは女神の聖闘士だからな、『待て』と言われりゃ待つ、『お座り』と言われりゃ座る。何なら全員で尻尾振りながらXXXも見せてやるか?」
「下衆め!!!」
ブスッ!と音を立てて、アフロディーテの白薔薇がデスマスクの頭のてっぺんに突き立った。
「いってーー!!!テメェ何しやがる!!」
「君の下ネタは品がない!!聞いていて不愉快だ!!人が折角イライラしないでおこうと思っていたのに、君のせいでイライラした!!」
「何だとゴルァ!!」
「やめんか、デスマスク、アフロディーテ!!」
目を吊り上げたデスマスクとアフロディーテの諍いを、童虎が割って入って止めようとしたその時だった。
「おま・・・・、おま・・・・・、お待たせ・・・・・、しました・・・・!」
『!?!?』
ゼイゼイと息を切らせながら、ようやくが注文の品を載せたワゴンを引いて現れた。
しかし、それにつけても酷いなりである。
額は汗ばみ、髪はボサボサ、ソックスは片方だけ膝小僧の下までずり落ちて、折角の可愛いヘッドドレスも傾いでヨレヨレになっている。
「だ、大丈夫か?物凄い息の切れようだぞ?それにその姿・・・・」
そのあんまりな姿を見て、シュラは顔を引き攣らせながら言った。
「だ、大丈夫、大丈夫・・・・・・・。ちょっと自分ん家まで・・・・・、お料理作りに戻ってたものだから・・・・・」
「家まで戻ってたのか!?」
「うん・・・・、行きも・・・・、帰りも・・・・、全力ダッシュ・・・・、してきたんだけどね・・・・・、ごめん遅くなっちゃって・・・・・!」
「い、いや・・・・・・」
ゼーゼーと荒い息を吐いているを責める事など、シュラには出来なかった。
「そういえば、女神はどうした?」
アルデバランにそう訊かれたは、身なりを整えながら答えた。
「沙織ちゃんなら、取材の約束をコロッと忘れてたとかって、辰巳さんと一緒に帰っちゃった・・・・・・・。」
「そ、そうなのか!?」
「結果を急ぐから、シミュレーションの続きは私達に頼むって・・・・・・」
「ま・・・・・」
それを聞いた黄金聖闘士達は、暫しあんぐりと口を開けて呆然としていたが、やがて。
『またそれかーーーッッ!!!!』
と、一斉に叫んだ。
「ったく、ワケの分かんねぇ事を何でもかんでも俺らに押し付けやがって・・・・・」
「ま、まあまあデス。とにかく続きをしましょ。待っててね、今配るから・・・・」
は、盛大に文句を垂れているデスマスクを筆頭とする黄金聖闘士達をどうにか宥めてから、ようやく給仕を始めた。
暫し広間には、カップや食器の触れ合うカチャカチャという音だけが静かに響いた。
「お待たせ致しました、どうぞごゆっくりお寛ぎ下さいませ。」
やがて給仕を終えたは、一呼吸置いてから丁寧に頭を下げた。
ところが。
「・・・・・・・・・おい、ちょっと待て。」
デスマスクが、何か言いたげにを睨んだのである。
「え?何?・・・・・・・・・あ、ああ!」
何かし忘れた事があっただろうかと暫く考えて、はポンと手を打った。
「そっかそっかゴメンゴメン、忘れてた!」
そうなのだ。
巷のメイド喫茶の給仕は、注文の品を運んで終わり、ではないらしい。
従業員が客の好みに応じて砂糖やミルクを入れてやり、後は飲むだけという状態にまで整えるのだとか。
それを思い出したは、テーブルの上に置いたシュガーポットを手に取り、ニコニコとデスマスクに近付いた。
「お砂糖はお幾つになさいますか?」
「そうじゃねえよ!!それ以前の問題だオルァ!!」
「ギャアッ!」
折角砂糖を入れてあげようとしたのに胸倉を掴まれ、文字通り吊るし上げられて、は地に着いていない足をバタつかせて抗議した。
「ちょっ、苦し・・・・・!下ろしてよーーー!」
はジタバタともがいて、何とかデスマスクのハンギングベアーから逃れた。
「おい・・・・・、これは何だ?」
「ハァッ、ハァッ・・・・!な、何って・・・・・」
「俺様はカプチーノを頼んだんだ。それが何で普通のコーヒーになってんだ?」
デスマスクは、静かな声でに尋ねた。
その声の穏やかさが、却って恐ろしい。
「俺も、アメリカンを頼んだ筈なんだがな。」
「俺はエスプレッソだったと思うんだが・・・・。」
「私はカフェオレ・・・・・」
訊きたい事があったのは、デスマスクだけではなかったらしい。
デスマスクに続いて、カノン・シュラ・カミュも、自分のカップの中身を見て不審そうに首を捻っている。
この三人の顔をちらりと一瞥してから、デスマスクはにズイと詰め寄った。
「そ れ が 何 で 。 何で皆同じコーヒーなんだ?なぁ?」
穏やかに微笑むデスマスクの、笑っていない目が恐ろしくて、は思わず後退った。
「そ、それは・・・・・・・、コーヒーはこれしかなかったから・・・・・」
「確かそっちが『何でも好きな物を注文しろ』って言ったよなぁ?」
「・・・・・・・い、言いました・・・・・」
小声で肯定するに、アルデバランが訝しげに尋ねた。
「しかもこれ、給湯室に備え付けのコーヒーじゃないか?」
「う、うん・・・・・・」
「・・・・・道理で。何処かで嗅ぎ覚えのある香りだと思ったら、毎日飲んでいるやつか・・・・・。いや、別に文句をつけるつもりはないから、これで構わんが。」
流石に大のコーヒー好きなだけあって、アルデバランの鼻は確かである。
尤も、大のコーヒー好きであるが故に、天下のグラード財団直営喫茶店のオリジナルブレンドに本気で興味があったのか、騙されて少々ガッカリした様子を隠しきれていない。
「まあ、予想範囲内の出来事ではないか。私は、一番安いコーヒーを注文した時からこうなると思っていたぞ。」
一方、アルデバランと同じ物を注文したサガは、ガッカリどころかむしろ得意げな顔をして言った。
コーヒー類が全て給湯室に備え付けのコーヒーという事は。
そう思ったムウは、自分のカップに一口、口をつけてから言った。
「ではもしかして、私のダージリンも給湯室の紅茶でしょうか?」
「間違いない、この香り。私のアップルティーも君のダージリンも、給湯室に備え付けの物だ。いつもマーケットの特売で買って来る、アレだ。」
自称・紅茶通のアフロディーテは、カップから立ち昇る香りを嗅いだだけで断定した。
流石に自称・紅茶通。正解である。
はこれも、決まりが悪そうに『その通りデス・・・・』と肯定した。
「百歩譲って、アップルティーでなくても良かったから、せめてリーフで淹れて欲しかったな・・・・・。ティーバッグは紙の匂いが微かに混じるから、私は好かんのだ。、言ってくれれば私の私物の茶葉を提供したのに。」
アフロディーテは残念そうに首を振って、小皿に盛られたクッキーを一つ摘んだ。
そんな彼を横目で見ながら、ムウもクッキーを一枚取って言った。
「私は別にこれで構いませんけどね。貴方は大体が贅沢志向なんですよ、アフロディーテ。」
「こだわり派と言って欲しいね。」
皆、悪気がある訳でないのは分かっている。
普段ならば、軽く笑って『ごめんごめ〜ん!』と返せる。
或いは、『文句ばっかり言わないで!』と冗談交じりに怒ってみせるか。
だが生憎と、は今、疲れていた。
当然だ。
一人で全員分のオーダー品を用意し、その為にこの教皇の間と十二宮の麓にある自宅を全力疾走で往復したのだから。
としては、これでもう一杯一杯だったのだ。
「・・・・・・・・ご、ごめん・・・・・・・」
だから多分、これは疲れのせいなのだろう。
何となく虚しくて、少し悲しい気分になるのは。
そう自分に言い聞かせながら、は疲れ果てた顔を俯けた。
コーヒー党と紅茶党が好き勝手な事を言うにつれて、は次第にしょんぼりとし始めている。
「おい、何かヤバくないか・・・・?」
「ここは俺達がフォローを入れねば・・・・」
それを見たミロとアイオリアは、ボソボソと耳打ちをし合った。
今、二人の目の前には、冷たく霜の纏わりついたグラスがある。
沙織に言われて、ミロはミックスジュース、アイオリアはレモネードを頼んだのだが、どういう訳か二つともオレンジジュースに化けている。
だが、ここを素で突っ込んだら他の連中の二の舞。
はますますしょぼくれてしまうだろう。
それは余りにが不憫すぎる。
何ジュースだろうが、ジュースはジュース。
細かい事は言いっこなし、漢なら豪快に一気飲みだ。
「ま、まあ良いじゃないか!リンゴとバナナとパイナップルとピーチ抜きのミックスジュースだと思えば良いだけの話だしな!」
「いや、普通にオレンジジュースと思えば良いだろうこれは・・・・・。俺も、別にどうしてもレモネードが飲みたかった訳ではないからな。オレンジジュースでも一向に構わない。」
という訳で、二人は場を取り繕うかのように、グビッと景気良く自分のグラスを傾けた。
漢らしくグラスから直飲みで、ストローなどは使わない。
二人はゴキュゴキュと喉を鳴らし、たちまちグラスを空にしてしまった。
「うーん、この塩加減が絶妙じゃのう。」
時を同じくして、童虎も小皿に盛られた物を豪快に鷲掴んで口に放り込んでいた。
「儂もこれで構わんのじゃが・・・・・、一つ訊いても良いかの、?」
「何?」
「儂は栗善哉を頼んだのじゃが、何故に塩昆布が出て来る?」
そう、童虎が食べていた物は、栗善哉ではなく塩昆布だった。
一気に食べると相当辛い筈なのだが、童虎は全く平気な様子で『この昆布、美味いのう』などと言っている。
そんな彼の様子を見て、は小さく笑いながら答えた。
「お汁粉や善哉を頼むと、口直しに塩昆布が出て来るの。小豆も栗もなかったから、善哉は作れなかったんだけど、塩昆布は丁度家にあったから、せめてと思って、それで・・・・」
「ホッホ、なるほどのう、そういう事じゃったか。」
「そ、そういう事なの、あはは。」
「あはは、じゃないだろうが、阿呆。」
「わっ!」
折角空気が和んできたというのに、それに水を差したのはカノンである。
カノンが引っ張ったせいでまた傾いたヘッドドレスを直しつつ、は口を尖らせて抗議した。
「ちょっと、やめてよ!」
「メインを出さずにオマケの口直しだけ出してどうする?お前のやった事は、皿に福神漬だけ盛り付けて、『カレーライス一丁上がり』と抜かしてるのと同じ事だぞ。」
呆れ顔で言うカノンの横から、デスマスクが『そうだそうだ』などと煽りを入れる。
その様子は、の○太をいじめるジャ○アンとス○オを彷彿とさせるものがあった。
「、お前ならどうだ?カレー屋に入ってカレーを頼んで、福神漬だけしか出て来なかったら?詐欺だと思うだろう?」
「そ、それは・・・・・」
ジャイ○ンとスネ○にタッグを組まれて責められては、のび○など一たまりもない。
はこれだけでも十分タジタジになっていたのだが。
「詐欺とまでは言わないが、ちょっと良いか、。」
敵か味方か、冷静な声がを呼んだ。
カミュの声である。
「これだ。皆で分けようと思ってミックスサンドを2人前頼んだ筈なのだが、これはスクランブルエッグのオープンサンドだな。」
「う、うん・・・・・。ごめん、具が卵しかなかった上に、ペーストにする時間もなくて・・・・」
「いや、それは良いのだが、数が問題だ。普通は1人前で小さいサンドイッチが5〜6個程度盛られていそうなものだが、これは2人前で2個だけ。しかもバゲットのオープンサンド、、これでは全員で分けられん。」
「う゛・・・・・」
カミュは、非難するでもなくからかうでもなく、客観的な事実だけを至って淡々と、冷静に言った。
その言動は、頭脳明晰な中立派の貴公子・出○杉君を思わせた。
「メニューを見てみたら、卵サンドは¥500、ミックスサンドは¥600となっている。600円払って500円の卵サンドが出て来たら、これは少々問題だ。しかし、同じ値段なら問題はないだろうから、一度価格設定を再検討してはどうだろう。」
「え、あ、う、うん、沙織ちゃんに言ってみよう、かな・・・・・・?」
出来○君の理論と弁舌の前では、○び太など赤子も同然。
は、しどろもどろで曖昧な返事をした。
大体、こんな話を沙織の居ない所でふられても困る。
価格設定という重要な決め事を、の一存でどうにか出来る訳がないのだから。
しかし、カミュは至って真面目に、沙織の新ビジネスの為を思ってアドバイスしているようだ。他意は全くなさそうである。
「問題というなら、私の頼んだ物は問題だらけだ。」
しかしここに、明らかにヘソを曲げている男が居た。