メイドの心得 1




資本主義、それは現代における下克上。
幾ら力を持っていても、油断は禁物。
驕れる者は久しからず、ふとした隙に蹴落とされる。




「実は、我がグラード財団のサービス産業部門の売上が、最近伸び悩んでおりますの。現在、我が財団の傘下にある飲食店は、全てリッチでノーブルな高級店ばかりなのですが、何分このご時世ですから。」

『はあ。』

「カフェにしても、レストランにしても、リーズナブルで気軽に利用出来るという点を売りにした競争相手が幾らでもおりますでしょう?そうなると、高級感ばかりに拘っていては、とてもとても・・・・・。いえ、勿論、それはそれで必要とされているお客様もおられますし、我が財団としても、経営方針を根底から変える気はないのですが。」

『はあ。』

「庶民の方でも比較的気軽に入れる値段で、かつリッチな気分を味わえるような店を一軒、試験的にオープンさせてみようかと考えておりますの。流行りそうでしたら、ゆくゆくはチェーン展開させる予定で。」

『はあ。』

「案は一つありますの。ですが、それを重役会議にかけられる程にはまだ煮詰まりきっていなくて・・・・。」

『はあ。』


追い抜き追い越されるのが常の、この経済競争社会を勝ち抜くには、日々のたゆまぬ努力と、飽くなき探究心が必要である。



「そういう訳で、ご協力願えますわね。」



『・・・・・・・はあ?』



たとえ、何人であろうとも。










「良いですか、今から皆さんはお客様、御主人様です。このシミュレーションの最中は、それに相応しい振る舞いをしなさい。偉そうに、傲慢に。良いですね?」
『はあ・・・・・』
「そして、私とさんは、今より店員、いえ、メイドです。あなた方の言う事には絶対服従、誠心誠意お仕え致します。」
「・・・・・何がメイドだよ。ナイフとフォークより重い物なんか持った事のねぇ、正真正銘筋金入りのお嬢の癖して。つーか、アータは何でいっつも言う事が突然なんスか。」
「・・・・・・・く・・・・・、口を慎め、デスマスク!」

デスマスクの嫌味と、それを叱責するサガの声が口火を切って、それまで唖然としているばかりだった黄金聖闘士達がざわめき始めた。


「女神、幾ら御命令とはいえこのサガ、恐れ多くも女神に対してそのような態度は取れません!」
「そうです、女神!女神が我らに絶対服従、誠心誠意お仕え下さるとは恐縮至極!!それは我らの仕事です!!」
「サガ、シュラ、どうして貴方達はそう頭が固いのです!この私が構わないと言っているのですよ!?あなた方は、私のビジネスに協力する気がないのですか!?我が財団のサービス産業部門の行く末が懸かっているというのに!」
「い、いえ、そのような事は・・・・・!」
「滅相もございません!」

沙織に詰め寄られ、タジタジになっているサガとシュラの情けない様を見て、カミュは冷静な声で呟いた。


「・・・・だけならともかく、やはり無理があるのではないだろうか。あの様子のどこが『御主人様とメイド』だ?明らかに『お姫様と奴隷』じゃないか。
「言えてるな。」

カミュの発言に、ミロは真顔で頷き、

「ホホホッ、『お姫様と奴隷』か!至言じゃのう。」
「老師ッ、聞こえますぞ・・・・!」

童虎に至っては、さも愉快そうに笑い声を上げて、アルデバランに窘められる始末である。
それ程に滑稽なのだ。
沙織がこれから始めようとしている事は。





「このシミュレーションで得られる結果を基に、接客マニュアルを作るのです!他のメイド喫茶とは一味違う、『メゾン・ド・メイド・グラード』ならではのサービスを!」

そう、沙織が始めようとしている事は、メイド喫茶の真似事である。
しかし、彼女にとっては遊びではない。これはれっきとしたビジネスなのだ。
沙織は近く、メイド喫茶をオープンさせようと考えている。
それに際し、財団の重役会議にて発表するプレゼンの為、いつもの如く黄金聖闘士達とを巻き込んで・・・・・、いやいや、彼らの協力を得て、実際の接客シミュレーションを始めようという訳である。


名前からして既に微妙だな;アパートの名前みたいだ。客が分かり難いんじゃないか?」
「あら、そうですか?」
もっ、申し訳ございません!とても素晴らしいお名前で・・・・!」

うっかりポロリと洩らしてしまった本音を沙織に聞かれて、アルデバランはひれ伏して謝った。
しかし、幾ら若くとも、沙織はれっきとしたグラード財団の総帥。
追従にばかり耳を傾け、率直で辛口な意見を無視していては、ビジネスの成功など有り得ないという事を、きちんと理解している。
沙織は、屈託なくアルデバランに微笑みかけて言った。


「いいえ、良いのです、アルデバラン。早速のアドバイスを有難う。敷居の高そうな高級店というよりは、こじんまりと温かいお家のようなイメージの店にしたくて考えた名前なのですが・・・・・、なるほど、貴方の言う事も一理ありますね。では、『カフェ プリティ・メイド』などは如何かしら?」
「それはそれでイメクラみたいですぜ。『カフェ』ってついてるから、辛うじてサ店だと分かるようなもんで。おたくの財団が経営するんなら、もうちっと高級感のある名前にした方が良くねぇですかい?」
「とにかく!早速始めますわよ!」
おい、俺のアドバイスに対して礼はないのかよ!
さん、準備は整いまして?」
おい、無視かよ・・・・

きちんと理解している。
多分。
デスマスクのアドバイスが無視されたのは、この際突っ込まずにおこう。



「・・・・・・・・・・はーい」


とにかく、沙織の鶴の一声で、シミュレーションは始まった。












モジモジと照れながら現れたのは、一人のメイドであった。
白い丸襟が可愛らしい、黒いミニ丈のワンピースとオーバーニーソックス、白いフリルのエプロンに揃いのヘッドドレスという、いかにも『メイド』なルックスをしている。
このメイドは、言うまでもなくだ。
のその姿を見て、黄金聖闘士達は暫し呆然とした後、思い思いのリアクションを取った。


「・・・・・・おお」
「何か・・・・・・」

アイオリアとシュラが呟き、


「似合い度は女神の方が上なのだが・・・・・」

アフロディーテが、揃いの格好をしている沙織との二人を見比べ、


「何か妙に・・・・・・・」
「・・・・・・・そそるな」

アルデバランとミロが頷き、


「こう・・・・、虐めて鳴かせたくなるというかな。

カノンがニヤつく。


「なっ・・・・、妙な事言わないでよ、カノンのスケベ!
「仕方ないだろう。お前がM属性に見えるのが悪いんだ。」
誰がM属性よ!!

およそ褒め言葉とは思えないが、要するにまんざら悪くもないという事なのである。
アフロディーテの言う通り、沙織の方が似合いはしているのだが、何となく醸し出す雰囲気が違うのだ。
これがクールビューティー系ならばしっくりこないところだが、は温和な雰囲気の女、
そこに世話焼きという性分が加わって、良くも悪くも何となくそれっぽく見える。
だからこうして、カノン辺りにからかわれたりするのだが。


「沙織ちゃんの前で変な事言わないでよね!」
「おっと。」

幸運にも、沙織はシミュレーションの準備に忙しく立ち回っており、達の方を見てはいなかったので聞かれずに済んだのであるが、は真っ赤な顔でカノンを睨み付け、相変わらずニタニタと笑っているカノンの肩をバシッと叩いた。


「さあ、さん、始めましょう!」
「は、はいはーい!」

そして、沙織に呼ばれるまま、セコセコと小走りに逃げて行った。













「では、いきますわよ。まずは来店から。さあ、皆さん。一旦外に出て下さいな。」

沙織は自ら広間の扉を開け放ち、手早く黄金聖闘士達を追い出した。
そして、再び扉を閉めて、を振り返った。


さん、お客様が来たら、『いらっしゃいませ』ではなく『お帰りなさいませ、御主人様。』ですわよ。」
「はーい。・・・・ふふっ、沙織ちゃん、張り切ってるわね。実は仕事抜きで結構楽しんでるんじゃない?」
「うふふ、実は少し。誰かに仕えるなんて新鮮なんですもの。では参りますわよ。」

まるでままごとを楽しむ幼い女の子のような屈託のない無邪気な笑顔を優美な微笑に変えると、
沙織は扉の外に向かって『どうぞ』と声を掛けた。
その暫く後、『ギギギィィィ・・・・・』と遠慮がちな音を立てて、扉が恐る恐る開かれた。



し、失礼仕ります・・・・・

そこから現れたのは、勿論黄金聖闘士達。
筆頭に置かれているサガが、緊張に引き攣ったぎこちない仕草で深々と一礼した。
ここからしてまず間違っている。
何処の世界にこんなへりくだった来店の仕方をする客がいるものか。


『お帰りなさいませ、御主人様。』

だが、沙織とは構わずに、一同の前でサガに負けない位深々とお辞儀をした。


「さあ、どうぞこちらに。」
「ただ今おしぼりをお持ち致します。」

一同をテーブルに案内する係は沙織、人数分の水とおしぼりを用意する係はである。
がせっせと用意していると、役目を終えた沙織が小走りにやって来た。


「巷のメイド喫茶では、従業員がお客様の手を拭いて差し上げるようです。そこはうちもパクりましょう。お願いしますね。」
「はいはい、了解〜。」

メイド同士、コソコソと耳打ちをし合うと、二人は水とおしぼりを載せた盆を持ってテーブルへと引き返した。

晩餐会用の大きなテーブルに、上質な白いテーブルクロス。
双魚宮提供のクリーム色の薔薇の花束が幾つか活けられて、仄かに甘い香りを放っている。
食器類や灰皿は、普段使っている丈夫さだけが取り得の安物ではなく、とっておきのクリスタルグラスや一流ブランドのティーセットだ。
急ごしらえのテーブルにしては、なかなか立派に整っている。


「御主人様、お手をお拭き致しましょう。」
え゛っ

そして、その立派なテーブルにズラリと並んで腰掛けている『御主人様』達。
あれ程沙織から『それっぽく振舞え』と言いつけられていたにも関わらず、遠慮がちに小さくなっている者が多数いる。


「さあ。」
「け、結構です・・・・。その位自分で・・・」

その内の一人が、ムウであった。
ムウは、が手を取ろうとするのを、彼にしては珍しくぶっきらぼうな態度で振り払おうとした。

「そう仰らずに。」

だがは、沙織と打ち合わせた通り、にこやかに、かつ有無を言わさずムウの手を取り、その見た目の割にはがっしりした手を丁寧に拭き始めた。


「ムウ、顔が赤いぞ。」
「・・・・・・・殺されたいですか?」

そんなムウを、アフロディーテが愉快そうに眺めてからかった。
拭いているも気恥ずかしかったが、拭かれているムウも相当気恥ずかしいらしい。
いつになく攻撃的な台詞を吐いている。
は苦笑を浮かべて、他の面々を見た。


めめめ滅相もございません!!そのような事をして頂く訳には・・・!」

すると、丁度サガが沙織に手を取られそうになって、あからさまに取り乱しているところだった。


サ ガ。
「・・・・・・・・お、お願い、致し・・・・・ます;」
「かしこまりました、御主人様。」

しかし、女神のご意志は絶対である。
逆らう権利は、サガ並びに黄金聖闘士達一同にはなかった。











「さあ、ではそろそろ本番の『注文』に入りましょうか。」
「何をお持ち致しましょうか?」

全員の手を拭き終わったところで、沙織とは、一同に向かってにこやかにメニューを差し出した。
といっても、きっちりとした物ではない。
急に決まったこのシミュレーション用に、が慌ててワープロソフトで作成した、A4用紙の紙切れ一枚である。
黄金聖闘士達はそれを順繰りに回し読みして、途方に暮れた顔を見合わせた。
彼らにしてみれば、突然上司に飲み屋に誘われ、『今日は無礼講だ、ジャンジャンやってくれ!ガハハハ!』と言われたヒラ社員のような心境なのである。


「い、いえ、私などは何でも結構です・・・・・」
ア イ オ リ ア 。貴方、それでも御主人様のつもりですか?メニューを選ぶ権利は貴方にあるのですよ。皆さんも、遠慮しないで何でもお好きな物を注文しなさい。」
「・・・・・・で、では恐れながら、コーヒーなどがありましたら・・・・」

恐れ多くも女神に給仕をさせるなど、彼らの常識では考えられないのだが、それが女神の命令である以上従わねばならない。
という訳で、アイオリアは恐る恐る一番無難なコーヒーを注文した。


「わ、私もコーヒーを・・・・。もしご迷惑でなければ・・・・
「で、では私も、もしも宜しければ・・・・・
「私も、もしお手数でなければ・・・・・

それを聞いて、サガ、ミロ、普段は紅茶党なアフロディーテまでもが、アイオリアに倣う。
そして他の者も、無言で頷いているところを見ると、彼らに右へ倣えをするつもりのようだ。
その様子は、まさしく上司に『何でも好きな物を頼めよ!ガハハハ!』と言われて、『・・・・じゃあ取り敢えず・・・・・生中で』と、ローテンションで答える平社員のようであった。


ところが、そんな態度を取られては、上司としては面白くない。



いい加減になさい!

沙織は秀麗な眉を吊り上げて、一同を叱責した。

「何度言えば分かるのです!貴方達は『御主人様』なのですよ!卑屈な言い方はおやめなさい!」
『も、申し訳ございません!』
「それに、皆コーヒーでは、十分なシミュレーションが出来ないではありませんか!もっとバリエーションに富んだ注文をして下さらないと!何の為にこんなメニューを用意したと思っているのです!絞りたてジュースにクリームソーダ、ケーキセットにチョコレートパフェにカレーライス!他にも色々書いてあるでしょう!よく御覧なさい!」

沙織は、彼らの目の前にもう一度メニューを突きつけた。



「では・・・・・・・・・・」



それから数分後、ようやく全員の注文が決まった。



「かしこまりました、御主人様。」
「少々お待ち下さいませ。」


ミスプリントを再利用したケチエコロジカルなメモ帳を伝票に見立ててオーダーを書き込み、沙織とはにっこりと微笑んで再び深々とお辞儀をした。



















注文の品を準備する為、沙織とは今、給湯室にいた。


「えーとなになに・・・・、オリジナルブレンド×2、アメリカン×1、カプチーノ×1、エスプレッソ×1、カフェオレ×1、ダージリン×1、アップルティー×1、レモネード×1、ミックスジュース×1、クリームソーダ×1、栗善哉×1にショートケーキ×1にミックスサンド×2に生姜焼き定食×1、と。」

はメモを読み上げて、深々と溜息をついた。


何でこんな見事にバラバラなのよ・・・・・
「そうですわね。確かにああは言いましたけど、本当にバラエティーに富んでいますこと。」
「うん、確かにこれ、全部メニューに載せたものだけどさ・・・・・・」
「ええ。さんのタイピングの腕前は素晴らしいですわ。私が口頭で挙げていく端から、次々と打って下さるんですもの。」
「それ程でも・・・・・。っていうかそんな事よりさ。」
「はい?」
準備してないものが殆どよ!どうしよう、沙織ちゃん!?」

が焦るのも無理はない。
何故なら、このシミュレーションの為に予め用意してあるメニューは、給湯室に備え付けのコーヒーと紅茶、沙織の自家用ジェットの中から持って来たオレンジジュースとクッキー、それにミルクと砂糖だけなのである。
あれだけ多彩なメニューを用意しておきながらこの状態では、準備不足も甚だしい。
しかし、沙織は全く焦る様子を見せなかった。


「大丈夫、問題ありませんわ、さん。」
「えっ?でも・・・」
「だって、今回の目的はあくまでも接客シュミレーションであって、メニューの研究ではありませんもの。何も注文通りの物を出さなくても、似たような物を出しておけばそれで事は足りますわ♪」
「あっ、なーるほど♪って・・・・・・、あの人達にそんな言い分が通用するかなぁ;胸倉掴まれるんじゃないかしら・・・・・」
「有り得ませんわ、この私が居る限り。」
「んー・・・・・・、ま、そうね。今回は沙織ちゃんが居るから大丈夫ね!」


自分より年下の沙織に庇って貰うのは、情けないが心強い。
は、安心して準備を始めた。




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後書き

今更なネタで連載を始めてしまいました。済みません(笑)。
ちなみに管理人は、まだ一度もメイド喫茶に行った事がありません。
なので今作品は、想像とニュース等で聞いた話によって、適当に構成されております(笑)。