「あいつら、戻って来ねぇな・・・・・」
煙草の煙を吹き出しながら、デスマスクは呟いた。
「なあ、小僧。」
「・・・・・だから何だよ。」
憮然と返事をした星矢は、流石に弁当も食べ終わり、ぶっすりと黙り込んで地面の芝などを毟っている。
それを見たシュラは、苦笑して言った。
「そんな暇な事をする時間があるなら、お前も捜しに行ってみればどうだ?」
「ハン、何で俺が。良いんだよ、姉ちゃんもアフロディーテも行ってるんだから、放っときゃその内帰って来るさ!」
口調の強い割に、星矢の表情は今一つ晴れない。
ブスッとした顔を、空に向けたり地面に向けたり。
デスマスクとシュラが黙ってその様子を見ていると、やがて星矢は苛々したように叫んで立ち上がった。
「あーーーーっ!!!くそっ!!!」
「何処へ行く、星矢?」
「便所だよ、便所!!!!」
ヒステリックに叫んでスタスタと行ってしまう星矢の後姿を見て、デスマスクとシュラは口をへの字に曲げた。
「何だよ、俺が何したっていうんだよ・・・・・」
近くにあった男子トイレに入り、小便器に向かってジーンズのジッパーを下ろしつつ、星矢はまだぼやいていた。
何度考えてみても、美穂が怒った理由が未だに分からないのだ。
「やっぱり俺は別に何も・・・・って、うわっ!」
その時、急に左右両隣をデスマスクとシュラに陣取られ、星矢は驚いて声を上げた。
「な、何だよアンタら!?」
「・・・・・全く、便所と言って本当に便所に来る奴があるか。」
「シュラの言う通りだぜ。そんな事だからお前はいつまで経っても小僧なんだよ、『小象』ちゃん。」
「なっ!?ど、何処見て言ってんだよ!?!?」
デスマスクの馬鹿にしたような視線が自分の局部に向かっている事に気付いた星矢は、カッと顔を赤らめて怒鳴った。
「大体なあ、小僧小僧言うな!!俺だってもう14なんだぞ!!」
「そうかそうか、そりゃ凄ぇ。流石14の『小象』は立派な一物を持ってるこって。」
「フッ、おいデスマスク。小僧をからかうのも程々にしておけ。」
「っか〜〜・・・・!!また馬鹿にしやがって!!そういうお前らはどうなんだよ!?!?」
完全に頭に来た星矢は、シュラとデスマスクの局部を交互に覗き込み・・・・・
「・・・・・・・・・・・ふ、ふん・・・・・・・・」
決まり悪そうに黙り込んだ。
「フフン、当然だ。ナニの勝負で俺に勝とうなんざ10年早い。」
「かなりどうでも良い勝負だがな。」
「何言ってやがんだよ、シュラ。ナニは言わば男のプライドの象徴だぜ?ま、チェリーボーイにゃ分からねぇ事かも知れんがな。」
「だ、誰がチェリーボーイだよ!?」
「お?なに、お前女抱いた経験あんのか?一丁前に。」
「くっ・・・・・!!」
またもやデスマスクに言い負かされてブスッと黙り込む星矢を見て、シュラは苦笑を浮かべた。
「まあ、チェリー云々は置いておくにしても、女の気持ちはお前にはまだ分からんようだな。」
「・・・・・・」
「ミホが何故怒ったか・・・・・・、まだ分からんか?」
「・・・・・・・それが分かんねぇから・・・・・・・、イラつくんじゃねぇか・・・・・」
ぶっきらぼうな口調で言う星矢に、デスマスクとシュラは顔を見合わせて薄く笑った。
「・・・ったく、救いようのねぇチェリー君だなテメェは!!」
「うっ、うるせぇ!!チェリーチェリー言うな!!」
「もうその辺にしておけ、デスマスク。星矢もそうカッカするな。」
「だってよ、シュラ・・・!」
「まあ、冗談はさておきとして・・・・・・、分からないなら教えてやろうか?」
シュラにそう言われ、星矢は気まずそうに黙った。
教えて貰いたい気もするし、何も聞きたくない気もする。
しかし、答えを出しかねて黙り込んでいるのをシュラは肯定と取ったようで、静かに口を開いた。
「さっきのあれはお前が悪い。完全にお前のミスだ。失言だった。」
「・・・・・・さっきの・・・・って?」
「ミホは今日をとても楽しみにしていたようじゃないか。なのにお前ときたら、平気で女神とのデートの事を口にして・・・・」
「だ、だからあれは別にデートなんかじゃ・・・!」
「それはお前がそう思っているだけだろう?それをミホが理解してくれるかどうかはまた別問題だ。」
「う゛・・・・」
「まあ話は最後まで聞け。とにかくだな、お前は只でさえそうやって一つ大きな失言をしてしまったにも関わらず、フォローまでをもしくじった。」
「フォロー???」
「だからよ、お前、あの嬢ちゃんに『お前の料理は好きだ』なんて言いやがっただろうが。」
「そ、それのどこが・・・」
「まだ分からんのか!?呆れた鈍さだな!!」
「か〜〜っ、これだからチェリーは!!」
シュラとデスマスクは盛大な溜息をつきながらも、星矢に分かるように噛んで含んで説明を始めた。
「良いか、よく聞け。さんざっぱら他の女の話をされた後で、『お前の料理は好きだ』などと言われて喜ぶ女が何処に居る?『は』はマズいだろう、『は』は。おまけに『食い慣れてるから』とは何事だ。」
「え?え?ど、どういう意味だよ、シュラ?それのどこが・・・」
「チッ、しゃーねーな。お前のその絶望的にツンツルテンの頭でも理解出来るように、このデスマスク様が嬢ちゃんの気持ちを語ってやる!耳の穴かっぽじってよく聞いとけ!!」
と一声叫ぶと、デスマスクは咳払いをし、例の妙な裏声を出し始めた。
「星矢チャンニトッテ私ハ都合ノ良イ飯炊キ女ナノネ!?酷イワ酷イワ、何ヨこのチェリーボーイ!ダイッ嫌イ!!・・・・・とまあ、こんなところだ。」
「だっ、だからチェリーボーイって言うな!!それに美穂ちゃんはそんな事言ってねぇだろ!?」
「まあ、チェリーボーイまでは言わんにしても、大体はデスマスクが言った通りの事を思っているだろう。」
「・・・・・そ、そうなのか!?」
「ああ、そうだ。」
きっぱりと断言したシュラは、小さく溜息をついた。
「あれは相当に腹を立てていたぞ。さて、どうしたものか・・・・、なあ、星矢?」
「そ、そんな事言ったって・・・・・、どうすりゃ良いんだよ!?」
「自分で考えろ。」
「そりゃないぜ、シュラ!頼むよ、なあ!!」
「駄目だ。」
「くっそ〜・・・・、もうこの際デスマスク、アンタでも良いや!どうすりゃ良いか教えてくれよ!」
「『でも』だと?」
「あああ、嘘嘘!!取り消す取り消す!!取り消すから頼むよ、なあ!!」
「・・・・・しゃーねーな。んじゃ一つ取っておきの、女の機嫌の取り方ってやつを伝授してやるか。」
一瞬勿体つけてみせたデスマスクは、そのまま星矢の肩をガシッと抱き、あくどい笑みを浮かべて低い声で唆した。
「ヤれ。取り敢えずヤッとけ。アニマルのようにな。」
「あ、アニマル!?!?」
「些か頼りねぇ『小象』だが、まあ一応は使えるだろ?折角持って生まれたモノだ、活用しとけ。」
「ちょっ・・・・、また何処見て言ってんだよアンタ!?!?」
「ばっ・・・・、馬鹿か貴様!!小僧に妙な事を吹き込むな!!」
「何がだよ?スキンシップは一番手っ取り早い仲直り方法だろ?」
「こいつ等はまだその域にまで達してないだろうが!!何が『アニマル』だ、何を『活用』だ!!全く!!」
「冗談じゃねぇか、冗談。からかっただけだってばよ。」
飄々と言ってのけたデスマスクは、不意に真面目な表情をして星矢に尋ねた。
「しかしお前・・・・・、本当のところどっちが好きなんだよ?」
「・・・・どっち、って?」
「女神かあの嬢ちゃんか、どっちだ?」
「なっ・・・!?何でそんな事訊くんだよ!?」
「・・・・・それによって、お前の取るべき行動が変わるからだ。だろう、デスマスク?」
「ああ。」
「え?ど、どういう事だよ・・・・・」
訝しげな顔をする星矢に、シュラはゆっくりとした口調で言い聞かせ始めた。
「もしお前が女神を愛しているのなら・・」
「あ、愛し・・・って!?!?」
「いちいち照れるな。話が進まん。とにかくだ、もしお前が女神を愛しているのなら、悪戯にミホの気持ちを惑わせるような事は言わん方が良い。彼女が気の毒だ。」
「だぁな。お前も相当だが、あの嬢ちゃんもかなりの純情路線を突っ走ってるみたいだからな。下手に誤解を招きそうな事を言ったら後が怖い。」
「逆に、あの娘の方を愛しているのなら・・・・・・」
「・・・・・・・ってな訳だ。皆まで言わなくても・・・・・・、分かるだろ?」
シュラとデスマスク、左右から詰め寄られた星矢は、実に切羽詰った表情を浮かべた。
どうやら二人の言っている意味がようやく分かったらしい。
ひとまず安心した二人は、それぞれに衣服を整えて便器の水を流すと、代わる代わる星矢の肩を叩いた。
「とにかく、全てはお前の気持ち次第だ。」
「せいぜい気張れや、『小象』。先に戻ってるぜ。」
「・・・・ちっくしょう・・・・・、小僧小僧言うなよ・・・・・・。」
トイレから出て行った二人の背中を恨みがましい目付きで睨んで、星矢は唇を尖らせた。
「何だ、戻っていたのか。」
ランチの場所にまで戻ったら、そこには既に達三人が戻って来ていた。
シュラは三人に軽く手を挙げてみせ、様子を尋ねた。
「そっちはどうだ?もう落ち着いたか?」
「うん、何とかね。」
「済みませんでした、シュラさん、デスマスクさんも・・・・・」
「いや、別に俺達に謝る必要はない。」
「そういうこった。気にすんな。」
微笑んだデスマスクとシュラに安堵して、美穂は気まずそうに下げていた頭をゆっくりと上げた。
「それであの・・・・・・、星矢ちゃん、は?」
「今手洗いに・・・・・と。戻って来たぞ。」
「やっと来やがったか。」
二人が指差す方向には、こちらに向かって歩いて来る星矢の姿があった。
何かに悩んでいるような、難しい顔をしている。
それを見た美穂は僅かに身構え、美穂に気付いた星矢もまた、何処か気まずそうな顔をして微妙に視線を逸らした。
「・・・・・・・おう。」
「・・・・・・・うん。」
再び向き合った少年少女は、ごく短い言葉だけを交わした。
「あの・・・・・・・」
「ん?」
「あの・・・・・・ね?・・・・・私、星矢ちゃんに・・・・・ちょっと話したい事があって・・・・・」
「・・・・・・・俺も。」
「え?」
「俺も・・・・・・・、美穂ちゃんに・・・・・・ちゃんと言っておかなきゃっていうか・・・・・・」
「・・・・・・・」
「うん・・・・・・、ちょっと。うん・・・・・・」
この非常にぎこちない会話を、黄金聖闘士三人とは内心ハラハラしながら聞いていた。
このまま自分達が側に居ても、二人は何も話せないだろう。
ひいては、沙織の頼み事も果たせないという事になる。
「・・・・・・あ。じゃ、じゃあ私そろそろこれで、ね!?」
「あ、ああ、そうだな。」
「そうだね、私達はこれで。ミホ、会えて良かったよ。」
「昼飯ありがとな。」
「あ、い、いいえ・・・・・・」
「あ、お、おいアンタら・・・!姉ちゃん・・・・!」
星矢が呼び止めるのも聞かず、四人はスタスタとその場から離れた。
案の定星矢と美穂は、わざわざ追っては来なかった。
つまりここからが、当事者である星矢と美穂にとっても、また、沙織からの任務を受けた四人にとっても正念場だったのである。