「ったくドン臭ぇなお前は。」
「だからごめんってば・・・・・」
気まずそうに詫びるに、デスマスクは呆れたような溜息をついていた。
ナンパした協力を仰いだ例の女性に本部の前まで案内して貰ったところでから電話が掛かって来た後、シュラとアフロディーテにも声を掛けてひとまずは指定の場所までやって来たのだが。
勿論、例の女性も撒いて来たのだが。
「これで早々と任務失敗じゃねぇか。」
「うう・・・・、だからごめんって謝ってるじゃない・・・・・・」
聖域からはるばる日本の動物園まで連れて来られて、朝から引っ張り回された挙句に、任務は昼になるのを待たずして失敗に終わったのだ。
デスマスクがぼやくのも無理はなかった。
そして。
「・・・・何でアンタらまでこんな所に居るんだよ。」
少し離れたところでシュラ・アフロディーテと向かい合って立っている星矢もまた、複雑そうな顔をしていた。
「まあ・・・・・、色々あってな。」
「取り敢えず・・・・、ランチの礼に適当なものを見繕って来た。良ければ。」
「・・・・・・さんきゅ。」
飲物やお菓子などが入った売店のビニール袋をアフロディーテから受け取って、星矢は小さく溜息をついた。
「・・・・・まあ良いや。何だか良く分かんないけど、とにかく飯を食おうぜ。その前に一応・・・、えぇと・・・・」
口籠った星矢は、モジモジしている美穂を指して言った。
「美穂ちゃんだ。俺と同じ孤児院で育った子でさ。美穂ちゃん、こいつらは一応黄金聖闘士の・・」
「一応とは何だ、一応とは。」
「青銅のヒヨコの分際で生意気な。」
「あはは、悪い悪い!別に深い意味はねぇんだけどよ。美穂ちゃん、こっちが山羊座の黄金聖闘士シュラで、こっちが魚座の黄金聖闘士アフロディーテだ。」
「・・・・山羊座のシュラだ。宜しく。」
「魚座のアフロディーテだ。初めまして、お嬢さん。」
「は・・・・、はじめまして・・・・・、よろ、宜しくお願い・・・します。」
シュラとアフロディーテに手を差し出された美穂は、おっかなびっくり手を差し出して握手に応じた。
実にウブな反応である。
「そんでもって、姉ちゃんの隣に居る奴が蟹座の黄金聖闘士デスマスク。ちょっと顔が怖いけど、見掛け倒しだからそんなにビビらなくて良いぜ。」
「おいこら小僧、てめぇ誰に向かって口利いてんだ、あぁ!?」
激しいメンチを切りながら星矢に詰め寄ったデスマスクは、次の瞬間美穂を見てニッと笑った。
「俺が蟹座のデスマスクだ。折角のデートに水差しちまって悪いな、嬢ちゃん。」
「あ・・・・、い・・・・、いえ・・・・・。」
「ふふっ、美穂ちゃんてば緊張してる?」
「あ、お姉ちゃん・・・・・・!」
に声を掛けられて安堵したのか、美穂ははにかみながらそれを否定した。
「やだ、そんなんじゃないわよ・・・・!皆凄く日本語が上手だから、ちょっと吃驚しただけ。」
「そうね。私も初めて会った時吃驚したもの。」
「それと・・・・・、自己紹介の枕詞が星座って人達も珍しいなと思って・・・。」
「プッ・・・・、あははっ、本当ね!」
「おいコラ、笑うんじゃねぇよ。」
「いたっ」
素朴な疑問から来る美穂の突っ込みに素で笑うを小突いて、デスマスクは言った。
「ま・・・・、こうなったもんはしゃーね。さっさとメシにしようぜ。」
「え?こうなったもんはって・・・、どういう意味ですか?」
「いや別に。嬢ちゃんは何も気にしなくて良いんだ。さあ行こうそれ行こうやれ行こう。」
デスマスクに前へ押し出された美穂は、訳の分からないといった顔をしながらも星矢と連れ立って歩き始めた。
その後は、勿論とデスマスク・シュラ・アフロディーテがついて歩く。
歩きながら四人は、小声でボソボソと話し込んだ。
「・・・・・まあ、こうなったのは却って都合が良かったかもな。」
「やはり君もそう思ってたか、シュラ?」
「ああ。却ってしっかり様子を探るチャンスが出来たようなものだろう。」
「まあ・・・・、そうなるか。折角だ、精々色々訊き出そうぜ、なぁ。言っておくが、次に失敗したらヤキ入れが待ってるからな?」
「やっ、ヤキ入れ!?そんな怖い事言わないでよ!洒落になんないのよ!」
目を向いたは、ふと前を歩いている星矢と美穂を見て黙り込んだ。
荷物を持ってやり、何やら楽しげに話しながら歩く星矢。
同じく楽しげに相槌を打ちながら歩く美穂。
実に楽しそうには見えるのだが。
「・・・・・何か、微妙よね・・・・」
「何がだ?」
「二人の・・・、間。微妙に隙間が空きすぎてない?」
「ああ・・・・・、言われてみれば。」
頷いたアフロディーテは、『やはりまだそういう関係ではないようだね』と呟いた。
星矢と美穂が両思いになっていなければ、沙織は安心する。
しかし、美穂はまず間違いなく星矢に恋心を抱いている。
このまま二人の距離が縮まらなければ、美穂は・・・・・・
今の星矢と美穂、二人のこの距離を、喜ぶべきか喜ばざるべきか。
揺れる姉心は複雑なのであった。
複雑な思いを交錯させながら、一同は表面上至って穏やかに、芝生の生えた原っぱへと到着した。
近隣には、同じように手製の弁当などを広げて食べている客達が結構居る。
小春日和の穏やかな陽光が当たる場所にレジャーシートを広げて、一同は美穂の作って来た弁当を広げた。
「おおー!これ全部嬢ちゃんが作ったのか?」
「はい。」
「ほう、その年で大したものだ。」
「いや全く。素晴らしい。」
黄金聖闘士達から賛辞を貰い、美穂は照れに照れていた。
可愛らしい籐のバスケットの中から出て来たのは、ちまちまと可愛らしく作られた弁当の数々であった。
タコ型のウインナーにパステルカラーのピックが刺さってあったり、一口大の小さなパイカップに盛られたポテトサラダがあったり、おにぎりもサッカーボールの形になっている。
勿論、デザートのリンゴはウサギ型だ。
美穂が如何に今日のデートに小宇宙を燃やしていたか、それが一目瞭然に分かる弁当であった。
しかし、美穂が一番これを褒めて欲しいと願っているであろう肝心の星矢といえば。
「よーし、食うぞーー!!いっただっきまーーす!!」
などと言っただけで、早速バクバクと食べ始めたではないか。
全く、女心の欠片も分かっていないような態度である。
呆れたは、ひとまず星矢を咎めておこうと口を開いた。
「ちょっと星矢・・」
「姉ちゃん、それ俺にくれ!」
「ちょ・・・」
しかし、並べかけていたおかずの入った弁当箱をひったくられ、は閉口するしかなくなった。
「・・・・・・全く。幾つになっても変わらないんだから・・・・」
「んぁ?何か言ったか、姉ちゃん?」
「別に。・・・・・・私も食べようっと。頂きまーす!」
― 全く、人の気も知らないで!
はヤケクソのように、サッカーボール型のおにぎりに齧り付いた。
「やだ、美穂ちゃん!このエビフライ美味しい!」
「え、そう?」
「ああ。こっちのチキンもいける。」
「本当ですか?」
「これは・・・・、タマゴヤキ、と言ったかな?とても美味しい。」
「やだ・・・、そんな・・・・」
やシュラ、アフロディーテに褒められ、美穂は恥ずかしそうにはにかんでいた。
何とも初々しい反応である。
そんな美穂を見て、デスマスクは缶コーヒーを一口飲んでから言った。
「いや〜、ホント美味ぇよ。大したもんだ。アンタ良い嫁さんになるぜ。」
「やだ・・・!いやだデスマスクさんってば・・・・!そんな・・・、良いお嫁さんだなんて・・・・、私まだ中学生ですよ・・・・」
「いやいや、年なんかあっという間に食うもんだ。じきに適齢期ってやつが来るぜ?嬢ちゃんの旦那になる奴は幸せモンだな。」
そう言って、デスマスクは妙に意味深な目で星矢を見た。
「なあ、小僧?」
「んぁ?」
「お前なぁ・・・・・」
デスマスクが呆れ果てた溜息をつくのも無理はない。
星矢の興味は、全て目の前の弁当に注がれていたのだから。
デスマスクは、の耳元に小声で話しかけた。
「ほんっと色気より食い気だな、コイツ。」
「うう・・・・・、全くもってお恥ずかしい限りです・・・・・」
「し、しかし何だな。彼女は女神とはまた違ったタイプの娘じゃないか、星矢。」
続いてシュラに話しかけられた星矢は、そこでようやく食べる手を止め、まともに話の輪に加わった。
「ああ、まあな。でもよ、何でそこで沙織お嬢さんが出て来るんだよ?」
「いやまあ・・・・・、何となく。同年代の少女という事でだな。」
「ふぅん・・・・・」
と相槌を打った星矢は、それ以上大して深く考える風でもなく楽しげに喋り出した。
「まあな。こう言っちゃ何だけど、沙織お嬢さんは弁当作って動物園ってガラじゃないしな、ははは!ずっと前の事なんだけどよ、お嬢さんが偶には息抜きが必要だって言うからついて行ったらさ、こんなビラビラのついたシャツと、タキシード、っての?」
「ああ。」
「あれ着せられてさ、オペラ鑑賞に連れて行かれちゃったんだよな!俺すんごい退屈でさ、始まってすぐ寝ちゃったんだよ。途中でイビキも掻いてたらしくて、後でお嬢さんに怒られた怒られた、ははは!」
「ははは・・・ってアンタねぇ・・・・・」
「その後すんげぇレストランで、しかも貸し切りだぜ!?そこでフルコースとか食べて。俺キャビアなんてあの時初めて食ったよ。俺吃驚してさ、イクラの腐ったやつかと思って、ウエイターに怒鳴っちまったんだよな。ははは!」
「・・・・・・ふう。これだから物を知らないヒヨコは・・・・」
達四人は、それぞれに呆れた表情を浮かべた。
「・・・・・・ったくお前はよお。ホンット子供子供してやがんな。」
「何ぃ、何だとデスマスク!?」
「何も考えてねぇ癖に、金持ちのお嬢さんと純情なお嬢ちゃん、両方の美味い汁を吸ってやがるよな、結果的に。っか〜〜、羨ましいぜ、この女泣かせが。」
「な、何て事言うんだ、デスマスク!!」
デスマスクの軽口に激昂した星矢は、慌てて弁解を始めた。
「俺は別にそんな事してないぞ!!変な事を言うのはやめてくれ!!なあ、美穂ちゃん!?俺は別に・・・」
美穂に同意を求めようとした星矢は、そこではたと気付いた。
美穂の表情が、暗く曇っている事に。
「み・・・、美穂ちゃん?」
「・・・・・そう。星矢ちゃん・・・・・、沙織お嬢様とデートしたのね・・・・」
「でっ、デートなんて大袈裟なもんじゃねえよ!!」
さあて、ここからどう出るか。
黄金聖闘士達三人とは、二人の様子を固唾を呑んで見守った。
「だって、訳も分からず連れて行かれただけだぜ!?」
「でも・・・、沙織お嬢様と食べた豪華なフルコース、美味しかったんでしょ?」
「そりゃ、美味いか不味いかって言われたら美味かったけど・・・・、でも正直味なんて分かんなかったよ!食い慣れてねぇもんだからさ!でもさ、俺は美穂ちゃんの方が好きだぜ!!」
「星矢・・・・、ちゃん・・・・・?」
二人の世界に突入した少年少女を見守りながら、達四人はひそひそと会話をしていた。
「・・・・・おおっと。遂にキーワードが出た。」
「全く・・・・、どうなる事かとヒヤヒヤしたわよ。デスが変な事言うから。」
「バーカ。ありゃ作戦だよ。俺はわざとあの嬢ちゃんのジェラシーを煽るように仕向けたんだ。嬢ちゃんを怒らせて、小僧がどう出るか・・・・・。それを見りゃ、自ずと小僧の気持ちが分かるってもんだ。」
「全く・・・・、そういう事だけはプロだな、貴様。」
「そりゃ褒め言葉か、シュラ?」
「どうとでも取っておけ。」
「シッ、静かに・・・・・。彼女が何か言いそうだ・・・・」
そうして、アフロディーテが皆を黙らせた直後。
「それ・・・・・、本当?星矢ちゃん・・・・・・」
「ああ。」
「・・・・・嬉しい・・・・・・」
美穂は幸せそうに微笑んだ。
まるで綻びかけの花の蕾のような、それはそれは可憐な、恋する乙女の笑顔で。
「星矢ちゃん・・・・・、私・・・・・、私もね・・・・・」
ところが。
「俺、美穂ちゃんの料理は凄く好きだぜ!」
「・・・・・は?」
「・・・・・ん?」
「・・・・・へ?」
「・・・・はい?」
美穂の代わりにシュラ、アフロディーテ、デスマスク、そしてが訊き返す中、星矢は一点の曇りもない笑顔で言った。
「美穂ちゃんの料理ってさ、こう・・・、何ていうか気取ってなくて庶民的でさ、食べるとホッとするんだよな!」
「・・・・・・・」
「それに、食い慣れてるし!」
「ばッ・・・・、馬鹿っ!!それ以上墓穴掘らない・・・」
「星矢ちゃんの馬鹿ーーーっっ!!!」
バシコーーーッッン!!!
「で・・・・・・って・・・・・・」
「・・・・・遅かったな、。」
「うん・・・・・、遅かったね、シュラ。」
とシュラが見た先には、空のバスケットを容赦なく顔面にブチ当てられた星矢の姿があった。
「星矢ちゃんなんて・・・・・、もう知らない!!」
「ミホ!?待ってくれ!!」
そのまま走り去っていく美穂に追い縋るようにして手を差し伸べた後、アフロディーテはハッと我に返ったように星矢の方を睨んだ。
「・・・って何故私が止めているんだ!ええいペガサス、バスケット如きでいつまでヒヨっている!?さっさと起きて彼女を連れ戻して来い!!」
「くぅぅぅぅ〜〜〜・・・・・、痛ってぇ・・・・・!!!目から火出た、火・・・・」
「火でも水でも勝手に出しておけ!!さっさと追いかけんと、ミホが行ってしまうぞ!!」
アフロディーテのみならず、シュラにも怒鳴られた星矢であったが、やがてどうにか起きると、憮然とした顔を擦りながらまたパクパクと弁当を食べ始めた。
「ちょっと星矢!?アンタねぇ、呑気にお弁当なんか食べてる場合じゃ・・・」
「フン、知るかよ!」
「ちょ・・・」
「何だよ、美穂ちゃんの奴!何で急にあんなに怒るんだよ!俺何か変な事言ったか!?普通に褒めただけだろ、なあ!?」
同意を求める星矢の顔は、本気と書いてマジと読む。
そう、マジで何も気付いていないのだ。
己の見事なまでの失言っぷりに。
「・・・・本格的に・・・・・」
「・・・・絶望的に・・・・・」
「・・・・決定的に・・・・・」
「・・・・・・駄目だこりゃ。」
その天然っぷりに、シュラ、アフロディーテ、、そしてデスマスクは、がくりと肩を落とした。