LOVE☆GIRLS 4




「参ったな・・・・・」

道を歩きながら、シュラは困惑顔で辺りを見回していた。
何しろ小宇宙も感じられない。とはいえ、今の星矢はプライベートを楽しむただの少年で、戦闘時のように小宇宙を高まらせている訳ではないから、それは仕方のない事なのだが。

かと言って、シュラが光速で移動する訳にももっといかない。
満員御礼ではなくとも、時間が経つにつれて客は増えてきているのだ。人の目が何処にでもある。
そんな中、小柄で目立たない星矢と美穂を普通の方法で探すのは、はっきり言って困難を極めた。


「仕方がない。ここは一つ、地道に聞き込みといくか。」

シュラは咳払いを一つすると、彼にしては精一杯の愛想を顔に張り付けて、すぐ側でキリンが草を食む様子を楽しそうに見ていた親子連れに声を掛けた。
勿論、言葉が分かるように日本語で話す事も忘れずに。


「あの、つかぬ事を伺うが・・・・」
「は?・・・・・はぃぃっ!?す、済みません、どうぞどうぞ!!」
「は?・・・・・いや、俺は別に場所を譲って欲しいと言った訳では・・・」
「パパぁ、キリンさんは〜!?僕まだ見たーーい!!」
「シッ!!キリンさんはまた今度!!済みません、済みません!!」
「いや、あの・・・」

シュラが止める暇もなく、その親子連れは子供の手を無理矢理引いて、そそくさと去って行ってしまった。


「な、何なんだ・・・・・」

親子連れが去った後、確かにシュラの立っている位置からキリンが見やすくなった。
だが、だから何だというのか。
シュラは小さく溜息をつくと、改めてその隣に居た別の客に声を掛けた。


「失礼。少々お尋ねするが・・・・・」
「うわーーん!!!ママぁ、このオジちゃん怖いよーーー!!!」
「シッ、泣くんじゃありません!!済みません、済みません!!」
「いや、ちょっと待ってくれ・・・・!」
「ひぃっ・・・!」
おい!!

しかし、その客も泣き叫ぶ子供を抱えて逃げて行ってしまった。
そして蜘蛛の子を散らすように、その周辺に居た客達も皆。


「何なんだ、俺の顔がそんなに怖いというのか・・・?」

呆然と呟いたシュラは、ふと草を食んでいたキリンと目が合った。
ものこそ言わないが、キリンの眠そうな眼は『そうぢゃないの?』とでも言いたげで、シュラはワナワナと拳を振るわせた。

勘違するなーッ!俺は人を捜しているだけだ!
キリンなど見に来た訳ではなーーーい!!!











「・・・−−−ぃ・・・・!」
「ん?今何か聞こえたか?シュラの怒鳴り声に似ていた気がするが・・・・、気のせいか。」

こちらもまたシュラと同じ理由から、普通に二人を捜索していたアフロディーテは、一瞬止めた足を再び前に進ませた。

それにつけても鬱陶しいのは、そこかしこから突き刺さってくる無遠慮な視線だ。
カップルの彼女の方、親子連れの母親の方、ならともかく、カップルの彼氏の方、親子連れの父親の方、挙句は孫を連れた爺様までうっとりとした視線を向けてくるのだから、アフロディーテとしては堪ったものではない。


「全く・・・・、確かに私は聖闘士88の中で最も美しい男だが、何もあんなにジロジロ見て来ずとも良かろうに。」

さり気に自慢の入った独り言を呟いていると、とうとう好奇心を抑えられなくなったらしい少女達が、『せーの!』で駆け出して来たかのように、アフロディーテの周囲に一斉に群がった。


「は、ハロー?」
「はうあーゆー?」

金髪・外人=アメリカ人。
その方程式が広く普及している日本人ならではの勘違いか、はたまた英語以外の外国語を知らないせいか、少女達はたどたどしい片言の英語でアフロディーテに話しかけた。

しかし、元来アフロディーテには柔らかい物腰が備わっている。
如何に少女達の行動が無遠慮な程の好奇に満ちていても、何処かの蟹のように『うっせー、ジャリが。散れ散れ。』などと追い払いもしなければ、何処かの山羊のように無言のまま鋭い視線で射竦める事もせず、アフロディーテは至って穏やかな声で少女達に返事を返した。


「・・・・・Hello?」

キャップの下からでもはっきりと分かる、長い睫毛に縁取られたその美しい双眸を僅かに微笑ませて、軽く小首を傾げるオプションまで付けて。


となれば当然こうなる。



「きゃーーーっ♪♪♪」
「ハロー、だって!返事して貰っちゃった〜♪」
「きゃ〜ッ!!!恥ずかしい〜!!!目が合っちゃった〜!!!」

自分達から話しかけておいてそのリアクションは何だという感じがしなくもないが、少女達は益々興奮して、早くもボキャブラリーが尽きたのか100%日本語になりながらも、アフロディーテにあれやこれやと話しかけ始めた。
熱気ムンムンな少女達に取り囲まれて、アフロディーテが疲れた溜息をついたのは言うまでもなかった。













一方その頃、デスマスクの方はと言えば。


「失礼、そこのお嬢さん。」
「はい?・・・・・っははははい!?」
「人を捜しているんですが、少々お尋ねしても?」
「は、はい・・・・・・、どどど、どうぞ・・・・」

大胆にもカップルの、しかも明らかに女性の方だけを的に聞き込みをしていた。
イタリア中の女をヒーヒー言わせた(←自称)セクシーな微笑を浮かべて、さり気なく距離を詰めて。

「赤いジャンパーのクソガ・・・、いや少年と、これ位の髪の長さの、バスケットを持った女の子の二人連れを見かけませんでしたか?14〜5歳ぐらいの。」
「い、いえ・・・・・、見てないです・・・・。」

デスマスクから言わせれば『当然の反応だ』というところらしいが、女性はすっかり蟹の毒気に当てられて、うっとりとデスマスクを見つめている。


「そうですか、それは残念だ。」
「済みません、お役に立てなくて・・・・・・」
「とんでもない。有難う。」
「あっ・・・・・」

デスマスクは何気なく軽い仕草で腕を回し、女性の肩を軽く叩いた。
すると女性は小さく驚いたような、それでいて決して嫌がってはいない声を上げ、その隣の彼氏がジト目でデスマスクを睨んだ。
尤も、男のやっかみの視線も、デスマスクから言わせれば『勲章』らしいのだが。


「では。」
「あの・・・、待って下さい!本部に行って場内アナウンスをして貰ったらどうでしょうか!?」
「ああ、なるほど。その手がありました。早速行ってみます。」

女性の言う方法も、或いは有効かもしれない。
流石に『聖域のデスマスク様がお待ちです』と言われては敵わないが、適当な名前で呼び出した場所に張り込んでおけば、そこで星矢と美穂を見つけられるとデスマスクは考えた。


「あの、良かったら私が案内しましょうか!?」
「しかし、貴女はデートの最中では?そちら、恋人でしょう?」
「ああ、良いんです良いんです!気にしないで下さい!」
「しかし・・・」
「デートより人助けが優先ですよ!私、協力します!」
「お、おい!」
「何よー!?仕方ないでしょ!人助けなんだから、人助け!本部まで行って来るだけだから!」

すっかりのぼせてしまった女性は、抗議する恋人をぞんざいにやり包めて、デスマスクの腕を取った。


「さっ、行きましょう♪」
「ではお言葉に甘えて・・・・・、失礼。こちらのお嬢さん、少しお借りしますよ。」

男性の方に不敵な笑みを見せてから、デスマスクはエスコートするように女性の腰をふわりと抱いた。
そのスマートな仕草にメロメロになった女性がまたうっとりとするのを満足げに一瞥してから、デスマスクは場内アナウンスをして貰う時の偽名を考え始めた。











「あ〜あ、どこ行ったのかしら・・・・。」

一方は、こちらもまた捜せど捜せど見つからない星矢と美穂の姿を求めて、園内を徘徊していた。
まだお昼もこれからという時に園の外に出ている事は考え難いが、とにかく何処を捜しても見当たらない。
当てもなく歩き回ったせいで次第に疲れを感じ始めていたは、近くにあったベンチにフラフラと座り込んだ。



「は〜〜っっ、疲れた・・・・・!喉渇いた・・・・!」

空気が少しだけひんやりとした、穏やかな小春日和のこんな日なのに、薄らと汗さえかいている。
じっとしていれば丁度良い陽気でも、こうも動き回れば暑く感じてしまうのも無理はなかった。

「あ、駄目・・・・、ちょっと何か飲もう・・・・・」

幸いベンチのすぐ後ろには、ジュースやお菓子・軽食などを販売している売店がある。
バッグから財布を取り出すと、は気合を入れて立ち上がり、売店へと向かった。


缶コーヒー、紅茶、コーラ、いやいや、ここは水が一番か。
やはり缶よりペットボトルの方が良い、蓋を閉めて持ち歩けるから。

とこんな具合に、喉の渇きを潤す事だけで頭が一杯一杯だったせいだろうか。
は、自分と入れ違いに売店から出て来る人の気配に気付く事が出来なかった。


「きゃっ!」
「あっ!」

気付いた時にはもう遅い。
その人はと派手にぶつかり、手に持っていたものを景気良く放り出していたところだった。


「ご、ごめんなさい!」
「あ、い、いいえ・・・!」
「あっ、ジュースが・・・・!」

コロコロと足元を転がる二本の缶ジュースを見て慌てたは、その人が拾う前にそれらを拾い、缶に付いた汚れを手早く拭き取って返した。


「ごめんなさい、ボーっとしてて・・・・・って・・・・・」
「あら・・・・?」
「あれ・・・・・、み・・・・」
お姉ちゃん!!??
美穂ちゃん!?!?

心底驚いたように目を見開く美穂。
そう、見つけたは良かったが、は結果として尾行に失敗してしまったのであった。







「もう、お姉ちゃんたら!いつ日本に帰ってたのよ!?」
「え?あ、う、うん、つい最近、ね・・・。ちょっと用があって・・・・」
「ゆっくりしていけるの?」
「え?ま、まあ・・・・、そんなにゆっくり出来る訳じゃないんだけど、まあ今日一日ぐらいは・・・・」
「そっか〜。」

元居たベンチに座り込んで、は美穂と取りとめもない会話をしていた。


「でも、どうして動物園なんか?用ってここに用があるの?」
「え!?いやぁ・・・・まあ・・・その・・・・・」

用はあなた達にあるんです、とは言えず、は曖昧に言葉を濁した。

「そ、そうだ!美穂ちゃんは?どうしてここに居るの?」
「えっ、私!?私はその・・・・、あの・・・・・、星矢ちゃんと・・・・・・」
「へ〜・・・・、そう・・・・・」

気恥ずかしそうに答える美穂に、は内心で詫び倒した。
実は何もかも知った上で尾行していました、愚問で済みません。
とはまさか言えないではないか。
しかし、そんなの胸中を知る筈もなく、美穂は照れたように笑いながら言った。


「そうそう、そろそろお弁当を食べようと思ってたところだったの!お姉ちゃんもどう?」
「え?」
「星矢ちゃんも居るし・・・・・、ね?星矢ちゃんだってきっと、お姉ちゃんがここに居るって知ったら会いたがるわ。」
「そ・・・・うね・・・・・・」
「行きましょう!星矢ちゃん、あっちで待っててくれてるから!」

善は急げとばかりに立ち上がった美穂と、彼女に手を取られて半ば強引に立ち上がらせられたの元に、不意に誰かの声が飛んで来た。


「おーーい!!美穂ちゃーーん!!」
「あっ、星矢ちゃん!!」

そう、それは言うまでもなく星矢だった。
美穂の持っていたバスケットを持ち、小走りでこちらに駆けて来る。

「遅いぜ美穂ちゃん!!ジュース買うのに何モタモタしてんだよ・・・・って・・・・」

ニコニコと笑いながら近付いて来た星矢は、美穂の隣に居るを見て目を丸くした。


姉ちゃん!?何でここに居るんだよ!?」
「や、やっほ〜・・・・」
「やっほ〜・・・ってそれは良いんだけど・・・・・、凄ぇ吃驚したよ、俺!!」
「でしょう?私も吃驚したの!そこの売店で偶然会って。それで少しお喋りしてたの。でね、今『一緒にお弁当食べない?』って誘ってたんだけど。」
「ああ、良いじゃないか!!そうしろよ姉ちゃん!折角会えたんだから、一緒に食おうぜ!!」

自分達が今どういう状況に置かれているかも知らずに、星矢と美穂は呑気に誘いをかけてくる。
は半ばその勢いに流されるようにして曖昧に頷きながら、はたと連れ三人の事を思い出した。



「あっ・・・・」
「なぁに?どうしたの、お姉ちゃん?」
「あの・・・・・、実は私・・・・・、連れが居て・・・・・」
「何だそんな事かよ!良いじゃん、呼べよ!皆で一緒に食った方が、弁当ってのは美味いもんだぜ!」
「そうよ!私張り切りすぎちゃって、お弁当沢山作って来ちゃったの。だから、食べてくれる人は多い方が嬉しいわ♪」
「そ、そう・・・・?」
「そうよ!」
「そうだぜ!!」
「じゃ、じゃあ・・・・・・、一応呼ぶ・・・ね・・・・。」

は取り繕うような薄笑いを浮かべると、小走りで星矢と美穂から少し離れた所に行き、携帯電話を取り出した。





メモリーをスクロールさせて、コールするのはダイヤル『D』。
一回、二回と呼び出し音が鳴る間、は呼吸を整えて『その時』に備えた。



『はいよー、もしもーし?』
「あ、もしもしデス?私。」
『おう。見つかったか?』
「あ〜・・・・・、うん。一応。」
『おおー、でかしたでかした。もう少し遅かったら、俺が場内アナウンスかけてたところだぜ。』
「場内アナウンス?ああ、もうその必要はないから。」
『おう。で、今どこよ?』
「あの・・・・、今はね・・・・・、えっと・・・、あ、象がすぐ近くに居るわ。象のエリアまで来て。」
『了解。シュラとアフロディーテにも声掛けて行くわ。』
「うん。」
『それまで逃がさねぇように、しっかり見張ってろよ。』
あ〜〜っっと!!
『何だよ!?急にデカい声出しやがって!?』
「それ・・・・・なんだけどね?えっと・・・・・、見つかっちゃった。エヘ。

ビクビクしながら、は少しだけ電話を耳から遠ざけた。
ややあって。



なぁ〜にぃ〜〜!?こっのバカタレがーーー!!!!

電話の向こうから、デスマスクの怒鳴り声が響いて来た。
急に聞いたら吃驚して心臓麻痺でも起こしかねない大声だ。
呼吸を整えて挑み、いよいよな頃になったら電話を耳から離しておく。
これはいつの頃からか身に染み付いてしまった、なりの防御法だった。


「そ、そういう事だから!宜しくね!大至急ね!」
『おいコラてめぇ!!大至急ね、じゃねえよ!聞いてんのかおいコ・・』


プチ。
デスマスクの怒鳴り声を強制的にシャットアウトし、は深々と溜息をついた。




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後書き

はい。尾行は失敗に終わりました(笑)。
次回は楽しい楽しい(?)お弁当タイムです。お楽しみに〜!(逃亡)