「実は・・・・・、今からあなた達に、日本へ来て貰いたいのです。そして明日、星矢と美穂さんのデートを尾行して貰いたいのです。」
『はぁ!?』
男三人とは、揃って目を丸く見開いた。
「ちょ、待って沙織ちゃん!今から!?すぐ!?」
「ええ。デートは明日・日曜の朝9時からですもの。今夜のうちに東京へいらして頂いた方が、さん達も楽でしょう?」
「うん、それはまあね・・・・っていうか、それ以前にさ・・・・」
「女神、失礼ながらその情報は一体どこから・・・・・?」
「ああ見えて、辰巳の情報収集能力はなかなかのものですのよ、シュラ。」
「あのオッサンに尾行でもさせてたんですかいアンタ・・・・」
「尾行だなんて人聞きの悪い事を言わないで下さい、デスマスク。私はただ、星矢の素行を調査しろと辰巳に命じただけですわ。」
「やっぱり尾行させてんじゃねぇか!どう言おうが尾行は尾行だ!」
「デスマスク、口を慎め!!」
恐れ多くも沙織に向かって突っ込みを飛ばしたデスマスクを叱責して、シュラは沙織に向き直った。
「しかし、恐れながら女神。」
「はい?」
「その・・・・・、星矢とミホなる娘を尾行して・・・・、我等に何を調べろと?」
「無論、二人の仲です。」
「なるほど。つまり、二人が恋愛関係にあるのかどうか、それを我々に確かめて来いと仰せなのですね?」
「その通りです、アフロディーテ。二人の様子を探って、私に報告して下さい。さんも、お願いします!」
ペコリと頭を下げた沙織に、シュラとアフロディーテ、そしては、慌てて頭を上げるように促した。
「いけません、女神!どうかそのような事は!」
「頭をお上げ下さい、女神!」
「沙織ちゃん、こんな事で頭なんか下げないで!」
「では、やって頂けますか?」
一同は、特にシュラはグッと言葉を詰まらせたが、それでも沙織の願いを無下に出来る者は、この場には一人も居なかった。
「・・・・・・・俺はこれでも一応山羊座の黄金聖闘士なんだぞ・・・・。なのに小僧と小娘のデートの尾行が任務とは・・・・・・」
「そうボヤかないで、シュラ;ね?」
「しかし女神。仰る事は分かりましたが、一つ問題が。」
「何でしょう、アフロディーテ?」
「我等が日本へ出向く事、サガは承知なのでしょうか?もしまだお話を通しておられないのであれば、我々は彼に何と言えば・・・」
「それなら心配は要りません。私の用であなた方をお借りしますと、私からきちんと断っておきますから。ですから、くれぐれもこの事は他の方には内密にお願いしますね。」
「そうですか、それなら・・・・・・。このアフロディーテ、謹んで任務をお引き受け致します。」
「う、うん・・・・、私もそこさえ大丈夫なら・・・・・。ね、シュラもそうよね?」
「あ、ああ・・・・・・。承知しました、このシュラもお引き受け致します。」
「良かった。有難う、皆さん。」
どうにかこの極秘の任務を受けた三人に、大輪の花のような笑顔を見せて、沙織はふとデスマスクの方を見た。
「デスマスク、あなたは如何ですか?引き受けて下さいますか?」
「嫌っつっても強制なんでしょ、どうせ。ヘーヘー分かりました、お引き受けしますよ。どうせ行くからにゃ、観光気分で楽しませて貰いますけどね。」
「デスマスク!」
「良いのです、シュラ。デスマスク、どうも有難う。宜しくお願いしますね。」
かくしてデスマスク・シュラ・アフロディーテ、そしての四人組は、早速日本へと飛ぶ破目になった。
そして、あっという間に任務開始の朝が来た。
「ね〜みぃ・・・・・・・」
サングラスでショボショボした目を隠しているデスマスクは、大欠伸を一つかました。
「ま〜ったく、何だってこんな朝早くにデートする気になるんだ。デートといやぁ夜だろ?」
「それはデスの価値観でしょ?星矢と美穂ちゃんはまだ中学生なのよ。当たり前じゃない。」
「全くだ。お前も少しはあいつらを見習って、健全なデートでも覚えたらどうだ?」
「その『あいつら』の片割れは、もしかして彼女かな?」
アフロディーテが指差した方向には、一人の少女が居た。
いつもはおさげにしている髪を下ろし、籐のバスケットを大事そうに持った美穂が。
「髪を下ろしているからパッと見分からなかったが、見せて貰った彼女の写真と同じ顔だ。違うかな、?」
「ううん、あの子よ。美穂ちゃん。」
「ミホちゃん、ね〜・・・・・。何つーか、純朴そうっつーか、今一つ垢抜けねぇっつーか。
女神とは全然違う系統の娘だな。なあシュラ、そう思わねぇか?」
「まあ・・・・・、否めんな。」
美穂の着ている服は、14・5歳の少女らしさが溢れている。
デザイン的にも、金額的にもだ。
美穂のデニムのスカートは、沙織が普段着ているドレスやスーツの十分の一にも遠く及ばない額であろうし、細い首元を飾る可愛らしいネックレスは、手作りらしいビーズ製だ。
無論彼らは、それを馬鹿にしているのではない。
ただ驚いたのだ。
同じ少年を巡った恋敵の女の子二人、余りにも共通点がなさすぎて。
「しかし、なるほどな。これで分かった。」
「え、何が分かったの、シュラ?」
「あいつらがデートの場所にここを選んだ訳がだ。動物園でデート、星矢とあの娘の選びそうな場所ではないか。」
シュラは目を細めて笑った。
そう、ここはシュラの言う通り動物園だ。
開園になったばかりの今、入口のゲートを何組もの家族連れやカップルが潜っていく中、美穂は星矢の姿を探して、券売機の側でキョロキョロと辺りを見回している。
ちなみに達は、そこから少し離れて様子を伺っているのだが。
「しっかしよー、あちらさんは良くても、俺が動物園ってガラかよ!?ちっとは尾行させられてる俺の身にもなれってんだ!」
「なーに勝手な事言ってんだか!良いじゃない、動物園!私も久しぶりだから、凄く楽しみ〜♪」
「ケッ、冗談じゃねぇぜ。俺があの小僧ぐらいの時には、もう女の味を知ってたけどな。」
「なっ、何て事言うの!」
「朝っぱらから胸焼けするような事を言うな、蟹。場所を弁えろ。」
「全くだ。せめて今日一日は、この秋晴れの空のように清々しくありたまえ。いたいけな青少年の健全なデートを尾行する者として。」
「いや、いたいけな青少年の健全なデートを尾行している時点で、俺らちっとも清々しくないと思うんだけどよ。」
尤もな正論を吐いて、デスマスクは彼自身を指差した。
色の薄いサングラスをかけ、人目を引く銀髪をニット帽に押し込んでいる彼自身を。
服こそ目立たないモノトーン色だが、デスマスクは元から纏っている雰囲気が物々しいのだ。
どう贔屓目に見ても、動物園に居そうな人種には見えない。
「大体、俺が動物園の客に見えるか?」
『見えんな。』
「それはテメェらもだ。」
シュラもアフロディーテも、それぞれに人目に付かぬよう考慮した格好をしているとはいえ、やはり動物園の客には見えなかった。
「あはは、本当ねー!シュラも十分怪しいよ!これでサングラス掛けてたら、もっと怪しかったね。掛けて来なくて正解!」
「怪しいとは何だ怪しいとは・・・・」
「アフロも今日は珍しいね。キャップ被ってジーンズ履いたアフロなんて初めて見た!」
「フフン、私の髪はデスマスクなどより余程目立つからね。こうでもしないと隠せないのさ。それに、キャップにサテンのブラウスなど合わないだろう?」
「あはは、言えてるー!」
「どこからどう見ても動物園の客らしいのはお前だけだな、。」
「え?何でよ、デス?」
「動物園なんて呑気な場所にぴったりな、呑気なオーラを纏ってやがるからな。ケケッ。」
「何よーー!!」
などとやり合っている間にも時間は経過していき、客は次々にやって来る。
しかしまだ、美穂の待ち人は来ていなかった。
「けしからんな、ペガサスは。約束の時間を20分もオーバーするなど。」
アフロディーテは腕時計をちらりと見て、呆れたように溜息をついた。
一同の視線の先には、美穂が相変わらず同じ場所でしょぼくれた顔をして立っている。
星矢の癖など知り尽くしている筈の彼女だが、何せ今日はデート、美穂にとってはいつもと違って特別な日ゆえに期待も大きい筈だ。
だからこうして待ちぼうけを食わされると、その反対に酷く落胆してしまうのだろう。
そんな美穂を見たデスマスクは、ニヤリと笑った。
「俺があの小娘の考えてる事を当ててやろうか?『どうして、星矢?もしかして私とのデート、忘れているのかしら?』ってとこだろ。ネェシュラ、アナタドウ思ウ?」
「その気持ちの悪い裏声のまま俺に話し掛けるな、蟹。」
「うわっ、もしかしてそれ美穂ちゃんの真似!?デス最低ーー。」
「君がやると去勢された男の声にしか聞こえん。朝っぱらから胸糞の悪くなる声は出さないでくれ。」
「何だよ、洒落じゃねえか洒落!」
「あっ!!ちょっと馬鹿な事言ってないで、皆見て!!」
が指を指した方向には、パァッと顔を輝かせた美穂と、彼女に向かって駆けて来る少年が居た。
「星矢ちゃん!!」
「オーーッス、美穂ちゃん!!」
「もーーっ、星矢ちゃんてば!!遅いわよーー!20分も遅刻よ!?」
「悪い悪い、寝坊しちまって!」
「何処かで事故にでも遭ってるんじゃないかって、心配だったんだから!」
涙目になって駆け寄って来た美穂に向かって、星矢は屈託なく笑った。
「悪い悪い!星華姉さんが朝から出掛けてて、誰も起こしてくれなかったからさぁ!」
「もう・・・・、だから昨日言ったじゃない!『今夜は孤児院に泊ったら?』って!」
「いやぁ、そうしたいのは山々だったけど、姉さんが居るからさ。」
「うん・・・・、そうね。」
美穂は嬉しそうに笑うと、星矢の手をそっと握った。
「・・・・・・良かった。」
「美穂ちゃん?」
「本当はね、また沙織お嬢様に言われて・・・・・・、闘いに行ってしまったのかもって・・・・・、凄く不安だったの・・・・・」
「あ・・・・・」
「だから、こうして来てくれただけで・・・・・嬉しい・・・・・・」
「う・・・・あ・・・・」
美穂に腕をそっと絡め取られた星矢は、顔を赤らめながらもぐもぐと口籠った。
まさかその様子を見られているとも知らずに。
「お〜。丸っきりの奥手そうに見えたが、あの小娘なかなかやるじゃねぇか。」
「確かに出来上がっている感じだな。女神にはお気の毒だが・・・・」
「勝負はとうについている、かもしれないね。」
三人の話を、は複雑な心境で聞いていた。
星矢も美穂も、にとっては弟妹のようなものだ。
その二人が仄かな恋を育むのは、としても勿論歓迎したいところではある。
しかし沙織もまた、にとっては妹のようなものだった。
彼女が抱える聖闘士達の誰にも言えない、年頃の少女らしい悩みを打ち明けてくれる彼女ともまた、は身分や立場を超えた関係を築いていたのだ。
美穂が恋を成就すれば、沙織が悲しむ。
沙織の愛が通じれば、美穂が泣く。
どちらもにとっては、後味の悪い事だった。
「だからそれを・・・・・、確かめて欲しいって頼まれたんでしょ。行きましょ。あの子達行っちゃうわ。」
は話を濁すと、照れまくって腕を振り解き、駆け足で動物園に入って行った星矢と、その後を慌てて追う美穂の後を追って行った。