What a Wonderful Destiny 29




「ミス、事情はこれで分かって貰えたと思う。」
「・・・・はい。」

突然地面に下ろされて何事かと思ったが、サガの真剣な眼差しを見ては背筋を正した。

「その上で返事をして欲しい。日本へ戻る気はないか。」

サガの真剣な様子と事の重さに、も真剣に彼の顔を見つめ返した。
サガの気持ちを知った今、これを意地悪だなどとは思わない。
これは彼なりの精一杯の気遣いなのだから。



「すぐには返答出来ないかもしれない。だが少し考えてみて・・・」
「返事なら、今すぐ出来ます。」

は躊躇わずに言い放った。
即答されるとは思っていなかったのか、サガは一瞬片眉を吊り上げた。

「私を聖域に居させて下さい。」
「・・・・本気か?」
「はい。私、ここに居たいんです。何もしないで帰るのは嫌です。」
「しかし・・・」
「日本を出る前は散々迷いました。正直に言うと、ここに来る事になったいきさつだって100%私の意思って訳じゃなかったし。」


サガはあの時の事を思い出していた。

あの夜良かれと思って下した自分の判断が、こうして一人の女性の運命を変えてしまった。
本人も言っているが、その時の彼女の戸惑いは想像に難くなかった。
だからこそ自分は、せめていつでも帰してやれるようにと考えていたのだが。


「でも今は違います。ここに来たのも皆さんと出会ったのも、きっと何かの運命だったんだなって、そう思うんです。」
「運命・・・」
「だからここでちゃんと自分の役割を果たしたいんです。それに・・・」
「それに?」
「サガさんは、私が日本に帰りたがった時の事を考えてそうして下さっていたけど・・・・」

はしばし言い淀むと、再び口を開いた。

「気を悪くされたらごめんなさい。私自身はすっかり忘れていたんです。忘れてしまう位、ここでの生活が楽しかったんです。」
「何と・・・・」

思わずそう呟いてしまう位、の答えは単純明快であった。
しかしサガは、その言葉がまるで鏡のように自分を客観的に映し出したように感じた。

過酷な闘いに明け暮れて、楽しさを感じる心が希薄だった。
まして今ののように、その気持ちをストレートに表現した事などなかった。
何よりそれ以上に、過去の過ちへの贖罪に躍起になって、楽しみや喜びに自ら背を向けていたのだ。
それが聖闘士である自分の務めだと、運命だと、そう信じて。


「・・・楽しい、か。」
「はい。」
「実に単純で他愛ない理由だ。」
「・・・・・はい。」
「だが、ある意味一番正当な理由なのかもしれないな。」

首を傾げるに、サガは笑顔を見せた。
それは今までのものとは違う、掛け値なしの心からの笑顔であった。

「さあ、戻るぞ。」
「はい・・・、きゃっ!!」

サガはを再び背負うと、再び夜道を歩き出した。




!!」

聖域に戻った二人を待ち構えていたのは、緊迫した表情の黄金聖闘士達であった。
すぐさま駆け寄ってきてサガごと取り囲むと、瞬く間にサガの背から引き剥がしてガクガクと肩を掴んで揺さぶる。

「大丈夫か!?怪我はないか!?」
「妙なヤローにノコノコついて行ったんじゃねえだろうな!?」
「あのっ、ちょっ・・・、せ、説明する、から、は、離して・・・!」

ようやく解放されたは、皆が厳しい表情で見守る中、恐る恐る事情を説明しようとした。
だが、その役を買って出たのはサガであった。

「私の口から言おう。」
「でも・・・」
「ここに帰る道すがら、私はミスに全てを話した。お前達にも聞いて貰いたい。」

サガの真摯な表情に触発され、一同の表情も即座に引き締まる。
口を挟める雰囲気でない事を悟ったは、ただ黙ってサガが語るのを他の者達と共に聞いた。




話が全て終わって、最初に口を開いたのは童虎であった。

「なるほどな。よう分かった。してサガ、お主はどう決断を下すのじゃ?」
「私は・・・・」

サガは言い淀むと、一同の顔を見渡した。
同じ聖闘士としてサガの気持ちは良く分かるのであろうか。
いずれも皆真摯な目をしており、責めたり腹を立てている様子はない。


皆が見守る中、サガは静かに口を開いた。

「・・・・私は、彼女の言う『運命』を信じてみたくなりました。」
「ほう?」
「私は今まで、女神にこの命を捧げ、闘いに身を投じる事だけを『運命』だと信じて生きて参りました。」

サガは、まるで懺悔のように胸中を打ち明けた。

「ですが彼女は違いました。ここに来て我々と出会った事自体を運命だと、彼女はそう言ったのです。
私はそのように感じた事などなかった。ここにいる同志達にさえも。」

サガはそう言うと、一同の顔に視線を向けた。

「私に比べて彼女の感じた運命は何と素晴らしいものであろうと思った時、それを求めている自分に気付いたのです。」
「ふむ。」
「ですが老師。罪深いこの私が、そのように眩しいものを追い求めて良いのでしょうか?」

サガは裁きを待つ者のように、童虎を仰いだ。
童虎はしばし無言でサガの顔を見つめていたが、やがて口元に薄らと笑みを浮かべると、子を諭す父のように穏やかな口調で語りかけた。



「サガよ。聖闘士とは、女神の下に地上の平和と幸福を守る者である。」
「はい。」
「その聖闘士自身が人としての楽しみも喜びも知らぬまま、いかように人の幸福を守るというのだ?」
「それは・・・・」
は確かに聖闘士ではない。普通の娘じゃ。だからこそ、我らにない大事なものを持っているとは思わんか?」

童虎の言葉に、サガのみならず他の者達も我が事のように聞き入っている。

「我らに人の生きる楽しみや喜びを与える、これも女神の思し召しかも知れんぞ。」
「女神の・・・」
「尤もこれは儂の憶測に過ぎんがな。女神ご自身はそう深く考えておられんかも知れんのう。ホッホ。」
「はあ・・・」
「運命云々はさておいても、の持つ感情は人として当然のものじゃ。それに同調するのもまた然り。聖闘士とて人である事には変わらんのじゃ。何を責める必要がある?」

童虎は大らかな笑顔を浮かべた。
そしてサガの肩を軽く叩く。
サガはそれに促されるようにの前に立つと、照れたような笑みを浮かべて片手を差し出した。

「今後とも宜しく頼む。・・・・・。」

は一瞬驚いて言葉を失った。
彼が自分を名前で呼んだ事など、今まで一度たりともなかったからだ。
それが自分を認めてくれた証のように感じて、は満面の笑みを浮かべた。

「はい!!」

差し出された彼の手を握り返して、は大きく頷いた。




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後書き

は〜、やれやれ。何とか一件落着しましたな(笑)。
ようやく次でラストです。
あともう少しお付き合い下さいませ。