一方その頃。
「どうしよう・・・・」
は更に最悪の事態に陥っていた。
取り敢えずバスが通って来た道に沿って歩けば、何処かで車でも拾えるかも知れない。
そう考えてひたすら歩いてみたのだが、最悪な事に三叉路にぶち当たってしまったのだった。
どの道を選べばいいかなど、分かる筈もない。
結構な距離を歩いた為、足はすっかり疲れきっている。
今更引き返す事など出来ない。
おまけに依然田舎を脱していないせいか、車など一台も通らない。
「もうやだ〜〜・・・・、私の馬鹿〜〜〜・・・・」
は力なくその場にしゃがみ込んだ。
今頃みんな心配しているかもしれない。
こんな下らない事で迷惑を掛けて、一体どの面を下げて会えば良いのか。
サガに対しては特にだ。
あれだけ啖呵を切るようにして出てきたのに、どう詫びれば良いのだろう。
きっとこれが決定打になる。
確実に追い出される。
それ以前に、ここから無事にアテネなり何処へなりに出られるのだろうか。
の不安はもうピークに達していた。
「はぁ・・・、ホント私、何してるんだろ・・・・。誰かぁ・・・・」
誰ともなしに頼りなく助けを呼んだその時。
「ここに居たか、ミス。」
「!!」
思いがけない声にまさかとは思いつつも、は後ろを振り返った。
「サガさん・・・・!」
サガがローブ姿のまま、風に髪をなびかせて立っていた。
気まずさよりも何よりも、助けが来た嬉しさの方が圧倒的に勝っている。
は半泣き状態で、足を引き摺りながらサガの元に駆け寄った。
一方サガの方はといえば、こちらはある意味以上に驚いていた。
自分の顔を見て予想外の反応を示したに、完全に拍子抜けしているらしい。
「ど、どうしたのだ!?落ち着きなさい・・・!」
涙目で自分の手を掴み、何度もぶんぶんと振るに、サガはうろたえていた。
思っていたのと全く違うリアクションだったからだ。
色々考えていた言葉はもはや用をなさず、サガはただただ呆気に取られるばかりであった。
「よ、良かったぁ・・・!もうどうしようかって・・・!!」
「わ、分かった・・・、分かったからともかく聖域に戻ろう。」
「はい・・・・!」
は、サガの後について歩き出そうとした。
しかし。
「・・・・ミス?」
なかなかついて来ようとしないを不審に思ったサガは、後ろを振り返った。
見ればはまだ元の位置で立ち竦んでいる。
サガは再びの方へと引き返した。
「どうした?」
「あ、足が・・・・・」
歩き過ぎで疲労の限界に達したの足は、もう一歩も踏み出す余力がなかった。
ふらふらと足元の覚束ないの状態を把握したサガは、無言でしゃがみ込み、背を向けた。
「いえあの・・・!そんな・・・・!!」
「構わん。いつまでもここに立っている訳にも行かないだろう。」
「す、すみません・・・、じゃあ失礼して・・・・」
は、恐縮しながらもサガの背に身体を預けた。
サガの首に恐る恐る腕を回した途端、身体がふわりと浮き上がる。
自分の視界が普段では有り得ない高さになると同時に、周りの景色がゆっくりと流れ出した。
歩き出したものの、サガは未だ無言のままであった。
は申し訳なさそうに、彼の背中で小さく詫びの言葉を口にした。
「・・・済みませんでした。とんだご迷惑を・・・」
「・・・・・一つ訊きたいのだが、君は何故こんな所に居たのだ?」
「あの、バスに乗ってたらいつの間にか寝てたみたいで、起きたらここでして・・・」
「寝過ごしただけ、か・・・・?」
「・・・・はい。」
は決まり悪そうに肯定した。
直後にサガの小さな溜息が聞こえて、は更に小さくなった。
「・・・私はてっきり、君が望んで聖域を出たのだと思っていた。」
「え?」
「昨夜の私達の会話、聞いていたのだろう?」
「・・・・ご存知だったんですか?」
「いや、その時は気付かなかった。だが、今朝の君の言葉で何となく察しがついてな。」
「そうですか。」
二人の間に沈黙が流れる。
お互いが今どんな表情をしているか、この体勢では窺い知る事は出来ない。
それが益々気まずさに拍車をかけて、二人はしばし口を閉ざしたままであった。
だが、こんな中途半端な状態でいられる訳がない。
は勇気を出して重い口を開いた。
「・・・やっぱり私をその・・・、聖域から出て行かせようと思っていらしたんですか?」
「・・・遠からず君がそう望むだろうと思っていた。」
「それってその・・・、『クビ勧告』って事ですか?」
「違う。私が故意に君を追い出そうとしなくとも、いずれ君の方から願い出るだろうと思っていた。」
「私が、ですか?」
「ああ。一般社会からある意味隔絶されたこの場所にすぐ嫌気がさすだろう、とな。」
は、黙ってサガの話の続きを待った。
「ついでと言えば変だが、先日の君の質問に正直に答えさせて貰おう。」
「・・・・はい。」
「君に執務をさせなかったのは、今言った通りの理由だ。」
「私がそのうち出て行きたがると思ったから、ですか?」
「ああ。君はごく普通の女性だ。そんな君がおいそれと我々聖闘士の世界を理解出来る筈もない。」
サガの言う事は尤もであった。
確かに聖域という場所は、自分の持ち合わせている常識では計り知れない所であるのだから。
「しかし君が執務を通して聖域や我々聖闘士の事を深く知ってしまったら、『日本に帰りたい』と言い出した所で私はそれを簡単に許す訳にはいかないのだ。」
サガが何を言いたいのか、は即座に悟った。
それこそが、自分がここに来る直接的な要因であったのだから。
「そうなれば、我々は今度こそ君の口を封じなければならなかっただろう。」
「や、やっぱりそうなんですか・・・」
「だがそうしたくなかった。敵ならいざ知らず、何の罪もない普通の人間を、まして女性を手にかけたくはなかった。」
「そんな風に思って・・・」
「それが僅かでも付き合いのあった者なら尚更だ。」
「え?」
「私とてそれぐらいの感情は持ち合わせている。日毎我々に溶け込んでくる君を手に掛ける事は容易ではない。」
サガはそう言って、小さく笑いを零した。
「私に深入りさせない為に?」
「そうだ。何も知らないままなら、それが大義名分になる。君を無傷で帰す事が出来る。」
「そうだったんですか・・・・」
は、大きな勘違いをしていた事を恥ずかしく思った。
思いがけない楽しい日々に感けて迂闊にも忘れかけていたその事を、サガはずっと案じていたのだ。
そして『その時』が訪れても、どうにかこの身を守れるように、と。
は危うく滲みそうになった涙をどうにか堪えると、今度は自分の胸中を打ち明け始めた。
「今度は私の話を聞いて頂けますか?」
「ああ。」
「私、勘違いをしていました。」
「勘違い?」
「サガさんが私に執務をさせて下さらなかったのは、私が気に入らないからかな、って。」
「・・・・そうか。」
「サガさんはいつも優しくして下さったけど、どこか余所余所しく感じていたんです。
恥ずかしいんですけど、あの話を聞いた時、もう間違いないって勝手に確信しちゃって。」
そう言っては小さく笑ったが、サガは黙って耳を傾けたままであった。
「所詮私には務まらない、私はここに居ていい人間じゃない。そう言われたように受け取っちゃって。」
「・・・やはりそう取られるだろうな。」
「違うんです!私が何も分かってなかったから・・・」
「いや。理由はどうあれ、私が君に嫌な思いをさせた事は事実だ。済まなかった。」
「・・・・私こそごめんなさい。」
自分以上に申し訳なさそうに謝るに、サガは思わず苦笑を漏らした。
だがすぐにそれを引っ込めると、立ち止まってを背中から降ろした。