肩を揺すられて、は薄らと目を開いた。
起こしてくれたのはバスの運転手で、よくよく話を聞いてみると、もう終点に着いたらしい。
「終点・・・・?えっっ!!??」
それまでの寝ぼけ眼が一遍に覚醒する。
窓の外を見てみると、そこには黄昏色に染まる見慣れない風景が広がっていた。
取り敢えずここの地名を尋ねてみたが、全く聞き覚えがない。
もう一度アテネ市街に引き返そうにも、このバスはこのまま車庫へ向かうとかで乗せて行って貰えず、は仕方なくバスを降りた。
「もーー・・・、ここ何処よ!?」
寝過ごした自分に腹を立てつつも、はバスの時刻表を読んだ。
そしてそのまま沈黙した。
この長閑な風景を見て何となく嫌な予感はしていたが、まだ夕方にも関わらず、今日はもうアテネ市街に向かうバスはない。
ついでに言えば、それ以外の方面へ行くバスなどは元々ない。
出ているバスはアテネ市街方面のみ、それ1本きりである。
更に言うと、聖域への連絡方法も分からず、誰とも連絡の取りようがない。
万事休すとは正にこの事であろう。
「ど・・・、どうしよーーーー!!!??」
サガはすっかり暗くなった十二宮の階段を下り、各宮の主にの姿を見なかったかと聞いて回っていた。
予測していた時刻をまわっても、未だが帰って来なかったからだ。
それを聞いた黄金聖闘士達はみんな大なり小なり心配した様子を見せ、サガについて下の宮へと下りて行った。
お陰で下る度に人数は増え、白羊宮に着く頃には黄金聖闘士が全員集結するという有様であった。
「どういう事だ!?説明しろ、サガ!!」
まずミロが盛大な音を立てて白羊宮のテーブルを叩いた。
彼はかなり焦っている様子である。
「ミロ。心配なのは分かりますが、テーブルに当たらなくても良いでしょう。」
「テーブルとと、どちらが大事だ!?」
「そういう意味じゃありませんよ。腹立ち紛れにテーブルを叩いても何も解決しないと言っているのです。テーブルが無駄に壊れるだけですよ。」
「む・・・・」
分かったような分からないような理屈に折れ、ミロはしぶしぶ椅子に腰掛けた。
ようやく場が鎮まった所で、まだ苛立っている友人の代わりにカミュが冷静に口を開く。
「サガ、どういう事か最初から説明してくれ。」
「いつもの孤児院への贈り物が届いたのだ。」
「ふむ。」
「がそれを届けに行くと言ったので送り出した。それが昼前頃だ。」
「なるほど。普通に考えれば、今頃とうに戻って来ている筈だな。」
アフロディーテが顎に手を当てて考え込む。
「まず考えられる事と言えば、道に迷った、か。」
「場所は大きく分けて3つか。ここからアテネへ向かう途中、アテネ市街、そして帰り道。」
「広範囲だな。」
カノンが列挙したポイントの多さと広さに、アルデバランが苦々しい表情で呟く。
「サガ、道は詳しく教えたのか?」
「無論だ。」
「だがはまだギリシャの地理に詳しくないだろう?何処で間違えているか分からんぞ。」
「いや、道に迷ったと決め付けるのは如何なものだろうか。」
シャカが静かに口を開く。
「どういう意味だ?」
「可能性としては、もっと最悪の事態も考えられる。」
「というと?」
「は異国の若い女性だ。かどわかしの絶好のターゲットとは思わんかね?」
シャカの発言に、全員の顔が青ざめる。
「馬鹿な事を言うな!!」
「この非常時に縁起でもない事を!!」
「可能性の話だ。私とてそのような事はあって欲しくないと思っている。だが否定は出来ん筈だ。」
「・・・・・確かにシャカの言う事も尤もだな。」
デスマスクが忌々しそうに煙草の煙を吐き出す。
「チッ、あの馬鹿・・・・!何だって一人で行きやがったんだ・・・!」
「そうだサガ、そもそも何故一人で行かせたりしたのだ!?」
デスマスクの独り言に便乗したアイオリアが、サガに詰め寄る。
サガは視線を床に落としたまま、ぽつりと呟いた。
「無論私とて反対した。だが、彼女のたっての希望だったのだ。」
「何だと?」
「この程度の使いぐらい一般人の自分でも出来ると、そう言ったのだ・・・。」
大半の者は何の事か分からないと言った顔をしたが、あの夜執務室に居たメンバーは一様に顔を顰めた。
「あの話、よもや聞かれていたのか。」
「迂闊だったな、黄金聖闘士の我らが揃いも揃って立ち聞きされていた事に気付かなかったとは。」
「おい、何の話か説明しろ!」
場はますます混乱する一方である。
そこへ唐突に、一人の男が現れた。
「やれやれ、やっと着いたわい。どうも飛行機は疲れていかん。」
『老師!!!』
場違いな程長閑な独り言を呟きながら白羊宮に踏み入ってきた童虎に、一同は一斉に縋るような視線を向けた。
「な、何じゃお主ら。何も揃って出迎えてくれんでも・・・」
「そのような事を仰っている場合ではありません!!一大事なのです!!是非お力添えを!!」
ミロに思いっきり手首を掴まれ、童虎はずるずると輪の中心に連行された。
一同は事情の飲み込めていない童虎に代わる代わる説明し、彼の意見を求めた。
「ふむ、事情は分かった。話とやらは後だ。とにかく一刻も早くを探し出すのじゃ。」
「取り敢えず、可能性のある一帯をしらみつぶしに捜すか?」
「いや待て。まずは彼女の小宇宙を探ってみてはどうだ?」
「しかし一般人のものとなると微弱だからな。上手くいくかどうか・・・。」
頭を抱えながらも、一同はまずの小宇宙を探ってみる事にした。
その役割はムウが買って出た。
「では私がやりましょう。」
「そうだな。こういった事はムウが一番得意だ。」
「頼んだぞ、ムウ!」
ムウは椅子に腰掛けると、瞳を閉じて小宇宙を高め始めた。
一同は固唾を呑んでその様子を見守る。
そのまましばし時が流れた。
しかしまだ見つからないのか、ムウは依然として微動だにしない。
「・・・・気が進まねえが、念の為に積尺気を覗いて来た方が良いか・・・?」
「縁起でもない事を言うな!!」
最悪の想像をしたデスマスクの独り言に腹を立てたアイオリアが、拳で力一杯デスマスクを殴る。
「いってぇな!!何しやがる!?」
「もーー!二人ともやめなよ!!ムウ様の気が散るだろ!?」
貴鬼が二人を窘める。
だがムウはそんな周囲の様子にも全く反応せず、ただ一心不乱にの小宇宙を探っている。
それから更に数分が経過した頃。
「・・・・見つけました。」
「本当か!?」
ムウが静かに口を開いた。
待ちに待った吉報に、一同の表情が晴れる。
「貴鬼、地図を。」
「はい、ムウ様!」
貴鬼は素早く地図を持って来てムウに手渡した。
ムウはそれをテーブル一杯に広げて、ある地点を指差す。
「この辺りですね。」
「ここか!それ程遠くないな!」
「よし、早速行って来よう!!」
ミロが待ちきれない様子で外へ向かって駆け出しそうになる。
しかし、その肩をサガが掴んだ。
「何だ!?」
「私に行かせてくれないか?」
「何だと!?こんな時に誰が行くかで揉めている場合ではないだろう!!」
「ミロよ、サガに行かせてやれ。」
「老師・・・・」
童虎にまでそう言われては、ミロとしても反論しづらい。
ミロはしぶしぶ役目をサガに譲った。
「・・・・早く行け。がきっと心細がっている。」
「分かっている。恩に着るぞ、ミロ。」
サガは言うが早いか、瞬く間に白羊宮から姿を消した。