What a Wonderful Destiny 26




「ああ、あったあった。」

再び教皇の間にやって来たは、休憩室のテーブルの上で探し物を見つけた。
それを抱えてまっすぐ自宅へ戻ろうとしたその時、執務室から微かに聞こえてきた誰かの声が、の足を止めた。




執務室の扉は僅かながら開いており、そこから声が漏れていた。
その細い隙間からそっと中の様子を伺ってみる。
中には今日共に執務に当たっていたメンバーが、無言で重苦しい雰囲気を発していた。

― 何をしてるんだろう?

立ち聞きなど失礼だと思いつつも、はその場を離れる事が出来ずに聞き耳を立てた。
しばらくして沈黙が破られ、サガの声が聞こえてくる。


「ではお前達は、ミスがずっとここに居ると思うのか?」
「何だと?」
「良いか、ミスは一般の人間だ。我らとは所詮住む世界が違う。」

の心臓がドクンと高鳴る。

は俺らとは全く別の世界の人間だから信用してねえ、と。つまりこういう事か?」
「お前達がどう取ろうと構わん。」
「否定はしないのか。サガ、それは彼女に対してあんまりではないか。」
「ならばお前達は違うというのか?彼女と我ら、同じように生きていけると、そう思うのか?」

サガの問いかけに、再び沈黙が流れる。
は固唾を呑んで、彼らの発言を聞き逃すまいと耳を傾けた。
静まり返った雰囲気の中、一同を代表するようにムウが静かに口を開いた。

「・・・思う、とは言い切れませんね。」
「ならばサガ、貴方は彼女をどうするつもりなのだ。」
「まさかこのままずっとうやむやにしているつもりは・・・、ないだろうな?」

シュラが探るような口調でサガに問いかける。
はサガの返答をじっと待った。

「彼女の事は、近々女神にもう一度お伺いを立てるつもりだ。彼女と我らの隔たりは・・・・大きい。」


それ以上、は彼らの話を聞き続ける事が出来なかった。
足音を立てないように注意してその場を離れると、十二宮の階段を一目散に駆け下りていった。




翌朝、はいつになく気だるい気分で教皇の間に向かっていた。
昨夜のサガの言葉が気になって、遅くまで寝付けなかったのだ。
だが、休む気にはなれなかった。


「おはようございます。」
「ああ、おはよう。」

は出来るだけ平静を装って、いつも通りサガに挨拶をした。
サガの方は、まるで何事もなかったかのように微笑みさえ浮かべている。
は取り敢えず日課のコーヒーを淹れてこようとして、ふと周りを見渡した。

サガと自分以外、まだ誰も居ない。

「あの、他の人達はまだですか?」
「ああ、今日は皆それぞれ立て込んでいてな。誰も来ない。」
「そうですか・・・・。コーヒー淹れてきます。」
「ありがとう。」

は給湯室に向かいながら、昨夜の事をまた思い返していた。

あの様子では、もう自分は長くここに居られないかもしれない。
結局自分は何をしにここへ来たのだろう。
日本を離れた時の決意や、彼らとの交流は一体何だったのか。

取りとめのない事をぼんやりと考えながらコーヒーを二杯淹れると、はまた執務室へと戻った。
片方をサガに手渡して自分のデスクに着くと、そこから重い沈黙の時が流れた。




辺りを片付けてみたり、細々とした雑用をやってはみたが、それだけでは時間は進まない。
どうしようかと思いあぐねている時、雑兵が一人、荷物を持って執務室に入って来た。
サガはその辺に荷物を置くように指示をすると、早々に彼を立ち去らせた。
それが丁度いい口実になり、はサガに話しかけた。

「あの、その荷物は?」
「ああ、これか。アテネ市内の教会に併設されている孤児院の子供達へのプレゼントだ。」
「これ、どうするんですか?」
「そうだな。中身を紙袋にでも詰めて貰えるだろうか。いつでも持って行けるように。」
「はい。」

はダンボールを開くと、中に入っていたものを紙袋に詰め替え始めた。
孤児院の子供達に配るのであろうか、小さなお菓子を詰め合わせた袋ばかりがいくつも入っている。
可愛らしいその贈り物に、の顔が少しだけ綻んだ。


「これ、いつ届けるんですか?」
「いつもは届き次第誰かが渡しに行くのだが、生憎今日は人手がなくてな。また後日にでも。」

サガはそう言って再び書類に目線を向けたが、はその荷物をじっと見つめた。

「この荷物、私が持って行っても良いですか?」
「何?」
「きっと子供達達、楽しみに待っていると思います。早く渡してあげたいと思って。」
「駄目だ。君一人で行かせる訳にはいかない。」
「平気ですよ。お使いぐらい一人で行けます。」
「しかし・・・・」
「子供達にお菓子を届けに行くぐらい、一般人の私でも出来ると思いませんか?」

それは皮肉のつもりではなく、サガへのささやかな意思表示のつもりであった。
何もしないまま、ここでの生活を終えたくはない。
そんな気持ちが、をいつになく強引にさせたのだ。
それがサガにどのように伝わっていたかは分からないが、サガは一瞬考え込むと、躊躇いがちに小さなメモを書いた。
それには行き先が書かれてあり、簡単な言付けと共にに渡された。

「行ってきます。」

自分では精一杯明るく微笑んだつもりだったが、その笑顔はサガの瞳に寂しく映っていた事を知らないまま、はメモと紙袋を手に執務室を出て行った。




バスに揺られること数時間。
はアテネ市内へとやって来ていた。

メモを見ながら何とか目的地に辿り着き、はサガの言付け通りに言って神父に荷物を渡した。
お茶を勧められたがそれを丁重に断り、神父と握手を交わすとは再び通りに出た。
そしてぼんやりと歩きながらバス停に向かい、バスに乗り込む。
が席についてしばらくして、バスはゆっくりとアテネ市街を出発した。



は、目を細めてガラス越しの眩しい街並みを見つめた。


初めてこの街に降り立った日が、もう随分昔に感じられる。

だが、もしかしたら直にここを去る日が来るのかもしれない。
そうすれば、恐らくもう二度とこの街に来ることはないだろう。
そして彼らとも、二度と会う事はない。
更に考えてみれば、一旦聖域に関わってしまった以上、日本に帰る事も叶わないかも知れない。

― 今度こそ口封じされちゃったりして・・・

恐ろしい想像をしてみるが、彼らの笑顔を思い浮かべると今一つ現実感が湧かない。
日本を出る前はどんなに恐ろしい人達だろうと怖がったりもしたものであったが、実際関わってみると皆気の良い人達だったのだから。

笑って、はしゃいで。
そんな楽しかった事ばかりがフィードバックする。


「何でこんな事になっちゃってんだろ・・・・」

あんな事、言わなきゃ良かったのかな。
あんな話、聞かなきゃ良かったな。

そんな風に思ってみても、もう今更なかった事には出来ない。

「何でかなぁ・・・・」

小さく呟くと同時に、窓の外の景色が揺れて滲んだ。




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後書き

この回、ドツボのどん底ですな(笑)。
ホンマ、何でこんな事になってんでしょうね(爆)。
でも、もうそろそろですよ。
もう少しで最終回なので、あと少しの辛抱ですよ、皆さん!!