『君はごく普通の女性で・・・・、私達は聖闘士だ。』
サガの言葉を頭の中で何度も繰り返しながら、はぼんやりと下へ向かっていた。
「、今帰りか。」
「びっ、びっくりした・・・・!」
「そんなに驚かなくても良いだろう。美味い果実酒があるんだが、寄って行かないか?」
シュラは苦笑しながらを誘った。
どうやらここは磨羯宮の中だったようだ。
気持ちは有り難いのだが、あまり気分が乗らない。
はすまなそうに断りを入れた。
「ごめんね、折角だけど今日は遠慮しておく。ちょっと疲れちゃったし。」
「その疲れの原因、何となく予測がついていると言ったら?」
「シュラ・・・・」
自分の胸中を見透かしているようなシュラの誘いを、はそれ以上拒む事が出来なかった。
「単刀直入に聞いてやろうか。サガの事だろう。」
渡されたグラスに口を付けかけていたは、ふと一瞬手を止めてグラスをテーブルに置いた。
「やはりな。」
「・・・・・・」
「俺には話せんか?」
「・・・・ううん。そんな事ないよ。」
は再びグラスを取り上げると、今度こそ中身を味わって小さく溜息をついた。
「本当、おいしい。」
「だろう?それはさておきとして、どうなんだ?」
「別に何も・・・・。サガさんの事っていうか、何ていうか・・・」
「ウマが合わんか?」
「そんなのじゃない・・・・、と思う。サガさんは良い人だと思うわ。優しいし、それに・・・・」
の声が再び途切れる。
「だが何かが不満だ。違うか?」
「不満・・・・」
その言葉を口にした途端、は堪えていた何かが弾けたように感じた。
「実はね、さっきサガさんと話をしたの。」
「何のだ?」
「執務の事。」
は一呼吸置くと、堰を切ったように次々と話し始めた。
「どうして私は仕事をさせて貰えないのか、って聞いたの。」
「サガは何と?」
「そんな事ないって。私の考えすぎだって。」
「・・・・そうか。」
「でも納得出来ないの。仕事なんかロクに何もなくて、明らかに暇潰しみたいな事の方が多いんだもの。」
「そうだな。俺の目から見てもそう思う。」
「何が何だか分からない内に来ちゃったけど、でもそれなりに決心してここに来たのに・・・」
「だろうな。」
「なのにこんな状態じゃ私・・・。私、何しにここに来たんだろう・・・」
二人の間をしばし沈黙が流れる。
その沈黙を打ち破り、は言い難そうにシュラに問いかけた。
「シュラの正直な意見を聞かせて欲しいの。私はここに居ない方がいいと思う?」
「何故だ?サガがそう言ったか?」
「ううん。サガさんはいつもすごく気遣ってくれて、親切にしてくれるわ。」
「ではどうしてそんな事を聞く?」
「何か・・・・、違和感を感じるの。」
「違和感、か。」
実はシュラ自身も、以前からそう感じていた。
サガはに対して常に紳士的に振舞っているが、何処か作り物じみた感じを受けていた。
ただ、それが気のせいなのか事実なのか、図りかねていたのだ。
何故ならサガが一般の女性にどう接するのかなど、シュラは全く知らなかったからだ。
共に命を賭けて闘った仲間とはいえ、何もかも知っている訳ではない。
むしろ自分達はきっと、意外な程に互いの事を知らないだろう。
「俺はサガではないから、奴の考えは分からん。だが俺は、お前を歓迎しているつもりだ。」
「・・・・ありがとう。」
薄く笑いかけたシュラに、もぎこちなく微笑みを返した。
「ごめんね、変な事言って。」
「気にするな。残念ながら執務に関しては、俺達も口出し出来ん部分がある。だがなるべく力になるから、そうしょげるな。」
「・・・うん、ありがとう。」
ははにかんで礼を言うと、早々に磨羯宮を出た。
シュラの励ましは有り難かったが、それでもまだの心は依然として晴れぬままであった。
翌日も、表面上は普段と何も変わらない一日であった。
は努めて普段通りに振る舞った。
だがやはり色々と思い煩うのは止めようがなく、一日中どことなく上の空であったせいか、は帰宅後に忘れ物をした事に気付いた。
忘れたのは化粧ポーチだったので、今日中に取りに行かねば明日が困る。
は仕方なしに、再び十二宮の階段を上り始めた。
一方その頃、執務室では。
「あーあ、ダリぃ・・・。早く帰りてぇ。」
ムウ・デスマスク・シュラ・カミュは依然として執務を行っていた。
各々の任務の事後報告処理に追われていたのだ。
そしてその4人以上に忙しそうなサガも、無言で書類にペンを走らせている。
しんと静まり返った室内に、デスマスクのぼやきだけが流れている。
「なんだって日本語で報告書なんざ書かなきゃなんねえんだよ。」
「愚問だな。これをご覧になる女神の為に決まっているだろう。」
「聞く・話すならともかく、文字にするのは苦手なんだよな・・・。」
「貴方だけじゃありませんよ。私も苦手です。」
「私もだ。日本語はやはり難しい。」
「だーーー!!休憩だ、休憩!!」
デスマスクはとうとうイライラが頂点に達して、ペンを天高く放り投げた。
そして煙草に火を点けて、深々と紫煙を吸い込む。
他の者達もその仕草に釣られ、ペンを持つ手を止めた。
「全く行儀の悪い。まあ気持ちは分かりますがね。飲み物でも淹れてきましょう。」
「ああ、少し休憩しよう。」
ムウは執務室を出て行き、他の三人は首や肩をぐるぐると回し始めた。
鍛え抜かれた肉体を持っていても、こういう類の作業は使う筋肉が違う。
いくら黄金聖闘士と言えども、やはり疲れるのだ。
「サガよぉ、何でを帰したんだよ。あいつが居りゃとっとと片付くのによ。」
「全く同感だな。そもそもはこういった執務の為にここに居るのだろう。」
デスマスクとカミュは何気なくサガに話しかけたが、サガはペンを持つ手を止めず、返答もしなかった。
いつになく仏頂面のサガに二人は肩を竦めて諦めたようだったが、シュラはそうしなかった。
「俺も聞きたいな。何故にやらせない?いつも適材適所を心掛けているお前にしては珍しいな。」
皮肉を含んだシュラの物言いに、ようやくサガが顔を上げた。
「何が言いたい?」
「言葉の通りだ。日本人が居るのに、何故わざわざ日本語の読み書きが苦手な俺達にやらせる?」
「貴様らの任務の報告だろう。貴様らがやって当然だ。」
「ならばの役割は何だ?何の為に彼女が居る?」
他愛ない不平とは違う厳しい雰囲気を放つシュラに、場の空気が次第に険しくなって来る。
そこへムウがカップを手に戻ってきたが、彼も状況を素早く察知して一同の様子を無言で見守った。
「ミスはまだ聖域に来て間もない。執務の事も良く知らんだろう。」
「間もないったって、もう一ヶ月は経つぜ。」
「執務の事にしても、指導すれば良いだけであろう。」
「俺は以前から疑問に感じていた。何故に執務をやらせない?」
自分を見据える者達の瞳をじっと睨み返して、サガは重い口を開いた。