3人は、人の多い表通りを悠々と歩いて行く。
ショーウインドウを覗き込み、時折店に入っては荷物を増やして出て来る。
それを繰り返しているうちに、いつのまにか太陽はますます熱く燃えさかっていた。
「あっついし眩しい・・・。ギリシャってほんと、太陽がキツいのね・・・・。」
「俺はここで生まれ育ったから特別どうとも思わんが、来たばかりのには厳しいかもな。」
「それを掛けたらどうだ?ポケットに飾っていては無意味だろう。」
「ほんとだ。そうしよう。」
カノンに勧められるまま、はさっき手に入れたばかりのサングラスをかけた。
煌々と照りつけて視界を白く染めていた太陽光線が、セピア色に程よく遮られる。
それだけでも少し暑さが和らいだ気がするから不思議だ。
ふと見れば、ミロとカノンもそれぞれ買ったばかりのサングラスを掛けている。
3人は近くにあった街路樹の影に移動すると、荷物を地面に降ろした。
「少し休憩でもするか。」
「そうだな。お!」
「なに?」
「ちょっと待っててくれ。」
言うが早いか、ミロは金髪をなびかせて太陽の下に駆け出して行った。
そして道の向こうにあるワゴンの前で立ち止まり、しばらくして何かを手に戻ってきた。
ミロの手にあるものに気付いたの顔が輝く。
「アイスクリーム!」
「ここのは美味いんだ。暑さも吹き飛ぶぞ。どれでも好きなのを選んでくれ。」
「おいしそー!ありがとう!」
満面の笑みを浮かべてが受け取ったのは、涼しげな色をしたチョコミントであった。
横から手を伸ばしたカノンが選んだのはラムレーズン。
ミロは自分の手に残ったレモンシャーベットに豪快に噛り付いた。
「美味い!」
「ほんと、すっごくおいしい!!」
「うむ、なかなかだな。」
「だろう?この3つは俺的ベスト3なんだ。」
ミロはそう言って、美味しそうに食べる二人(特に)の顔を満足そうに見た。
「二人はここによく来るの?」
「いや、そうでもない。」
「用がなければ来んな。」
「そうなんだ。皆でちょくちょくこんな風に遊んでるのかなって思っちゃった。」
にこにことアイスを舐めながら言う。
ミロとカノンは、の言う光景を何となく想像して一瞬アイスを食べる手を止めた。
自分が他の黄金聖闘士達と、木陰で仲良くアイスを食べている図を。
あまつさえ、その相手がアルデバランやデスマスクだったりなんかした日には。
「何が悲しくてそんな事をせねばならんのだ!!」
「有り得ん!断じて有り得ん!!」
「ど、どうしたの二人とも急に!?」
「・・・・済まん、ちょっと嫌な光景を想像してしまったのでな。」
「ああ、全くだ。恐ろしい。」
「??」
自分達だけなら絶対にしたくない事でも、こうしてが混じっていれば平気なのだから不思議だ。
いや、平気どころかむしろ楽しんでさえいる。
かつて敵味方に分かれて闘った事や腹を探り合った事など、最初から無かったのではないか。
思わずそう錯覚してしまうぐらい、今この瞬間を掛け値なく楽しんでいる自分がいる。
どこにでも居そうなごく普通のこの女性が、聖域に新たな風を吹き込んでくれるかもしれない。
二人は、怪訝そうに首を傾げるにふっと笑みを零した。
「あーー、ミロ!!溶けちゃう!!」
「ん?うわっ!」
「、お前のも垂れてるぞ。」
「え!?やだっ!!って、カノンも危ないわよ!?」
「何っ!?」
街角で仲良くアイスを溢しそうになって慌てている事自体、既に新たな風が吹き始めている証拠だ。
溶けかかったそれをマッハで口に押し込みながら、ミロとカノンはぼんやりとそう思った。
「さて、これで買い物は終了か?」
「そうねぇ、食器も買ったしスリッパも買ったし・・・・。」
「食料は?」
「あ。」
「ついでだから買っておいたらどうだ?」
「そうね。でも荷物が・・・・。今でもかなりなのに。」
「なに、あと一つ二つ紙袋が増えたぐらいじゃどうともない。」
「そう?じゃあそうしよっかな。」
どうにかアイスを片付けた3人は、マーケットを目指して歩いて行った。
広いマーケットの中を、カートを押しながら練り歩く。
「今日はいっぱい付き合ってもらったから、お礼に夕飯でもご馳走するわ。」
「いいのか?」
「勿論。あ、でもそれなら皆も呼んだ方がいいかな?皆にはこっちに来てからずっと色々お世話になってるから。」
「・・・・別に呼ばなくてもいいんだがな。」
「え?」
「いや、何でもない。」
ミロは思わず本音を呟いたが、牛乳の日付を読むのに夢中になっていたには聞こえていなかったらしい。
「ね、何が食べたい?って言っても、大したものは出来ないけど。」
「そうだな、が作ったものなら何でもいいぞ。」
「しかし、そんなに大人数になるのなら明日にでもした方がいいのではないか?」
棚の奥にある牛乳を引っ張り出そうと四苦八苦しているの横から手を伸ばして取ってやりながら、カノンが口を挟む。
「帰ってすぐに連中と都合をつけるのも面倒だしな。」
「ふむ、一理あるな。」
「私はどっちでもいいよ。」
「ならそうしよう。それに今日は歩き尽くめでも疲れただろう。」
「う、・・・・ん。そうかも。じゃあ今日は材料だけ揃えておくわ。」
「そうだな。」
話もまとまったところで、3人は隈なく店内を巡った。
カートはどんどん埋まっていく。
シエスタの時間である為か、店内は快適に動き回れる程空いている。
その為であろうか。
店員と思われる中年の男性がににこにこと声を掛けて来た。
当然だが、彼はギリシャ語で喋りかけてくる。
取り敢えず疑問形のようであるが、ミロもカノンも何故か通訳をしてくれない。
「ねえ、この人何て言ってるの?」
「さあな。」
「え?何でよー!?お願いだから教えて!」
「、これも修行だ。」
「ヒントも駄目!?」
焦るは、二人に縋りつくように教えを乞う。
妙に意地の悪い笑みを浮かべた二人は、勿体つけながらもようやくヒントを与えた。
「答えは『はい』か『いいえ』だ。好きな方を答えろ。」
「何それ・・・・?」
「さあ、早く答えてやれよ。」
仕方なく、は笑顔と共に『Ναι』と返事した。
男性は少し驚いたように目を丸くした後、豪快な笑顔を浮かべて何事かを言った。
そしてミロとカノンの肩を軽く叩いて、二〜三言何かを言い交わすと、にこにこと去っていった。
「何だったの?」
「後で教えてやる。」
「何笑ってるの?」
「それも後でだ。さあ、会計を済ませてしまおう。」
あの店員といいこの二人といい、何故こんな妙な笑顔を浮かべているのか気になって仕方のないは、そわそわと待ちきれない様子でレジへ向かった。
山程の荷物を抱えて、3人はようやく帰りのバスに乗り込む事が出来た。
座席に着いて落ち着いた頃を見計らって、はさっきの話を蒸し返す。
「ねえ、さっきの事教えてよ。何て言ってたの?」
「ああ。あの店員はな、『随分な色男だが、二人とも恋人か?』と聞いていたんだ。」
「え・・・・・?」
「それにお前は『YES』と答えたと、こういう訳だ。」
「なっっ!!?」
今更のように狼狽するがおかしくて、ミロとカノンは堪えきれずに大笑いする。
「なっ、何で教えてくれなかったの!?ちょっと、笑わないでよーー!!」
「ついでに言うと、がそう答えた後、あの店員が何て言ってたか教えてやろうか?」
「・・・・何て言ったの・・・?」
「『こんな色男を二人もモノにするなんて凄いな!』だそうだ。」
「俺達には『チャーミングな彼女で羨ましい限りだ。』とか『幸せにやりな。』とか言っていたな。」
「っ〜〜〜!!!」
物も言えずにただ顔を赤らめているに、ミロとカノンはにやにやと笑いを浮かべる。
「・・・・意地悪!」
「愛しいに意地悪なんかする訳ないだろう?」
「もーーー、またそんな事!!!」
「さて。この宣言、他の連中が聞いたらどう思うだろうな。」
「宣言なんかじゃないってば!!」
そんなこんなで散々からかい、からかわれ、すったもんだのその挙句、疲れきったはとうとう。
「眠ったか。」
「ああ。」
ミロとカノンの間に挟まれて、はすっかり陥落していた。
バスの動きに合わせて頭がゆっくりと左右に揺れ、その度に二人の肩に軽くぶつかる。
「楽しかったな。」
「フッ。」
「だが今度はと二人で行くぞ。邪魔者は要らんからな。」
「せいぜい頑張れ。横槍が入らんことを祈る。」
「ほざけ。」
楽しげな口調で短い会話を交わした後、二人は倒れこんでくるに肩を貸しつつ、それぞれも短い眠りに就いた。