「ああもう、そんな所に座り込まれると邪魔です。きびきび動いて下さいよ。」
「今忙しいのだ。後にしてくれ。」
「忙しいのはこちらです。ほらほら、勝手に人の本を読むんじゃありません。」
ムウはシャカの手にあった文庫本を取り上げると、本棚にしまいこんだ。
少しだけシャカの頬が脹れる。
「いいところだったのに。」
「貴方が童話に興味を示すとは思いませんでしたよ。いいからさっさと手伝って下さい。」
「あれは中々素晴らしい話なのだ。天涯孤独の泥棒が、無垢な赤子に心を洗われて改心するという・・・」
「ほう。」
「この感動を誰かに伝えたい。」
シャカはえらく感動したらしく、しみじみと呟いている。
ムウは作業の手を止めずに、適当に相槌を打った。
「デスマスクあたりがいいんじゃないですか。」
「ふむ、そうだな。言われてみれば蟹が一番適任だ。この教訓を諭してやれば、きっと奴も悪の道から抜け出そうという気になるだろう。」
「ああ、ちょっと・・・!」
適当な返答だったにも関わらず、シャカはそのチョイスに大納得したらしい。
ムウが呼び止めるのも聞かずに、『ああ忙しい』とばかりに何処かへ行ってしまった。
「やれやれ・・・。」
後に残されたムウは、一人黙々と本の片付けを再開した。
一方その頃。
は寝室にする部屋の中で、一人衣類の整理をしていた。
いくら彼らが良い人達でも、下着などもある為、こればかりは手伝ってもらう気になれない。
「ニットはこっちでしょー、ブラウスは・・・・」
などと言いながら、淡々と洋服をタンスにしまい込んでいく。
大して衣装持ちではないと思っていたが、こうして見るとなかなかどうして、結構かさばっている。
日本を出る時に着ないものは処分してきたが、また新たに買い足したりしたせいか、結局数は減っていない。
溜息をつきながら、はタンスの引き出しを閉めた。
「お、これいいじゃん。俺の好みだわ。」
「え、どれ?・・・・って、わーーー!!ちょっと!!!」
背後の声を一瞬聞き流しかけたが、はっと気付いて振り返ってみると、そこには居るはずのないデスマスクが居た。
「何だよ?」
「何だじゃないわよ!何引っ張り出してんの!?」
彼が手にしていたのは、おニューの黒い下着(ペア)であった。
上下共に手に取って飄々と品定めをしている。
は慌ててそれを彼の手からひったくった。
「んだよ、ケチケチすんなよ、下着ぐらいで。」
「ケチケチとかいう問題じゃないでしょ。全く、油断も隙もないんだから!」
「今度俺んち来る時はソレ着けて来いや。」
「イ・ヤ!!」
「何を騒いでいるのかね?」
ギャーギャーと騒いでいるところにふらりとやって来たのは、機嫌の良さそうなおシャカ様であった。
「やはりここに居たか、デスマスク。」
「何だよ、何か用か?」
「君に物語を語って聞かせよう。そこへ直りたまえ。」
「嫌だよ。つーかいきなり何なんだよ。」
「君の更正に役立ちそうな話を読んだのだ。耳の穴をかっぽじってよく聞きたまえ。」
「何の話?」
がシャカに質問した。
「うむ。君の本を少し拝見したのだが、あの泥棒と赤子の物語は素晴らしいと思ってな。」
「ああ、あれ。読んだんだ〜。良い話でしょ?」
「うむ。そこで是非この男にもと思ってな。」
「何なんだ、その泥棒と赤子って。聞くからに興味ねえよ。」
顔を顰めて面倒くさそうに手を振ると、デスマスクはポケットから煙草を取り出した。
「灰皿ねえか?」
「えーとね、多分あったと思うんだけど・・・」
「無かったらいいけどよ。外行くから。」
「ちょっと探してくるわ。」
「おう、悪いな。」
デスマスクとシャカを残して、は灰皿を探しにキッチンへと向かった。
「ほら。」
「うむ。」
短い掛け合いと共に黙々と作業しているのは、シュラとアイオリアであった。
何をしているかというと、食器や鍋類を洗って拭いているのだ。
ちなみに洗い終わったものを棚に直しているのは貴鬼である。
どうやらここが一番作業が円滑に進んでいるらしい。
「あれ?お姉ちゃん、もう洋服は片付いたの?」
来訪者に気付いた貴鬼の声で、残り二人は同時に声のする方へ顔を向けた。
「ううん、まだなんだけどね。灰皿探しに来たの。荷物になかった?」
「灰皿?まだ見ていないぞ。」
「そこのダンボールはどうだ?中身を出していないのはそれだけなんだが。」
アイオリアが指差したダンボールを漁る。
すると底の方からガラス製の小さな灰皿が出てきた。
「あったあった。」
「貸してみろ。洗ってやろう。」
「ありがとう。」
シュラに手渡すと、彼は手早く洗ってくれた。
そして洗い終わったそれをアイオリアが乾いた布で拭いてくれる。
なんだか妙に息がぴったりでおかしい。
「どうした、俺の顔に何かついているか?」
「え?ああ、何でもないの。ありがとう。」
「そういえばもうすぐ昼だな。昼飯はどうする?」
「そうだな・・・。、あいつらに適当に声を掛けておいてくれないか?」
「はーい。」
灰皿とシュラの言付けを持って、は再び寝室へと引き返した。
「お待たせー。あったよ。」
「お、サンキュー。悪いな。」
デスマスクはお預けをくらっていた煙草に火を点けると、美味そうに煙を吸い込んだ。
「とりあえずヒマだったからよ、ダンボールの中身を出して仕分けておいてやったぜ。」
「本当?ありがとうー!って、また下着漁ったわね!?」
「漁ったなんて人聞き悪いなオイ。純粋な善意だぜ善意。」
「。心配せずとも大丈夫だ。私が見張っていたから、蟹は君の下着をくすねてはいない。」
「・・・・そ、そう。ありがとう。」
デスマスクだけでなく、シャカにまで見られたかと思うと恥ずかしいことこの上ないのだが、当の本人は全く頓着していないようだ。
脱力したは、とりあえず礼を述べておいた。
― このシャカという人物、ただ者じゃない。
そう心の中で呟いたのは言うまでもない。
「そこに居たか、蟹。」
背後から誰かの声が聞こえて、は後ろを振り返った。
するとそこには、腕組みをしたアフロディーテが仁王立ちでデスマスクを睨み下ろしていた。
「ちょっと目を離した隙に逃亡するとは。君の担当部分が全く進んでいないではないか!」
「逃亡じゃねえよ。別の作業を手伝っていたんだ。」
「それは自分の分担を終えてからにしろ!早くランプシェードを取り付けたまえ!全く・・・」
アフロディーテはえらい剣幕でデスマスクを叱り付けた後、180度表情を変えてに向き直った。
「済まなかったね。君の作業の邪魔になったのではないか?」
「う〜〜ん、邪魔といえば邪魔だし、でもまあ手伝ってくれたから・・・。」
「微妙な言い草だな、オイ。」
「そうか、ならば良いのだが。邪魔をしたね。ほらデスマスク、行くぞ。」
「あ、待って。さっきシュラがお昼ご飯どうするって聞いてたわよ。」
は、シュラからの伝言を皆に伝えた。
「ああ、もうそんな時間か。」
「どうする?」
「私は何でも良いぞ。」
「日本食は持ってきたんだけど、それで良かったら食べる?」
4人で思案しているところへ、ムウが顔を出した。
「こっちはどうですか?」
「あ、ムウ。うん、もう少し掛かるかな。」
「もうお昼ですし、ここらで一旦休憩を取りませんか?」
「おう、今その話をしてたところだ。お前昼飯どうするよ?」
「私のところでどうですか?」
「いいの?」
「ええ。ここはまだ片付いていないし、料理となると面倒でしょう。白羊宮へいらっしゃい。」
ムウはにっこりと笑って自宮へ招待した。
「じゃあそうすっか。」
「ふむ。白羊宮はここから一番近いしな。効率的で良いな。」
「大したおもてなしは出来ませんが、遠慮なくどうぞ。」
「では私はシュラ達を呼んでこよう。」
時刻は12時ちょうど。
一同は揃ってランチタイムを過ごすべく、白羊宮目指して歩いていった。