「お姉ちゃん?」
「誰?貴鬼君?」
「うん。開けるよ?」
「どうぞ〜。」
紳士的に一声掛けての許可を貰った貴鬼は、浴室のドアを開けた。
そして手に持っていた石鹸を差し出す。
「石鹸が切れてたかもしれないから持っていけって。」
「本当!?ありがとうー!ちょうど今困ってたところだったの!」
「やっぱり切れてたんだ。」
カノンの記憶はやはり間違っておらず、案の定は困り果てていたのだった。
そこへ現れた貴鬼は正に救いの天使であった。
は礼を言って受け取ると、貴鬼を風呂へ誘った。
「貴鬼君も泊るんでしょ?一緒にお風呂入っちゃわない?」
「うん!入る入る!!」
貴鬼はダッシュで服を脱ぐと、のいる風呂場にダイブした。
「遅いな、貴鬼の奴。」
「何してやがんだ?便所か?」
「おいムウ、小僧はどこ行ったんだ?」
「知りませんよ。」
一方リビングでは、残された男達が幾分下がったテンションの中、貴鬼が戻って来ないことについてうだうだと問答していた。
するとようやく話題の中心人物が戻ってきた。
「ただいまー!」
「小僧!石鹸届けに行くだけで何でこんな・・・って」
「おや、お前も入ってきたのですか?」
「はい!」
戻ってきた貴鬼はほこほこと湯気を纏っていた。
そしてその後ろから、洗い髪をまとめたがついて来る。
「お先に頂きました〜。」
「貴鬼を一緒に入れてくれたんですね?」
「うん、ついでだからと思って。もしかして駄目だった?」
「とんでもない。ありがとうございました。」
ムウとがほのぼのと会話を交わしていると、片付け物をしていたサガが現れて次を急かした。
「ほら、貴様らもとっとと風呂へ入って寝ろ。」
「おいおい。ガキじゃあるまいし、まだネンネの時間じゃねえだろ。」
「たわけ。明日も執務があるし、それ以外の者はミスの荷解きの手伝いだ。いずれにせよ朝から忙しいのだ。」
反論したデスマスクに拳骨を喰らわせて、サガは手近に居たデスマスク・シュラ・ミロを風呂場へ追いやった。
「そら、まとめてさっさと行け!!後がつかえているのだからな!!」
「何が悲しくて野郎と一緒に風呂入らなきゃならねえんだよ!?」
「そうだそうだ!!」
「しかもなんだ、このむさ苦しいことこの上ないメンツは!?」
「黙れ!お前達全員の入浴が済むのを待っていたら何時間かかると思っているんだ!先に順番を譲ってやっているだけ有り難いと思え!!」
文句轟々な連中が叩き出され、リビングは急に静かになった。
「全くあいつらときたら・・・。騒がしくて申し訳ない。」
「いえ、とんでもないです。」
「今冷たいものでも出そう。座っていなさい。」
「ありがとうございます。」
しばらくすると、サガが人数分のアイスティーを持って来た。
口々に礼を言って受け取り、宴会の後の気だるい余韻に全員で浸る。
「おいしい。」
「うむ、酒の後は格別に美味いな。」
「さっぱりする。」
酒で乾いた口に、砂糖抜きの冷たい紅茶が潤いをもたらす。
その爽快感に言葉も出ない程落ち着いてしまい、そのまましばし皆無言でぼんやりと呆けていた。
「・・・さてと、そろそろ片付けを終えてしまわねば。」
「私も手伝います。」
「いや、あといくらも残っていないから大丈夫だ。」
の申し出を断ると、サガは再びキッチンへと行ってしまった。
はなんとなくそれを真に受けるのも気が引けて、せめてもとまだ少し散らかっているテーブルの上を片付け始めた。
「ふっ、君はよく動くな。」
「そう?」
「ああ、ゆっくり涼んでいれば良いのに。」
「そういう訳にはいかないわよ。せめてこれぐらいはね。」
酔いもすっかり醒めたのか、てきぱきと動くをおもしろそうに見つめるアフロディーテ。
他の皆も思い思いに寛ぎ、宴会ムードはもうすっかり沈着している。
そうこうしているうちに風呂第2隊が上がって来て、再びリビングは騒がしくなった。
「あっちーー!!サガ、何かねぇ?」
「ええいやかましい!少し待っていろ!!」
キッチンからサガの怒鳴り声が聞こえる。
その声に反応して振り向いたは、思わず顔を背けてしまった。
「やっ・・・!」
無理はない。
風呂から上がってきた連中は、まさに風呂上りといったいでたちだったからだ。
といっても、上半身裸のシュラとミロに問題はない。
問題があるのは、トランクス一丁のデスマスクであった。
「済まん済まん。風呂上りは熱くてな。」
「汗が引くまで待ってくれるか。」
「全く、レディの前だと言うのに君達は・・・」
「何照れてんだ?さては俺様のフェロモンにイチコロか?」
「何馬鹿な事言ってんの!いいからさっさと服着てよ!」
9割方裸のデスマスクは面白そうに口の端を吊り上げると、じたばたともがくをものともせずに抱え込んだ。
しかし即座に引き剥がされ、全員の鉄拳を喰らう。
そして止めの拳骨を脳天に喰らわせたのは、風呂から上がった3人の為に再びアイスティーを持って現れたサガであった。
「この馬鹿者が!!女性の前で何て格好をしている!?早く服を着ろ!!」
「イッッテェ・・・!!お前だってしょっちゅうフル○ンじゃねえかよ!!」
「誤解を生むような事を言うな!!私は女性の前でそのようなはしたない格好はせん!!」
「それはそれで何か問題がある発言だな。」
「ほら、次の連中もとっとと入って来い!!」
「言われなくともそうする。この場にいては暑苦しいことこの上ないからな。」
暑苦しそうに顔を顰めたアフロディーテ率いる風呂第3隊が、リビングから出て行ってしまった。
数十分後再びメンバーは入れ替えられ、更に数十分後には全員の就寝準備が整った。
「さて、ミス。私の部屋で申し訳ないが、今から寝室に案内しよう。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
「なんだよ、折角なんだから皆一緒に寝ようぜ!」
「馬鹿を言うな。貴様らと一緒に雑魚寝なんぞさせられるか。」
「じゃあ俺がと一緒にお前の部屋で寝るわ。」
「それ以上冗談をこいたら異次元へ飛ばすぞ。」
ごねる連中を一睨みして黙らせると、サガはを促した。
「さあ、行こう。」
「はい。おやすみなさい。」
「おやすみ、。」
「おやすみ。」
就寝の挨拶を交わし、はサガに連れられて彼の部屋へと連れて行かれた。
「ゆっくり休むといい。」
「はい、ありがとうございます。おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。」
をベッドに入るように促した後、サガは部屋の灯りを消して出て行ってしまった。
しばらくは慣れない所でなかなか寝付けず、何度も寝返りを打ったりしていたであったが、次第に疲れが眠気を引き起こし、いつしか浅い眠りへと落ちて行った。
「ん・・・・」
どれ程眠ったのであろうか。
もう随分長い時間眠った気もするし、まだ数分しか経っていない気もする。
まだ外は暗いし、もう一度寝ようとも思ったのだが、酒のせいかやけに喉が乾いている。
このままでは寝付けそうもなく、は水を一杯貰おうと部屋を出た。
リビングからは気持ち良さそうな寝息が聞こえてくる。
はそこかしこで毛布に包まって眠っている彼らを起こさないように、足音を忍ばせてそっとキッチンへ入った。
「どうした、眠れないのか。」
「!」
不意に背後から声を掛けられて一瞬声を上げそうになったが、何とかそれを堪えて振り返ってみると、ナイトガウンを羽織ったサガが立っていた。
「いえあの、喉が渇いて・・・。お水を一杯頂こうと・・・」
「そうか。」
サガは冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを出すと、グラスに注いでに差し出した。
はそれを受け取って飲み干すと、グラスをシンクの水桶に浸けた。
「ありがとうございました。」
「ああ。おやすみ。」
サガは穏やかな口調でを部屋に戻るよう促した。
しかしは咄嗟にサガを呼び止めた。
「あの」
「なんだ?」
の心に、昼間のカノンの発言がずっと小さく引っ掛かっていたのである。
それを聞いてみようと呼び止めたはいいが、いざとなると何と聞けばいいのか分からない。
何か具体的な根拠があるでもなく、漠然とした小さなわだかまりをどう口にすれば良いのか。
適切な表現など何一つ思い浮かばず、はただ黙り込むより他になかった。
二人の間を沈黙が流れる。
それを最初に破ったのはサガの低く穏やかな声であった。
「さあ、明日も早い。もう眠りなさい。」
「・・・はい、おやすみなさい。」
これ以上会話を続けることも出来ず、はサガに促されるままベッドに戻らざるを得なかった。