「お待たせしました。おや、いつの間にか全員揃っていますね。」
「ムウ様!オイラが持つよ!!」
「これは大丈夫ですから、貴鬼は向こうから食器を取ってきなさい。」
「はい!」
ムウと入れ替わりに貴鬼がキッチンへ駆けて行った。
はムウのすぐ後からサラダを手に出てきたが、サガ・シャカ・デスマスク・アフロディーテの姿を目に留めると、それを急いでテーブルに置いて4人に頭を下げた。
「お疲れ様です。」
「おう、お疲れ!」
「お疲れ様。君も夕食の支度をしていたのかい?」
「はい。」
「そうか、それは済まなかったな。カノン、客にやらせて自分は呑気に何をしている!?」
「出来る奴がいるんだから任せておいた方がいいだろう。その方が美味いもんが食える。」
「貴様・・・」
こめかみに血管を浮かび上がらせるサガを尻目に、アフロディーテがの目の前に薄いオレンジの薔薇の花束を差し出した。
その可憐さと甘い芳香に、の顔に笑みが広がる。
「お近づきのしるしに。」
「もらってもいいんですか?」
「勿論。君の為に用意したんだから。」
「ありがとうございます!うわぁ、綺麗・・・」
「喜んでもらえて嬉しいよ。」
咲き誇る薔薇のように艶やかな微笑みを浮かべるアフロディーテ。
その笑顔に釣られて、心持ち頬を染めつつも微笑を返す。
早速妙なムードが漂っている二人の間を、デスマスクがずかずかと割って入る。
「はいはいお二人さん、メシが冷めちまうからとっととテーブルにつきやがれ。」
アフロディーテは肩を竦めてを促すと、テーブルへついた。
他の者もぞろぞろとテーブルを囲みはじめ、賑やかな夕食が始まった。
ワインの注がれる音や食器のぶつかり合う音が小気味良く響く。
「グラスは行き渡ったか?よし。では、ミスに。乾杯!」
『乾杯!』
サガの音頭と共に、グラスの触れ合う音が鳴り響いた。
まるで狂乱の宴を開始するゴングのように。
「お、美味い!!」
「うん、美味いな!」
皆口々に『美味い美味い』と言いながら料理を平らげていく。
おいしそうに食べる者達の顔を見て、調理部隊は満足そうに微笑んだ。
「作った甲斐がありますね。」
「そうだな。」
「ああ。」
「良かった、皆さんのお口に合ったみたいで。」
賑やかで楽しい雰囲気が皆の食を進ませる。
次々と料理の皿が空き、何本ものワインのボトルが空になり。
そして。
「よーっし分かった!!!今日は一緒に寝ようぜ!!」
「何が分かったんだ!貴様の横になど寝かせられる訳ないだろう!」
「そうだ、も嫌がっているではないか!!」
酔いの回り始めたデスマスクが、をベッドに誘った。
それを聞いたミロとアイオリアが熱烈に反論する。
そう、早い話が『出来上がって』きたのである。
そして当のはといえば。
「ん〜?んふふ。お構いなく〜〜。」
デスマスクの誘いに対して、訳の分からない返答をしていた。
そう、勿論とて既に出来上がっていたのである。
他の皆に酔いが回ってきているのに、元々酒に強くないが酔っていない訳がない。
決して泥酔する程飲んではいないが、それでもそれなりのレベルには至っている。
朱の差した頬ととろんとした瞳が何よりの証拠だ。
こうして微妙に意味の通じていない会話をしていると、素面気味のサガが真面目に口を挟んできた。
「ミスには私の部屋を使ってもらう。私はカノンの部屋を使う。その他は全員リビングで雑魚寝だ。」
「横暴にも程があるぞ、サガ!部屋の持ち主をその他扱いか!」
「黙れ!お前などその他で十分だ!!大体ここは私の宮だ!!」
「それは去年までの話だ!!」
いつもの如く小競り合いになる双子をが宥めた。
「こんなにそっくりな兄弟なのに、ケンカしちゃ駄目っ!」
「「?」」
言っている意味はイマイチ分からないが、は至って真面目な顔である。
しかしその意味不明な仲裁は返って妙な説得力があり、サガとカノンは掴み合っていた胸倉を離した。
「別にケンカなどというものではないんだが。」
「ああ、いつもの事だからな。」
「でもすごく怖い顔して、今にも殴りそうになってたじゃないですか〜?」
「いつもは『殴る』どころの騒ぎではないがな。」
「ああ、必殺技が乱れ飛ぶからな。」
本気で心配するに、カミュとシュラが普段の彼らの行いを暴露する。
「ええ〜!?せっかくの双子なのにぃ〜!仲悪いなんて勿体無い〜〜!!」
「なんだそれ。」
「こいつらは離れて暮らしていた期間が長かったからな。遅まきながら今兄弟関係を築いているところだ。大目に見てやってくれ。」
「黙れ蟹。」
横目で睨むサガをシカトし、デスマスクはこの双子の数奇な運命をに語って聞かせた。
「へぇ〜、そんな事情が・・・!」
「そういうこった。聖戦後こうして一緒に暮らし始めたが、この通りだ。ことあるごとに兄弟喧嘩よ。」
「宮も一緒で聖衣も兼用だからな。それこそ日常茶飯事だ。」
「大の男が物の取り合いで喧嘩など、この私には理解できぬがな。」
デスマスクの話にアルデバランとシャカも絡んで来る。
好き勝手言われ放題な双子は、揃ってバツの悪そうな顔をしている。
「でも双子座の黄金聖闘士が本当に双子だなんて、なんかおもしろい〜!」
「俺も初めて知った時は思わず笑いそうになった。」
「『いかにも』な感じだろう?」
「どいつもこいつも勝手な事を・・・」
が面白そうに笑いながら感心する。
それに便乗して数人が同調し、益々話は盛り上がる。
すっかり酒の肴にされている双子は、苦虫を噛み潰したような顔になっていく。
「二人とも女神から双子座の黄金聖闘士の認定を受けてはいるのだが、如何せん聖衣が一つしかないだろう?」
「じゃあ一緒に任務に就けないんだ。」
「ああ。だから現在はサガが主に教皇職を、カノンが双子座の黄金聖闘士の任務を、それぞれ担当しているわけだ。」
「本来はその役目も私の仕事なのだが、教皇として聖域を束ねるという仕事もある。一人で両方を賄うのにも限度がある故、こいつに私の聖衣を貸与しているのだ。」
「なーるほど!だからあの時『一応』って言ったんだ!!」
「納得するな。」
カノンが苦い顔で感心したように頷くの腕を小突く。
そしていけ好かない話題の矛先を変えようと、話を切り替えた。
「呆けた顔をして。酔いを醒まして来い。」
「そ、そんなにひどい顔してる?」
「ああ、この上ないぐらいな。」
「うぅ、そんなはっきり言わなくたって・・・。」
手元にあったティッシュで顔のテカリを抑える。
カノンはその様子をおもしろそうに笑って見ている。
「風呂に入ってきたらどうだ?」
「うむ。そうするといい。明日は荷物が届く筈だから色々と忙しいだろう。旅の疲れもあるだろうし、今日は早々に休むがいい。」
「それじゃあ最後で。先に皆さんどうぞ。」
「遠慮せずとも良い。客人が一番に入るのは当然だ。」
「・・・それじゃあ、お言葉に甘えて。」
住人達の勧めもあり、は一番風呂をご馳走になることとなった。
「さぁてと、じゃあ入るか。行くぞ。」
「待て蟹。」
「そこまで大胆不敵だといっそ清々しいですがね。そうはいきませんよ。」
「不埒な蟹は押さえておくから、今のうちに早く行け。」
「い、行ってきます・・・。」
ムウとシュラにデスマスクをホールドしておいてもらい、は風呂場へと向かった。
「うわぁ、すっごいお風呂。」
思わず独り言を呟いてしまうぐらい、双児宮のバスルームは豪華だった。
自分が住んでいたアパートの狭いユニットバスとはえらい違いだ、などとせちがらい事を考えながらシャワーの栓をひねる。
勢いよく降り注ぐ熱いシャワーが心地良い。
段々と酔いが醒めてきたは、上機嫌でシャンプーを始めた。
一方その頃。
「どうしたカノン、何を考え込んでいる?」
「うむ、俺の記憶が確かなら・・・・」
「何だ?」
「確か昨日俺が入った時に風呂場の石鹸を切らしたような・・・・。」
「そういう事はもっと早く言え!!今更どうするのだ!?」
リビングでは再び兄弟喧嘩が勃発していた。
「言い争っている場合ではないだろう。早く石鹸を届けなければ。」
「そうだ。きっと今頃が困っている。」
「分かった。では俺が持って行こう。」
「ミロ、魂胆は見えているぞ。」
「チッ。」
誰が石鹸を持っていくかでモメる聖闘士界の最高峰・黄金聖闘士達。
しかしこの強者達をだし抜く者が、一人だけ居た。
「オイラが行くよ!」
「何ぃ!?」
小さな伏兵の登場に一瞬うろたえる兄さん達。
しかし当の貴鬼は大人の思惑など知りもせず、無邪気にお使い役を買って出る。
だが考えてみれば子供である貴鬼は一番の適役だ。
この場において彼以上の適任はいないという客観的事実に否応無く納得させられ、『自分が行く』と主張していた者達は皆振り上げていた拳を下げた。
「そうだな、では頼むぞ、貴鬼。」
「はぁい!」
サガから受け取った石鹸を持って、皆からの恨めしそうな視線をものともせず、貴鬼は軽い足取りで風呂場へと向かった。