他愛もない話が弾み、いつしか外が夕焼けに染まり始めた頃。
「お邪魔しますよ。」
「へへっ、お邪魔しまーす!」
ワイワイとやっている所へ訪ねてきたのは、白羊宮の主ムウとその弟子の貴鬼であった。
聖衣を脱いで素朴な服に身を包んだムウは、先程教皇の間で会った時とはまた違った印象をに与えていた。
そして何よりも、そっくりな眉をした子供を連れている事が、の彼に対するイメージを一番変えていたことは言うまでもない。
「さん。先程はどうも。」
「こちらこそ・・・。あの、その子ムウさんのお子さんですか?」
は思わずそれを口にした。
その途端、全員の顔に『言うと思った』という表情が浮かび上がる。
ムウはにっこり笑うと、それを即座に否定した。
「違います。この子は私の弟子で貴鬼といいます。貴鬼、さんです。ご挨拶なさい。」
「こんにちは!おいら貴鬼っていうんだ。よろしくね、お姉ちゃん!」
「こんにちは、こちらこそよろしくね。」
はムウに申し訳なさそうに頭を下げ、それから貴鬼に満面の笑みを向けた。
貴鬼の目線に合わせてしゃがみ込む様子を見て、ムウは柔らかく微笑む。
「女神から伺っていたとおりですね。」
「え?あの、何をですか?」
「子供好きな優しい方だと、そう伺っております。」
「そっそんないいものじゃないです!」
かぶりを振るに、アイオリアがずっと言いたかった話を切り出した。
「そういえば、君は星矢をよく知っているらしいじゃないか。」
「あ、はい。アイオリアさ・・」
「おっと、『さん』はよしてくれないか。」
「そうでした・・・。アイオリアは星矢の事を知っているの?」
「ああ、子供の頃から知っている。」
「そうなんですかー!」
アイオリアの希望通り、星矢の事をきっかけに会話は弾んだ。
負けじと他の者も話に混じり、青銅組の話に火がつく。
特に幼少時の暴露話には皆で腹を抱えて大笑いし、気が付くと日はすっかり暮れていた。
「おや、もうこんな時間ですか。」
「そろそろ他の連中がやって来る頃だな。」
ムウとシュラが時計を見た。
時刻は午後5時を指している。
「さて、では宿賃として夕飯でも作りましょうか。」
「そうだな。」
「あ、俺パス。出来ない。」
「俺も料理は不得手で・・・」
「構いませんよ。全員で台所に立っても狭いだけですから。カノン、台所を借りますよ。」
「ああ、好きにしてくれ。」
そう言って、ムウはいち早く立ち上がりキッチンへ向かおうとする。
その後ろをカミュが無言でついて行く。
「あの、私も何かお手伝いしましょうか?」
「そうですね、ではお願いしましょうか。」
「あ、ズルいぞ!!」
「何を訳の分からない事を言ってるんです。さあさん、気にしないでこちらへどうぞ。」
「はい。」
ミロのブーイングをさらりとかわし、ムウはを誘ってキッチンへと向かった。
「食料はそれなりにあるみたいですね。何を作りましょう?」
「私は何でも構わんぞ。」
「さんは?」
「そうですね・・・、人数が多いから大鍋で沢山作れるものがいいんじゃないでしょうか?材料は何があるんですか?」
「米とパンと冷凍してあるシーフード、鶏肉に野菜・・・、色々ありますよ。」
「じゃあパエリアとかどうですか?」
「うむ、いいな。」
「そうですね。そうしましょう。」
「それと、鶏肉でフライドチキンでも作るとしよう。」
「あとサラダとサンドイッチも作れそうですね。」
「じゃあそれでいきましょう。」
献立が決まったところで、早速3人は調理に取り掛かった。
ムウもカミュも弟子を持っているだけあって手際がいい。
だがもそれに負けず劣らずの腕を持っていた。
感心したようにカミュがを褒める。
「なかなか手際がいいな。」
「そうかな?」
「ええ。感心しますよ。」
「ありがとうございます。でもムウさんの方がもっとお上手ですよ。」
照れ笑いするに、ムウはふと包丁を持つ手を止めた。
「ああそうそう、私にも皆と同じように振舞って下さって結構ですから。」
「え?」
突然ムウに料理とは関係のない話を出され、一瞬何の事か分からずはきょとんとした。
「どうぞご遠慮なく。私もそうさせて頂きますから。」
「あ、はい。」
何のことはない。
ムウはを早く自分にも馴染ませたかっただけである。
知り合ったばかりで少し緊張しているのもあるだろうが、おそらくは割と人見知りするタイプなのだろう。
その手の人間は大体、相手の許可なく友好的な態度を取ってもいいのかどうかをやけに気にする。
だから、それを察したムウはにその『許可』を与えたのである。
それからしばし雑談を交えながら夕食の支度に勤しんでいたが、3人はふと手を止めた。
パエリアの調理に行き詰ったのだ。
「ううむ、分からんな。」
「困りましたね。」
「ごめんなさい、私がうろ覚えなのに作ろうなんて言い出したから・・・」
自分が悪いとしょげ返る。
「そんなに気に病む必要はありませんよ。大丈夫です。」
「そうだ、パエリアなら大丈夫だ。奴がいる。」
「?」
ムウとカミュの言わんとするところが分からず、は首を傾げる。
そんなをよそに、カミュは台所を離れる。
そしてシュラを連れてすぐに戻って来た。
「なんだ?パエリアに苦戦してるらしいな。」
シュラは笑いながら身支度を整えると、調理部隊に入隊した。
「うむ。下ごしらえまでは出来たのだがな。ここから先の手順が今一つ分からん。頼んだぞ。」
「分かった。」
「では私達は別のメニューを作りましょうか。」
「そうだな。」
というわけで、4人はそれぞれに料理を作り始めた。
「おい、オリーブオイルを取ってくれ。」
「これか?」
「、胡椒を取ってもらえますか?」
「はーい。」
4人は淡々と調理に没頭した。
たちまちキッチンからいい匂いが漂い始める。
それはいいのだが。
「狭いな。」
「ああ。」
キッチン自体は別段狭くはないのだが、やはり4人で並んで立つには少々手狭な感じがする。
まして4人中3人が大柄な男と来た日には、間に挟まっているが一人小さく浮いて見える。
はムウとシュラの間にきちきちに挟まっている為、肩を狭めて卵のペーストを作っていた。
「すいませんね、。」
「ううん、全然大丈夫デス・・・。」
「あんまり大丈夫そうじゃないな。」
自分の肩下でやりにくそうにちまちまとボウルの中身を混ぜているがなんとなく面白くて、二人は口元に笑みを浮かべた。
ほぼ密着している状態な為、ふんわりと甘いの香りが鼻をくすぐる。
ここ聖域でこんな状況が未だかつてあったであろうか。否、ない。
だから、思わずそれに呆けてしまったのも無理はなかったのだ。
「熱っ!」
「うわっ!済まん!!」
パエリアに使う魚介類を茹でていた熱湯が、の手に少し掛かってしまった。
反射で手を引っ込めると、我に返って慌てふためくシュラ。
湯が掛かったの手を引ったくり、慌てて水道の水にさらす。
「済まん、大丈夫か!?」
「へ、平気平気!」
「シュラ、貴様・・・・」
「貴方何てことをするんですか。ああ、大丈夫ですか、?」
「うう・・・」
ムウとカミュに冷ややかで突き刺さるような視線を投げかけられ、シュラはバツが悪そうに俯く。
「済まん、・・・。痛むか?」
「ううん、大丈夫。」
シュラは申し訳なさそうな顔をしながら、まだの手を掴んだまま一緒に水道の水に打たれている。
そして湯が掛かった場所を癒すように優しく指で摩る。
その手の感触とムウ・カミュの視線に照れたは、もぞもぞと手を引っ込める仕草をした。
「ありがと、シュラ。もう平気だから・・・」
「そうか?」
「うん。これぐらい火傷のうちに入らないって。ほら、どうもなってないし。」
シュラはようやくの手を解放した。
すると今度はムウがその手を取る。
「ああ、でも少し赤くなってますよ。後で手当てをしなければ。」
「そんな大袈裟な。放っておけばすぐ直るわよ。」
「どれ、見せてみろ。ああ、本当だ。私が冷やしてやろう。」
横からカミュも手を伸ばし、の火傷の具合を確認する。
確かに大した傷ではないのだが、二人は『傷でも残ったら大変だ』と言わんがばかりにを心配する。
そしてその騒ぎを見ているシュラがますますバツの悪そうな顔をする。
「本当に大丈夫だから、気にしないで!ね!?」
は気まずさを吹き飛ばすように必死で取り繕い、何事もなかったかのように調理を再開した。
「そんなことよりほら、早く作っちゃわないと!えーと次は・・・」
3人の男達は甲斐甲斐しく立ち振る舞うに小さく笑みを零すと、それぞれの作業に戻った。
そして数十分後、4人の労力の結晶が完成した。
魚介類たっぷりのパエリア。
揚げたてのフライドチキン。
卵のペーストや野菜、ハムやチーズなどの載ったオープンサンド。
色鮮やかな温野菜のサラダ。
「出来たー!」
ほこほこと湯気を立てている料理の皿を前に、が嬉しそうな微笑を浮かべる。
3人はその様子を微笑ましく見つめながら料理の皿を手に取り、リビングへ向かおうとする。
「では運びましょうか。」
「そうだな。」
「そろそろ他の奴らも来ている頃だろう。」
かくして調理部隊は無事任務を終了し解散となった。
そして波乱の宴が今始まろうとしている・・・・。