「それで・・・、実は私、早速さんに謝らなければならないことがあるのです。」
「え?何を?」
「さんの荷物、まだ届いてないのです。だから部屋の中が空っぽで・・・」
「え!?」
「ごめんなさい!こちらの手違いで、明日にならなければ到着しないんです!」
申し訳なさそうに頭を下げる沙織を、は慌てて制した。
「そんな、頭上げて沙織ちゃん!」
「本当なら私の寝室を使って頂けるのですけど、あいにく今改装中で・・・・」
「そう、なの・・・。あ、でも大丈夫大丈夫!今日1日ぐらい平気よ、何とかなるわ!!」
「本当にごめんなさい・・・・」
許しを乞うように上目遣いでを見上げる沙織。
常に大人顔負けに落ち着いている彼女でも、時折こういう少女らしい一面を見せることがある。
可愛いと思えども怒るつもりは毛頭ない。
だが正味の話、今夜どこで寝泊りすれば良いのだろう?
が人知れず悩んでいると、いきなり沙織の携帯の着信音が鳴り響いた。
「はい。・・・ええ、分かりました。」
電話を切ると、沙織は再びに向き直った。
「さんごめんなさい、私そろそろ行かなくては・・・」
「え!?」
「申し訳ないのですけど、後の事はここにいる黄金聖闘士達にご相談願えますか?」
「ええ、そうさせてもらうわ。だから沙織ちゃんは心配しないで。」
「慌しくてごめんなさい。本当はもっとゆっくりお話し出来るはずだったのですけど。」
「仕方ないわよ、沙織ちゃん忙しいから。」
申し訳なさそうにしながらも慌しく出掛ける支度をする沙織に、童虎が声を掛けた。
「女神、儂もお供した方が宜しいかの?」
「ええ、そうね、お願い出来るかしら。」
「御意。」
一礼の後、童虎は一足先に退室した。
沙織もその後を追うようにバッグを手に出掛けようとする。
「では行って参ります。サガ、皆と共にさんに手を貸してさし上げて下さいね。」
「はっ!」
「行ってらっしゃいませ!」
「お気をつけて。」
黄金聖闘士達が一斉に片膝をついて頭を下げる。
そんな光景を見慣れていないは改めて沙織の立場の凄さを実感したが、当の沙織は慣れた様子で彼らの間を颯爽と歩く。
そしてドアを開けざまにもう一度声を掛けた。
「さん、また後日改めてゆっくりお会いしましょう。」
「そうね。気をつけて。行ってらっしゃい。」
「行って参ります。」
大輪の花が咲いたような笑顔を残して、沙織は出掛けて行った。
その直後。
「よっしゃーーーー!!!!」
雄叫びと共に飛び跳ねるように駆け寄ってきたのはミロであった。
それを皮切りに場の空気が一気に緩む。
「なあなあ!俺ん家で茶でも飲まない?」
「え?あの・・・」
「ミロ、いきなりナンパするんじゃない。」
「そうですよ、まずは彼女の今夜の宿をどうにかしなければ。」
カミュがミロを窘め、ムウが冷静に現状の問題を提起する。
「ムウの言う通りだ。さて、どうしたものか・・・・」
「珍しいなシャカ。他人の事に悩むとは。」
「アイオリア、それはどういう意味かね。」
「いや別に・・・。いつも我関せずなお前にしては珍しいなと思っただけだが。」
「そんな事はどうでも良い。とにかくどうするか真剣に考えろ。」
二人の会話を遮って、サガが話を戻す。
「簡単じゃねえか、俺ん家に来りゃ済む話だろうが。」
「デスマスク、貴様の所にだけは行かせん。危険極まりない。」
「だからさー、俺んとこでいいじゃないか。茶飲んでゆっくり喋ってついでに泊っていけばOKだろ?」
「ミロ、あの散らかり放題の部屋に女性を泊める気か?」
の意思とは無関係に、黄金聖闘士達は勝手に色々話を進めている。
「あの・・・」
「何かね?」
「私ホントにどこでも結構ですんで、お気遣いなく。」
「そうはいかないよ。男としてレディをそこら辺で寝かせる訳にはいかない。最低でも清潔なバスとベッドのある場所でないと。」
遠慮がちなの辞退を、アフロディーテは微笑を浮かべつつも断固として却下する。
「アフロディーテの言う通りだ。これは男の沽券に関わる。」
「アルデバラン、お前無骨な癖に案外フェミニストなんだな。」
「これが貴様らならその辺に放っぽり出すがな、はっはっは!!」
「だから巨蟹宮でいいじゃねーかよ!」
「駄目だと言ってるだろうが!!」
「俺のところでも構わんぞ。」
「シュラも危険だ。こう見えて意外と手が早い。」
皆好き勝手な事を口々に言い合っている。
場はどんどん騒がしくなる一方で、肝心の話は全くまとまらない。
そんな状態に、ついにサガがブチ切れた。
「ええい黙れ!!話が全くまとまらないではないか!!」
途端に水を打ったように静まり返る一同。
サガは咳払いを一つすると、落ち着いて話をまとめ始めた。
「いいか、ミスは女神の特別なご友人だ。いくら我らの同僚になるとはいえ、失礼のないようにせねばならない。真面目に考えろ。」
「ともかくいい加減決めましょう。我らがいつまでもこうしていると彼女が困るだけですから。」
ムウもサガの側に立ってまとめ役に回る。
「まず、主不在の宮は省きましょう。勝手に入り込むのは心苦しいですからね。」
「そうだな。では白羊宮、金牛宮、双児宮、巨蟹宮、獅子宮、処女宮、天蠍宮、磨羯宮、宝瓶宮、双魚宮のいずれかだな。」
「ここは彼女の意思を尊重しましょうか。さん、どこでもお好きな宮を選んで下さい。」
「え、私が?」
「ええ。」
決定権を委ねられて、は動揺した。
見渡すと、それぞれの宮の主がこちらに思い思いの表情を向けている。
『来い』と言わんがばかりの視線を送って来る者もいれば、掴み所のない無表情な者まで実に様々である。
しかし選ぶも何も、ここにいる殆ど全員が今日会ったばかりだ。
致し方のない事とはいえ『泊めて欲しい』と口にするのはあつかましく思え、途方に暮れたはただ黙り込むより他になかった。
その時、カノンの何気ない発言が沈黙を破った。
「サガ。双児宮でいいだろう。」
途端に再び湧き上がるブーイングの嵐。
しかしカノンはそれらをものともせず、涼しい顔で話を続ける。
「来たばかりのに選べる訳がないだろう。本人の顔にそう書いてある。」
「ううむ・・・」
「家ならベッドも二つあるし寝泊りに問題はない。それに。」
「何だ?」
「一番腰を据えて話す必要があるのはお前じゃないか?」
意味深な視線を向けられ、サガは黙り込んだ。
そしてしばしカノンの顔をじっと見つめた後、視線を逸らしてに向き直った。
「そうだな。ミス、今宵の宿は我が家でどうだろうか?」
「はい、あの、よろしいんでしたら・・・・」
「ああ、構わない。では決まりだ。」
「ちょっと待て!!!」
ようやく決定というところで、ミロが『待った』をかけた。
そして満面に不満の色を浮かべてサガに直訴する。
「教皇だからと言ってその決定は横暴だ!!職権乱用だ!!」
「・・・・・ハァ、ミロよ、貴様何を言っている?」
サガは呆れたような溜息をつく。
しかしミロは真剣そのものな様子でサガに食って掛かる。
「何とは何だ!貴様さっきまであれ程文句をたれていたくせに、そういう所はちゃっかりかっさらうのか!!」
「何を言う!?そんな意味ではない!!」
「問答無用!!貴様がその気ならこちらにも考えがある!!」
「ほう、どうするというのだ!?」
サガとミロの間に剣呑な空気が漂う。
最悪の事態に備えてその場の全員が身構える中、ミロは真剣極まりない表情でこう言った。
「俺も双児宮にお泊りする!!!」
・・・・・。
途端に脱力する一同。
「・・・ミロ、お前の考えとはそれか・・・」
「そうだ!!他に何があると言うんだ!?第一この兄弟のアジトに一人を置いておけるか!!」
「はははっ、確かに違ぇねえな!んじゃ俺様もお泊りしてやるよ。」
「蟹が行くなら尚危険だ。私も行こう。」
「では私も後ほど貴鬼と一緒に伺いましょうかね。」
「ムウまで・・・」
「では私も。」
「俺も。」
「お、俺もいいか・・・?」
「ええーーーい、勝手にしろ!!!」
結局、何だかんだで今夜は全員が双児宮にお泊りすることと相成った。
さてさて、今宵はどうなることやら・・・・