ここがギリシャ。
青い空の下、は遥か古の面影を色濃く残すアテネの街を、感慨深げに見つめていた。
人生初の長時間フライトに疲れてはいたが、初めて見る異国の景色に気分は高揚している。
一瞬本来の目的を忘れてこのまま探索に繰り出したくなったが、我に返って自分を戒める。
「駄目駄目、遊びに来たんじゃないんだから。」
それにもうすぐ迎えが来るはずだ。
はそれらしい人物がいないかと辺りを見回した。
その時、の横に1台の車が停まった。
「お待たせしました、さん。」
「辰巳さん!」
運転席から出てきたのは、沙織の執事・辰巳であった。
「遅れてすいません。道が混んでいたものですから。」
「いいえ、とんでもないです。こちらこそお手数をお掛けしまして。」
「さ、聖域でお嬢様がお待ちです。お乗り下さい。」
辰巳はの荷物を受け取ると、後部座席のドアを開けて乗り込むように促した。
ボストンバッグをトランクに積んだ辰巳は、運転席へ戻って車を発進させる。
「長旅さぞお疲れでしょう。着くまで大分かかりますし、眠られてはどうですか?」
「ありがとうございます。でも興奮して眠れそうにないです。」
「はははっ、それはそうでしょうなぁ。」
車はビルの立ち並ぶ近代的な街を通り過ぎ、次第にのどかな片田舎に入っていく。
「うわー、緑が綺麗!」
「この辺りは田舎ですからね。緑だけは沢山ありますよ。」
「素敵なところだけど、買出しとかが大変そうですねぇ。」
「そうですね、ですが聖域の近くにロドリオ村という村がありますから、大抵の生活用品はそちらで手に入りますよ。」
「そうなんですか。じゃあ安心ですね。」
「ええ、それに仰って頂ければこちらでご用意してお送りしますよ。お望みのものがあれば遠慮なく仰って下さい。」
「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします。」
「お任せ下さい。ああ、それから郵便物については一旦ロドリオ村に着くように手配しております。そこからお手元に届くようになっておりますので。」
「何から何までお手数をお掛けします。」
「とんでもありません。あのような僻地でご勤務頂くのですからこれぐらい当然です。それに沙織お嬢様からも出来る限りサポートするようにと言いつけられておりますから。」
は改めて沙織や辰巳の心遣いに感謝した。
彼らはこちらでの生活上のことだけではなく、出発に当たっての準備にも色々と力を貸してくれた。
それはしばしば一企業の福利厚生の範疇を越える程であった。
何から何まで甘えるわけにもいかず、出来る限り自分一人で対応したが、やはり何かと手を借りることもあり、はその十分すぎる待遇にひたすら恐縮したものであった。
― この人達の気持ちに報いる為にも、精一杯頑張らなければ。
決意を新たにするに、辰巳が声を掛けた。
「お疲れ様でした。聖域に到着いたしました。」
聖域についたを雑兵が出迎えた。
他に用があるという辰巳と別れ、そこから彼の案内によっては12宮の階段を上り始めた。
どうやら彼は日本語が殆ど分からないらしく、片言の英語で挨拶を交わした後、ほぼ無言のまま教皇の間を目指して進んでいった。
無人でひっそりと静まり返っている宮を次々と抜けていく。
そして30〜40分程歩いた頃、目の前に一際大きな建物が現れた。
それに見とれていると、前を歩いていた雑兵が立ち止まって片言の英語で到着を告げた。
「Here we are.This is the Pope's Palace!」
「失礼いたします。様をお連れいたしました!」
雑兵が一礼と共に室内に入ってきた。
「ご苦労さま、お通ししなさい。」
「はっ!」
沙織に深く頭を下げると、雑兵は廊下に居たに部屋へ入るよう促し、再び一礼して退室した。
彼は一仕事を終えたという顔でに笑いかけると、そのまま何処かへ去ってしまった。
そして一人置いて行かれたは、恐る恐る室内へ足を踏み入れた。