それは全くもって予期せぬ出来事だった。
「はーいどなた・・・、沙織ちゃん!?」
「こんにちは、さん。」
「どうしたの!?何で家が分かったの?」
「星矢に聞きました。少しお話があるんですが、今よろしいかしら?」
「どうぞどうぞ!上がって。」
星矢と会ってから1週間程したある日のこと。
ぼちぼちと就職活動を始めていたの家に、城戸沙織が訪ねてきたのである。
「突然お邪魔してごめんなさい。」
「いいのよ、どうせごろごろしてたとこだし。で、話って?」
「ええ。」
が出した紅茶を一口飲んで、沙織は話を切り出した。
「さん、お仕事はもう見つかりまして?」
「星矢の奴め、失業のことまで喋ったな・・・・。ううん、まだ探し始めたとこだから。」
「そうですか。では丁度良かったわ。」
「ん?どういうこと?」
「さん、あなたを我がグラード財団にスカウトしたいのです。」
・・・・・・・。
「えーーーーー!!!!????」
沙織が見守る中、たっぷり数十秒ほども固まっていたが、大声を張り上げた。
「ちょ、ちょっと待って。スカウトって・・・・」
「さんに、我がグラード財団で働いてもらいたいのです。」
「あの、その・・・・・」
「順を追って説明しますわね。」
うろたえるに微笑みかけ、沙織は詳細の説明を始めた。
「まず職種は、どう説明すればいいのかしら・・・・。強いて言えば『秘書』というところでしょうか。ある人物の補佐をして頂きたいのです。」
「はぁ。」
「業務内容は主に各種資料の作成やデータ入力、メールの応対です。その他細々とした雑務も多少お願いするかと思いますが。」
「はぁ。」
「もちろん、お給料もそれに見合う額をお支払いいたしますし、福利厚生も完備しております。」
「はぁ・・・・」
「家も提供いたします。」
「はぁ・・・、い、家!?家ってどういうこと!!??」
沙織の言葉に、は目を見開いて驚いた。
沙織はそんなの様子を大して気にする風でもなく、何でもないことのように言ってのけた。
「勤務地はギリシャになりますので、ここからじゃ通えませんでしょ?」
「ギリシャーーー!!!???」
驚きのあまり、叫んだきり呆然とするをよそに、沙織は淡々と話を続けた。
「ええ、とても良い所ですわ。きっとお気に召して頂けましてよ。」
「いや・・・いやいやいや!!ちょっと待って!!」
「何か?」
「無理よ!だって私日本から出たことないのよ!?仕事だってまだまだキャリアも浅いし、そんな状態で旅行ならまだしも海外勤務なんて絶対無理!!」
『無理無理!!』と激しく首を横に振る。
「どうしても駄目・・・ですか?」
「うん!」
「是非さんにお願いしたかったのですが・・・・。」
寂しそうに俯く沙織を見て、段々それまでの興奮が冷めてきた。
咳払いを一つすると、落ち着いて理由を説明する。
「沙織ちゃんの気持ちはすごく嬉しいわ。私には勿体無い良いお話だとも思う。でもね、自信がないの。」
「自信?」
「ええ。ギリシャ語どころか英語すら満足に出来ないし、仕事だってまだ一年しか経験ないし、その話を受けようと思えるような自信が何一つ持てないの。」
「言葉や仕事のことは、こちらで万全のバックアップ体制を整えますわ、それなら・・・」
「それだけじゃないの。」
沙織の言葉を遮って、は更に話を続ける。
「自信がないのもあるけど、もっと言うと、自分の環境が変わるのが怖いの。」
「・・・・・・」
「私はね、本当に平凡に生きてきたの。そりゃ育ちはちょっと特殊かも知れないけど、どこにでもいるような普通の人間なの。」
「さん・・・・」
「だから急に全てが変わることが怖いの。孤児院のみんなや友達とも遠く離れて、言葉も通じない国で生きていくのが怖いの。」
「そうですか・・・・」
「ごめんなさい、せっかくのお話なのに。」
「いいえ。さんの仰ることはご尤もですわ。私の思慮が足りませんでした、こちらこそごめんなさい。」
「そんな、沙織ちゃんが謝ることじゃないわ!」
申し訳なさそうに俯く沙織に、心底申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
しばし沈黙が続いた後、沙織は顔を上げて寂しげに笑った。
「残念ですが仕方ありませんね。早く良いお仕事が見つかることを祈っております。」
「ありがとう。本当にごめんね?」
「いいえ、お気になさらないで下さい。じゃあ私、そろそろ。」
「うん。またいつでも遊びに来て!」
「ええ、また是非!」
沙織の車を見送って、は溜息をついた。
沙織の寂しそうな顔が、ちくちくと胸に刺さる。
だが、自分には到底無理な話だ。
― ごめんね、沙織ちゃん・・・・
しかしある日、事件は起こった。