親愛なる者へ 2




一同が見つめる中、はゆっくりと口を開いた。


「・・・・・・フリーの・・・・ルポライター・・・・・・」
なにぃぃぃっ!?!?
「え?」

一同の余りの驚愕ぶりに、は首を傾げた。
そんな一人を残して、一同は部屋の隅へと一目散に駆けて行った。

「おい、どういう事だカノン!?」
「話が違うじゃないか!」
「お前あれ程自信満々に言った事は一体何だ!?」
「そうだ!もう君の確信は金輪際信用出来ん!」
「知るか!俺だって驚いてるんだ!!この状況でまさか外部の男に惚れるとは普通思わんだろうが!!」

それもそうだ。

つい納得してしまった一同は、それ以上カノンを責める事を止めた。
そして、一人呆然としているの元に戻った。



「待たせたな。それで続きだが・・・・・」

やや不機嫌そうな顔をしたカノンは、何処か座った目をしてに向き直った。

「なるほど、ルポライターか。それで何者だ、その男は?」
「日本人・・・・・」
「名前は?」
「あ、麻生貴臣・・・さん・・・・・、ってちょっと待って!何を言わせる気なの!?」
「全部だ。洗いざらい全部吐け。」
「何でよーー!!もう、人の事で遊ばないで!絶対喋らないからね!」

やはり予想通り、は激昂した。
力ずくで吐かせようと思えばそれは可能なのだが、カノンはそれをしなかった。
根掘り葉掘り訊いてからかってやりたいのは確かだが、その男の事をの口から訊くのは、それはそれで何だか無性に苛々しそうな気がする。
だから、自分で調べて来ようと思ったのだ。

「・・・・良かろう。しらばっくれる気ならそれで構わん。俺が調べて来る。」
「あっ、ちょっとカノン!!どこ行くの!?」

が止める暇もなく、カノンは何処だかへ彼の事を調べに行ってしまった。
そんなに人をからかいたいのか、はたまたデスクワークに飽きていたのか、理由は定かではないが。
多分両方だろうと、はちらりと思った。
一方、カノンが居た場所を一瞥したシュラは、カノンに変わって再びへの尋問を再開した。



「それで?いつ、どこで知り合った?」
「シュラまで・・・・・!」
「早かれ遅かれどうせ知られるんだ。諦めて潔く話せ。」
「う・・・・・・・」

確かに苦笑いするシュラの言う通り、どの道知られる事になるだろう。
カノンはきっと、何かしらの情報を掴んで帰って来る。
なにせ本来は、兄に負けず劣らずの有能な男だ。
興味のない事には指一本動かさないが、自分から動いた事に関しては、恐ろしい程完璧にやり遂げる。
諦めたは、俯いたままぽつりぽつりと語り始めた。


「・・・・・・先週、町で・・・・・」
「で?もう付き合っているのか?」
「まさか!まだ全然そんなんじゃ・・・・・」

恥ずかしそうに口籠るを見て、アルデバランはアイオリアにそっと耳打ちした。

「照れてる。あれは相当本気だぞ。」
「ううむ、そのようだな・・・・・。」
「お前、そのアソウという男の事を聞いた事があるか?」
「ある訳ないだろう。」

コソコソ耳打ちし合いつつ、二人は複雑な心境だった。
何しろのこんな姿など、初めて見るからだ。
昨日アフロディーテが言っていた通り、本当に少し魅力が増した気がするのが少々癪だ。
それを見ていたアルデバランが、感心したようにぽつりと呟いた。

「恋をすると女は美しくなるというのは、どうやら本当のようだな。」
「ふっ、すぐ近くにこんなに良い男が揃いも揃ってるというのに。意外と見る目がないようだね、は。」
「こればかりはどうにもならんだろう。側に居る男に必ず惚れると決まったものでもあるまい。」

アルデバランの一言に反応したアフロディーテとシュラは、複雑な微笑を浮かべて照れているを見つめた。





「麻生貴臣、30歳独身。元は大手出版会社に勤務していた男らしいが、今はフリーライターというのは本当のようだ。元々旅が好きだったらしいぞ。何でも今度、日本の旅行雑誌にギリシャの特集記事を書くとかで、一月程前からギリシャに滞在しているらしい。」

カノンの情報収集能力は、恐るべきものだった。
一体何処から手に入れて来たのか、出て行ってからほんの一時間程で、色々と情報を得て戻って来たのである。
カノンが淡々と説明を終えた後、最初に口を開いたのはアイオリアであった。

なかなかまともな人物のようだな。華やかな経歴だ。」
「ははは、アイオリアよ。俺達と比べたら大概の奴はまともだろう。
それを言うな、アルデバラン;

あっけらかんと耳に痛い事を言ってのけるアルデバランに、シュラが苦い顔をする。
ところがそれ以上に苦々しい顔をしているのは、であった。


「信じられない、何処でそんな事調べて来たのよ。私だって殆ど初耳な事ばっかり・・・・・」
「俺の情報力を見くびるなよ、。この位の調査など、このカノン様には朝飯前よ。俺のこのマスクと巧みな話術があれば、宿屋の女将もバーのホステスも簡単に口を割る。
宿屋の女将がネタ元って、信用出来るのか?
「甘いぞアイオリア。店をやっている人間というのは、大体にして色んな情報を持っている。客の話を色々聞くからな。」
も〜〜、じゃあその能力をもっと有効に使いなさいよ!私の事なんかどうでもいいでしょ〜〜!?」

この期に及んでまだ隠したがるを、カノンの指示で一同がぐるりと取り囲んだ。

「そんな冷たい事を言うな。話してくれたって良いだろう?」
「話す程の事なんて何もないわよ!」
「何故だい?デートぐらいしたんだろう?」
「デート・・・・・・って程のもんじゃ・・・・・・」
「あるじゃないか。出逢いの経緯も含めて、そこら辺を話して貰おうか。」
「でも・・・・・・・」
「水臭いぞ、。俺達は友じゃないか。」
「そうだぞ。隠し事はなしだ。」
「うぅ・・・・・・・」

全員に畳み掛けられ、詰め寄られたその時。


ピリリリリ、ピリリリリ、ピリリリリ。


のデスクの引き出しから、軽やかな電子音が聞こえてきた。
携帯電話の音である。
いち早く動いたアフロディーテが、引き出しから電話を取ってに手渡した。
ちなみに、彼らの陣形は崩れていない。
無言の内にこの場で話せと言われたは、渋々皆に取り囲まれたまま、通話ボタンを押した。



「はい、あ・・・・・・はい、ええ勿論、覚えてますよ!この間はどうも有難うございました。」
『・・・・・・・・・・』
「ええ・・・・・・ええ!?あ、違うんです、嫌だなんて・・・・・」
『・・・・・・・・・・』
「はい、はい、はい・・・・・・、日曜の午後2時ですね?はい、あの時のカフェで。はい、覚えてます。分かりました。・・・・・・・・私も楽しみです。はい、じゃあ日曜に。はい・・・・・」


プツ。
水を打ったように静まり返る中、電話の切れる音がやけに大きく聞こえる。
その音を聞き届けて、カノンは呆れたように言った。

しおらしい声出しやがって。俺にはあんな声で喋った事ないだろう。
「・・・・うるっさいわね・・・・・・」
「で?アソウは何だって?」
「何で麻生さんだって決め付けるのよ?」
「お前の顔を見れば分かる。」

そう言ってカノンが指さしたの顔は、今にも笑い出したいのを堪えるような表情をしていた。
その表情を見た一同が、一斉に頷いた。


「結構顔に出るタイプなんだね、。」
「やっ、やだ、やめてよアフロ!!」
「デートのお誘いか。楽しそうで何よりだ。」
も〜〜っ、アルデバランまで!やめてったら!
「ははっ、今更隠す事もないだろう。聞けばすぐ分かるような会話だったのに。」
アイオリア〜!?
「日曜の午後2時、『あの時』のカフェで待ち合わせか。楽しみだな、。」
シュラまで・・・・・!

散々茶化され冷やかされ、は真っ赤に染まった頬を両手で隠した。







「さて、問題はどんな系統で攻めるか、だな・・・・・」
「攻めるって・・・・・」

ドレッサーの鏡に、化粧を落としたの素顔が映っている。
そしてその後ろには、髪を纏め袖を捲り上げて腕組みをし、仁王立ちになっているアフロディーテの姿。
この二人が今から何をしようとしているのか。
それはドレッサーにずらりと並べられた化粧品を見れば、一目瞭然であろう。


「爽やかでナチュラルなグリーン&オレンジベージュ、それとも、若い女性の可憐さを前面に押し出したスイートピンク、いや、いっそ小悪魔的魅力を醸し出すワインカラー・・・・・・」
「なんでアフロがそんなに真剣なの?」
「君に協力したいからさ。あんなに嬉しそうな笑顔を見せられちゃ、妬く気にもなれない。」
「え?」
「いや何でも。さ、とにかく試してみよう。」

鏡の中のににっこりと微笑んで、アフロディーテはベースクリームを手に取った。





とアフロディーテが揃って寝室に篭っている頃、といっても如何わしい意味ではなく、単にドレッサーの置いてある部屋が寝室だっただけだが、とにかくその頃、残りの面々はリビングで退屈そうにコーヒーを啜っていた。

のあんな顔、初めて見た・・・・・・」

ぽつりと呟いたアイオリアの言葉に、誰からともなく全員が同意する。

「アイツの女の顔、か。見たかったような見たくなかったような・・・・・」
「この俺がものにする前に、まさか外部の男に掻っ攫われるとはな。」
「正直思ってもみなかった展開だ。」

アルデバランもカノンもシュラも、各々の思いを小さな溜息と共にコーヒーカップに零している。
あれ程茶化して面白がった割には、今一つ空気が軽くない。
人間ならではの微妙な心理と言おうか、隠され否定されれば興味本位で突付きたくなるが、いざ幸せそうな顔を見ると、今度は逆に虚しくなるというか寂しくなるというか。
それも偏に、ここに居る全員がの事を憎からず思っているからこそなのだが。


「だがまあ、中途半端に首を突っ込んでしまった以上、今更知らぬ顔も出来んしな。」
「なんだアイオリア。それは俺に対する当てこすりか?
「そうではない!被害妄想は止めてくれ。俺はただ、の恋が実る為に何か出来る事があればと・・・・・・、ただそれだけだ。」

カノンに協力宣言をしたアイオリアに、シュラも頷いた。

「・・・・・・そうだな。元はと言えば俺達が強引に聞き出したんだ。せめて出来る事ぐらいは協力してやろう。」
「フン、貴様らに言われんでも、俺もそう考えていた。」

些か不愉快そうに言うと、カノンはカップをテーブルに置いた。

「だが、協力と言っても何をするつもりだ?15や6の小娘じゃあるまいし、あれこれとお膳立てして仲を取り持ってやる必要などなかろう。」
「うむ。大体俺達男が周りでゴソゴソやってみろ。却って邪魔をする事になる。」
「確かにアルデバランの言う通りだ。相手の男に変な誤解でもされたら厄介だ。さて、どうしたものか・・・・・。何か良い案はあるか、シュラ?」

アイオリアに聞かれたシュラは、困ったような顔をしてコーヒーを一口飲み、首を横に振った。

「・・・・・見守ってやる位しか思いつかん。あとはこれ以上この話が広まらんように、口を噤んでやる事位か。」
「なるほど。それがあった。この事が耳に入ると騒ぎそうな奴なら心当たりがあるからな。」
「だろう?何処の誰とは言わんが。
「ああ、何処の誰とは言わんがな。

シュラは悪友のデスマスクの顔を思い浮かべ、アイオリアはミロを思い浮かべ、それぞれに神妙な顔で頷いた。





そうこうしていると、突然リビングに騒々しくが乱入してきた。

「ねえねえねえねえ、どっちが良いと思う!?」

3杯目のコーヒーを今正にカップに注ごうとしていたカノンは、手を止めて振り返ってから、呆然との顔を凝視した。

「・・・・・なんだその顔は?」
「え?」

小首を傾げるの顔は、縦半分に別々の雰囲気を放っていた。
左半分は涼しげなペパーミントグリーンのアイシャドウとブラウンがかったオレンジ色の口紅に彩られ、右半分は左よりも濃いマスカラとアイラインに、妖艶なワインレッドのルージュが映えている。
どちらかに統一しているのであれば、どちらも決して変ではないが、左右同時展開となれば話は別だ。
他の面々も次々にの顔を見ては、唖然としている。

なんて顔をしてる!?まさかそれでデートする気か!?」
「まさか!違うわよ!アフロが『比較出来た方が良いから』って!」
「なんだ・・・・・・」

一安心したシュラは、呆れたようにの顔を改めて見つめた。

「ねえ、どっちが良いかな?」
「・・・・・・・分からん。良いも悪いも、今のその状態ではな・・・・・」

そこまで言って、シュラは突然口を閉ざし、俯いてしまった。
シュラの様子が変な事に気付いたは、シュラの顔を下から覗き込んで・・・・・憤慨した。


もう!笑わないでよ!!
「ッ・・・・・、済まん、そんなつもりは・・・・・・、プッ・・・・・!」
「ひっどい!!」
。それならほら、これで顔半分を隠せ。」

カノンに雑誌を差し出され、は膨れ面のまま、渋々顔の縦半分をそれで隠した。

「ほら、これでもう変じゃないでしょ?ちゃんと見てよ、シュラ!」
「あ、ああ、済まん・・・。ゴホン。うむ、そうだな・・・・・、俺なら左、だな。おいカノン、お前も見てやれ。」
「どれ。・・・・・そうだな、俺としては右の方が好みだが。アイオリア、お前はどうだ?」
「右は・・・・・、何だか見慣れない感じだな。らしくない。・・・・・いやっ、決して似合っていないという意味ではないんだが!なあ、アルデバラン!?」
「まあそうだな。逆にいつもと違う感じで迫る気ならもってこいじゃないか?なかなかセクシーな感じがして。ハッハッハ!」



大の男が揃いも揃って女子高生の如く、メイク一つ服一つでああでもないこうでもないと言い合う。
最初は茶化される事を嫌がり、ひた隠しにしようとしていたも、そんな彼らの振る舞いに次第に警戒心を無くしていき、心の内を素直に出すようになっていった。
そして、日頃余り接点のなかったこの奇妙な五人組は、たまたま今日のこの日が執務当番だったという理由だけで、の恋を陰から支えるキューピッド部隊になったのであった。




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後書き

え〜〜と、・・・・・後書き書かなきゃいけませんかね(笑)?
いやもう、あまりのアホさと下らなさに、我ながらコメントする気力が・・・・(苦笑)。
ご覧の通り、いつも通りのアホギャグ夢、かとお思いになるでしょう?
実はちょっと違うんです、ハイ。
アホ丸出しで笑える(哂える)話を期待されている方には申し訳ないのですが。
ま、それはおいおい明らかになっていきますので・・・・・。