だが、胸を痛めているのは、どうやらカミュだけではなかったらしい。
「その・・・・・、何だ。カミュ。」
おずおずと声を掛けて来たシュラの表情が、やけに曇っている。
「シュラ。一体どうしたんだ?」
「・・・・・・・・・済まん!」
かと思うと、シュラは突然大声を張り上げて頭を下げた。
「おっ、おいシュラ・・・・・!急に何をする!?頭を上げて、説明してくれ!」
「その・・・・・・・、実は、仔猫が一匹だけまだ行方不明なのだ。あの黒い仔猫が。」
「ニュイが!?」
こんな時、あからさまに慌ててみせては、シュラが益々責任を感じて自己嫌悪に陥るだけだ。
そうと分かってはいても、カミュは動揺せずにいられなかった。
あれからもう半月は経つのだ。
それなのに、まだ見つかっていないと聞かされれば、否応なしに悪い予感が頭を過ぎる。
最悪、仮にそうであってもシュラのせいではないが、飼い主であるカミュとしては、出来れば想像したくない展開だ。
ちなみにニュイというのは、例によって例の如し、仔猫の名である。
「実は・・・・・・、一度は捕獲出来たんだが、俺が取り逃がしたんだ。俺の不注意だ。済まない。」
「・・・・・そうか、ニュイがまだ・・・・・・」
呆然と呟くカミュと、益々しょげ返るシュラを案じたが、おずおずと口を出した。
「カミュ、シュラだけが悪いんじゃないの。実は私もその場に居たの。居たけど、逃がしちゃって・・・・・。ごめんなさい。」
「・・・・・・」
「・・・・・それを言うなら、私も同罪だな。あの猫を逃がしてしまった原因は、私が双魚宮から追い出してしまったからだ。庭を荒らされて、つい頭に来てね。まさかこんな事になるとは思っていなかったから。」
「アフロディーテ・・・・・・・」
に引き続いて、アフロディーテも口添えをした。
「・・・・・・・・いや、良いんだ。仕方がない。」
三人を見つめて、カミュは静かに首を振った。
「飼い主はあくまでも私で、元はといえば全てが私の責任だ。お前達が責任を感じる必要はない。」
そう、何もこの三人が責任を感じてくれる必要はない。
責任を取って貰おうとも思っていない。
「ニュイの事は私が何とかする。運が良ければ見つかるだろうし、見つからなければ・・・・、ニュイとは縁がなかった。ただそれだけの事だ。」
ニュイの身は勿論心配だが、万が一の時というのは、猫に限らず生きとし生ける者全てにいずれ訪れるものである事も事実だ。
それは誰にもどうにも出来ない、この世の不変の理である。
ともかく、彼らがこれ以上自分を責めないように。
そう思った瞬間、窓辺で何か音がした。
「・・・・・・何だ、あの音は?」
音のする方を見てみると、そこには。
『あーーーっっ!!!』
「ニュイ!!!」
開いていた窓から入り込んだらしい黒い仔猫が、吃驚顔で固まっていた。
自ら入り込んで来て驚いていては世話がない。
が、ともかくニュイはここに居る。
安堵した一同は、慌ててニュイに駆け寄った。
「良かったー、見つかったねー!ほらおいで・・・・・あっ!」
「待てこの・・・・・!」
「ニュイ、こちらへ来るんだ!・・・・・くそっ!」
慌てて窓を閉め、一触即発の緊迫した雰囲気を放ちながら尻込みをするニュイに、・アフロディーテ・カミュが順に手を差し伸べた。
だが、このビビリ猫が、自ら人の腕の中に飛び込んで来る筈がない。
しかもこの三人からは、焦りから生じている刺々しいオーラが湧き出ているのだから尚更だ。
従って、ニュイは当然のように三人の手をヌルヌルとかわし、そして・・・・・
「・・・・・・・・で、どうして俺なんだ?」
シュラの足元にちんまりと納まった。
「シュラ、早く!捕まえて!」
「また逃げたらどうするのだ!」
「わ、分かったから二人してそんな怖い顔で怒鳴るな;」
シュラは暫し困惑顔を浮かべて突っ立っていたが、鬼気迫る表情のやアフロディーテに急かされて、出来る限りニュイを怯えさせように気を遣いながら、その小さな身体をそっと抱き上げようとした。
「あっ、こらっ!」
わざわざ自ら足元にまで近付いて行ったのだから、シュラになら大人しく抱かれる筈。
というのは人間達の都合の良い思い込みだったようで、結果は呆気なく失敗に終わった。
ニュイは、シュラの腕からもヌルンと逃げ出したのだ。
このままでは、また何処かへ逃げて行ってしまう。
一同はそう考え、焦り、覚悟を決めたのだが。
「・・・・・あれ?」
「おや?」
「ん?」
事態は、・アフロディーテ・カミュが唖然とする展開になった。
そう、抱っこは嫌がって逃げ出したが、ニュイは再びシュラの足元に擦り寄り、その長身の陰に隠れるようにして、ちんまりと座り込んだのである。
「・・・・・・・・何なんだ;」
困った顔をしたのは、懐かれているんだかいないんだか今イチ自覚出来ないらしい、シュラ一人であった。
ともかく、仔猫達は全員無事で居てくれた。
それなら何よりだ。
帰った早々ドタバタしてしまったが、ようやく一段落がついた今、カミュは改めて五匹の仔猫達の姿を目で追っていた。
どの猫も皆生き生きと、それぞれ世話になった者達の周りで遊んだり眠ったりしている。
姿形はまだまだ幼いが、カミュにも、そして母猫のツンドラにさえも振り返らないその様子は、仔猫達の自立・巣立ちの時を示唆しているように感じられた。
ほんの少し、早い気はするけれど。
「ニャン」
「ツンドラ・・・・・・」
ふと見れば、いつの間に出て来たのか、ツンドラが檻から出てカミュの足元に座っていた。
ふわふわとした見事な白い毛皮の胸を誇らしげに張り、カミュを見上げている。
その表情には、一片の後悔・迷いも見当たらないように思われた。
「・・・・・・・・そうだな。それが一番幸せなのかもしれん。」
微笑んで、ツンドラに頷いて見せると、カミュはアンジュを相手に遊んでいる貴鬼とアルデバランに声を掛けた。
「貴鬼、アルデバラン。アンジュを可愛がってくれるか?」
「・・・・・うん!約束する!」
「任せておけ。」
断られると思っていたのか、一瞬ポカンとした後、飛び上がる程喜んだ貴鬼と、自信に満ちた笑みで請け負ったアルデバランに微笑み返すと、カミュは次にムウを見た。
「・・・・・・ムウ。お前も、本当に構わないのか?」
「構うも何も、今更私一人が反対したところで無駄でしょう。」
「・・・・・フッ、確かにな。貴鬼はすっかりその気だ。」
「・・・・・しかし、面倒を見るからには、貴方にもこの猫にも、申し訳が立たないような事はしませんよ。・・・・・・・・今度こそ、ね。」
そう言ったムウの表情は、先程とは少し違っていた。
浮かれてこそいないが、ムウの仔猫を見る目つきは、どこまでも優しかった。
そんなムウを見て、さっきはただ動揺する余り、この仄かな優しい光を見逃していただけなのかもしれないと、カミュは思った。
「今度こそ?」
ただ一つ、若干気になるのが、『今度こそ』という言葉である。
「いえ、何でも。ね、?」
「そうそう、こっちの事よ。」
何があったのか気にはなるが、ムウとが交わした笑みは、確かに秘密めいてはいるが、嫌な感じのするものではなかった。
「・・・・・・・・・分かった。アンジュを・・・・、いや、マロを宜しく頼む。」
何も案じる事はない。
カミュは穏やかに微笑んで、アンジュを、いや、『マロ(ン)』を送り出した。
その隣では、ニュイがまったりとシュラの足元で寛いでいる。
尤も、シュラの方は、いつ逃げられるかとヒヤヒヤしているらしく、緊張した面持ちでいるが。
この二人、いや、一人と一匹も、これでなかなか良いコンビになりそうだ。
カミュは目元を綻ばせ、ニュイに尋ねた。
「ニュイ。お前も、私の所よりシュラの方が良いようだな。」
「なっ!?そ、そんな事はないだろう!」
返答したのは、ニュイではなくシュラである。
焦って否定するのは、迷惑がっているからだろうか。
いや、多分そんな事はない。
いやいや、多少は本当に迷惑がっているかもしれないが、心底嫌とは思っていない筈。
そんな確信が、カミュにはあった。
「ううん、明らかにそんな感じよ?私の目から見ても、何だかんだでこの子、シュラに一番懐いていると思うわ。」
「まで・・・・!」
「観念して引き取りたまえ、シュラ。その猫を一番巧く扱えるのは、多分君だ。」
「おいアフロディーテ!」
「ああ。但し、私の庭には入り込まないように厳しく躾けてくれよ。」
「どいつもこいつも勝手な・・・・!」
その確信を裏付けるかのように、シュラはやアフロディーテに畳み掛けられても、足元のニュイを追い払うような真似はしなかった。
「・・・・・・・・・一つ、条件がある。」
それに加えてこの台詞。
条件を提示してきたという事は、承諾しても良いと言っているのも同然ではないか。
「何だ?」
「こいつの名前、変えても良いか?『ニュイ』という名が悪いとか気に入らんという訳ではないのだが、どうもしっくりこなくてな。」
「お前がそう言うなら構わんが・・・・・・、どういう名にするのだ?」
「そうだな・・・・・・・・・」
正直なところ、カミュは呆気に取られていた。
シュラが、名前に拘る程猫好きな男だとは思っていなかったからだ。
「『ニュイ』というより・・・・・・・・、『ウナギ』だろう、こいつは。」
「うな・・・・」
それでまた、大真面目にこんな名を提案するのだから、余計に呆気に取られる。
確かに、人の腕からヌルヌルと逃げ出すあの黒い身体は、ウナギに酷似しているが。
「ぶっ・・・・・、あははは!言えてるー!!ウナギのうなちゃんだね!」
「何とセンスのない・・・・。まあ、名は体を表すというから、満更悪くもないかな?」
「・・・・・・・・ま、まあ良いんじゃないか。私には別に異存はない。お前の納得がいくなら、それで。」
シュラがこうだと思って付けた名であるし、やアフロディーテも気に入った(?)ようであるから、ここは良しとするべきだ。
しかし、シュラのネーミングセンスがこんなに悪いとは知らなかった、というのは、カミュの胸の内だけで呟かれた独り言であった。
ニュイ改め『うな』も、逃げ出す素振りはもう見せておらず、一安心したカミュは、次にミロと向き合った。
「ミロ。私の代わりに、フランソワを立派な聖闘士猫にしてやってくれ。」
「・・・・・仕方ない。引き受けてやる。」
仕方なくの割には、ミロの顔は嬉しそうだ。
それを見て、カミュはやはり、この決断は間違っていなかったと確信した。
「よし、これでお前は正式にこのミロの飼い猫になった!そうなったからには、俺のルールに徹底して従って貰う!ルールはただ一つ、俺の眠りを妨げるな!分かったな?」
「ミャン」
ミロはきっと、既にフランソワに対して、十分すぎる程情が移っていたに違いない。
そしてフランソワもまた、既にミロを親代わり・飼い主と見なしているのであろう事は、彼らのこの自然なやり取りを見れば一目瞭然であった。
「よーし。ではお前に、俺が名を授けてやる。お前は今日からリトル・スカーレットだ!」
「リトル・スカーレット・・・・・」
特に考え込む様子もなく、スラスラと口にしたところを見ると、ミロは絶対に前々からこの名を付けようと考えていたに違いない。
「へ〜、何だかミロのイメージとシンクロするわね。ミロのミニチュア版って感じで良いんじゃない?」
「さすが。分かってくれている。何を隠そう、俺の技の名から取ったんだ。俺程とはいかないにしても、こいつの爪も今に強く研ぎ澄まされるだろう。」
に褒められて、ミロは益々誇らしげに胸を張っている。
ついまた『やっぱりこの男は単純だ』などと考えてしまい、カミュは苦笑いを浮かべた。
しかし、『リトル・スカーレット』という名前自体は、悪くない響きだった。
つまり、カミュ自身もこの名を気に入ったのだが、童虎は苦笑いの意味を勘違いしたらしく、カミュの肩を軽く叩いて穏やかに諭してきた。
「良いではないか、カミュよ。これからあの猫を飼うのはミロじゃ。名ぐらい好きに付けさせてやれ。」
「そうですね。」
苦笑いの理由を口に出すと、ミロがヘソを曲げそうだと思ったカミュは、敢えて誤解を解かず、素直に頷いて見せた。
「・・・・・・良かったな、フランソワ、いや、リトル・スカーレット。多少くどい気はするが、良い名をつけて貰えて。」
「おいカミュ、くどいとは何だ、くどいとは!」
ヘソを曲げるには至らない程度の余計な軽口を叩くのはご愛嬌、一種の友情表現である。
ミロとひとしきりふざけた後、カミュは依然としてデスマスクにへばり付いているジルベールを見た。
「ジルベール・・・・・・、お前はデスマスクを父と慕っているのだな?」
「ミャア」
「私よりも、母よりも、父が良いのだな?」
「ミャウ」
即答されるとそれはそれで寂しいものがあるけれど、お陰で迷う事はない。
「分かった。最早何も言うまい。可愛がって貰え。そして、幸せになれ。」
カミュはふ、と微笑んで、ジルベールを一撫でした。
「いや言えよ、っていうか訊けよ!俺の希望もよ!!」
「名前か?こう言っては何だが、『ブースケ』よりはやはり『ジルベール』の方が・・・」
「いや違ぇだろ。名前以前の問題だよ馬鹿ヤロウ。」
デスマスクは嫌がっているようだが、ジルベールがこんなに懐いているのだから仕方がない。
最早こうなった以上、カミュとしては、是非ともジルベールの希望を叶えてやりたかった。
「まあまあ、デス。そう怒らないで引き取ってあげなさいよ。」
「そうだぞ。こんなに懐いているではないか。冷たく突き放さず、可愛がってやれ。」
「そりゃお前らは他人事だから、面白がって何とでも言えるわな。」
「そりゃお前、他人の騒動ほど面白いものはないだろう。」
幸いにも、・サガ・カノンが後押ししてくれている。
「か〜〜〜っ・・・・・・・!・・・・・・・・勝手にしやがれ!」
その甲斐もあってか、デスマスクもついに陥落した。
全てが終わった今、何となく気が抜けて寂しくはあるが、裏腹に心穏やかでもある。
一仕事を終えた気分というか、息子・娘を巣立たせた親の気分というか、寂しいながらも何とも充実した気持ちだ。
初めて感じる気持ちを噛み締めつつ、カミュは一同に向かって静かに、しかしはっきりと告げた。
「皆の気持ちに甘え、仔猫達の気持ちを最優先して、君らに仔猫達を託す。どうか、どうか・・・・・・、宜しく頼む。」
マロも、ブースケも、シャルルも、リトル・スカーレットも、うなも。
きっと幸せになれる。
カミュには、その確信があった。
「ところでカミュ、この猫なんだがな・・・・・・」
「ああ、シャルルを末永く宜しく頼むぞ、アイオリア。」
「ああ・・・・・って、そうではなくてだな!俺はただ預かっていただけで・・・・!」
「分かっている。それが、今となっては情が移ったのだろう?」
「そうではなくて・・・・!良いか、聞いて驚くなよ?この猫は、実は莫大な金・・・」
「何っ、そんなに飼育代の掛かる猫なのか!?・・・・済まない、アイオリア。元はと言えばこのカミュの飼い猫だ、お前一人にそのような負担を掛ける訳にはいかない。いつでも遠慮せずに言ってくれ、養育費は必要なだけきちんと支払う。」
「だからそうではなくて!!!ああもう、何と説明すれば分かるんだ!?」
「無駄だ、アイオリア。カミュの目を良く見てみたまえ。」
「うっ・・・・・!何か・・・・・・、潤んでいるような・・・・・・?」
「あの目は、何処か一人の世界に旅立っている目だ。心ここにあらずだ。何を言っても言うだけ無駄であろうから、ここは黙ってその猫を引き取りたまえ。」
「そうはいくか!シャカ、貴様からも何とか・・・・・!」
「ほらお前達!話が纏まったのならさっさと執務にかかれーっ!いつまでも猫と戯れている暇はないのだぞ!今日は忙しいのだからな!!」
「それ見たまえ。サガの小言も始まった。」
「うう・・・・・、何故こんなやっつけ的な展開に・・・・・・」
そう、皆きっと幸せになれる。
そんな予感が、カミュにはあった。
早いもので、それから数ヶ月後。
仔猫達はすっかり大きくなり、まだ一歳前ではあるが、身体つきはもう成猫とほぼ変わらない大きさにまで成長していた。
「ほら、マロ!そこの雑巾を持って来い!」
「ニャ」
「よーしよし、良い子だなー!」
白羊宮で暮らしているマロは、貴鬼と共に今日も元気に過ごしている。
元々利口な猫ではあったが、成長して更に賢くなり、今ではこの通り、ちょっとしたパシリにもなる。
一家に一匹欲しい猫、といった感じだ。
「だから重いんだよテメェはよ。退けよブースケ。」
「・・・・・・ニ゛ャ」
「何だぁ、その目付きは?やんのかコラ?」
「・・・・・・ニ゛ャア〜・・・・・・」
「あ痛っ、いだだだだッッ!!だーーッ、噛むんじゃねぇこのクソ猫!!」
巨蟹宮で暮らすブースケは、相変わらずデスマスクにベッタリだ。
元々デカい身体は、現在もなお成長中で、デスマスクの膝の痺れや肩凝りの原因になっている。
その上厄介な事には、元々の甘えん坊な性格に『我侭な俺様』という新しい要素が加わって、巨漢の荒くれ者、つまり、どうにもこうにも手に負えない生き物になってしまった。
こんなブースケの唯一の取り柄は、今のところ元気だけである。
「ラッキー、餌だぞ。」
「ウナン。」
「お前の好きなチキンの缶詰だ。どうだ、美味いか?」
「ナーン。」
獅子宮でほのぼのと餌を食べているのは、三毛のオス猫・シャルルである。
結局なし崩し的に飼う破目になったアイオリアが、後日『ラッキー』と名を改めたのだ。
ちなみに、カミュはラッキーの秘密を知っていた。
えらい騒ぎになると予想して打ち明けたのに、カミュに『そんな事はとうに知っていた』と事も無げに言われた時のアイオリアの心情がいかばかりだったか、お察し頂けるであろうか。
カミュに言わせると、このシャルル、いやラッキーを金に替えるつもりなど毛頭なかったから、
大して気にも留めていなかった、との事であったが。
ともかく、ラッキーは今も売られる事なく、獅子宮でのほほんと暮らしている。
自身の価値の割に、特売のキャットフードを美味そうに食べる、実に慎ましい良い猫だ。
「どうだ、リトル・スカーレット!今度の獲物は大ガラスだぞ!クロウのジャミアンにわざわざ頼み込んで譲り受けて来た、特大の大ガラスだ!相手にとって不足はあるまい!さあ行け!」
「・・・・・・・ウニ〜・・・・・・」
「ウニ〜、じゃない!昼間っからグースカ寝るな!そんな事だから夜中に目が冴えて眠れんのだ!夜中に大暴れせず、今起きて動け!ほら!」
天蠍宮で暮らしているリトル・スカーレットは、飼い主のミロに日々特訓を受けている。
が、その成果がはかばかしくないのは、ご覧の通りだ。
そもそも、猫は自分の思う通りにしか行動しない。
幾ら主人から命令されても、気が乗らない時には尻尾を一振りする事さえしないものだ。
狩りの腕には着実に磨きがかかっているらしいが、番猫や、まして聖闘士猫になれるまでに成長するかどうかは・・・・・・・・、かなり怪しいものである。
「ニャアン」
「どうした、うな?」
「ニャン」
「分かった分かった、ほら来い。」
「ニ゛ャ」
「・・・・・・・・・ふう。ま、いつもの事だから慣れてはいるが、理解が出来ん。」
磨羯宮のウナギこと『うな』もまた、シュラの庇護を受けて平穏な日々を送っている。
飼い主のシュラをはじめ、磨羯宮をよく訪れる黄金聖闘士達にも、今では擦り寄って甘える程にまで慣れ親しんだ。
だが相変わらず抱っこは嫌いで、抱こうとするとその名の通り、ウナギのようにヌルヌルと逃げる。
その原因が何なのか、うなにとって抱っことナデナデの差は一体何なのか、その辺りは未だ謎に包まれており、解明には至っていない。
そして、この猫達の母親である、宝瓶宮在住のツンドラは。
「ただいま、ツンドラ。」
「ウニャアン、グルグルグル・・・・・・」
五匹の子供の母親という立場を忘れたかのように、また以前のような仔猫の如き無邪気さで、カミュの寵愛を独り占めにする日々を送っている。
いや、忘れたと言えば言い方が悪い。
ツンドラは母である事を忘れたのではなく、母親としての任務を完了したのだ。
ツンドラと子供達は、既に親離れ・子離れを終えた。
今はもう対等の、一人前の猫同士という関係なのだ。
ものの数ヶ月で互いに他人顔、というのは些か侘しい感じもするが、ツンドラも子供達も人間が思う程全く気にしていない辺り、動物というのはそういうものらしい。
ともかく、十二宮は平和そのもので、皆それぞれ幸せにやっている。
騒ぎと言えば、時折忍び込んだ猫に執務室を荒らされて、サガが鼻血を噴く勢いで怒鳴っている事位だろうか。
そんな平和な十二宮では、今日も猫達が長閑に日向ぼっこをしている。