夏という季節は、いつの間にかやって来て、知らぬ内に盛りを過ぎていく。
今年は特に、そんな印象だった。
「あっつ〜い・・・・・・!」
やれる事をやり終えてふと気付けば、季節はもう夏から秋に移り変わろうとしていた。
とはいえ、まだまだ暑さは厳しい。
は額の汗をハンカチで拭いながら、夏の余韻を残す真っ青な空を眩しげに見上げた。
人気のない、古びたちっぽけな駅の前で。
古めかしい小さな商店が何軒かと、随分前に設置されたきりらしい電話BOXと、塗装が所々剥げて錆の浮き出た郵便ポストがある以外は取り立てて何もない寂れた風景だったが、は初めて目にするそれを、初めて訪れたこの場所を、目を細めて嬉しそうに眺めた。
「・・・・・・さ、行こっか、お母さん。」
これまでは名前さえ知らなかったこの小さな町が、これからは大事な大事な場所になる。
星の子学園の他に『故郷』と呼べる場所が出来る事を嬉しく思いながら、は母の遺骨が入った小さな鞄を大事に胸に抱き締めて、この地の風景を頭に刻み込むように眺めながら、ゆっくりと歩き始めた・・・・・・・。
その同じ頃、男は空を見上げていた。
太陽に向かってまっすぐに背を伸ばし、眩く豊かな金髪を微風にたなびかせて。
意思の強そうな凛々しいその横顔も、金色の鎧に包まれた逞しくしなやかなその長身も、
さながら軍神の如き精悍さを醸し出しておりながら、しかしその表情は儚げな憂いに満ちていた。
「・・・・・・・眩しいな・・・・・・・」
男が誰に言うともなく低い声でそう呟くと、側に居た男の親友も、独り言のように『ああ』と呟いた。
「夏の終りの太陽、か。名残を惜しんで輝けば輝く程、人を切なくさせるものよ・・・・・。まるで過ぎ去りし日々の思い出が、陽光となってこの目に突き刺さってくるようだ・・・・・・。」
男の切なげな呟きに、男の親友はそっと瞼を閉じた。
「・・・・全くだ。お前の聖衣に反射した陽光が、さっきから私の目に突き刺さってきて眩しいを通り越して痛い。目がチカチカしてかなわんのだが。」
親友・カミュに折角の気分をぶち壊されたミロは、ムッとしてカミュを振り返った。
「たった今任務から帰って来たところなんだから仕方ないだろう!」
「自宮で聖衣を脱いでから来れば良かっただろう。というか、何故任務帰りのその足で、わざわざ宝瓶宮の前まで来てボーッとしているのだお前は。」
「ボーッとなどしていない!サガに報告に行った帰りにちょっと涼んでいただけだ!それとも何か!?俺はここを通るなと!?ここでちょっと風に当たってもいかんと!?何の権利があってそんな事を言うんだ貴様!」
「権利も何も、私はそんな事一言も言ってないんだが。」
カミュは肩を竦めると、『人が折角浸っていたのに!』と憤慨しているミロに呆れ顔で話しかけた。
「別にどこで涼もうがお前の勝手だが、聖衣を着たまま直射日光の下に突っ立っているよりは、中に入った方が涼しいと思うのだが、どうだろうか。それじゃまるで我慢大会だ。見ているこっちが暑苦しくて倒れそうなんだが。」
ミロは憮然としたままながらも、カミュの勧めに素直に従い、宝瓶宮の中へと入って来た。
カミュは小さく苦笑を浮かべると、まるで慰めるようにミロの肩を軽く叩いた。
「・・・・・悪かったな、折角感傷に浸っていたのに。」
「・・・・別に。」
「まだ落ち込んでいるのか?に振られた事。」
「・・・・・・・・」
「にはの考えがあっての事だったんだ。誰も無理強いする事は出来ない、仕方がなかったんだ。・・・・・・それでもお前の気持ちは十分に伝わっていたと、私は思うぞ。」
ミロは無言のままだったが、カミュは構わず静かに続けた。
「誰よりも早く、誰よりもストレートに『帰って来い』と言えたお前は、大した男だ。その強引さも後先を考えない無鉄砲さも、言い換えればそれだけの情熱とパワーがあるという事だ。
私にはないものを持っているお前が、あの時の私には少し羨ましかった。・・・・・聖闘士としてではなく、一人の男として、な。」
カミュが小さく笑うと、ミロはようやくボソボソと喋り始めた。
「誰が無鉄砲だ。勘違いするなよ、俺は別に落ち込んでなどいない。たださっきはちょっと・・・・・・、何となくセンチメンタルな気分に浸りたかっただけだ。きっと任務帰りで疲れていたせいだ。疲れていると、意味もなくそういう気分になる時があるだろう?」
「フッ、分かった分かった。そういう事にしておいてやろう。・・・・・・尤も、お前の場合は元々が自信過剰気味だから、いつもそうして落ち込んでいる位でいい加減かも知れんな。」
「だーかーらー、落ち込んでなどいないと言ってるだろうが!!
っていうか、誰が自信過剰気味だ、誰が!!」
二人は騒ぎながら、宝瓶宮の奥へと消えていった。
それはこれまでと何も変わらない、いつもの十二宮の風景だった。
そう、何も変わらない、いつもの通りの。
夏が来て、過ぎゆく頃になっても、聖域には何の変化もなかった。
毎日訓練に精を出す雑兵や見習い聖闘士達も、十二宮を守護し各々の任務に勤しむ黄金聖闘士達も、そして、その麓にポツンと建つ、未だ主の帰らない小さな家も。
『聖域に帰って来い』と、初めて全員ではっきりとそう意思表示したあの時。
彼等が初めて自分達の気持ちを素直に表したあの時。
は、黙って首を振った。
今にも泣き出しそうな顔で、唇をきつく噛み締めて、黙って首を振った。
そんなを見て、無理にでもと問答無用にその手を掴もうとした者は、一人も居なかった。
誰もそれ以上、何も出来なかったのだ。
そしてそれ以来、黄金聖闘士達の間での話が話題に上る事はめっきり減った。
が帰国したばかりの頃よりも尚。
時折訪れて来る沙織も、定例の謁見を行い、報告を聞き、一通りの用を済ませて帰るだけで、の事は一切口にしない。
帰国したばかりの頃とは違い、様々な紆余曲折を経た上での出した答えがそれなのだからと、諦めた者も居た。
はいつか必ず帰って来る、そう密かに信じ続けている者も居た。
しかし、誰もそんな己の胸の内を他者に明かす事はしなかった。
何も言わず、ただ密かに己の胸の奥に仕舞い込んで、
すっかり人の気配の無くなってしまった小さな家の前を通る度に、そっと目を逸らして。
かつて確かにそこに居た、けれどもう恐らく帰っては来ないだろう人の事を思い出し、『いっそさっさと壊してしまえば良いものを』と思っても、そんな命令は受けていない、それは自分の仕事ではない、いずれそのうち必要に迫られたら、などと様々な理由をつけながら、誰もが見て見ぬ振りをして通り過ぎていた。
そうして彼等はの事だけを切り離し、心の奥にそっと封じ込めて、それぞれの日常に戻っていた。
そんなある日の事。
この日、聖域は緊張に包まれていた。
今日は女神との謁見の日である。
もうずっと続いている定例行事ではあるが、やはりこの日が来ると、下は聖闘士見習いや雑兵から上は黄金聖闘士に至るまで、全ての者が普段以上に気を引き締めるのだ。
「皆、健勝そうで何よりです。何も変わった事はありませんか?」
玉座に鎮座する女神こと城戸沙織の眼前で、その身を金色に輝く聖衣に包んだ黄金聖闘士達は揃って跪き、恭しく頭を垂れた。
「はい。この聖域は勿論、各地何事も。各任務に関するご報告は、いつもの通りこちらに。」
謁見の際、一同を代表するのは聖域の現教皇・サガである。
いつぞやは不覚にもだらしのない姿を見られてしまったがあれは偶々、普段はこうして真面目にやっているのだ、とばかりの生真面目な表情で、サガは沙織の手元まで報告書の束を届けた。
ところが沙織は、その山のような紙の束の最初の2〜3枚を嫌そうに繰って流し読みしてから、うんざりしたような溜息をついた。
確かに、全部隅々まで読もうと思えば一苦労する、いや正直、面倒臭くて読む気も失せそうな程の膨大な量だが、それはいつもの事。
慣れている筈の沙織が、今日に限ってあからさまに嫌な顔をするのが解せず、サガは怪訝そうに尋ねた。
「如何なさいましたか、女神?」
「いえ・・・・・・、一生懸命頑張ってくれているのにこんな事を言うのは気が引けるのですが・・・・・・」
「何でしょうか?」
「ここのところ、一時は向上した執務のレベルがまた落ちてしまったようですね。」
「も、申し訳ございません・・・・・・・」
沙織の指摘は尤もだった。
が聖域を離れてからのこの約1年、確かに執務の処理レベルが低下してしまっている。
他にもやる事が色々あるとか、全員、聖闘士としての任務を抱えながら、これでも目一杯頑張っているつもりだとか、言い訳は色々とあるのだが、サガとしてはそれを口にする訳にはいかないし、またするつもりもなく、只々真摯に頭を下げた。
「今まではずっと黙って大目に見て参りましたけど、今日は少し言わせて頂きますわ。」
「な、何なりと・・・・・・;」
しかし、沙織の指摘はそれだけでは終わらないようだった。
どうやら今日という今日は、それなりの説教を喰らいそうな予感である。
サガは覚悟を決めて、沙織の話の続きを待った。
「まず、報告書。手書きとパソコンで作成したものとが入り混じっていて、統一性が取れていませんね。読む方としては気になります。」
「ご、ご尤もです・・・・・・」
「そして全体的に言えるのが、誤字・脱字の多さ。特に手書きの方は、漢字が『へん』と『つくり』で生き別れになっているものが目立って、読むのに一苦労します。この膨大な量の報告書を手書きかつ日本語で作成する労力が、貴方がたにとって並々ならぬものである事は察しますが、それにしても・・・・・・・。」
「とんでもございません、偏に我々の努力不足で・・・・・・、面目次第もございません・・・・・・」
ひらがな・カタカナ・漢字が入り乱れ、しかも漢字に至っては、同じ字でも読み方が幾通りもある。
日本語とは、全くもって習得困難な言語なのだ。
が、だから報告書に不備があっても大目に見て下さい、という事にはならない。
サガはひたすら低姿勢で詫び続けた。
「それから、メールで済むような用件や、むしろメールでないと不都合な用件をテレパシーで伝えてくる事も。回数自体は頻繁でなくとも、こちらとしては困る事が多いのです。女神として応答出来る状況の時なら構いませんが、城戸沙織としての立場でいる時が・・・・・。商談の最中にテレパシーを飛ばして来られるこちらの身にもなって下さい。只でさえ返事がし難い状況なのに、更にビジョンまで一緒に送りつけて来られると、非常に困るのです。」
「も、申し訳ございません・・・・・・・・」
「一体何の為にパソコンがあるのです?カメラがあるのです?一体何の為に、執務室のデジタル機器を一式新調したと思っているのです?カメラで撮った画像をメールに添付して送って下されば、それで済む話ですのに。」
「仰せご尤もでございます・・・・・・」
何を言われても、サガはタジタジになって謝るばかり。
そんな彼を次第に不甲斐無く、苛立たしく思い始めた男が居た。
ミロである。
沙織の言う事が正論なのは分かってはいる。
しかし、少し位はこちらの状況も知って貰うべきだ。
サガが言えないのなら自分がと、ミロは口を開いた。
「しかしながらそれに関しましては、機器が使用中で仕方なくという状況であったり、その・・・・・・、大変申し上げ難いのですが、操作方法をどうしても理解出来ない者も居たり居なかったりで・・・」
「どうしても理解出来ない?それは弁解のつもりですか?」
しかしそれは結果として、完全な言い訳と捉えられてしまったようだった。
「幾ら我が財団が世界でも指折りの大財閥と言えども、経費には限りがあるのですよ。逆に言えば、無駄な経費は僅かでも削減するという地道な努力が、今日の我が財団の繁栄に繋がっているのです。」
「もっ、申し訳ございません・・・・・・!」
さしものミロも女神には敵わず、引き下がらざるを得なかった。
ミロに限らずこの場に居る黄金聖闘士一同、聖闘士に関わる話や聖域内の事ならともかく、財団関係の話については、基本的に口を挟み難いのである。
「金持ちはケチだから金持ちなんだって聞いた事ありますが、どうやら本当の事みたいッすね。」
「デスマスク!き、貴様っ、何という事を・・・・・!」
それなのに、負けっ放しは癪に触るとでも思ったのか、愚かな蟹だけが一人、分を弁えずに嫌味を飛ばした。
只でさえ沙織は本気で腹に据えかねているという感じを醸し出しているのに、こんな冷や汗ものの爆弾級の暴言を吐いてはどうなる事か。
シュラはいち早くデスマスクを諌め、デスマスク共々伏して詫びようとした。
しかし、沙織はそれを制した。
「良いのです、シュラ。デスマスクの言う通りですもの。ただ、やみくもに出し渋っているのではなく、使いどころを考えていると認識して頂きたいですわ。」
「そ、それはもう・・・・!」
「そうでなければ一大財閥の総帥というお立場には立てぬ事ぐらい、如何に世俗に疎い我々とて重々承知しておりますから・・・・!」
沙織がそれ程気分を害した様子でない事を見取ったシュラとアフロディーテは、あからさまにホッとして、それぞれ取り繕うようにフォローを入れた。
すると沙織は、突然笑みを浮かべた。
「ですから私、考えましたの。」
「な、何をですか・・・・・?」
その笑みに何かを感じ取ったのか、勘の良いムウが恐る恐る尋ねた。
「この先ずっとこのままで居ても、聖域の運営が立ち行かなくなる事はないでしょうが、明らかに不便で効率が悪い。折角揃えた機材も宝の持ち腐れになりますし、私や貴方がたの時間と労力も馬鹿になりません。ならばこの現状を打破する為に何が必要か?それを考えましたの。・・・・・そして、求人を出してみました。」
『きゅ・・・きゅきゅきゅ、求人????』
一同は、素っ頓狂な声を上げた。
「求人とはあの・・・・・」
「新聞や広告などで見かける・・・・・」
「企業が働き手を探す為の・・・・・?」
暫しの沈黙の後、アルデバラン・アイオリア・カミュがおずおずと尋ねた。
わざわざ訊かずとも『求人』という言葉の意味位知っているのだが、それでも訊かずにはいられなかったのだ。
何せ、寝耳に水の話だったのだから。
「ええ、人材募集ですわ。こちらで執務に関する事務作業を引き受けて下さる方を捜しましたの。」
「しょ・・・・・、正気ですか女神!?!?」
沙織がにっこりと微笑んだその直後、サガの驚愕の叫び声が大音量で響き渡った。
「女神、私に何の相談もなく勝手にそのようなことをされては困ります!」
財団やそのビジネスについてあれやこれやと口を挟む事は出来ないが、聖域の中の事なら話は別だ。
サガは聖域の教皇として、毅然とした対応に出た。
そういえばいつぞやもこんな事を言ったような気がすると、密かにデジャヴュを感じながら。
しかし、それはデジャヴュではなかった。
過去、確かにあった事だ。
そう、がここに来るとなった時にも、今と同じように悩まされ、頭を抱えたものだった。
全く同じような状況でありながら、その時と違う点はただ一つ。
サガの心境は今、あの時とは比べ物にならない程複雑だった。
「この聖域は、近隣の集落で生活するごく一部の者は例外として、一般社会には認知されていない場所ですぞ!」
「よりによって新聞沙汰とは、些か軽率すぎるお考えだったかと。このシャカが知る限り、常にご聡明な貴女様が・・・・・・。どうにも解せませんな。」
カノンやシャカも、サガに同調した。
いや、彼等だけではない。
この場に居る黄金聖闘士の誰もが、同じ思いだった。
との出会い、過ごした時間、そして別れ。
それがあるからこそ、その日々を今も忘れられずにいるからこそ、外部からの者を受け入れるのに抵抗感がある。たとえそれがどれ程有能な者でも、絶世の美女だとしても。
あの時と同じような状況が、否応なしにを思い出させる。
思い出が胸を刺す。
沙織がそれを察せない筈はないのに、沙織とて同じ思いで居る筈なのに。
「今更そんな事を言われても、もう遅いですわ。今日既に、その方をお連れして来てあるのですから。」
『何ですと!?!?!?』
それなのに沙織は、知らぬ顔で更なる爆弾を投下した。
そして、困惑する黄金聖闘士達をよそに、淡々と言ってのけた。
「心配には及びません。その方は、前任の方と同じ位の能力がお有りですから、十分に貴方がたの役に立って下さるでしょう。」
「前任・・・・・・って、と・・・・・・・?」
「同じ位に、役に立つ・・・・・・」
デスマスクとムウがポツリと呟くと、沙織は冷ややかな目で一同を見据えた。
「・・・・・何かご不満ですか?」
『はい不満です』と真向から言い放つ事など、まさか出来はしない。
純粋な善意から出た決断・行動である筈だから、尚更。
しかし素直に感謝する事も出来ず、黄金聖闘士達は一様に押し黙った。
すると沙織は、思いもよらない事を言い出した。
「ならば、その方とこれから直接会って、正式に採用するかどうかは、貴方がたがお決めなさい。」
「し、しかし女神・・・・・!」
サガとしては、出来れば『遠慮』という形で当たり障りなく拒否したいところだったが、沙織はそれを許してくれそうになかった。
「構いません。元々、今回は貴方がたに決定権を委ねるつもりでしたから。」
「ど・・・、どういう事ですか!?」
「運良く丁度良い方が見つかったので、ひとまずこちらでは即決致しましたが、前回とはまた事情が違うのも事実ですからね。今回は貴方がたに最終判断を下して頂こうと思ったのです。」
「そ、そう仰られましても・・・・・・」
どうやら拒否権は最初からなかったようだ。
「何より、その方がしきりと気にしていらっしゃるものですから。本当に来ても良いのか、貴方がたの意向を知りたいと仰っていますの。今お呼びしますから、貴方がた全員で面接して差し上げて下さいな。」
「女神、そのような事を急に言われましても・・・・!」
さあ今から面接しろと言われても、心の準備が出来ていない。
サガを筆頭に、黄金聖闘士一同はいよいよ目に見えてうろたえ始めた。
しかし沙織は全く意に介さず立ち上がり、騒然とする黄金聖闘士達の間を颯爽と割って歩いていった。
その新任の者を、自ら迎え入れる為に。
「どうぞ。お入り下さい。」
沙織が開け放した扉の向こうに、やがて人影が見えた。
迎えられるままにおずおずと入って来たその人物の顔を見て、一同は思わず言葉を失った。
何故ならその者は彼等の良く知る人物、
『・・・・・・・・・・・・・・!』
もう二度と会えない筈の、だったのだから。
「・・・・今更本当に戻って来ても良いのか、どうしても気になるのだそうです。」
互いに沈黙を保ったまま見つめ合うと黄金聖闘士達に向かって、沙織はそう言った。
優しい、穏やかな声だった。
「後は貴方がたがご判断なさい。」
沙織は微笑と共にそう言い残すと、と入れ替わるようにして、スッと扉の向こうに歩き出した。
「あっ、女神・・・・・・!」
「お待ち下さい、女神!」
完全に不意を突かれて止める暇もなく、気付いたムウやサガが呼び掛けた頃には、沙織は既に出て行ってしまった後だった。
「・・・・・・・・・」
『・・・・・・・・・』
そして、後に残されたと黄金聖闘士達の間に、気まずいと言っても良いような沈黙が流れた。