あれからは、母の見舞いには行っていなかった。
顔を合わせ難かったのだ。
幸い、退院をまもなくに控えていたし、母の着替えや日用品も退院まで十分もつ量をあの日届けておいたから、用という程の用がなかった事も手伝って、すっかり足が遠のいていた。
しかし、今日はいよいよ母の退院の日である。
迎えに来て欲しいという連絡は遂になかったが、流石に今日ばかりは知らん顔も出来ない。
は気持ちを切り替えて支度を整えると、朝一番に着くよう病院に出かけた。
「おはようございます。」
「おはようございます。」
すれ違う看護士と挨拶を交わしながら、病棟内を歩いていく。
母の病室は、もうすぐそこだ。
気持ちを切り替えてきたとはいえ、何せ顔を合わせて口を利くのはあの日以来今日が初めて、
緊張と微かな躊躇いが足取りを重くさせている。
だが、何も片付けない内から黙って母の元を逃げ出す訳にもいかないし、幼子のようにふて腐れたままという訳にもいかない。
「・・・・・・よし。」
まずは普通に挨拶をしよう。
は一度立ち止まって頭の中で軽くシミュレートしてから、気合を入れて病室に入って行こうとした。
が、その時。
「先生、どうもお世話になりました。」
「ともかく、お大事に。」
病室の中から母と医師らしき人の声が聞こえて、出鼻を挫かれてしまった。
驚いて立ち止まったは、思わず壁に身を寄せて、中の様子を恐る恐る伺った。
「良いですか。くれぐれも無理は禁物ですよ。貴女は本来ならば、とても退院させられる状態じゃないんですから。何か少しでも異変があれば、すぐに来て下さい。」
「はい。」
「それと・・・・、何度も念を押しますが、本当にこれで良いのですか?せめてお身内の方、ごく親しい方には、知らせておくべきだと思いますが。」
「私が末期癌で、いつ死んでもおかしくない状態だと?」
一瞬、呼吸が止まった。
それからすぐに、母が性質の悪い冗談を言ったのだと思った。
何故なら、母の口調は淡々としていて、まるで他人事のようだったから。
「・・・・言い難いお気持ちはお察しします。」
しかし、違った。
母のそれとは対照的に、医師の口調は重く深刻だった。
僅かな緩みもない、張り詰めた緊張感のある医師の声は、今しがたの母の言葉が真実であると物語っていた。
「しかし、重大な事です。今からでも是非告知するべきです。勿論その時には、私からご説明させて・・・」
「お気遣いは感謝しますが、何度も申しましたように、それには及びません。同じ死ぬなら、突然バッタリと死んだ方が、周りに余計な気を遣わせずに済みますでしょう?」
「さん・・・・・!」
「先生には何かとお骨折り頂いて、とても感謝しております。本当に有難うございました。」
母にはこれ以上、医師の話を聞く気がなかったらしい。
この言葉のすぐ後、ヒールの鳴る音がしたかと思うと、母がひょいと病室から出て来た。
綺麗に化粧をして、踵の高いハイヒールを履きこなして、荷物を持って。
呆然としたまま、何の心も準備も出来ていないの前に、ひょいと。
「ちゃん・・・・・・・!」
「・・・・・・・・」
驚いた母の顔を間近に見ながら、はただ黙って立ち尽くしていた。
「今の話、聞いていたの・・・・・・?」
身体が金縛りにあったようで、足も動かなければ言葉も出て来なかった。
それから帰宅するまでの時間の、何と長かった事か。
もどかしくて、苦しくて、にとっては耐え難い時間だった。
母は『とにかく帰りましょう』と言ったきりさっさと歩き始めて、一言も口を利かなかったのだ。
何を話しかけても母は答えず、まるで何も聞こえていないかのようにただじっと前方を見つめているだけだった。
「・・・・・・どういう事ですか・・・・・・」
ようやく自宅に帰り着いた今、はもう1秒たりとも待てなかった。
上着を脱ぐ暇さえも惜しかった。
「只の胃炎じゃなかったんですか!?末期癌って・・・・・、いつ死んでもおかしくないって、何なんですか・・・・・!?」
「そう興奮しないで。ちょっと落ち着きなさい。」
詰め寄るを涼しくかわして、の母はゆっくりとソファに腰掛けた。
そして暫しの沈黙の後、静かな声で話し始めた。
「そうよ、胃炎というのは嘘。先生に『本当の事は絶対誰にも言わないで』って無理を言ったの。だから貴女も、誰にも言わないで。約束して。」
この期に及んで何故そんな約束をさせたがるのか、には理解出来なかった。
だが、母の態度は頑なで、否応にも頷くしかなかった。
「・・・・・・分かりました、約束します。約束しますから、全部話して下さい・・・・。」
すると彼女は、安心したように話し始めた。
「3年前、子宮癌に罹ったの。長年、仕事仕事で体の事なんて顧みた事がなかったから、その内どこか壊れても不思議じゃないなとは思っていたけど、まさか癌になるとはね。その時は流石に多少動揺したわ。」
母が薄く笑いを漏らすのを、は悲痛な面持ちで見つめていた。
「一応手術して子宮を摘出したんだけど、転移していたみたいでね。だけどそれが分かった時には、もうかなり進行していたわ。胃をはじめ、あちこちに拡がっていた。それが去年の秋の事よ。」
「去年の秋って・・・・・・・」
「そう。貴女に会うほんの少し前ね。」
「どうして・・・・・、じゃあどうしてあの時話してくれなかったんですか・・・・・?」
あの時、思いがけない母との再会に動揺していたあの時。
母は既にその身を深く蝕まれていたとは。
そんな事、あの時にはまるで気付きもしなかった。思ってもみなかった。
「話したって仕方ないじゃない。どうせ治らないんだから。」
だが、愕然としているに対して、母は至って冷静だった。
「治らないって・・・・・、そう言われたんですか?」
「はっきりとは言われなかったけど。まあ・・・・、話を聞いていれば何となく察しがつく事ってあるじゃない?だから治療を拒否して、気休めの薬だけ貰って飲んでいたの。」
「ど、どうして・・・・・・!?」
「どうしてって、私の勝手じゃないの。嫌なものは嫌なんだもの、仕方ないでしょう。先生には随分怒られたけどね。このまま放っておいたら、確実に半年かそこらで死ぬぞ、って。」
驚かずにはいられなかった。
どうして余命まで宣告されていながらむざむざ放っておいたのか、
どうしてそんなに自分の命を軽く見るのか、分からなかった。
「どうして・・・・・、どうして治療を拒否したんですか・・・・・・、どうしてそんな馬鹿な事・・・・!」
「・・・・・・人はね、それぞれ大事にするものが違うのよ。何がどうなったって1秒でも長く生きていたい人も居るけど、時間の長さにはさほど拘らない人も居るの。私のようにね。」
詰るように呟いたに、彼女は笑いかけた。
すっきりと、迷いのない笑顔を向けた。
「そんな顔しないで。私はこれで良いと思ってるんだから。」
「え・・・・・・?」
「死ぬまで病院のベッドに縛り付けられて辛い思いをし続けるなんて、私はまっぴら。最期まで自分の好きに生きていたいの。だからこれで良いのよ。私はこれで幸せなの。たとえ今日死ぬ事になったってね。」
「・・・・・ママ、私・・・・・・」
は唇を噛み締めて、自分の鈍さを呪っていた。
もう何ヶ月も一緒に暮らしてきたのに、どうして何も気付かなかったのだろう。
今になって思えば、引っ掛かる事が幾つかあったのに。
どうして深く考えずに見逃していたのだろうか、と。
しかし、それは他でもない。
自分の事ばかりにかまけていたからだ。
「私・・・・・・、すみませんでした・・・・・・。そうとも知らずに、この間は酷い事を言って・・・・・」
「良いのよ。貴女の言う通りだったんだから。気にする事はないわ。」
「ママ・・・・・・・・」
今なら分かる気がする。
母が何故、無茶とも言える強引さで自分を呼び寄せ、店に引っ張り込んだのか。
何故、過剰なまでの期待をかけ、次期オーナーにまで仕立て上げたのか。
母は母なりに、長く空白だった二人の時間を、残された僅かな時の中で可能な限り取り戻したかったのだろう。
言い方ややり方は不器用だけど、それが彼女なりの母親としての愛情表現だったのだろう。
「ママ・・・・・、私・・・・・・、私、どうしたら良いですか・・・・・・・?」
状況が変わった今、もはや家を出る事は出来ない。
店を辞める事も。
だが、これまで母が心血を注いで築き上げてきた店を本当に自分が継いで良いのか、はそこにまだ不安が残っていた。
「・・・・・・私が貴女に望む事はたった一つよ。Venusを継いで欲しい、ただそれだけ。」
「・・・・・・・」
「今更勝手なのは百も承知よ。だけど私の最期の頼みだと思って、お願い。」
しかし彼女の答えは、今も変わっていなかった。
「大丈夫よ。確かに今の状態じゃ継いだって損するだけだと思われても仕方がないけど、貴女に掛ける苦労が少しでも少なくて済むように、出来る限りの準備はしてあるから。」
「あの、準備って・・・・・・」
「遺書・・・・と言う程大層なものでもないんだけど、一応認めてあるわ。そこに色々書いておいた。私の寝室の机の引き出しに入っているから、いよいよになったら読んで頂戴。でも今はまだ渡さない。まだ読まれたくないの。分かるでしょう?」
悪戯っぽい、無邪気とさえ言える彼女の微笑が、余計にの胸を切なく締め付けた。
こんな時に、『遺書』だとか『いよいよ』だとかいう言葉を平然と言ってのける彼女に、何と言えば良いのか分からなかった。
「そんな顔しないで。さっきはああ言ったけど、私はまだ死なない。意地でも生きてやるわ。貴女をVenusの正式なオーナーにするまではね。」
どうにか涙を抑えているにもう一度笑いかけてから、彼女は言った。
「私、明日からまた店に出るわ。」
「明日!?そんな無茶な・・・・・!無理ですよ!」
「やる事がいっぱいあるのよ。引き継ぎの続きや、新オーナーの披露パーティーも準備しなきゃ。」
「披露パーティー!?」
はまだ、彼女の病気の事を受け止めるだけで精一杯だった。
いや、まだ全く受け止めきれていないとさえ言える。
そんな状態で披露パーティーを開くと言われても、は只々困惑しただけだったのだが。
「そう。盛大にやるわ・・・・・・・。」
当の母はもう、自分の体の事など眼中にないようだった。
としては、せめて残された僅かな時間を親子として穏やかに過ごしたい、そう思っていたのだが、彼女にはどうもそんな気はなさそうだった。
遠くを見つめる彼女の目が一体何を見ているのか、には見当もつかなかった。
その2日後、は城戸邸を訪れていた。
「さん。ごめんなさい、お待たせして。商談の電話が長引いてしまって。」
「良いのよ、気にしないで。」
にこやかな微笑で応接室に入ってきた沙織に、も笑顔で手を振った。
「私の方こそ、急な約束をさせてごめんなさい。沙織ちゃん、忙しいのにね。」
「そんな事。」
沙織は微かに頭を振ると、の向かい側にあるソファに腰を下ろした。
「それより、お話というのは何ですの?」
「うん、お店の・・・・・・事なんだけどね。」
今日、ここに来た目的は他でもない。
色々と心配してくれた沙織に、自分の出した結論を報告する為だった。
「継ぐ事にしたの。」
結論だけを端的に告げると、沙織は一瞬驚いた顔をしてから、『そうですか』と呟いた。
「決心・・・・なさったんですね。そんな顔をしていらっしゃるわ。」
「・・・・そうかな?」
「何かあったのですか?」
沙織は心配そうな、そして何かを探るような目をして尋ねてきた。
しかし、決意の裏にある事情、それを話す訳にはいかない。
それが母との約束なのだから。
は笑って首を振り、『別に何も』とだけ答えた。
それからは、慌しく毎日が過ぎていった。
の母は、店の従業員達には病気の事をひた隠しにして毎日のように出勤し、
一分一秒を惜しむかのようにに経営のノウハウを叩き込み、の披露パーティーもたちまちの内にセッティングしてしまった。
もまた、日々母について教わり、母の仕事を手伝う事に明け暮れた。
一日一日を過ごす事に精一杯で、先の事を不安がる暇も、過ぎた時間を惜しむ余裕も、二人には最早なかった。
そして、5月もそろそろ終わりが近付いてきた頃。
遂に新オーナー披露パーティーが翌日に迫ったある夜の事だった。
仕事を終え、店を出たは、バッグの中で携帯電話が鳴っている事に気付いてすぐに足を止めた。
見てみると、相手は非通知氏である。
一体誰なのか、今の時点では皆目見当もつかないが、客の誰かという事も考えられる以上無視は出来ず、はひとまず電話に出る事にした。
「はい、もしもし?」
『フッフッフ・・・・・・・』
電話の相手は、相変わらず謎に包まれていたが、低いその声は紛れもなく男のものだった。
「・・・・もしもし?」
『ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・・』
謎がもう一つ解けた。
相手は一人ではなく二人だ。
さっき含み笑いを聞かせた男の声とはまた違う男の吐息が、の耳をおぞましく擽った。
「もしもし!?」
『・・・・・・・・・』
これはもしや、いや、もしかしなくてもいたずら電話だ。
こんな夜の夜中に、仕事を終えたばかりの女の電話に下らないいたずら電話をかけてくるような輩は、ロクな奴等ではないだろう。
仕事の疲れと翌日に控えたパーティーに早くも緊張していて余裕のなかったは、腹を立てて声を荒げた。
「もしもし!?誰っ!?」
『言えよ、早く!』
『・・・下らん。このような下衆な台詞を口に出来るか。』
『恨みっこ無しのジャンケンで決めた事だろうが!さっさと言え!』
すると、訳の分からない言い争いみたいな男達のひそひそ声が聞こえるではないか。
は益々腹を立てて、電話口に怒鳴った。
「ちょっと!?誰なの!?」
『あー・・・・・、もしもし?』
すると、さっきの笑い声や吐息の持ち主とはまた違う男が、飄々とした口調で電話に出た。
誰だか知らないが怒鳴りつけて罵声の一つでも浴びせてやるつもりで、は猛然と息巻いた。
「誰よアンタ!?こんな夜中にくっだらない電話かけてくるなんて、よっぽど暇なのね!バッカじゃな・・・」
『つかぬ事を尋ねるが、今君の履いている下着は何色かね?』
「は?」
は、思わず唖然とした。
普通ならばやたらとねっとりした厭らしい口調になりそうなものなのに、この男はいやに早口で、
まるで嫌々言ったような感じだったからだ。
『だからその・・・・、ええい、私は何度も言う気はないぞ!他の者に代わるから、その者に訊きたまえ!』
どうやら正解だったらしい。
男は自分から言っておきながら、が沈黙すると明らかに羞恥し、うろたえた。
「ちょっと待って・・・・・、その声・・・・・・、その喋り方・・・・・、もしかしてシャカ・・・・・・?」
そして、それと同時には男の正体に気付いた。
「なっ・・・・・・、何なのこの電話!?どうしたの、頭でも打った!?」
それまでの怒りは何処へやら、は本気で彼を案じた。
シャカという人物は、およそこんな類の冗談を口にする男ではないからだ。
一体どうしたのだろう、何らかの事情で錯乱状態に陥っているのだろうか。
『・・・・・失礼な。私は至って正常だ。』
と本気で思っていたのだが、そうではないようだった。
再び電話に出たシャカの声はいつも通りに冷静で、病気扱いされたのが不愉快だったのか少々憮然としていて、とにかく普段通りの彼のようだった。
『今のはミロが言い出した事で、曰くご機嫌伺いの他愛ないジョークだそうだ。私は只ジャンケンに負けて言わされただけで、つまりは彼が首謀者という事になる。従って、私を責める事は筋違いだ。怒鳴るつもりなら今すぐ彼に代わるから、暫く待ちたまえ。』
「別に責めないけどさぁ・・・・・・・・」
安心半分呆れ半分で、は溜息を吐いた。
「なに?そこに居るのはシャカとミロだけ?」
『いや、カノンも居る。』
シャカの返答があった直後、電話の向こうの声が突然変わった。
『もしもし、?俺だよ。』
「・・・あれっ?もしもし?もしかしてミロ!?もー、何下らない事電話してきてんのよ!」
『ははは、ちょっとしたジョークだよジョーク。ちゃんと用があるから電話したんだ。』
「何?」
と訊くと、またもや電話の相手が変わった。
『あー、もしもし?俺だ。』
「え?あ・・・・、カノン?」
『ああ。待てど暮らせど明日のパーティーの招待状が届かんが、一体どうなってるんだ?郵便事故か?』
「招待状?何言って・・・・、って何でパーティーの事知ってるの!?」
披露パーティーの事など、は黄金聖闘士達にも沙織にも伝えていなかった。
だから一瞬驚いたが、良く考えてみればそう不思議でもない。
こんな事はこれまでにも何度もあったではないか。
『些細な事はどうでも良いだろう。それより、招待状はどうした。』
「どうしたもこうしたも、送ってないわよ。」
がさらりと返答すると、カノンは不機嫌そうな声を出した。
『何ぃ?送ってないだと?』
『何で送ってくれないんだよ!?』
「わっ、吃驚した!ミロ!?急に代わらないでよー!」
そして、カノンから電話を奪い取ったらしいミロも。
『何で送ってくれないんだ!てっきり招待されるとばかり思ったのに!女神だってそのおつもりで、スケジュールを空けてずっと待っていらっしゃったんだぞ!』
「嘘っ、そうなの!?ごめーん!!でも・・・・・・・」
言いかけて、は躊躇った。
実は母からは、黄金聖闘士達をパーティーに招待するように言われていたのだ。
今でも何も知らないままでいる彼女は、黄金聖闘士達をの一番の上得意客だとしか認識していない。
だがとしては、母に言われるまま、彼らを招待する訳にはいかなかった。
一時は、散々心配を掛けた彼等に結論を見せる為、そしてこれまでのお礼とお詫びのつもりで招待しようかとも思ったのだが、やはり出来なかった。
呼べばまた何かと気を遣わせてしまうだろうから。
だから、招待状は出し忘れた事にしようと思っていたのだが。
「でも・・・・・、沙織ちゃんも皆も、忙しい中呼ばれても困るだろうと思って。それに・・・・・・・、それに、もう関わらないでくれって私から言った訳だし・・・・・・」
が弁解すると、ミロは落ち着いた声で尋ねた。
『・・・・・、今何処だ?』
「今?帰る途中。店を出たとこよ。」
『ああ、了解。見当がついた。すぐ近くのコンビニの手前の路地に入ってくれ。』
「えっ!?」
『良いから。』
訳も分からないまま、電話は切れた。
は仕方なしに言われた通りの路地に入ったのだが。
「わっ!!」
そこには既に、カノン・シャカ・ミロが待ち構えていた。
一体いつの間に来たのだろうか。何処から電話を掛けていたのだろうか。
「吃驚したー!急に湧いて出ないでよねー!」
「失礼な。人を虫みたいに。それよりも、さっさと招待状を寄越したまえ。皆もう都合をつけた後なのだ。我々全員の予定を狂わせる気かね?」
そんな事を訊く暇もなく、シャカが真顔で詰め寄って来た。
「で、でも・・・・・・」
「ゴチャゴチャ言うようなら、力ずくでも奪い取るぞ?」
ミロも迫って来た。
「ちょ、ちょっと待ってよ!今持ってないんだったら!店の事務所に行かなきゃないわよ!」
「じゃあ持って来て貰おうか。今すぐ。」
「わ・・・・分かったわよ・・・・・・・・、じゃあちょっと待ってて・・・・・・」
カノンにも脅された。
こうなってはもうどうしようもない。
は言われるままに店に引き返し、招待状を持って戻った。
「・・・・・・・お待たせ。はい、沙織ちゃんの分と合わせて人数分ある筈よ。」
「うむ、確かに。全く、手を煩わせてくれる。こういう段取りはもっと手際良くやりたまえよ。」
招待状の束を受け取って枚数を確認したシャカは、柳眉を片方吊り上げてブツクサとに説教をくれた。
「すいません・・・・・・、何で怒られなきゃなんないのか分かんないけど・・・・・」
尤も、今一つ腑に落ちないといった顔をしながらも素直に謝るを見ると、微かに微笑を零したのだが。
「とにかく、また明日。」
「必ず行くから、待ってろよ。」
そして、ミロも、カノンも。
優しげな微笑をに向けてから、3人は揃って何処へともなく掻き消えた。